雪の精霊は銀竜と歌う(昔話と物語の断片・2100字)
【物語の断片】雪の精霊は銀竜と歌う(2100字)
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むかしむかしの、そのむかし。
寒くてつめたい雪の山。
雪の子ひとり、おりました。
ぽつんとひとり、おりました。
今日はなにして遊ぼかな?
お山の上から雪玉を、
ころがす遊びをしようかな?
雪玉ころころ、ころがって、
やがて、ごろごろ鳴り出して、
おわりに、ずしんと響くのです。
来る日も来る日もくり返し、
雪の子ひとりで聴きました。
ころころ、ごろごろ、ずしんずしん。
からっぽ満たすその音を。
山のふもとの人々が、
困った困った言いました。
山から雪が降りてくる。
たくさんすべって落ちてくる。
山のふもとの人々の、
祈りが月に届けられ。
まぶしく輝く銀色の、
竜が月からやって来て、
雪の子に歌をあげました。
歌をもらった雪の子は、
もっともっと、と言いました。
それじゃあ一緒に歌おうか?
銀色の竜は、ほほえんで、
雪の子に笛をあげました。
雪の子が吹く笛の歌、
銀竜の歌とからまって、
きらきら光り踊り出し。
からっぽなくなるその音は、
雪の子を笑顔にしたのです。
歌をもらった雪の子は、
人々の声も聴きました。
雪玉遊びはもうやめて、
銀竜と歌を歌います。
そうしていつしか雪の子は、
雪の守り手となりました。
山の守り手となりました。
雪を留める冬山の守り手、
雪解け水は、春の先触れ。
雪は降る、歌歌うように。
春は来る、笛の音とともに。
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レイミィはその本の音読を終えると、改めて表紙の文字を追った。『雪の精霊は銀竜と歌う』、と書いてある。ページをめくると、左ページに絵、右ページに文字という装丁になっている。糸で綴じられた、手作りの絵本。
レイミィがそれを見つけたのは、偶然だった。ことばを勉強したいとシルヴィに伝えたら、本がたくさんある部屋を教えてくれた。棚の下の方は子供向けの本が多く、レイミィはそこから、手当たり次第に読みはじめた。
ほとんどの本は、この本と同じように糸で製本され、背表紙がない。立てずに、水平に積むように保管されていた。その積まれた本の山の向こう側、棚の奥。その本は隠されるようにそこにあった。
(雪の精霊、銀の竜。これはやっぱり、もしかして……)
気に入って毎日のように音読していたある日。部屋に入って来たロッカが、レイミィの音読を聴くなり、片手で顔を覆った。
「見つけちゃったんだな……」
「これは、ロッカのことなの? シルヴィとロッカのお話?」
知らず紫の瞳を輝かせているレイミィに、ロッカはひとつため息をついた。
「……そうだよ。でも、もう何百年も前の話で、あのときのボクは、生まれたばっかりだったからね! 麓の、村の人には悪いことしたなって思うし、今でも思い出すと、わあっ、てなるんだよ……」
頭をかきながら話すロッカ。レイミィがふふっ、と笑った。
「これは、すてきな、お話。ボクも、もらったよ。歌、シルヴィに」
この本を読みながら、レイミィはずっと、シルヴィが歌ってくれた子守唄を思い出していた。悪夢が薄らいでゆく、不思議な歌。
そのことを話すとロッカは、毛布を敷いて床にぺたんと座っていたレイミィの横にあぐらをかいて座った。
「……そっか、じゃあ。一緒、だな」
「いっしょ。ロッカとボクは、シルヴィに、いっしょ」
レイミィとロッカはお互いを見つめ、ふふっ、と笑いあった。
「この本は誰が、作ったの?」
「昔この隠れ家で生まれた愛し子たちが、何人かで作ったんだ。ボクのいないところで、シルヴィやクレインから話を聞いてさ。そのうちクレインの眷属がその本を増やして、孤児院なんかにも置くようになって……だからまあ、隠したところで、そのうち見つかってたかもな」
レイミィから本を受け取ると、ロッカは懐かしそうに目を細めた。
「これは、最初の一冊」
「だいじ、だね」
「うーん、大事だけど、ちょっと困る」
「何百年も前……でも、忘れられない、よね」
そう言ったレイミィに、自身の前世が過ぎる。かすかに目を伏せたレイミィを見て、ロッカは言った。
「……そう、だな。わあってなるけど、忘れたくない、大事な思い出だ。あんなことしでかしたから、シルヴィに会えた」
レイミィは顔を上げ、ロッカを見た。ロッカはニカッと歯を見せて笑った。
「そういやレイミィ、楽器を覚えたいんだって? ボクが教えてやろうか?」
「うれしい、ありがとう!」
「ああそうだ、ミルク温めたから飲みにおいで、って言いに来たんだった。行こうか」
ロッカはレイミィの手を取りながら立ち上がったので、レイミィも立ち上がった。ふたりはそのまま手をつないで部屋を出た。
ロッカが部屋を出る直前、棚の高い位置にその本を置いたのを、レイミィは見逃さなかった。
(ボクはその本、好きなんだからね)
最近、心の声が精霊に伝わる加減が、だいぶわかってきた。だからこれは聞こえてない、はずだったのだが。
ロッカが眉根を寄せて自分を見下ろしたので、レイミィは失敗に気付いた。でも思わず笑ってしまうと、ロッカもつられるように笑い出した。
階下のテーブルで待つシルヴィの元へ。ロッカとレイミィは一緒に、調子を合わせて階段を下りていった。
(雪の精霊は銀竜と歌う)了
【2022.8.1.】
++(間奏-1)++
→ 間奏-2『あなたにここにいてほしい』
『猫耳吟遊詩人の子守唄』目次とリンク
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