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吟遊詩人は宣伝する<後編>(ある物語の断片・12100字)

物語を断片的に書いています。長編小説(ライトノベル)へのチャレンジ、なのですが、くじけそうなのでnoteにちょっとずつアップすることにしました。断片がつながった時の物語のタイトルは『猫耳吟遊詩人の子守唄』の予定です。

つなげると長編ですが、各話ごと短編のつもりで書いてます。もしよろしければおつきあいください(そんなこと言っておいて、短編にしては長いです、すみません)。

<前編>はコチラからどうぞ


レイミィ:異世界に転生した少女。推定17、18歳。猫耳を持つ”精霊の愛し子”。自分のことを「ボク」と呼ぶ。歌うことが好き。吟遊詩人楽団のメンバー。

ディーゴ:外見は20代の青年。”精霊の愛し子”。吟遊詩人楽団では主に楽団員の警護・支団長の補佐を担当しているらしい。

”精霊の愛し子”:一度死んだ後、精霊(多くは猫)に再び命を継がれた人間。精霊と体が重なっていて、その”加護の証”として精霊の一部(多くは猫耳)が現れる。”加護の証”は見える力を持つ人にしか見えない。

吟遊詩人楽団バルド・バンド:多くの”精霊の愛し子”が所属する、旅する楽団。古くから存在しており、その目的は……。

<4>

(約2600字)

「おはよっ、レイミィ! よく眠れた?」
 西門広場を抜け、街路を少し進んだところで。レイミィとディーゴは、少女に声を掛けられた。
「セッテ! おはよう、今日も来てくれたの?」
「公演の最終日なんでしょ? 今日来なくてどーすんのよ?」
 最初に目に飛び込んでくるのは彼女の、深い栗色の天然の巻き毛。レイミィと同じくらいの年頃で、背丈もほぼ一緒。色白だがレイミィよりやや小麦色味のある健康そうな肌。肩に届くくらいの長さの巻き毛を、編み紐で無造作にまとめている。
 セッテは髪と同じ栗色の瞳をキラリと輝かせ、そして、巻き毛に埋もれ見え隠れしている”加護の証”、やはり栗色の猫耳をピンと立てながら言った。
「今日も一緒に歌うんだからっ」
「あ、ありがと、よろしく」
 セッテはレイミィの左腕をぎゅうっと抱きしめると、自分の頬を腕にすり寄せる。レイミィは彼女の勢いに、少し気圧けおされてしまう。
 アルバの街でよく見る女の子の服は、生成りのシャツに、好みの色に淡く染められたふんわりスカートとベスト。ベストには手の込んだ刺繍が施されている。
 セッテのスカートとベストは染められておらず、シャツと同じ、生地の色のままだ。
 そのかわり、ベストの刺繍がとても色鮮やかで、見事。赤、緑、黄、青と4色も使いながらも、上手に調和が取れている。
 正にこの街の普通の女の子。ただし、その猫耳がなければ。
「なにイチャイチャしてんだか」
 今日も宣伝幕に挟まれているディーゴが、あきれたようにつぶやく。レイミィはセッテの猫耳と猫耳の間を、無意識に撫でていた。
「うふふ、うらましいの~? ね、今日はどこから行くの?」
「えっと」
「最終日だし、この西門街路周辺でいいんじゃないか? 後で南街路の楽器屋に用事あるから、まあ泉の広場にはまた行くか」
「レイミィに訊いたのに!」
「別に一緒だろ」
「レイミィ、こっちから行こ! こっちの環状街路、歩いたことないでしょ」
「う、うん」
 セッテに引っぱられるまま進むことになった。


 セッテに会ったのは、あの迷子のリクとミトに会った次の日だった。
 泉の広場で再びギターを構えたところで、向こうから話しかけてきたのだ。
「私、セッテっていうの! あなたの名前は?」
「レイミィ……だけど、あの、その猫耳……?」
「ああ! うん、あなたと同じモノだよっ! 私もね、昔ちょっとだけ、吟遊詩人楽団バルド・バンドにいたことあるんだー。元楽団員、ってヤツ?」
 えへへ、とセッテはレイミィに笑って見せた。何かこう憎めない、人懐こい笑顔がかわいい、とレイミィは思う。
「ねねね、あの歌、一緒に歌いたい! 領主様の歌、教えて?」
 一度目の前で歌ってみせると、次から一緒に歌ってくれるようになった。
 伸びのある、きれいな歌声。個性的な彼女の声は、歌声になっても彼女の魅力たっぷりで、レイミィはもっと聴きたくなってしまう。だがなぜか、彼女はひとりでは歌ってくれなかった。
 セッテは毎日合流してきて、日暮れに西門広場に帰るまで、一緒に歌い、歩き回るようになった。それが、今日で4日目になる。


『♪ 今日は あなたが生まれた日
  またふたたびの この善き日
  わかちあう ともしびを
  あたえあう ぬくもりを
  
  今日は あなたが生まれた日
  またふたたびの この善き日
  うたいあう よろこびを
  つたえあう いとしさを

  おめでとう おめでとう
  おねでとう おめでとう
  今日は あなたが生まれた日  』


 セッテとふたりで歌い上げ、レイミィのギターも曲の終わりを迎えた。
 もう何度目になるのかわからない、誕生日の歌。
 今日は、繕い物を請け負いつつ布小物を売っているお店の、押しの強いおかみさんに呼び止められた。
「ねえ聞いたよ、歌ってもらうと幸運が訪れるって話! うちの息子も来週誕生日なんだ、ちょっと早まったていで、歌っておくれよ!」
 おととい、たまたま誕生日の子がいて歌ってあげたのが、どうしてこんな事態になっているのか。レイミィが「ヘンな噂を流したのは、ディーゴじゃないよね?」と別の時に問い正したら、ディーゴはそれを否定した。「歌ってもらった後、なんかいいことあったらしいよ、最初のお兄さん。ま、いいんじゃないの、幸運を願って歌ってあげれば」とあっさりしたもので。
「ありがとうね、じゃこれ」
「ご家族の皆様に祝福がありますように」
 ディーゴが厳かに言った。カゴでコインを受け取り、深々と礼をする。レイミィも「どうもありがとうございます」と言って深く頭を下げた。セッテも、レイミィに合わせるように頭を下げる。 
(精一杯心をこめて歌ったつもりだけど。幸運が訪れるかどうかなんて……お礼なんかいただいてしまって、いいのかな?)
 レイミィがそんなことを考えながら、店先でそのお店の家族全員での見送りを受け、立ち去ろうとしたとき。
「またお会いできるなんて、夢のようですねえ」
 突然、それまで一言もことばを発しなかったこの家のおばあさんが、声を上げた。手拍子はおろか、身動きすらなかったおばあさん。
 こちらに両手を差し出してきたので、レイミィは両手で、その左手をそうっと握った。同時にセッテも、おばあさんの右手を、自身の手で挟むように握る。
「素敵なお耳ですねえ、ふたりとも。素敵なお友達がいらしたんですねえ。よかったねえ」
 ああ、この人は、この猫耳が見える人なんだ。そう思ったが、レイミィは黙っていた。
 おかみさんたちは怪訝そうにしている。
「よかったねえ、よかったねえ。またお会いできてうれしいです……セプティーナ姫様」
「ちょっと、かあさんったら、何言ってるのかわからないよ!」
「……私も、また会えてうれしいよ。また会いに来るからね」
 セッテが、微笑みながら、そっと答えた。
 おかみさんと家族は、話を合わせてくれたであろうセッテに礼を言い、おばあさんを連れて店の中へ戻っていった。
 おばあさんの口から出た名前。レイミィがセッテを見ると、セッテはするりとレイミィの手を取って、手をつないできた。
「セッテ、姫様って、まさか」
「にゃは~、バレちゃったか~」
 セッテはそう言って、えへへと笑う。
 セッテ。
 本当の名前は、セプティーナ。
 その名は……アルバの泉の、精霊姫の名。


<5>

(約3500字)

 この街の名は、領名と同じ、アルバ。
 昔、アルバという国があったので、それがそのまま領名になったのだそうだ。
 さらにその前、アルバ国ができる前には4つの国、アーニ、ラーム、バーナ、アーツがあって、水に恵まれたこの土地をめぐって、頻繁に争っていたという。
 あるとき突然、泉が枯れた。
 土地の井戸という井戸も、枯れて水が汲めなくなってしまった。
 このまま争いを続けるなら、泉の恵は戻らない。
 泉の精霊にそう告げられて、人々はやっと争いをやめた。
 そうして4つの国が手を取り合い、アルバという国をつくった。
 赤、緑、黄、青の4色の国旗を掲げ、二度と争わないことを精霊に約束した。
 その精霊との仲介役が、のちに精霊姫と呼ばれるようになった、セプティーナなのだ。


『♪ 私の父は アーニの父とラームの母から生まれた
  私の母は バーナの父とアーツの母から生まれた
  
  私に流れる ふたりの血
  アーニの血 ラームの血 バーナの血 アーツの血
  私はふたりの 4人の子
  アーニの子 ラームの子 バーナの子 アーツの子
  
  すべてを持ち すべてを持たない
  誰かであり その誰でもない
  
  人々よ血に 溺れるな
  アーニの血 ラームの血 バーナの血 アーツの血
  今がそのときと 目を開け
  アーニの子 ラームの子 バーナの子 アーツの子

  さあ捨てろ そのつるぎはいらない
  傷ついた 4人の子らよ
  さあ鳴らせ 祝福の音を
  ひざまずき 耳を澄ませよ
  私は歌う 泉が望むから
  私は捧げる 泉にこの魂を
  
  いつの日か この地に満ちる
  すべてを持ち すべてを持たない
  我らすべての かしこい子らよ
  かならず来る その時その先まで
  精霊との約定やくじょうを 忘れることなかれ
  
  争うことの愚かさを 忘れることなかれ  』


「歌ってくれて、ありがと」
 セッテははい、と木でできたコップを差し出した。
 泉の広場でしばらく歌ってから、休憩しようと聖堂まで移動してきた。聖堂の壁を背にしてベンチや椅子が何脚か置かれていて、レイミィはセッテとふたり並んで座る。
 デイーゴは、ちょっと今のうちに行ってくる、と言って楽器屋に向かった。
「のど、疲れたでしょ? これたぶん効くから」
 飲むと、冷たすぎず、すうっとのどに沁みてゆく。
「おいしい。これは、泉の水?」
「そうだよ。おかわり、いる?」
 そう言ってセッテは、コップに水を満たした。指先がふわりと光っている。
「えへへ、便利でしょ?」
 レイミィはぷっと吹き出してしまった。
「便利って、セッテってば」
「何よ、いらないなら、いいのよ」
「ううん、ボク飲みたい。ありがとう」
 ゆっくり、味わうように飲んだ。
「……ねえ、びっくりした?」
「え? セッテが精霊姫だってこと? うん、それはもう……」
「あっちのアイツは気付いてたみたいだけど。教えてもらってなかったのね」
「ええっ、ディーゴのヤツ。そもそも顔見知り、じゃなくて?」
「今回初めて会ったわ。アイツはまあ、気配で気づいたんじゃない?」
 セッテはレイミィからコップを受け取り、どこかにしまってしまった。
「楽団にいたこと、あるんだよね?」
「そうね。私が一度死んだときに、楽団に助けてもらって。生き返ってからもいろいろやってもらったかなあ」
 セッテはレイミィに寄りかかってきた。レイミィは足元を見つめる。泉の広場の猫たちが周りに集まっていた。
「ちょっと無茶もしてもらった……そしてそのかわり。私はこの街から、この泉から、離れることができないんだあ。こうやって、」
 レイミィの手を、ぎゅうっと握る。
「人にれるのも久しぶり。それもこれも、レイミィのおかげだよ」
「ボクが? 何もしてない」
「歌ってくれたでしょ? レイミィの歌が、私に力をくれたの」
「……本当?」
「そうだよ。だから、歌ってくれてありがと、レイミィ」
 すり寄せられた巻き毛が、くすぐったい。レイミィは胸の中もなんだかくすぐったいような気がして、顔がかーっと熱くなる。
「ボクも、一緒に歌ってくれるのって、うれしかったし、楽しかったよ」
 レイミィがもぞもぞ言うと、セッテはまたえへへと笑った。


 急に、猫たちがファーっと毛を逆立てた。
 セッテの手が、少し強めにレイミィの手を握る。嫌な気配を感じてそちらを見ると、男がふたり、こちらへ近寄ってくるところだった。ふたりの男は、抜身の短剣と麻袋を手にしている。レイミィとセッテは椅子から立ち上がった。
「おとなしく、してもらおうか」
 刀身を、麻袋の陰でちらつかせる。他の通行人には見えないようにしているようだ。
「そっちの、くるくる巻きのねえちゃん、そいつから離れな」
 配達人のような袖の短いシャツの、筋肉をむき出しにした男が言う。もうひとりは外套のフードをかぶった状態で、顔を隠している。こちらも、短剣の切っ先をレイミィたちに向けている。
「……あーあ、もう。こんなおバカがたまに入り込んでくるからさあ」
「なんだと?」
「せっかくもらったチカラ、もったいないじゃないのっ」
 次の瞬間。ザッパーンと大量の水が、頭上から男たちを襲った。立っていられないほどの水量に襲われ、転がってしまう。すかさず、セッテは男たちの短剣をカツンと蹴り飛ばす。
「聖なる泉の水よ! 頭を冷やしなさい!」
「……こ、のやろう……」
 筋肉男が、手をついて起き上がろうとする。レイミィはとっさに、椅子を持ってかけ寄った。椅子で男の背を押さえつけ、のしかかる。でも重さが足りない、どうしたら、とレイミィが思ったと同時に、周りにいた猫たちが両方の男に飛びかかった。男たちが起き上がれないよう、爪で引っかいたり嚙みついたり。
「ちょっと! おとなしく、す、る、の!」
 セッテは椅子ごとレイミィを持ち上げようとした筋肉男に近づき、その額にすっと手をかざした。途端にガク、と男は意識を失う。
「なん……だ、あれは」
 フード男はびしょ濡れの外套を脱ぎ捨て、猫たちを振り払って体を起こした。蹴り飛ばされた短剣を見つけ、よろよろと走り出す。
 瞬間、パシーーンと乾いた音が石畳に響いて、男が倒れた。
「今日はちゃーんと、こういうの、持ってきてたわけ。なんでかって?」
「ディーゴ!」
 ムチの反動を殺して手に取り、ディーゴは、はあっとため息をついた。
 男に近寄って、そのムチで男をぐるぐる巻きにして、端をきゅっと結ぶ。
「おまえら毎日毎日、ずーっとついてくるんだもんな。でも襲ってきてくれないしさあ」
 ディーゴは大きく手を振った。6人の警備隊員が駆け寄ってくる。
「いいかげん最終日だし、捕まえてやらないといけないだろう? って聞いてないか」
「ええ、ずっとついてきてたの?」
 レイミィが言うと、ディーゴは真上にぐうっと両腕を伸ばして伸びをし、ふあっとあくびした。
「まあ、言う必要ないかなって。早いとこ片付けたかったんだけど、なっかなか襲って来てくれないし。こんくらい、わっかりやすいスキじゃないとダメだったなんてな」
 そういえば。楽器屋に行くと言ったディーゴの口調は、少し大げさだったかもしれない、とレイミィは思い出す。
「嘘、ちょっと遊んでたんでしょ」
 セッテがぺしんとディーゴの手ををはたく。
「いやいや、もしかして違ってたら悪いかな、とかあるだろ」
「余計なチカラ、使わせないでよねー」
「だからあんまり負担にならないように、泉までおびき寄せたし」
「なんですって、あんた私をアテにしてたってこと?」
「いやー、そんなことはないですけどー」
「……あの、ふたりとも?」
 レイミィが恐る恐る声をかけると、ふたりの顔が彼女の方へぐいっと向き直る。レイミィはたじろいだ。
「えとあの、警備隊の人が、困ってるので」
「ああ、というわけで」
 ディーゴは、脇にいて声掛けのタイミングを失っていた警備隊の部隊長に、さらりと告げる。
「さっき話した通り、この前の人さらいの仲間に、逆恨みされて襲われちゃったんで。あと、よろしく頼むね」
 椅子を持ったままだったレイミィはすごい脱力感に襲われて、ふにゃっと、椅子を枕にして石畳に座り込んでしまった。そこに猫たちがすり寄ってくる。
 ひっかき傷だらけでびしょ濡れの男ふたりは、警備隊にしょっ引かれていった。


<6>

(約4300字)

 最初の、ミトを麻袋に入れた一人目の人さらいが捕まった時。ディーゴは、彼らの仲間が立ち去るのを見ていたそうだ。次の日からその仲間と別のもう一人が、レイミィたちの後をずっとつけてくるようになった。
「ボクは、さらわれるところだったのか」
 レイミィがつぶやくと、丸めた宣伝幕を背負い手に麻袋を抱えたディーゴが言った。
「いつも通り、もっと小さい子供にしておけばよかったのになあ。こんなでっかいの、持ち運ぶのも面倒だし」
「それは絶対ダメだけど、ディーゴの言う通りかも。なんでだろう?」
「歌える子供ってのに価値を見たのかもな」
「子供、って。ボクそこまで小さくないと思うけど」
「おバカさんたちが、怒りでさらにバカになってたってことよ。あーもう、やんなっちゃう。レイミィとの時間が減っちゃったじゃないの!」
 セッテは怒りながら、レイミィの片腕に抱きついている。
 結局行ってはいなかった楽器店に、3人で訪れた帰り道。楽団の最終公演が、そろそろ終わる時間だった。吟遊詩人楽団バルド・バンドが公演中の西門広場の入り口にたどり着くと、セッテは足を止めた。
 楽団の舞台テントから、かすかに楽団ナンバーワンの歌姫、セリーナの歌が聴こえる。精霊姫のソロ・パート。姫が民衆に向かって、歌で語りかける。
「楽団には、行かないの?」
 レイミィが訊くと、セッテは下を向き、もじもじとする。
「自分の話って、その……年を追うごとにドラマチックになってきてるし。まあ、歌いに来てくれるから、私たちの力が戻るんだけど」
 この公演は、表向きはアルバ領と街に招待されての公演、ということになっている。だが楽団には、公にしていない真の目的があった。
 それは、聖地に”祈り”を捧げ、聖地の力を取り戻すこと。
 聖地の精霊が欲する”祈り”、すなわち魔力を帯びた歌や音楽を聖地に捧げるために、吟遊詩人楽団バルド・バンドはある。
 そして人々に歌を聴かせることで、人々は泉を信じ、大事にしようとする。そうした人々の思いも、泉の精霊とセプティーナの力にするための、歌。
 楽団から一応の説明は聞いていたのだが、レイミィは楽団で歌を歌うことの意味を、この街で初めて知ったような気がした。
(本当に”歌は祈り”なんだね。シルヴィの言ってた通りだ)
 セッテは顔を上げ、再びレイミィの手を取って、言った。
「ねね、最後にここで、一緒に歌おうよ」
「ここで?」
 レイミィがセッテにびっくりしていると、遠くから呼ぶ声がする。
「おねえちゃーん!」
「……ミト! リクも! 元気そうだね!」
 走ってきたふたりはレイミィにがばっと抱きついた。後ろには、小走りで追いついたふたりの両親もいる。
「会えてよかった!」
「あのね、オレたち明日、村に帰るんだ!」
「ねえ猫のおねえちゃん、お父さんとお母さんに、あたしたちの歌、歌って?」
「あたしたちの歌って、あの迷子の歌?」
「うん! オレたち何回も歌って、父さんと母さんに聴かせてあげたんだ!」
「もう1回、おねえちゃんの声で、聴きたいの! ……ダメ、かな?」
 楽団の舞台テントから、わあっと歓声があがった。フィナーレの音楽が流れ、手拍子が聞こえる。
「よーし、1曲目は決定ね! あ、あのあたりがよさそうよ!」
 セッテはぐいぐいとレイミィを引っ張っていき、それにリクたちもついてくる。
 街壁の近く、舞台テントとは少し距離を置くような場所。
 レイミィがギターを取り出すと、リクとミトが拍手した。
 ひとつ深呼吸をして。レイミィはギターを鳴らしながら、声を出す。
 
『♪ アルバの街のみなさまに~、迷子のお知らせをいたします~』

「そこからかよ」
 ディーゴが言うと、みんなが笑った。


『♪ その子の名はリク 勇気ある少年
  妹を助け 親とはぐれた

  道行くアルバの人々よ
  迷い子たちへ導きを

  彼らを愛する父母ちちははが 
  ふたりを探しているだろう
  少年リクはここにいる
  妹ミトも待っている

  聖なる泉の守りのもとに
  吟遊詩人バルドの歌と共にあるから

  優しきアルバの住人よ
  どうか届けてこの歌を

  ルウサの村からやってきた
  ふたりのかわいい子供たち
  彼らを愛する父母ちちはは
  笑顔で抱きしめあえるように

  聖なる泉の守りのもとに
  吟遊詩人バルドの歌と共にあるから

  気高きアルバの人々よ
  どうか伝えてこの歌を
  ルウサの子らはここにいるから   』


「よし、覚えたから私も歌うよ! もう1回!」
 セッテが言うとレイミィは、後奏から切らないでそのまま前奏に持っていく。
 自分とセッテの声が、重なって流れていく。途中途中で、セッテのきれいな歌声がラルラ~とコーラスになるのを聴きながらレイミィは、内側から湧き上がるような楽しさを感じていた。
「おねえちゃんたち、もう1回!」
 ミトから声がかかって、3周目。今度はミトとリクも歌いだす。
 加わる、カスタネットの音。見ると、ディーゴが手にはめて、器用に鳴らしている。
 なんだなんだと人だかりができはじめたので、レイミィは迷子の歌をあわてて終わらせることにする。
(もう迷子じゃないものね)
 レイミィはふふっ、と笑みをこぼす。


『♪ ルウサのふたりの子供らが
  彼らを愛する父母ちちはは
  しっかり抱きしめあえたのは
  気高きアルバの人々の
  その清らかな心のおかげ  
  
  勇気あるルウサの子供らに
  優しきアルバの人々に
  聖なる泉の精霊よ
  どうか祝福をたまわりますよう  』


「まっかせて!」
 セッテが叫ぶと、一瞬あたりが、ふわりと霧雨に包まれた。それが日にあたって、キラキラと反射する。
 わあっ、と歓声が上がり、精霊姫の祝福か、と声がする。
 曲が終わっても、セッテは手拍子を止めない。つられてリクとミトも、そして集まって来た人々も、手拍子を続ける。
 レイミィがセッテの方をうかがうと、う、た、って、と口をぱくぱくしてみせた。レイミィは少し考えて、公演の曲を歌うことにする。


『♪ 私は愛する アルバの民を
  どうか末永く 幸せに
  聖なる泉と 切に願う
  いついつまでも 幸せに
  
  アルバの民に 祝福を
  清らかな水と ともにあれ
  泉はアルバと ともにある
  アルバは泉と ともにゆけ
  
  私は泉とアルバの子
  あふれるばかりの この想い
  枯れを知らない この愛を
  抱いてずっと願うから
  いついつまでも 幸せに  』


 セリーナが歌っていたフィナーレの曲。ギターとカスタネットだけで、公演の演奏よりずっと簡単になってしまっている。それでもにこにこしてくれていたセッテと、わあっと歓声を上げながら拍手をくれるリクとミトに、レイミィは笑顔を向けた。
「はーい、次の曲行こう!」
 そう言ったセッテは、やっぱり照れているように見える。
「領主様の! オレ昨日もおとといも聴いてたんだ! 歌えるぞ!」
「私も歌えるわ!」
 集まりはじめた群衆からのその声で、次の曲が決まった。
 レイミィは迷わずギターを弾きはじめる。人々は揃って歌い出す。


『♪ 泉の前で 待ち合わせるよ
  仮面をつけた 男と女
  手に手を取って 路地から路地へ
  恋するふたりの 靴音が響く
  まるで踊るように まるで歌うように
  
  泉の精霊姫に 祈りを捧げる
  ふたりの恋が 実りますように
  とこしえに幸せで あられますように
  アルバの民の 切なる願いは
  いまがこのとき 聞き届けられた!
  
  さあ葡萄酒を ふたりに注げ
  エールを掲げよ ふたりのために
  吟遊詩人バルドと歌え 祝福の歌を
  我らのすばらしい 領主様のために!
  我らの輝かしい 奥方様のために!  』


 セッテとリクとミト、ふたりの両親、それから歌えると言っていた人の他にも、何人かが一緒に歌った。
「なんだよー、オレも歌えるようになりたいぞ」
「次、ゆっくり歌ってくれよ!」
 というわけで、さっきよりテンポを遅くして、もう一度。
 歌う人が増えた。カスタネットの音も増えて、見ると、ディーゴがカゴを片手に、カスタネットを売り歩いてる。演奏しながらレイミィは首をかしげた。
(あれ、おつかいで頼まれて買ったカスタネットだよね……?)
 また、アンコールがかかった。
 公演が終わった楽団の舞台テントから出てくる人々が、音を聴きつけてこちらにも流れてくる。
 もう大合唱になっている。ギターの音なんか、すっかり霞んでしまって。
 でもレイミィは、楽しくて仕方なかった。
 いったい何周目なのか、わからない。
 リクとミト、それにふたりの両親が笑ってる。
 セッテも、レイミィの横で笑いながら歌う。
 途中から、ギターじゃない弦楽器の音や、笛やマラカス、聴き覚えのあるコーラスが混じっていた。人だかりの向こうで、楽団の奏者が演奏していた。移動できる楽器だけ、駆けつけてくれたようだ。レイミィに向かって、ぴょんぴょん飛び上がって、手を振っている。
「はーい、次で最後でーす。最後ですよー」
 カスタネットを打ち鳴らして、ディーゴが声を張り上げる。最後? 最後だって! と、あちこちで声が上がり、なんとなく全員に伝わったようだ。
 レイミィは、ギターを鳴らす手を止めた。
 そして、一瞬すっと音が消えた時。
 レイミィは腹の底から、出せる限りの大声で叫んだ。

「最後! 大きな声で、歌って! この歌が、届くように!」
 レイミィの、体の奥からあふれるような何かが、ギターの弦を押え、鳴らす。
 レイミィを、歌わせる。
(みんな、ありがとう。こんなに幸せで、いいのかな?)
 一緒に歌うそれぞれの声もとても幸せそうで、レイミィはうれしくなる。
(どうか。セッテに、届きますように。セッテが本当にいる場所まで、届け!)
 アルバの人たちが迷子の歌を聴いて、届けてくれたように。
 この歌をセッテに、届けて欲しい。届け続けて欲しい
 自分たちが、このアルバの街を去っても。


 セッテは、いつの間にかいなくなっていた。
 リクとミトに改めてお別れを言い、レイミィとディーゴは、楽団員たちと共にテントに戻った。空がすっかり、夕日色になっていた。


<7・エピローグ>

(約1700字)

 聖堂のある場所。そこは、かつてセプティーナ姫が、泉の精霊に祈りの歌を捧げていた場所。死んで復活した彼女を、4つの国の子供らが見た最後の場所。
 姫の祈りが泉に届き、泉や井戸が再び水をたたえるようになると、姫は姿を消した。4つの国の子供たち、かつて姫と交流のあった者たちが、その場所に聖堂を建てた。そしてその後、なにか問題が起こるたびこの聖堂に訪れるようになる。姿も見えず返事をすることもないセプティーナに向かって、彼らは相談事を話す。その名残で、聖堂の中には今も、区切られた小さな部屋がある。
 部屋には窓がない。壁にセプティーナ姫の姿を模したタペストリーが掛けられており、あとは椅子が一脚置かれているだけ。
 タペストリーの少女は、生成りに4色の刺繍が施された服を着ていた。


 レイミィは、その椅子に座って、タペストリーをしばらく眺めていた。
 公演終了の次の日から、あちこちの片付けにかり出される毎日だった。4日目の今日、やっと全員に休日が与えられ、レイミィはこの聖堂を訪れることにした。
 明日、吟遊詩人楽団バルド・バンドは出発する。
「ボクも。セッテと同じで、人よりちょっと長生きなんだって。だから」
 タペストリーのセッテを見つめながら、レイミィは言った。
「また、会おうね。いつかまた楽団は、ここに来るだろうから」
 タペストリーの姫は、レイミィに向かって微笑んでいる。
(でもこれは、本当のセッテじゃないものね。セッテはちょっとはにかむように、えへへ、って笑うんだ)


「もういいのか?」
 聖堂から出ると、外で待っていたディーゴに声をかけられた。また楽器屋に行くという彼に同行し、この広場まで来たのだ。
「うん。ありがとう、お待たせ」
「じゃ荷物持ち、頼むからな」
 楽器屋へ行くと、ディーゴは店主に怒られた。
「カスタネットばっかり、そんなに在庫してるわけないだろうが!」
「ええ、おみやげに頼まれてんだよ。一度本部に戻るからさ、そこのちびっこ用にって。なんとかなんない?」
「ならん!」
 店主は結婚を機に引退した元楽団員なのだそうで、楽団にいたときは楽器のメンテナンス担当だったと、レイミィに教えてくれた。
「店主さん、他の楽器は、ないのかな?」
「あーそうね、この際なんでもいっか。いちばん安いの、どれ?」
「おまえにはもう売らん」
「まあ、そんなこと言わずに、頼むよ」
「売、ら、ん! あのカスタネット、街の連中に上乗せして売ったのも許してないからな」
 結局、楽器はレイミィが買う、という形を取ることでなんとか収めた。ふたりは子供が持ちやすそうな笛や小さな太鼓を入れた麻袋を抱えて、街路を歩き出す。
「おまえ、自分の買い物はいいのか?」
「うーん、今のところ困ってる物ないし。あ、そうだ」
 レイミィはディーゴを見、それから視線を外して、言った。
「大漁パン、食べない? おごるからさ」
「え、おごり? なんで?」
「なんで、って」
(ディーゴに、いっぱい守ってもらったような気がするから)
「……うん、まあなんとなく? あ、でも嫌ならいいよ」
「ごちそうさまでーす」
 ディーゴのいつもの調子に、レイミィはなんとなく拍子抜けしてしまう。魚の焼ける香りが近くなり、店主はふたりに気が付いて、大きく手を振った。
 焼き上がりを待つ間、呼ばれた気がしてレイミィは後ろを振り返る。泉の方に、虹が見えた。それまで雨なんか降っていなかった。
(セッテってば。なんで今なの? さっきまで聖堂にいたんだよ?)
 照れくさそうにえへへ、と笑う姿が脳裏に浮かんだ。「お待ちどうさま!」と店主に声をかけられ、支払いを済ませる。もう一度、レイミィが泉の方の空を見ると、虹は消えていた。
(バイバイ、レイミィ。待ってるから)
 耳にしたようなその声はたぶん、気のせいじゃない。
(……うん。待っててね、セッテ)
 レイミィは心の中でつぶやくと、デイーゴからパンを受け取った。大漁パンは初日と変わらずおいしかった。いつかまたこの街に来た時、泉が今と同じように守られてて、セッテも変わらずにえへへ、と笑ってくれたらうれしいな、とレイミィは思った。


(吟遊詩人は宣伝する<後編>)・了
【2022.7.29.】


『猫耳吟遊詩人の子守唄』目次とリンク

【レイミィの子供時代・シルヴィ編】
第1話 プロローグ・REBIRTH
第2話 眠りのくにの愛し子よ
第3話 銀竜は歌い、愛し子は眠る
第4話 愛し子は七つの祝福を贈られる
第5話 雪の精霊は銀竜と歌う
++++++
【吟遊詩人楽団編】
第?話 吟遊詩人は宣伝する<前編>
第?話 吟遊詩人は宣伝する<後編>
  

【スピンオフのような短編(先に書いたのはこっちなのに)】
「素直になる薬」 のちの領主様(若様)の話。
「もっと素直になる薬」 のちの奥方様(ご令嬢)の話。

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