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吟遊詩人は宣伝する<前編>(ある物語の断片・12600字)

物語を断片的に書いています。長編小説(ライトノベル)へのチャレンジ、なのですが、くじけそうなのでnoteにちょっとずつアップすることにしました。断片がつながった時の物語のタイトルは『猫耳吟遊詩人の子守唄』の予定です。

つなげると長編ですが、各話ごと短編のつもりで書いてます。よろしければおつきあいください(今回ちょっと長いかもですが)。


レイミィ:異世界に転生した少女。推定17、18歳。猫耳を持つ”精霊の愛し子”。自分のことを「ボク」と呼ぶ。歌うことが好き。吟遊詩人楽団のメンバー。

ディーゴ:外見は20代の青年。”精霊の愛し子”。吟遊詩人楽団では主に楽団員の警護・支団長の補佐などを担当しているらしい。

”精霊の愛し子”:一度死んだ後、精霊(多くは猫)に再び命を継がれた人間。精霊と体が重なっていて、その”加護の証”として精霊の一部(多くは猫耳)が現れる。”加護の証”は見える力を持つ人にしか見えない。

吟遊詩人楽団バルド・バンド:多くの”精霊の愛し子”が所属する、旅する楽団。古くから存在しており、その目的は……。


<1>

(約4800字)

 ”泉の精霊姫伝説”の残る街、アルバ。
 その西門広場では、一週間前に吟遊詩人楽団バルド・バンドと呼ばれる旅する楽団が到着し、逗留している。楽団は、明日からの公演”アルバの泉と精霊姫の物語”の準備中だ。木槌の音や楽器の試し演奏、時には罵声が、楽団が設営した大きな舞台テントやそれとは別のいくつかのテントから、ひっきりなしに聞こえてくる。
 そんな喧騒を背に、旅装の楽団員ふたりが楽団のテントから出てきた。ふたりは広場を横切り、街の東西南北に十字に走る大きな街路のひとつ、西門街路へと入っていく。


 街路は楽団に負けず劣らずにぎやかだ。商店はどこも客が出入りしやすいようにドアを開け放ち、商店が少ない場所では臨時の露店がひしめき合う。多くの客の視線を集めようとする呼び込みの声。連呼される商品名。それらに負けないよう、いつもより大きな声で会話する人々。
 先日結婚した領主を祝うため、アルバの街は祝祭期間に入っていた。それは領主夫妻のお披露目、街を馬車でパレードする日まで続く。祝祭期間中、どの街路も馬車は通行禁止で、行き交う人々は多い。店先に立ち止まり商品を吟味する者や、手荷物の多さに顔をゆがめている従者とその主人。街路に入れない馬車に代わって、手押し車で隙間を縫うように急ぐ配達人。はしゃいで駆けまわる子供たち。


 人々にぶつからないように石畳の街路を歩く、ふたりの速度はゆるやかだ。それぞれが背負った物を彼らにぶつけてしまわないよう、ゆっくりと歩くしかない。
 外套のフードを深くかぶった、やっと成人したくらいの年の少女、レイミィは、大きな布で覆ったギターを背に担いでいる。自身の前に持ってきた、帯のような布製のギターベルトをずらすようにして、それを背負い直す。
 かたわらを歩く青年、頭に藍色のターバンを巻いたディーゴには、体の前と後ろに宣伝幕がくくりつけられていた。レイミィの背丈程の縦長の布が、上下に取り付けられた木の棒でピンと張られた状態になっている。濃い青を基調に織られた布には、離れた場所からでも読める程の大きな刺繍文字。白や黄色の糸が使われ、文字が浮き上がっているように見える。
 そんな宣伝幕に頭と手足が生えたような姿のディーゴを見て、レイミィは思わず、うっかりつぶやいてしまった。
「サンドイッチ・マン……」
「ん、何? さんどいっち?」
「ええと、サンドイッチっていう、スライスしたパンとパンとの間に具を挟んだ料理があるんだけど、それみたいだって言ったの!」
 たぶんこの世界にはサンドイッチ伯爵はいなかっただろう、と考えたレイミィはあわてて説明する。ディーゴは自身の姿を改めて見、それから目を上げて言った。
「ああ、アレみたいだってことか」
 ディーゴが指差した露店。店先の目立つところで、軽く粉をまぶした魚の切り身を、熱した鉄板の上で焼いている。注文を受けると、焼きあがったそれを壺に入ったタレにさっとくぐらせる。上下ふたつに切ったパンに挟み大きな葉にくるんで、客に手渡していた。
「よーし、まずは腹ごしらえってことで。昼飯、アレにするか。魚食べんの、久しぶりだなあ」
 ディーゴがまっすぐその露店に向かったので、レイミィもそれについて行く。彼は歩きながら「それふたつちょーだい」と声を張り上げて注文した。
「この魚挟んだパン、名前あんの?」
 ディーゴは店主にコインを渡し、パンを受け取りながら訊いた。
「ああ、観光客向けにはタンブレス・パンって呼んでるね。ほら、この街の北にある港街の名前なんだ、わかるかい?」
 店主は顔の汗を首から下げた布でぬぐい、にっこりと笑った。
「地元のオレらは”大漁パン”って呼んでる。大漁で忙しい時に片手でサッと食えるから、そう呼ばれるようになったんだ。最近じゃあ縁起のいい名前だってんで、不漁の時でも験担ぎに食ってるけどな!」
「んじゃ、ずっと食いっぱなしじゃねーのか?」
 わははっ、と声を上げて笑った店主は、ディーゴの宣伝幕に目を向け、刺繍の文字を目で追った。

  吟遊詩人楽団 公演決定!
  アルバの泉と精霊姫の物語
  西門前広場にて 明日から

「……へええ、お客さん、あの旅する楽団の人!」
「よろしくね。ん、これうまいね。うまかったって宣伝しとくからさあ、ウチの公演も宣伝しといてね」
 ディーゴは口をモグモグさせながら、大きな葉に包まれたもうひとつのパンを、レイミィの手の上に乗せた。
「レイミィ、ちゃんと持って。落とすなよ」
「え、あ、ボクの?」
「熱いうちの方がうまいぞ」
 促されて、かぶりつく。カリッとした焼き目に甘辛いタレがとろりとからんで、おいしい。
 タレをこぼして汚さないように、レイミィはかぶっていた外套のフードを少しずらした。とたんに、ディーゴにフードを頭から脱がされ、彼女は紫の瞳をまんまるに見開いた。色白なレイミィの肌とオレンジの髪、そして彼女の頭の上にある”加護の証”、人の目には見えない猫耳があらわになり、猫耳がびっくりしたようにピンと立つ。
「大丈夫。この国、この街は見られても騒ぎにはならない」
「むぐ、ほんな……そんなこと言って、ディーゴはターバンぐるぐるしてるじゃないか!」
「オレはほら、イメージ狂うだろうから、ね」
 レイミィはむっとして、彼女より頭ひとつ分背の高いディーゴをにらんだ。
 頭に巻いた藍色のターバンのおかげで、彼の黒髪と”加護の証”はすっぽり覆われており、今は見えない。彼の、細めの深い灰色の瞳と、褐色の肌。頬に、横に引かれた3本の爪痕のような傷。
 ディーゴはパンを咀嚼しつつ、レイミィを見て口の端だけ少し上げるように笑った。
「へえ、おまえの髪、オレンジだけじゃなくて茶色と……陽に当たると金色になんのな。いつも布で覆ったり結んだりしてるから知らなかった。髪下ろしときゃいいのに。オレ、女の子のきれいな髪、好き」
「なっ……にを」
 いつもほぼ無表情、というより表情をくずさないディーゴに突然そんなふうに言われ、レイミィはことばを失う。
「ああ、耳の色も系統が一緒なんだな」
「なっ……!」
 ディーゴがレイミィの猫耳を撫でようとしたので、すかさずその猫耳でピシリとはね返してやる。
「いって」
「い、痛いわけ、ないでしょ」
 普通の人々には、見えることのない猫耳。
 精霊の加護を受けた証は、見える人にしか見えない。
「甘いモノも食べたいよな。よーし情報収集しよ」
 レイミィが大漁パンを食べ終わるとディーゴはそう言って、すぐ近くの商店に足を向けた。店員に話しかけるディーゴを見ながら、なんでそんなマイペースなんだ、とレイミィは思う。でもそれがこのとき、とても楽だったし心地よかったことは、悔しいけれど否定できない。


 宣伝してこい、とふたりに命令が下ったのは、つい先程のこと。楽団に入ったばかりで所属の決まっていないレイミィはこの一週間、毎日違う場所に行かされ、どこに行っても下っ端雑用としてこき使われた。公演を直前にした楽団は、どの隊・班も人手が足りず、殺気立っている。だから今朝も相当の覚悟をして、今日の役割を訊きに支団長バンドマスターのテントをくぐった。
 テントに入るとディーゴが先に来ていた。簡単な説明をされ、ギターと宣伝幕といくらかのコインを渡され、日暮れまで帰ってくるなと言われて、テントから追い出されたのだ。


(泉の広場に立って、適当にギター鳴らして歌っとけばいい、って言われても、なあ)
 泉の広場にある酒場が、店の外にもテーブルを広げていて、レイミィはそこでリンゴの甘煮をつついていた。ディーゴはすっかり食べ終わって、酒場の並びにある土産物屋を見に行っている。宣伝幕だけ抜け殻のように、レイミィの向かいの席に置いてある。
 ぼんやりと、広場全体に目をやる。東西南北からの街路が集まるこの街の真ん中に、この広場はある。だだっ広い円形広場の中央には、木立に囲まれた泉。そこがこのアルバの街で有名な精霊姫の泉だ。
 泉は人が立ち入ることができないよう高い柵に囲まれており、さらにその外側は、椅子の高さほどの大理石のレリーフがぐるっと一周している。レリーフには、所々に精霊姫の絵物語が刻まれているが、ベンチ代わりにされてしまっているようだ。泉の南側には、そこだけ広場を塞ぐように、小さな聖堂が建てられている。
 泉の周囲で露店を出すのは禁止らしい。だが、休憩や散歩で来た街の人や泉を見に来た観光客、街路から街路へ通過する人々で、そこそこの通行量だ。
 レイミィが今いる酒場は、広場を縁取るように並んでいる店の一つで、北門からの街路の出口付近にある。この酒場のリンゴの甘煮が、この街の名物のひとつなのだという。
(ああ、すっごくおいしい……)
 漬かっているシロップがまた濃厚で、深みのある甘さが後を引く。おいしいのに、これからやらなくてはならない宣伝のことに思いが行き、ため息をつきながら食べている。
「適当にギター鳴らして歌う、かあ」
 すぐ隣の椅子に置いたギターに触れながら、レイミィはつぶやいた。
(ボクは歌うために、楽団に入ったんだけど、ね)
 レイミィは楽団に入ってから、客前でひとりで歌ったことがなかった。舞台裏から、コーラスのヘルプに入ったことがあるくらいだ。自分が変に緊張しているものだから、ディーゴが腹ごしらえを提案したのだということも、もちろんわかっている。
 わかっては、いるのだけど。


 と、眺めていた街並みに、違和感を感じる。
 北門街路越しの何軒か先、街路とは別の細い路地への入り口で、商人風の男と小さな男の子がもめているようだ。親子じゃないような、と思ったその時、男の子が男に振り払われて転んだ。それでも男の子は、男にすがりつこうとしている。レイミィは立ち上がり、通行人をかわしながら猛然と走り出す。彼らの激昂した声がどんどん大きくなる。
「はなせ!」
「おまえこそはなせよ! この人さらい! 妹をはなせ!」
 男の子は男の抱える大きな麻袋にしがみついていた。男はそれを引き剥がそうと、男の子をガシガシと蹴っている!
「!!! 子供を蹴るなあっ!」
 レイミィの腹の底からの大声に、一瞬男の動きがピタリと止まる。
「いや、こいつはスリなんだ、しょうがないじゃないか」
「うそだ! うそだうそだ! この中にオレの妹がいるんだ!」
「うるさい! 黙れクソガキが!」
 また蹴ろうとする男の動きに、レイミィは男の子を上からかばうようにして、麻袋をつかんだ。蹴られても飛ばされないように、渾身の力でしがみつく。歯を食いしばり、目をぎゅっと閉じた。
 ……が、蹴りの衝撃が来ない。
 ドサリ、と音がした。見ると男が倒れていて、その横でディーゴが片足を下ろしたところだった。
「ディーゴ!」
 ディーゴは起き上がろうとする男の腕を取ってくるっとうつぶせにさせ、男の両腕を背に回すように取って動けなくする。男は顔から地面に押し付けられうめき声をあげたが、ディーゴはそのまま男の背に乗り、容赦なくギリギリと腕を締め上げた。
 男の手から離れた麻袋が、レイミィの腕の中で、もぞもぞと動く。あわてて袋の口を開けると、中から女の子が出てきた。
「誰かあ、縄貸して! あとそっちの人! 警備隊に通報、よろしく!」
 ディーゴが大声で呼び掛けると、通行人や店の人たちが、声を掛け合い、ある者は走り出す。
「……お、にい……ちゃっ」
 女の子は男の子を見つけると、男の子にぎゅうっとしがみつく。
「もうっ、だいじょうぶ、だからなっ」
 声変わりしていない高い声。男の子も、妹をしっかりと抱きしめた。


<2>

(約4300字)

 ふたりとも、大きなケガはなかった。
 先程の酒場にふたりを連れてきた。同じ、店の外のテーブル席で、レイミィはふたりを椅子に座らせた。濡らした布で顔や手、擦り傷周りの汚れをふき取り、痣を冷やす。酒場の店員に渡された塗り薬を傷に塗り、リンゴの甘煮とあたたかいミルクを彼らの前に置いた。
 警備隊は割と早めに来て、人さらいの男を連れて行ったのだが。
「今はこの祝祭の警備で、どの屯所もてんやわんやなんですよ。だからこの子たちを連れて行っても、親の方がかえって見つけにくいかと。あと、こいつらおそらく仲間がいるだろうから、他でも被害が出る前にとっ捕まえないといけない。馬車か、もしかしたらタンブレス港の船まで押さえないと……というわけですみませんが、子供たちをしばらく預かっていただけませんでしょうか? 日暮れまでにはもう一度参りますので」
 泉の広場に迷子がいる、と各屯所に伝令は出しますので、と。
「どうぞ、おいしいよ? ミト、とリク、だよね?」
 リクと妹のミトは、黙ったままうつむいていた。レイミィに言われるがまま、隣り合ってなんとか座ってはくれたが、ふたりはぎゅっと手をつないだままだ。
(……怖かった、よね)
 レイミィはミトの椅子の脇にしゃがみ、ミトと目の高さを合わせてみた。おずおずとこちらを見たミトは、はっとして彼女の頭を見た。
「猫の、お耳?」
 ミトの声を聞いてリクも顔を上げ、レイミィを見た。
「猫の耳だ」
(ふたりとも、見えるんだ!)
 精霊の”加護の証”が見えるのは子供に多いが、そのほとんどは大人になると見えなくなる。
 そんなことを思い出していると、みゃーん、と足元から鳴き声がした。本物の猫が何匹か、レイミィの足元にすり寄っている。
(ええと、どうしよう。耳のこと、説明した方がいいのかな?)
 ミトとリクに掛けることばを探しながらレイミィは、足元の猫の耳の後ろを撫でてやる。猫はまた、みゃーんと鳴いた。
 下を向いたレイミィの猫耳のあたりを、ミトの手が無造作に撫でた。レイミィが顔を上げると、ディーゴがミトを自分の膝に座らせ、ミトの後ろからミトの両腕を人形のように操っている。レイミィが、何が起きたのかわからなくて目を丸くしていると、ディーゴが言った。
「かわいい猫ちゃんですねえ。よーし、よし」
「……もう、ディーゴってば!」
「コワクナイですよー。よーし、よーし」
 ミトの両手が、レイミィの髪をぐしゃぐしゃにしながら、彼女の頭を何度も撫でる。
「怖くなーい、こわくなーい」
 低い声で、歌うように繰り返す。ミトの手も、それに合わせて動かされる。ディーゴの声を聴きながらレイミィは、ミトもまたそれを聴いていることに気付いた。
「怖くなーい、こわくなーい」「怖くなーい、こわくなーい」
 ……何度目の繰り返しだったか。
 ミトが、ディーゴの手から離れた両腕で、レイミィの頭を自分に抱き寄せた。ディーゴに背中を預けたまま。涙をポロポロ流し、泣きじゃくりはじめる。
(……ボクとディーゴで、ミトをサンドイッチしてる)
 ミトに抱えられたままレイミィが少し顔をずらすと、リクも大粒の涙を流し、すぐ横に立って彼女とディーゴの上着の裾をぎゅっとつかんでいた。レイミィは片手を伸ばし、リクの手を握る。もう片方の手で、ミトの体をさすってやる。
「……まあ、怖かったよなあ。頑張った、頑張った」
 怖くなーいを言い止め、しばらくの間黙っていたディーゴが言うと、ミトとリクは大声で泣き出した。ディーゴはふたりの、そしてたまにレイミィの頭を、ぽーんぽんとリズムをつけるように撫で続けた。
 レイミィは、泣いているミトの体温が自分に伝わってくるのを感じた。
 泣いている子供の、焼けつくような、熱さ。
(本当に、連れていかれなくて、よかった)
 自分も怖かったんだ、とレイミィは今更ながら思った。


 ミトとリクが泣き止み、リンゴの甘煮を食べ終わると。「でもまあ、仕事は仕事なんで。あの辺で軽く流しとこうか」とディーゴに言われ、四人で酒場を出た。
 宣伝幕を再び身に着け、腰に手を当てて立つディーゴの横で、レイミィはギターの布を取った。泉の柵を背にして大理石のレリーフに腰掛け、ギターベルトを肩から下げギターを構え、弦の音を確かめる。
 一緒に横に座ったリクとミトは、ギターをまじまじと見つめている。あと、なぜか猫たちがわらわらと足元に集まっていた。この泉付近に住みついている猫らしい。ここは精霊の泉で、この国でも”猫は精霊の化身”なので、むやみに追い払われたりはしないのだろう。
「おねえちゃん、これ楽器?」
「うん、そうだよ。ギターっていうの。鳴らしてごらん?」
 ミトの手を取って弦に触らせた。小さな指が弦を弾き、音を鳴らす。
「鳴った!」
 ミトはうれしそうに声をあげた。リクも興味津々で、レイミィは少しほっとした。
(お父さんとお母さんが迎えに来るまで、気がまぎれるといいんだけどな)
 それにしても、この街は結構大きな街だ。警備隊の伝令は、どこまで有効なのか。レイミィは前世の、デパートやショッピングモールの店内放送を思い出した。あんなふうにアナウンスできればいいのに。

『♪ アルバの街のみなさまに~、迷子のお知らせをいたします~』

 無意識に、レイミィは歌い出していた。3人がぽかんとしたようにこちらを見ている。ああしまったと思いつつも、自分の思い付きに胸がドキドキする。試してみようか?
 レイミィはレリーフから立ち上がり、一歩前に進んだ。
 ギターを鳴らしながらそのまま、スローテンポで歌いはじめる。


『♪ その子の名はリク 勇気ある少年
  妹を助け 親とはぐれた

  道行くアルバの人々よ
  迷い子たちへ導きを

  彼らを愛する父母ちちははが 
  ふたりを探しているだろう

  少年リクはここにいる
  妹ミトも待っている

  聖なる泉の守りのもとに
  吟遊詩人バルドの歌と共にあるから

  優しきアルバの住人よ
  どうか届けてこの歌を  』


 くるりと振り返って、レイミィが尋ねた。
「ねえ、リクとミトはどこから来たの?」
「ルウサの村だよ!」
 リクが大きな声で答えた。


『♪ ルウサの村からやってきた
  ふたりのかわいい子供たち

  彼らを愛する父母ちちはは
  笑顔で抱きしめあえるように

  聖なる泉の守りのもとに
  吟遊詩人バルドの歌と共にあるから

  気高きアルバの人々よ
  どうか伝えてこの歌を
  ルウサの子らはここにいるから   』


 歌詞が、メロディが、淀みなくすべり出す。これも精霊の加護のチカラかな、とレイミィは頭のすみで思った。もう一度、最初から通して歌ってみる。道行く人も何人か聴いてくれたようだが、もうちょっと拡散力がほしい。まずは別の曲で集客、だろうか?
「ねえちゃん、即興か? なら領主様の歌も作ってくれよ!」
 いい具合にお酒がまわった男が、合いの手を入れてきた。
(おじさん、ナイスタイミング!)
「わかった! けど、エピソードとか教えてくれる?」
「領主様は代替わりしたばかりで、まだお若いんだ」
「お若いのに、よくできたお方だ」
「領主様と奥方様はなあ、恋人同士だったのさ」
「よくここで待ち合わせしてたもんだ!」
「なんでだか変装してたんだけどな。でもみんなわかってたけど」
「そこの酒場でよく食事してたそうだ」
 人が集まってきて、口々に領主とその奥方の話を語りだす。
「……デートの目撃情報、ってこと?」
 ふたりの仲の良さを、自分のようなよそ者に、自慢げに話す人々。
「父さんが言ってた、奥方様のおかげで今年は水害が少なかったって!」
 リクも、うれしそうな声で教えてくれた。
「立派な領主様と奥方様で、本当によかったって、村のみんながよく言ってたよ!」
「ふふ、愛されてるんだ、領主様と奥方様」

 この手が、指が、腕が。ギターとしっくりなじんで、つながる。
 こうすればいいって、自分の体全部でわかっている。
 降りてくることばを落としてしまわないように。レイミィは、ゆっくりと歌い出す。


『♪ 泉の前で 待ち合わせるよ
  仮面をつけた 男と女
  手に手を取って 路地から路地へ
  恋するふたりの 靴音が響く
  まるで踊るように まるで歌うように

  泉の精霊姫に 祈りを捧げる
  ふたりの恋が 実りますように
  とこしえに幸せで あられますように
  アルバの民の 切なる願いは
  いまがこのとき 聞き届けられた!

  さあ葡萄酒を ふたりに注げ
  エールを掲げよ ふたりのために
  吟遊詩人バルドと歌え 祝福の歌を
  我らのすばらしい 領主様のために!
  我らの輝かしい 奥方様のために! 』


 わっと、歓声が上がり、拍手と指笛が飛び交う。
「そらっ、もう1回いけ!」「いやもう2周! オレも歌うぞ!」と酔っ払いたちの叫び声。
 と、そこへレイミィたちに声をかけてくる者がいた。
「あのうすみません、不躾なお願いなんですが。その歌、私も歌わせていただいてもよろしいでしょうか?」
 腰を低くして寄ってきたのは若い男だった。ギターを担いで、大きなマントにつばの大きなとがった帽子。それっぽくて、ホンモノの吟遊詩人みたいだ、とレイミィは思う。
「実は私」
 彼は帽子を脱いで口を隠すようにし、小声で言った。
「そこの酒場に吟遊詩人役で雇われてまして。よくここの泉で歌ってるんですよ。いい歌なんで、ぜひレパートリーに加えたいかなって」
「もちろん、ふがっ」
 いいですよ、と続けようとしたレイミィの口が、横から出てきたディーゴの手にふさがれた。
「代価は?」
「はい、先ほどのご飲食代はすべてお返しいたします、と酒場の店主が言っております」
「ふーん。それはごちそうさん。でもまだ足りないよ?」
「……いかがいたしましょう?」
「知っての通り、オレらはしばらくここから動けない。だからそのかわりに、アンタが歌いながら街中を練り歩いてくれないか? 迷子がいるよ、ってさ」
 ディーゴは楽団の宣伝幕をひとつはずして、彼の肩にひっかけた。
「あ、これはついで、だから」
 彼はにっこり笑って、帽子をかぶりなおした。
「お安い御用でございます!」


<3>

(約3500字)

 それから3回ほど、酒場の吟遊詩人とレイミィは、一緒に歌った。
 迷子のお知らせの歌と、領主様の恋の歌。
 覚えて同じ旋律を繰り返すうちに、少しテンポが早くなる。人々の手拍子にもリズムがついてくる。
 彼は歌を覚えると、まずは北門の方向へ出かけて行った。
 レイミィは、楽団で覚えた精霊姫の公演の一節も取り混ぜながら、人々に向かって歌う。
 もちろん、迷子のお知らせの歌を多めに歌った。
「あの子供たちは、迷子なんだって!」
「人さらいに遭ったとか!」
「なんてかわいそうに」
「早く親御さんを見つけてやりたいねえ」
「ちょっとあっちの街路のヤツに知らせてくるわ」
 途中、事情を知った配達人が、仲間と一緒に配達のついでに街中の宿に知らせることを、無償で請け負ってくれた。酒場の店主が声をかけてくれたらしい。
 街の人々が、ミトとリク、そしてレイミィとディーゴにも、飲み物や食べ物、椅子やテーブルまで差し入れに持ってくる。その時は少し休憩させてもらう。
 レイミィは、歌い続けた。
 いつの間にか、というより、ぬかりなく置かれたカゴには、投げ銭がたまっている。3、4曲に一度くらい、ディーゴは聴衆に向かって深々と頭を下げてみせ、投げ銭の機会をつくる。
 レイミィもそれにつられて、片手を胸に当て、片膝を地につけるように折って礼をする。
 レイミィに降り注ぐ、拍手。指笛と声援。
(……拍手をもらってる、ボク)
 笑顔のリクとミトが、猫たちに囲まれながらレイミィのすぐ前に置かれた椅子に座り、歌に合わせて手拍子してくれている。
 何回目だかもうわからない、迷子の歌の途中。女性の声の、悲鳴のような呼びかけに、リクとミトが振り返った。
「リクーっ! ミトーっ! そこにいるの?!」
「おかあさっ、おかあさーーーん!」
 観衆の前で、リクとミトを抱きしめる母親と、3人を包むように抱く父親。
 湧き上がる拍手と歓声。
 それが少し落ち着いた頃。弦を一度、強めに響かせてから、レイミィは歌い出した。


『♪ 勇気あるルウサの子供らに
  優しきアルバの人々に

  聖なる泉の精霊よ
  どうか祝福をたまわりますよう……  』


 そこで突然、みゃーん、という鳴き声の大合唱! レリーフの上に揃って座った猫たちが、一斉に声を上げたのだ。レイミィが思わず振り返ると、泉の奥からぱあっと光が射し、一瞬で消える。
 人々の拍手と歓声でレイミィは我に返り、観衆の方へ向き直る。「泉の精霊の祝福だ!」と口々に叫ぶ声。レイミィは終わりの弦を鳴らし、ディーゴと一緒に深々と礼をした。


 レイミィは「早くふたりを安心させてあげてください」と、宿の方へ促したのだが。リクとミトの両親は何度も何度もお礼を言い、何かできることはないかと訊いてきた。
「もしどうしてもというのでしたら」
 ディーゴが言うのを、レイミィは最後までは聞けなかった。
「明日からの西門前広場での公演にお越しください。あと他の人にも宣伝よろ、いてっ」
「リク、ミト。じゃあね、元気でね」
 ディーゴの腕を思い切りつねった後、レイミィはしゃがんでふたりの手を取った。リクとミトの小さな手が、レイミィの手を握り返す。
「猫のおねえちゃん、ありがとう!」
「おにいちゃんも、ありがとう」
 ディーゴは黙って、ふたりの頭にポンと軽く手をやる。手を振りながら去っていく彼らを、こちらも手を振って見送った。
(ありがとう、リク、ミト。ふたりのおかげで、ボクは歌えたよ)
 レイミィは少しずつ実感する。自分が人々の前で、歌を歌ったんだということを。


「山分け」
 ディーゴの手の中で、ひも付きの袋がチャリと音を立てる。彼はそれを、レイミィに差し出しながら言った。
支団長バンマスには内緒だぞ」
「え、内緒?」
「報告する必要はない、ってこと」
 ディーゴは、例の宣伝幕を筒状に丸めヒモで縛ったものを背負い、片手に大きな麻袋を抱えている。差し入れ以上に、果物や乾物、酒などを、街の人々にたくさん持たされてしまったのだ。
 レイミィも、背にはギター、体の前面には両手で抱えた小ぶりの麻袋。その麻袋を一度石畳に下ろし、ディーゴからコインの入った小袋を受け取る。外套の内側に手を入れ、受け取った小袋を腰のポーチにしまってから、麻袋を持ち直す。
 まだまだにぎやかな街路を、ふたりはまたゆっくり、並んで歩きはじめた。
「ねえ。あの泉が光ったのは、見た?」
「ああ、あれか。あれは、報告しなくちゃマズいか」
 うーん、とディーゴはうなってみせる。
「まあでも、投げ銭のことだけはナイショ」
「……わかったよ」
「お、素直」
「だって、助けてもらったし」
「助けた?」
「ほら、蹴られそうだったとき!」
「あー、レイミィおまえ、あれは無謀だったよな」
「必死だったんだよっ。しょうがないでしょ!」
「まあでも、直前にでっかい声出したのはよかった」
 ディーゴは麻袋を、反対の手に持ちかえた。
「すぐ気付けたからな」
 ディーゴがレイミィの頭を撫でた。かぶっているフードの上から。
 レイミィは、フードの下から猫耳でピシピシ叩いてやろうかと一瞬考え、しかしそれをせず、黙って撫でられることにする。
(……ボク、精霊の加護のせいか、猫化が進んでるのかな? 撫でられてうれしいとか、まるで猫みたいじゃないか)
 自分が小さかった頃、シルヴィたちにたくさん撫でられたことを、ふと思い出す。ほんの少しの間物思いにふけっていると、ディーゴがポンとレイミィの頭を軽くひとたたきして撫でるのを止め、言った。
「あと。おまえ、ちゃんと歌えたな」
「……うん」
 頭上から聞こえるディーゴの声に、レイミィは素直にうなずいた。
「そりゃあもうガッチガッチに緊張してたのにな」
 ディーゴのからかうような調子にも反論せず、レイミィは少し顔を赤らめて、黙ったまま頬を膨らませていた。たぶん外套のフードで、彼には見えない。
 それから、楽団のいる西門広場まで、ふたりとも話さなかった。
 ただお互いのペースを合わせて、ゆっくりと歩いていく。


 支団長バンドマスターのオクトは、バンダナを巻いた頭に両手を組んで乗せ、椅子に座って話を聞いていた。話が終わると立ち上がり、ディーゴの鼻先に、上に向けた手のひらを突き出す。
「この差し入れはさておき。投げ銭、あるんだろ。隠してたってわかる。没収してやるから出せ」
「えええ、なんで」
「大体おまえはレイミィの横にいただけで、たいした仕事してないだろうが」
 ディーゴはオクトににらまれて、観念したようにコインの入った小袋を懐から取り出し、オクトの手のひらに乗せた。
 オクトは、レイミィの方へは手を差し出さなかった。
(ボクのは見逃してくれたのかな。しょうがない、今度この投げ銭で、ディーゴにおいしいモノでもごちそうしてあげようかな)
 でもそれは、レイミィの早合点だった。
「あとレイミィ。その領主様と奥方様の恋の歌も含めて、明日から、歌いながら街中練り歩け。吟遊詩人楽団バルド・バンドの名前で、な。公演期間中、毎日行ってもらうぞ」
「え」
「じゃ、オレも幕持ちだよね。昼飯代ちょーだい」
 ディーゴが出した手を、オクトがパシンと叩いた。
「レイミィが持ってるだろ? それにディーゴおまえ、これ全部じゃないだろう、まだ隠し持ってるのはわかってるんだからな。じゃ、宣伝、頼んだからな。さあ、とっとと寝ろ! レイミィ、のど冷やさないようにしろよ!」
 返事も何もできないまま、支団長のテントをぽいっと追い出されてしまった。
「おまえのテント、あっちだろ」
 ディーゴが送ってくれるらしい。ふたりは揃って歩き出す。
「舞台テントにいるより楽できそう。ラッキー」
「ラッキー、って」
「適当にやって、適当に遊んで……いや、これはもうひと儲けするチャンスか?」
「え、ちょっと、何考えてるの?」
「それにあの支団長が、あさって以降のメシ代をくれるとは思えない。稼げるときに稼がないとな」
 テントの前で、じゃあまた明日、と言って、ディーゴは自分のテントに去っていった。
 レイミィの寝床は衣装・小道具隊のテントで、彼女以外今は誰もいない。
(まだ働いているみんなには悪いけど。明日のために、とにかく眠らなくちゃ)
 寝る仕度をして、テントの隅の方で毛布にくるまったら、どっと疲れが押し寄せてきた。楽団にいつもいる猫たちが寄ってきて、レイミィのまわりで丸くなる。
 レイミィはすとんと眠りに落ちた。その日は、夢も見なかった。


(吟遊詩人は宣伝する<前編>)・了
【2022.7.29.】
<後編>へつづく


『猫耳吟遊詩人の子守唄』目次とリンク

【レイミィの子供時代・シルヴィ編】
第1話 プロローグ・REBIRTH
第2話 眠りのくにの愛し子よ
第3話 銀竜は歌い、愛し子は眠る
第4話 愛し子は七つの祝福を贈られる
第5話 雪の精霊は銀竜と歌う
++++++
【吟遊詩人楽団編】
第?話 吟遊詩人は宣伝する<前編>
第?話 吟遊詩人は宣伝する<後編>

【スピンオフのような短編(先に書いたのはこっちなのに)】
「素直になる薬」 のちの領主様(若様)の話。
「もっと素直になる薬」 のちの奥方様(ご令嬢)の話。

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