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REBIRTH【詞】(と、物語の断片)

ある物語の劇中詞です。先に出来た詞を元に、物語を断片的に書いています。長編小説(ライトノベル)へのチャレンジ、なのですが、くじけそうなのでnoteにちょっとずつアップすることにしました。断片がつながった時の物語のタイトルは 『猫耳吟遊詩人の子守唄』の予定です。


【劇中詞】REBIRTH~オカエリナサイ~

 
REBIRTH ~オカエリナサイ~
 
 カエロウ カエロウ 卵の中へ
 かえろう かえろう 卵の中へ

 生まれかわりのこどもらは
 はじまりにかえる 卵からかえ
 我らが望んだいと
 さだめをえる すべてを変える

 歌い手の歌は我らの祈り
 卵はすべての歌のはじまり

 おまえは選んでかえるのだ
 あたたかくつめたい卵の中へ
 みずから捨ててかえるのだ
 つめたくてあたたかい卵の外へ

 カエロウ カエロウ 卵の外へ
 かえろう かえろう 卵の外へ

 そうしてふたたび泣きながら
 声のかぎりに叫びながら
 おまえは生まれてくるんだよ

 オカエリ オカエリ オカエリナサイ 


【物語の断片】 プロローグ・REBIRTH(3100字)


『♪ ×××××……
  ×××××……
  カエロウ カエロウ……  』

 かろうじて、その部分だけ聴きとれた。複数の声が、私にわからない言葉で歌っている。歌がうるさくて、でもここはとても静かな場所。私は膝を抱えた格好で、重力を気にせずふわふわと浮いている。だけど拘束されたように、どこにも行けない。
 うるさくて静かで、自由なのに動けない。明るくてあたたかい、不思議な空間。
 眼下に、映像のように浮かんでいる光景。突っ伏して倒れている人間、あれは私。桜井巳鈴みれい、35歳女、独身一人暮らし。帰宅したときアパートのドアの前で急に意識を失って、倒れて……死んだ。それはついさっきのことのようで、だいぶ前のような気もする。
 私の意識は今までの人生を振り返るように、過去の出来事を再放送する。時間をゆっくりと足早にさかのぼりながら、余計なところで立ち止まる。なんて趣味の悪い走馬灯。困った名場面ばかり、こんなの見なくていいのに。

 りぃん、と澄んだ鈴の音がした。同時に一匹の猫が現れて「にゃーん」と鳴いた。
 猫は自身の耳と耳の間を私にすりつける仕草をする。……アビィ、だ。これは走馬灯じゃないよね? アビシニアンのアビィ。妹がお義父さんとお母さんにおねだりをして買ってもらって、名前も妹がつけたのだけど……アビィは私の、唯一の理解者だった。もしかして、迎えに来てくれたの?
「にゃーん」
 アビィはうれしそうに返事をする。撫でてあげたいけど、胎児のようなカタチで浮かんでいる私にはもう、体がない。声も出ない、アビィにありがとうって伝えたいのに。
 もし叶うなら、もう一度アビィに歌を歌ってあげたい、と思う。アビィがまだ生きていて一緒に暮らしていた頃、家族には聞こえないよう小声で歌う私の声に、にゃーんって上手に合わせてくれるアビィ。私の人生で、あの時ほどうれしかったことはない。
 アビィが、私を救ってくれた。会えてよかった。だからありがとうって、歌いたいのに。
 ……”歌いたい”、のに?

『♪ カエロウ カエロウ

  オマエ……望むナラ
  そこがオマエのカエル……

  ×××××……
  ×××××……
  ……選んデ捨てルのダ
  ミズカラ捨てて選ぶノダ……  』

 ずっと続いていた歌が私の中に入ってきて、少しずつ意味のある言葉になる。
「にゃーん?」
 アビィが鳴いて、思い出した? と言うように小首をかしげる。
 そう、私……歌いたかった。歌うことが好きだった。心の底から、飢えるように。小さい頃から好きで、それだけで幸せだったのに、私はそれを捨てた。捨てるためにそれを無視し考えないようにし、なかったことにして忘れた、傷つきたくなかったから。
 私は歌うためにこの生を選んだのに、苦しくていろんなことがつらくなって手放してしまった。
 私は……自ら選んで、大事なものを捨てていたのだ。

『♪ ……カエロウ カエロウ
  おまえがそれを望むなら
  そこがおまえのカエル場所

  秩序を守りすすむ道
  秩序に逆らいすすむ道
  おまえが選んで捨てるのだ
  みずから捨てて選ぶのだ

  リンネノコトワリヲクズサズ
  リンネノコトワリニサカラウ
  
  捨てて選ぶが我らなら
  のむべきごうは我らのごう
  おまえは我らのいとだから

  みずから望み願うなら
  歌い手の歌はここにある……  』

 もうずっとわんわんと鳴り響いていた歌。歌は私の中に沁み込み、わからなかった言葉も明確な意味を成す。歌っていたのは、アビィ……たち。
 そうして彼らの願いが伝わってくる。彼らの世界へどうか一緒に来てほしい、だけど彼らが私を無理に連れていくことはできない、と。世界を超える代価がいくつかあり、それには痛みを伴うかもしれない。それでも私が彼らを選ぶなら、彼らは私の手助けをしてくれる、という。私が、自らの望みを叶えるために。
 歌うことが好き。どこか内側から湧き上がりあふれる、この持て余すような想いを。そんなふうに叶えても、いいの?

『♪ ……それを誠に望むなら
  願いは我らと共にある
  歌い手の歌は我らの祈り
  おまえは我らの愛し子だから
  
  おまえは選んでカエルのだ
  みずから選んでカエルのだ…… 』

 どれくらいの間だったか、私は彼らの歌を聴いていた。
 冷静で力強くあたたかい歌声が、私をやさしく撫でていく。
 
 そして、私は選んだ。
 
 私は、歌いたい。
 だからアビィ、私を連れていって。

 そのとたん、光が広がっていくようなまぶしさを感じて、気が付くと私は卵の中にいた。卵のあたたかさを感じると同時に、今世の記憶が羊水のように私を包み込む。
 私が異世界へ生まれ変わる、そのために必要なことわり。輪廻の理を崩さず、輪廻の理に逆らわず、過去の記憶を残したまま私は書き換えられる。それ故にこの記憶を捨てることはできないのだと、何かが私にそう告げた。
 その記憶は私にとって、自ら覚めることのできない悪夢。目を閉じることも、耳を塞ぐこともできない……やめて、わかったから、もういいから。ごめんなさい、もう見たくないの、思い出したくないの……!

 永遠のような一瞬の時間。私はあたたかい卵の中で、うねるような記憶の洪水と共にいた。歌はずっと続いている。繰り返されるユニゾンと、鳴り響くようなハーモニー。
 そしていつの間にか、彼らの歌に様々なリズムが加わっていた。
 シャンシャンシャン、ポンポンポンポン、トントントン……。
 時計の針より少し早めのテンポで厚みを増していく、たくさんの音。
 ……トントントン……ドンドンドンドン。トクントクン、ドクンドクン。
 ああ、胸が痛い。胸が痛くて、ここも歌に合わせるように鳴っているのだとわかる。
 そうやって。私の胸の鼓動が、アビィたちの歌と重なってゆく。
「にゃーん」
 アビィが鳴いた。そして、りぃん、という鈴の音と共に、アビィは私に重なって、消えた。


『♪ ……カエロウ カエロウ 卵の中へ
  還ろう 還ろう 卵の中へ

  生まれかわりのこどもらは
  はじまりに還る 卵から孵る
  我らが望んだ愛し子は
  さだめを換える すべてを変える

  歌い手の歌は我らの祈り
  卵はすべての歌のはじまり

  おまえは選んで還るのだ
  あたたかくつめたい卵の中へ
  みずから捨てて孵るのだ
  つめたくてあたたかい卵の外へ

  カエロウ カエロウ 卵の外へ
  孵ろう 孵ろう 卵の外へ

  そうしてふたたび泣きながら
  声のかぎりに叫びながら
  おまえは生まれてくるんだよ

  オカエリ オカエリ オカエリナサイ……   』


 卵が、割れた。
 あたり一面の雪。
 黒く続いている木々のシルエット。
 夜空には、3つの満月。
 卵の中でずっと泣いていたからだろう、冷たい空気にさらされて顔がひりひりと痛み出す。
 寒い寒い、寒い……怖い。ここはどこ? 動くけれど思い通りにいかない体で、無我夢中で、とにかく前に進む。
 先の方に光が見えた。あそこに小屋がある! 窓からもれている光を見て、また涙があふれてくる。扉の直前で雪に足を取られ転ぶ。違う、自分の髪の毛を踏んだ? 全身が冷たい、私、はだか? 手足が小さい……子供の体?
 扉がぎいっと音を立て、中から誰かが出てきた。なんとか起き上がり、でもまた倒れ込んでしまった私を、その誰かはしっかりと抱きとめる。
 りぃん、と鈴の音が聴こえて。もう大丈夫だ、って何故か思えて。
 私はそこで、意識を手放したのだ。


(プロローグ・REBIRTH)了
【2022.6.11.】
【2022.9.10. 誤字修正】

++第1話++


つづきの断片はこちら ↓ です。


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