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愛し子は出会い、精霊たちは歌を奏でる(物語の断片・7600字)

ある物語の断片です。長編小説(ライトノベル)へのチャレンジ、なのですが、短編小説のように書いてnoteにちょっとずつアップすることにしました。断片がつながった時の物語のタイトルは『猫耳吟遊詩人の子守唄』の予定です。

・ひとつ前のお話:
  第6話-1『銀竜は問い、愛し子は冀う
・記事の終わりに目次(全話へのリンク)を貼りました。


【物語の断片】愛し子は出会い、精霊たちは歌を奏でる(7600字)

レイミィ:この世界に転生したばかりの、推定5、6歳の少女。猫耳を持つ”精霊の愛し子”。シルヴィとロッカにならって自身を”ボク”と呼称するが……。
シルヴィ:銀竜。人の姿を持った精霊。
ロッカ:雪の精霊。青年の姿をしている。
クレイン:樹(アンティアルブ)の精霊。女性の姿をしている。
コニア、コニオル、コニエッタ:精霊になったコウノトリ。愛し子の卵を運ぶ役目を持つ。
ターニャ:ティルブ村にある孤児院の院長。

桜井巳鈴みれい:レイミィの前世。
アビィ:桜井家で飼われていた猫。猫の精霊。今はレイミィに重なっている。

”精霊の愛し子”:一度死んだ後、精霊に再び命を継がれた人間。精霊と体が重なっていて、その”加護の証”として精霊の一部が現れる。
”愛し子の卵”:精霊は、人を愛し子として生まれ変わらせるため、卵にしてしまう。レイミィたちの元には今、ふたつの卵がある。

<1>

(3000字)

 最初に入ってきた三匹の猫たちは、それぞれ思い思いに、家の中を探索しはじめた。
 ターニャは外套を脱ぎ、階段下の外套掛けにそれを掛ける。落ち着いた草色の、前開きでボタンがずっと並んでいる長いワンピース。その下にブラウスやスカートを重ね着しており、布に覆われていない部分から見える、痩せぎすの顔や手首からすると、全体がふっくらとしたシルエットになっている。
 レイミィも、同じ形のワンピースを身に着けている。下に重ね着もしており、これがティルブ村の服装なのかな、とレイミィは思った。レイミィの場合は、スカートではなく、ズボンのような下履きをはいている。
 ターニャの、丸っこいつま先のくるぶし丈のブーツが、隠れ家の広間の木の床に当たって、コツコツと音を立てる。
 そうして、音を立てながらテーブルまでゆっくりと歩いてきたターニャは、ジロリとロッカを見、レイミィの隣に座った。ロッカが硬い表情のまま、新しいカップを取りに、棚に向かう。
 ターニャがレイミィを見下ろすと、レイミィと視線がぶつかる。レイミィは、ぴょんと椅子から降りた。
「ボクっ、ちがっ……わ、私は、レイミィです。はじめまして、ターニャさん」
 改めて近くで見るターニャは、前世の、35歳だった自分より、ひと回りくらい年上かな、と思った。額を出すように束ねた髪は、全体を布で覆われていたが、ゆるく巻く質の髪が随所から見え隠れしている。一本の三つ編みにされた後ろ髪を、肩から前に垂らしていた。濃いグレーの髪。にらんでいるように見える目は、深い緑色。
「ターニャ、だけでいいよ。思ってたより、でっかいね」
 ターニャはそう言って、レイミィの脇に手を差し込み、持ち上げる。
「これで、卵から孵って、ふた月? そりゃ、運ぶのに苦労しただろうね」
(レイミィの卵、大きかったよ~。でもぜんぜん、楽勝だったよ!)
(落としたくせに~)
(かわいそ~)
(と、途中で動かなければ、だいじょぶだったんだいっ)
 コニアたちコウノトリが、くちばしをカツカツ言わせながら話す。
「ご、ごめんね、動いちゃって……」
 レイミィが申し訳なさそうに言うと、ターニャがふんっ、と言った。
「おまえが謝る必要なんて、ないよ。なにもかも精霊が悪いんだから。……ああ、こっちはまた、ちびっこいね」
 立ち上がり、シルヴィの脇にあった子守り車の、カゴに寝かされたふたつの卵に触れる。
「また精霊は……ひどいことをするもんだ」
 ロッカがターニャの分のお茶を淹れ終わると、レイミィも椅子にかけ直した。ターニャも座り、カップを手に取る。ひと口飲みカップをコトリと置くと、隣に座るレイミィを見た。
「それで。どうだい、精霊どもは、ちゃんと働いてるかい?」
「……え?」
「こいつらに訊いたところで、ひとつも信用なんかできないからね」
 困ってシルヴィの方を見ると、シルヴィはニコニコと笑っている。ロッカは、どこか違う方を向いていた。
「え、えーと、」
「困ってることは、ないか? そうだね例えば、精霊たちには言えないような」
「困ってること? ……あ、」
「あるんだね? まったく精霊ってのは、これだから」
「あの、でも、違うんです、ボク、じゃなくて私が、尋ねてないだけで」
 レイミィはあわてて説明する。と、シルヴィがするりと割り込んできた。
「ターニャ。今夜ね、レイミィも歌ってくれるんだよ。いま練習してたところなんだ」
「へえ、この子は、歌う子なのかい?」
「楽しみにしてておくれよ! もちろん、聴きに来てくれるだろう?」
「当たり前。ちゃんと、酒だって持ってきたんだ。まあ、ちょっとは分けてやるよ。そうとなりゃ、レイミィ、あんたは昼寝の時間だね」
 ターニャはレイミィの額を、人差し指で小突く。レイミィは首をかしげた。
「お昼寝?」
「まさか、こんな小さい子供に、いままで昼寝させてなかったとか……ロッカ?」
「ごめんなさい、これからは昼寝させます。あと、今夜の準備、はじめなきゃ、だよな」
 ロッカは立ち上がると、すれ違いざまにレイミィの肩をポンと叩き、玄関扉に下ろされていた荷物の方へ向かった。レイミィも立ち上がると、カップを片付けようとする。ターニャがそれを制して、言った。
「いいよ。とにかく、ひと眠りしておいで。ちゃんと起こしてやるから」
「わかりました。おやすみなさい、ターニャ」
「おやすみ、レイミィ」
 ターニャに頭をひと撫でされてから、レイミィは二階への階段を昇る。猫たちが、そのあとをついていった。


 夢は、見なかった。シルヴィの歌が効いていたからか、歌っていいのかどうか、ぐるぐると悩んだからか。レイミィが目を覚ますと、顔のすぐ横に、灰色の猫が寄り添っていた。
 身を起こすと足元にもう一匹。真っ黒な猫が、くるりと丸くなって、前足で顔を隠すように眠っていた。二匹とも全身の毛が長くふさふさしており、レイミィは思わず、手を伸ばす。その灰色のまだら模様の猫は、目を開けると起き上がって伸びをし、レイミィの腕に頭をすり寄せた。
「ごめん、起こしちゃった」
 猫はベッドに座るレイミィの膝に前足をつき、レイミィの頬に鼻を近づけ、ふんふんと匂いを嗅ぐしぐさをする。それからぺろりとひと舐めされたところで、ドアをノックされた。
「はい」
 返事をするとドアが開き、入ってきたのはターニャだった。
「起きてたのか。ちゃんと眠れたのかい?」
「はい。なんか、すっきりしました」
 体が、軽く感じた。ターニャは、ベッド脇の椅子に腰かけた。
「レイミィ、おまえは……何歳で、死んだんだい?」
「えっ、35歳、です」
 唐突な質問に面食らいつつ、答えた。
「また、結構な年だね。どうりで、子供らしくないと思ったよ。まったく精霊ときたら……そのへん、気が利きゃしないんだから」
 ターニャはレイミィの頬を、両手で包み込んで、言った。
「過去はどうあれ、いまは子供なんだから。ちゃんと、子供の仕事をするんだよ」
「子供の、仕事?」
「遊ぶんだよ。精霊どもを困らせるくらい、遊んで暮らせばいいのさ」
 ターニャはレイミィから手を離した。起きてきた黒猫がまだらと一緒に、レイミィの背中に身を寄せていた。
「いまは、あまり時間がないから、明日にでもゆっくり、話を聞いてやるよ。ただ、これだけ、言っとかないと」
 言いながらターニャは、自身の髪を覆っていた布をはずした。少しかがむようにして、レイミィに頭を向ける。
「見えるかい?」
 そこには、レイミィにもある、”精霊の愛し子”の証……精霊の猫の耳が、見えていた。小さめの、黒い耳。
「ターニャさん、も?」
 ターニャは、また布で髪を覆い直し端を結ぶと、ひとつ大きなため息をついた。
「そうさ。精霊に呪われた証だよ。まあ、お仲間ってこと。早く顔を見せてやりたかったけど、結局、今頃になっちまった」
 閉まっていなかった部屋の扉から、やっぱりふさふさした毛の白い猫が入って来て、にゃーん、とひと声鳴いた。
「ああ、そろそろ仕度をはじめないといけないね。さあ、顔を洗っておいで」
「はい、ターニャさん」
「さん、は、いらないよ」
 きつい口調でぶっきらぼうに話すターニャに、レイミィはなぜか懐かしさを感じた。
(そうだ。ターニャさん、巳鈴のおばあちゃんに、似てるんだ……)
 おばあちゃんに似てる、なんて。まだそんな年ではない女性に、思ってはいけないのかもしれないけれど。


<2>

(3000字)

 まだ夕日の名残がある空の下を、レイミィはまた、コニアの布のぶらんこに乗せられて飛んだ。後ろから、コニエッタに運ばれるターニャがついてくる。ターニャは、背のある足の短い椅子に座っており、それごと大きな布に乗せられていた。孤児院からその状態で来たのだという。
 コニオルが運ぶかごからは、三匹の猫が顔を出していた。レイミィが眠っている間に、コウノトリたちは荷物を運んで、クレインの樹まで何往復かしていたらしい。ふたつの愛し子の卵たちは、シルヴィやロッカとともに、すでにクレインの樹にいる、と聞かされた。

 クレインの樹のある泉のほとりは、満月になった3つの月に照らされていた。
 半月経ってもなお美しく咲き誇る、アンティアルブの白い花たちのせいか、夜なのに、その暗さを感じない。泉の中州、クレインの樹の根元から少し離れたところに、厚めの織物が敷かれ、その上に卵たちのかごがあった。似たような大きさのかごがもうひとつ置かれていて、その中には、チーズや漬物が詰まったいくつもの小さな壺や、どうやら酒の入っている陶器の瓶、パンが盛られている。
「おや、間違って食べちまわないように、気をつけないとね」
 食材のように並んだ卵を撫でながら、ターニャが言った。かごの脇に、乗ってきた椅子を置いて、ターニャが座る。レイミィがあたりを見回すと、泉のほとりでロッカが、空中に向かって手を差し出すようなしぐさをしていた。近寄って、それを見上げる。
 ロッカが握り、ひらいた手のひらの上には、こぶしよりは小さめの丸い氷があった。ロッカがそれを、空中にいるなにかに、手渡している。するとその丸い氷はきらきらと光り、そのままふよふよと泉を渡り、アンティアルブの樹の枝に止まった。
 周囲の白い花をつけた樹々に、そんな氷の灯りが飾られている。
「月の光を受けて、とどめているんだ。もうこのくらいで、いいかな」
「きれい、だね」
 灯りが、一層強くなった。月光の差し込む角度が、わずかに変わったようだ。それらに照らされて、対岸に、複数のなにかがいることに、レイミィは気付いた。
 よく見ると。草むらには、ウサギらしき小動物の影。ひょっこりと顔をのぞかせるヘビ。あちこちの枝には、様々な種類の鳥たち。樹々の間に、鹿や山羊のような動物たちのシルエット。
 それらが、こちらの様子を気にしているらしい、視線を感じる。
「ろ、ロッカ、あれって、」
「ああ、毎年見に来るんだ。ほぼ、精霊だよ。こういう、人の子には見えないのも来てる」
 ロッカは、空中に丸い氷を差し出しながら、言った。氷がまた、ふよふよと動く。レイミィの体をひとまわりすると、クレインの樹の方へ飛んでいった。
 クレインの樹にも、氷の灯りは、ぽつぽつと灯っていた。
「レイミィ、どうする? なにか食べておく?」
 ロッカに訊かれて、でもなにも入りそうになかったので、黙って首を振った。横から、ターニャが大きな声で言った。
「まあ、終わったあとで、ゆっくり食べればいいさ。あいにく子供に酒はやれないけど、花の下でうまいものを食べる、祭りみたいなものだからね。」
 硬い表情のレイミィがターニャの方を向くと、ターニャは眉根を寄せた。
「なんだい、緊張しているのかい? 精霊なんて、いまさら気にしてもしょうがないだろ?」
「でも、こんなにたくさんいるなんて、思わなかった」
 灰まだら色の猫が、レイミィの足元にすり寄って、にゃーん、とひと声鳴いた。
「こいつも、猫だけど精霊だよ。しゃべらないだけ、いいね。こいつらがしゃべり出すと、ああなるのさ」
 ターニャが指さした、織物の横。三羽のコウノトリが並んで、膝を折って行儀よく座っている。コニアたちは揃って、くちばしをカツカツカツッ、と言わせた。
(なんだよ~、しゃべったって、いいじゃないか~)
(そうだ~)
(そうよ~)
「おまえたちがしゃべりすぎるから、言ってんだ」
 まだらのそばに、黒も白もやってきて、それぞれが、にゃーんにゃーんと鳴き出す。
「にぎやかね!」
 そこに、いつの間にかクレインが立っていた。レイミィの前に膝をつき、同じ高さになったレイミィを、ぎゅっと抱きしめる。それからそっと身を離した。
 いつもと違う、淡い緑色の、袖のないドレスを着けたクレインに、レイミィはしばし見とれた。ふわりと肩に羽織っている、透けるような生地のストールは、クレインの瞳と同じ薄紅色。耳には、それよりもわずかに濃い紅色の、花びらの形をした飾り。
「クレイン、きれい」
「ありがと! ちょっとはりきっちゃった! レイミィも、楽しんでちょうだいね。ええとね、『オハナミ』っていうんだよ、これ」
 クレインの口から、この世界の言語にはない、日本語らしきことばが出て、レイミィは目を見開いた。
「『お花見』?」
「花をながめながら、お酒を飲んだり、歌を歌ったりして楽しむんだって、昔教わったのよ。故郷の、祭りみたいなものなんだって」
「それって、」
 にわかに、泉の周囲が騒がしくなった。鳴き声をあげた鳥や動物たちが、いっせいに空を見ている。つられてレイミィも、月明かりを仰ぐように夜空を見上げると、揺らめくようなひとすじの銀の光が見えた。
 次の瞬間その光は、こちらを目がけて、まっすぐに降りてくる。まぶしくなって目を閉じて、もういちど開けるとそこには、やわらかく微笑むシルヴィがいた。

「待たせたかな?」
「ちょうど、準備が終わったところ」
 シルヴィに、ロッカが答えた。シルヴィはいつも通りの格好、ボタンも縫い目もないなめらかな生地の、足が隠れるくらい丈の長い上衣と下履きなのだが、それらのやわらかな白が、まるで光っているようだ。その銀白色の髪が、月の光を受けているせいだろうか。
 そういえばロッカも、シャツとズボンに、腰のあたりで布を巻いて垂らすいつもの格好なのだが、やはりどこか、光を帯びているようだった。
 今夜の主役であるクレインも、さっきから輝いて見える。
 普段の彼らよりもさらに美しく、精霊らしい姿に、レイミィは、はあ、とため息をもらした。
「みんな、月の光を、着ているみたい。きれい……」
 精霊たちが、レイミィの方に振り返った。クレインが、あ、と声をあげる。
「そうだった、レイミィの衣装」
 クレインがどこからか、自身のものと同じ生地の、薄紅色のストールを取り出した。それをレイミィの肩からふわりと纏わせると、丈の長いマントのようになった。光るほど磨かれた木彫り飾りのついたピンで、生地を重ねて留める。
「うふふ、お揃いなの。どうかな?」
「……きれい……。あ、ありがとう、クレイン」
 レイミィは、あわててお礼を言った。この生地にも縫い目はなく、どうやって織られているのかも、まったく想像がつかない。腕を代わる代わる持ち上げ、ストールの生地の、美しい光沢が移ろう様に見入ってしまう。
「で、役者は揃ったんだろう?」
 ターニャが声を掛けてきた。
「そうだね、そろそろはじめようか」
 シルヴィは言いながら、レイミィの頭を撫でる。レイミィが高鳴りはじめた胸を押さえていると、クレインが自らの樹の前まで歩き、振り返って言った。
「最初は、私ね」
 クレインが手にしていた楽器、それは、バイオリンだった。


<3>

(1600字)

 アンティアルブの樹を背に、その樹の精霊クレインが奏でるバイオリンの音色は、楽しそうに、くるくると踊っているように聴こえた。
 そのうち、奏者であるクレインも、演奏の手は止めずに、ステップを踏みはじめる。茶目っ気たっぷりに、その場でくるりとひとまわりしてみせると、樹に灯っていた氷の灯りも、音に合わせるように明滅したり揺れ動いたりをはじめた。
 曲の山場に差し掛かって、クレインの足は動きを止める。目を閉じ、音に集中する様子を見せながら弾くクレインに、レイミィは見蕩みとれた。
 曲が終わり、すっと音がなくなって、泉に静けさが訪れる。クレインが優雅にお辞儀をしてみせ、レイミィが拍手をすると、手を叩いているのは自分だけだった。間違えたかと、織物に座ったままそっと周りをうかがうと、卵のかご越しのターニャがハッ、とひと声笑った。それから、レイミィに合わせるように手を叩きはじめる。
 同時に、コウノトリたちがくちばしの音を鳴らし、鳥たちがさえずり、鳴ける動物たちは鳴き声をあげる。レイミィは、ほっと胸を撫で下ろした。
(そっか、拍手のできる人間は、ボクとターニャだけなんだ)
 クレインが下がって、自身の樹の根に腰を下ろす。するとロッカが、クレインのいたアンティアルブの樹の前に立った。
 持っていた笛を口に当てると、小鳥の声よりも落ち着いた、でも遠くまで通るような音が、ゆっくりと流れ出した。
「この歌はね、やがて川や海に旅立つ雪たちに、そろそろ起きて、って声を掛ける歌なんだよ」
 隣に座っていたシルヴィが、レイミィにそうささやいて、立ち上がる。それからロッカに合わせて、レイミィにはわからないことばで歌いはじめた。
 旋律は、笛の音もシルヴィの歌声もひどくゆるやかで、わずかに早まったかと思うと、またゆるやかになる。そしてそれを繰り返していくうちに、いつの間にか、早まったままになっている。最後はロッカの独奏で、笛の音がまるで、あたりを飛びはねているかのように歌って、終わった。
(やっぱり。ロッカの音は、すごく楽しそう。ロッカが弾くのを、音が喜んでるんだ)
 拍手を贈りながら、レイミィは思う。
 クレインのバイオリン、ロッカの笛、そして、シルヴィの歌。
 もしも自分が音だったら。こんなふうに生まれたいと、思うかもしれない。

 目に見えない、音のかけらがまた、ふわりと降りてきて浮かんでいる。
 それらが自分に入ってくるのを許し、でもなぜか胸が痛くなった。
(あんなふうに。ボクにも、できるのかな……)
 音が、ああやって、喜んでくれたらいいのに。

 シルヴィが、向こうから歩いてきて、織物に座っているレイミィの手を取った。
「さあ、おいで。レイミィとボクの番だよ」
 そのまま引っ張られて立ち上がると、「レイミィ」とターニャに呼ばれた。ターニャの口の端があがっている。
「楽しく、やりな」
「……楽しく?」
「ふん、これが奴の、他人の受け売りってのが気に食わないけど。まあ、こういうときは、いちばんしっくりくるね。シルヴィ、違うかい?」
 レイミィは、手をつないでいるシルヴィを見上げた。銀白色の髪が、月の光を帯びて。微笑んで自分を見下ろすシルヴィの、銀の瞳と、視線がぶつかる。
「違わないよ。でも、どうかな、レイミィ……ボクと楽しく歌うなんて、できると思う?」
 シルヴィの、そのいたずらっぽい言い回し。パチンと片目をつむってみせ、ね、というように首をかしげるしぐさ。
 レイミィは、自分の肩が自然に降りるのを感じ、それから、ふふっ、と息を吐きながら笑った。いじわるシルヴィに、なんて答えようか?
「ええとね、……やってみないと、わからないかも」
「ハッ、言うね!」
 レイミィの答えに、ターニャが笑う。そしてシルヴィに手を引かれ、レイミィはアンティアルブの樹の下に立った。
 3つの月が、愛し子と竜を、煌々と照らし出していた。


(愛し子は出会い、精霊たちは歌を奏でる)了
【2022.10.16.】

++第6話-2++
→  第6話-3『樹に咲く花は


『猫耳吟遊詩人の子守唄』目次とリンク

#猫耳吟遊詩人の子守唄 ←ジャケ付き更新順一覧です

第1話 プロローグ・REBIRTH (3100字)
第2話-1 眠りのくにの愛し子よ (2600字)
第2話-2 銀竜は歌い、愛し子は眠る (3500字)
第3話 愛し子は七つの祝福を贈られる (6700字)
(間奏-1) 雪の精霊は銀竜と歌う (2100字)
(間奏-2) あなたにここにいてほしい(560字)
第4話-1 愛し子は祈り、朝を迎える(8700字)
第4話-2 誰にも、聴こえないように(6000字)
第5話 卵は嘆き、愛し子は歌う(11500字)
第6話-1 銀竜は問い、愛し子は冀う(7500字)
第6話-2 愛し子は出会い、精霊たちは歌を奏でる(7600字)
第6話-3 樹に咲く花は(7000字)
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第?話 吟遊詩人は宣伝する<前編> (12600字)
第?話 吟遊詩人は宣伝する<後編> (12100字)

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#眠れない夜に

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