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銀竜は歌い、愛し子は眠る(ある物語の断片)

物語を断片的に書いています。長編小説(ライトノベル)へのチャレンジ、なのですが、くじけそうなのでnoteにちょっとずつアップすることにしました。断片がつながった時の物語のタイトルは『猫耳吟遊詩人の子守唄』の予定です。

・ひとつ前のお話→『眠りのくにの愛し子よ』
・記事の終わりに目次(全話へのリンク)を貼りました。


【物語の断片】銀竜は歌い、愛し子は眠る(3500字)


 パチリと薪がはぜた音で、少女の意識は眠りから浮上する。
 温かいものに包まれながら、ゆらりと心地よく揺れているのを感じる。
 無意識にまぶたを開けると、そこにはキラキラと銀色に輝く何かがあった。
「……起きたかい? まだ眠そうだね」
 あまりにもまぶしくて、少女は目を閉じてしまう。きれいな声の誰かに抱えられているようだ。もう眠りたくはない、悪夢ばかり見るから。それでも体がまだ眠りを欲していて、少女は仕方なく夢の中にいる。抜け出せない夢で立ち尽くしていると、どこからか歌が聴こえてくる。
 さっきの、きれいな声の誰かが、歌を歌っている。
 その歌が、夢のない眠りの場所を教えてくれる。

 次に目覚めた時も視界がキラキラまぶしくて、少女は思わず目を細めた。
「あっ、そうか。ボクのせいか。忘れてた、ちょっと待って、調節するから」
 キラキラの明るさが下がるのをまぶた越しに感じ、少女はそうっと目を開けた。
 銀色の瞳に色白の肌。まっすぐな銀の髪を耳にかけふわりと微笑むその人に、思わず見とれてしまう。
 女の人? 男の人? 声を聴いてもわからない。ただただきれいな人だな、と思う。
「まぶしかったよね、ごめんね。さて、と。たぶんボクの言葉は、理解できてるよね。ただ、キミはまだしゃべれないと思うんだ」
 そんなことありません、と言おうとしたけれど、声が出ない。無理矢理出そうとしたら、あうう、といううめき声のような音になった。
 少女の、金混じりのオレンジ色の髪をやさしく撫で、その人は笑った。
「あのね、キミはここに生まれたばかりでね。やっと一日が過ぎたところ。何か伝えたかったら、ええとそう、このあたりで考えるようにしてみて? それでボクたちには伝わるから」
 胸のあたりを示された。それから、ひと言ひと言ゆっくりと、彼女の様子を確かめながら言葉を紡ぐ。
「キミはね、とても遠いところから卵に連れられてきたんだけど、卵が途中で割れてしまってね。でも大丈夫、目的地にはちゃんと到着してる。一度に話しても、何がなんだかわからなくなるから、そうだね、大事なことだけにしないと」
 銀色の人は抱いている少女を起こすように抱え直した。薪ストーブの前の揺り椅子から立ち上がり、テーブル用の椅子に座る。
 少女は濃淡のある紫の瞳で、銀色のその人を見つめた。
「ボクはね、シルヴィという。キミと違って人ではないのだけど、まあそれも、また今度ゆっくり話そうか。それでね。キミの名前を、ボクは勝手に決めてしまったのだけど……気に入ってくれると思うんだ」
 シルヴィは少女と視線を合わせたまま、その目元をやわらかくほころばせた。
「……レイミィ。キミ名前は、レイミィ、だよ。この世界へようこそ。来てくれてうれしいよ」

 ああ、そうだ。私、桜井巳鈴みれいは死んで、生まれ変わってこの世界に来たんだっけ……。レイミィは考えようとして、でもそれがむずかしい。自分の頭はまだぼんやりとしている。
「無理しないでね。それよりお腹すいてないかい?」
 シルヴィに問われて、ふと食べ物の匂いをとらえた。テーブルには小さな鍋、椀とスプーン。椀には白いスープが注がれており、シルヴィはそれをひと匙すくってみせた。
 手を動かそうとして、自分が腕ごと布にくるまれているのに気付く。
「はい、どうぞ。ちゃんと冷ましてあるからね」
 赤ちゃんみたい。レイミィはおとなしく、シルヴィからスープを飲ませてもらう。あたたかい。何かの動物の乳に、溶けた野菜の食感。やさしい甘さ。ボウルをカラにすると、レイミィはまた眠気を感じた。
 あまり眠りたくない、と反射的に思う。
「夢が怖い? ボクがついてるから、眠っても大丈夫だよ」
 シルヴィはそう言うと、レイミィを抱えたまま再び揺り椅子に戻り、静かに歌い出した。
 この歌を知っている。夢の中で聴いた歌、あれはシルヴィが歌ってくれてたんだ。
 レイミィはすうっと眠りに落ちていった。

 眠ったり起きたり、スープや水を飲んだりを繰り返しながら、レイミィは自分の体を少しずつ動かしてみる。もらった着替えに袖を通した時に、見慣れないオレンジ色の髪と共に、自身の体を観察した。死んだとき35歳だったのに、小さな女の子の体になっている。天井に向けて自分の手を握ったり開いたりしてみながら、小学生よりは小さいのかな、と思う。それから、ちゃんと前世の記憶が残っているんだな、と。
 ここは小さな山小屋の中で、自分はその奥のベッドに寝かされている。ストーブと揺り椅子が、カーテンのように吊るされた布越しに見えて、シルヴィもそこにいることがわかる。
 ふと、忘れていたことを思い出し、きゅうっと胸を掴まれたような痛みを感じた。
(アビィ! アビィはどこ?)
 前世の巳鈴みれいにやさしくしてくれた、そしてこの世界に自分を連れてきてくれた猫、アビィ。
 ベッドから足を下ろし、布をくぐって揺り椅子のシルヴィに近寄った。シルヴィの服の裾を掴み、胸に手を当て念じるように話す。
(シルヴィ、あの。教えてほしいことがあって、)
「うん」
 シルヴィはレイミィを抱き上げ、自身の膝の上に座らせた。
(アビィという猫が一緒にいたはずなの、知りませんか?)
「知ってるよ。一緒にいるのも知ってる」
 シルヴィは立ち上がると、レイミィを抱えたままストーブとベッドへの仕切り布の間に移動し、床にペタリと座った。あぐらのシルヴィを背もたれに、レイミィは壁に立てかけられた四角い板を前にする。板には布がかけられていたが、シルヴィはそれをゆっくりとめくった。
「アビィはここにいるよ。見えるだろう?」
 そこには鏡があって。
 紫の瞳の、幼い頃の自分の面影を帯びた少女。色白だけどシルヴィよりは血色のよい肌色の彼女は、こちらを見てその瞳をさらに大きく見開く。金混じりのオレンジ色の髪は少女の体長に近い長さ。そしてその頭の上には、見覚えのある猫の耳が見えていた。
 猫にしては大きめの、茶と橙と金が混じった色の耳。
「キミを連れてきたアビィは、ここ。精霊として祝福を与えるために、こうしてキミに重なるように存在してる。これからはずっと一緒なんだ。ただ、話すことはむずかしいかもしれない」
 シルヴィはレイミィの猫耳を撫でた。猫耳がぴくりと動く。少しだけ、触られたような感覚を覚える。
「そうだ、そろそろ髪を切ってあげないとと思ってたんだ。ハサミ持ってくるよ」
 告げられた事実と自身の変化に呆然としているレイミィを置いて、シルヴィは立ち上がった。ハサミと小さな糸巻を手に戻ると、レイミィの髪をすべて背中に集める。糸巻から糸を切り取り、腰のあたりで髪をまとめ糸で縛る。鏡越しに、ニコニコと笑うシルヴィと目が合う。
「きれいに切りそろえるのはロッカかクレインに任せるとして。踏んづけて転ばないようにしておこうね。どうする、このあたり……羽が生えるあたりで切っておこうか?」
(は、羽?! これから羽も生えるの?!)
 レイミィが慌てたように振り向くと、シルヴィが吹き出した。
「あははっ、ごめん、冗談だよ! あ、でもねボクには生えてるよ、羽。見るかい?」
 そう言うと同時に広がった羽は銀色でまぶしくて、慣れてくると形が見えてきた。コウモリの羽、じゃなくてこれはきっと……。
「ボクはね、”銀竜”と呼ばれている。まあ精霊の一種なんだけどね」
 すっと羽が消えた。
「それでキミは、精霊の愛し子、と呼ばれる人間。羽は生えないから安心していいよ」
 ふふっとシルヴィが笑った。つられてレイミィも笑ってしまう。
「じゃ、髪を切ってもいいかな?」
(はい、お願いします。えっと、羽が生える、かもしれないあたりでいいです)
「生えるかもしれない、そうだね、そのとき邪魔にならないくらいにしようか?」
 ふたりはまたくすくすと笑いあった。

 この世界でこの姿で、アビィは自分と重なっている。
 シルヴィに出会ってそれを受け入れることが出来た、とレイミィは後に思った。あの山小屋での時間はまるで、前世にはなかった幸せな子供時代をやり直していたかのようだ。
 シルヴィの歌を聴きながら眠るレイミィは、早くしゃべれるようになりたい、と思った。
 この世界の言葉でシルヴィに、ありがとうと伝えたい。
 そう、それとアビィにもまだ、ありがとうって言えてなかったっけ。
 ありがとう、を知ること。
 それがレイミィの、この世界での最初の願いだった。


(銀竜は歌い、愛し子は眠る)了
【2022.6.18.】
【2022.9.10. 誤字修正】

++第2話-2++
→ 第3話『愛し子は七つの祝福を贈られる


『猫耳吟遊詩人の子守唄』目次とリンク

#猫耳吟遊詩人の子守唄  ←ジャケ付き更新順一覧です

第1話 プロローグ・REBIRTH(3100字)
第2話-1 眠りのくにの愛し子よ(2600字)
第2話-2 銀竜は歌い、愛し子は眠る(3500字)
第3話 愛し子は七つの祝福を贈られる(6700字)
(間奏-1) 雪の精霊は銀竜と歌う(2100字)
(間奏-2) あなたにここにいてほしい(650字)
第4話-1 愛し子は祈り、朝を迎える(8700字)
第4話-2 誰にも、聴こえないように(6000字)
第5話 卵は嘆き、愛し子は歌う(11500字)
第6話-1 銀竜は問い、愛し子は冀う(7500字)
第6話-2 愛し子は出会い、精霊たちは歌を奏でる(7600字)
第6話-3 樹に咲く花は(7000字)
++++++
第?話 吟遊詩人は宣伝する<前編>(12600字)
第?話 吟遊詩人は宣伝する<後編>(12100字)

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