見出し画像

眠りのくにの愛し子よ【詞】(と、物語の断片)

ある物語の劇中詞です。先に出来た詞を元に、物語を断片的に書いています。長編小説(ライトノベル)へのチャレンジ、なのですが、くじけそうなのでnoteにちょっとずつアップすることにしました。断片がつながった時の物語のタイトルは『猫耳吟遊詩人の子守唄』の予定です。


【劇中詞】眠りのくにの愛し子よ

眠りのくにのいと

  ぷかりと浮かぶ舟のうえ
  ゆうらりゆらりと 運ばれて
  今宵もおまえは旅に出る

  はばたく鳥の羽のなか
  ふうわり風に 運ばれて
  今宵も夢の旅に出る

  るるるらるらる るるらるら
  おめめをつぶればすぐそこに
  眠りのくには あらわれる

  おやすみおやすみ おやすみよ
  眠りのくにの旅人よ
  笑顔ですすむ その道に
  祈りのうたをとどけるよ

  +++

  この胸の音がうたいだす
  あふれるような このいとおしさ
  眠りのくにの愛し子に
  伝えておくれ とどけておくれ

  おやすみおやすみ おやすみよ
  眠りのくにの雛鳥よ
  いつしか巣立ち去るものよ
  それでも私はうたうだろう
  祈りのうたは つづくだろう

  るるるらるらる るるらるら
  陽だまりのよなぬくもりを
  抱いて眠る愛し子よ


【物語の断片】眠りのくにの愛し子よ(2600字)


 ストーブに火を入れた。火の揺れ動く様を見、薪のはぜる音をぼんやりと聞く。なぜ自分はこんなことをしているのだろう。そんな疑問が表層にのぼってきたとき、シルヴィは気付いた。ああこれは、きっと何かが起こる前触れなのだ。
 人のカタチをした”竜”であるシルヴィは、灯りや熱を必要としない。こんな冬の夜の、雪山の上でも。この山小屋に来ても、シルヴィがストーブを使うことはまずない。
 いつもと違うことをしている、それが予兆であり予感。
 だからシルヴィは驚かなかった。
 りぃん、という懐かしい、既知の鈴の音を聴いたときも。
 小屋の戸を開けたとたん倒れこんできた、長い髪の少女を抱きとめたときも。
 ただ、久しぶりに人の熱に触れた、そう思った。
 何も身に着けていない彼女の体は、ひどく冷えていたにもかかわらず。

 自らがかけていたローブを少女に巻き付け、抱いたままストーブの前の揺り椅子に座る。
 冷たい体を温めなくては。シルヴィは目を閉じ、魔力で自身の体温を上げる。
 目をゆっくりと開けると、改めて少女を観察した。
 年は5、6歳だろうか。足元まで伸びた長い髪は明るいオレンジ色で、少しの金と茶が混ざる。同じ色の長いまつ毛は伏せられていて、頬が腫れているのは泣いた跡だろう。
 そして、人間の耳とは別に。頭に、髪と同じ色の猫の耳が見えている。
 これは実体ではなく、この世界の精霊に愛された証。ということはつまり。
 バタンと小屋の扉が開く。白い羽毛、赤く長い脚を持つ大きな鳥が入ってきた。
「やあ、コニア。この子は、キミが運んでいた卵に入っていた子かな?」
 大きな鳥、コウノトリのコニアは、真っ赤なくちばしを何度もカツカツ言わせ、黒い羽先をバサバサと振った。
(ああ、よかった、見つかった~。そうです銀竜シルヴィ様! 運んでたら動き出して、空中で落としちゃったんですう~)
 コニアのような生物の精霊たちの声は、音にはならず相手に直接響く。
 シルヴィにもそれは出来るのだが、シルヴィは普通に声に出して返事をした。
「ボクがこの子を保護していることを、ロッカとクレインに伝えてきてくれないか? 温かい食事や服が必要なんだ。頼めるかな?」
(……この子、死んでない? 助かりますか?)
「大丈夫だよ。ほら、起きたら何か食べさせてあげたいから。頼むね」
 コニアは持っていた大きな布を自身の首に巻きなおし、出て行く。小屋の扉をきっちり閉め、バサリと音をたて飛び立っていった。

 シルヴィはそっと少女の頬に触れる。眠っている少女は時折眉根を寄せ、何事か小さな声でつぶやく。彼女の見ている悪夢がシルヴィにも伝わる。
 彼女は夢の中で、ずっと自分を責めている。
「……キミは今日、ここに生まれたんだよ」
 シルヴィは少女の髪をすくように頭を撫でた。
「生まれてきてくれてありがとうって、言いたいんだけどな。起きてもらうためには、善き眠りが必要なんだろうね」
 シルヴィはそうつぶやくと、透き通るような銀白色の長い髪を揺らし、ゆっくりと歌いはじめた。


『♪  ぷかりと浮かぶ舟のうえ
  ゆうらりゆらりと 運ばれて
  今宵もおまえは旅に出る

  はばたく鳥の羽のなか
  ふうわり風に 運ばれて
  今宵も夢の旅に出る

  るるるらるらる るるらるら
  おめめをつぶればすぐそこに
  眠りのくには あらわれる

  おやすみおやすみ おやすみよ
  眠りのくにの旅人よ
  笑顔ですすむ その道に
  祈りのうたをとどけるよ……』


 それは、市井の人々が子供に歌う子守唄。
 彼女の夢に届くよう、少しの魔力を載せる。
 少女の表情が次第にやわらかくなってくるのを見届けながら、シルヴィは歌った。


『♪  ……この胸の音がうたいだす
  あふれるような このいとおしさ
  眠りのくにの愛し子に
  伝えておくれ とどけておくれ

  おやすみおやすみ おやすみよ
  眠りのくにの雛鳥よ
  いつしか巣立ち去るものよ
  それでも私はうたうだろう
  祈りのうたは つづくだろう

  るるるらるらる るるらるら
  陽だまりのよなぬくもりを
  抱いて眠るいとよ……』


(ほらね、大丈夫。キミはちゃんとここにいる)
(ここにいて、あたたかくて、ぐっすりと眠れる)
(キミは頑張って生きて、ここまで来たんだよ)

「だから、安心してお眠り」

 まじないのように繰り返し歌い、夢の中の少女に語りかける。
 少女の重みと体温を感じながら、ああ自分はこの子を待っていたんだ、と悟った。
 毎夜この山の上でひとり、月の光を浴びながら。
 なぜまだこの地を去らないのか、シルヴィは自分でもわかっていなかった。
 もう行かなければならない、ずっとそう感じながら、それなのに。
 それも予兆だったのだと、彼女の温かさに触れてやっと気づいたのだ。

 3つの月の昇るこの世界では。
 精霊に愛された者が死を迎えた時、精霊に卵にされ、生まれ変わることがある。
 この世界ではない、どこか遠いところから精霊に連れられてきた少女も、この因果に組み込まれたようだ。
 彼女が見ていた悪夢は前世の記憶で、それが残るのも精霊に愛される代価のひとつ。
 なぜこんなひどいことをと問われても、それ以上に精霊、世界は愛し子を必要としている、としか返すことができない。
 そう、だから。
「この世界に、生まれてきてくれてありがとう、レイミィ」
 シルヴィはそっと、彼女の新しい名前をつぶやいた。
 少女に重なる精霊がふわりと光を放ち、ゆっくりと元に戻る。
 まだ夢の中の少女、レイミィは、悪夢が遠くなったのを感じた。
 いつの間にか、やわらかいあたたかな光の中にいて、誰かのやさしい歌を聴いている。

(ほらね、大丈夫。キミはちゃんとここにいる)
(キミは頑張って生きて、ここまで来たんだよ)

 その誰かのことばも、歌になって、どこか深いところに沁みこんでくる。
 もう少し、このままで。名付けられたことも知らず、少女は甘えるように眠る。
 穏やかな呼吸を繰り返しそのうち、そのまぶたはすうっと、迷いなく開かれるのだろう。
 それまで、その時までは、まだ。
 眠りのくにの愛し子へ、シルヴィの子守唄はつづく。


(眠りのくにの愛し子よ)了
【2022.6.11.】
【2022.9.3. 一部加筆修正】

++第2話-1++
→ 第2話-2『銀竜は歌い、愛し子は眠る


『猫耳吟遊詩人の子守唄』目次とリンク

#猫耳吟遊詩人の子守唄  ←ジャケ付き更新順一覧です

第1話 プロローグ・REBIRTH (3100字)
第2話-1 眠りのくにの愛し子よ (2600字)
第2話-2 銀竜は歌い、愛し子は眠る (3500字)
第3話 愛し子は七つの祝福を贈られる (6700字)
(間奏-1) 雪の精霊は銀竜と歌う (2100字)
(間奏-2) あなたにここにいてほしい(650字)
第4話-1 愛し子は祈り、朝を迎える(8700字)
第4話-2 誰にも、聴こえないように(6000字)
第5話 卵は嘆き、愛し子は歌う(11500字)
第6話-1 銀竜は問い、愛し子は冀う(7500字)
第6話-2 愛し子は出会い、精霊たちは歌を奏でる(7600字)
第6話-3 樹に咲く花は(7000字)
++++++
第?話 吟遊詩人は宣伝する<前編> (12600字)
第?話 吟遊詩人は宣伝する<後編> (12100字)

この記事が参加している募集

#眠れない夜に

69,357件

ご来店ありがとうございます! それに何より、 最後までお読みいただき、ありがとうございます! アナタという読み手がいるから、 ワタシは生きて書けるのです。 ありがとう、アリガトウ、ありがとう! ー➖ ー➖ ー➖ ー➖ ー➖ ー➖ ー➖ ー