REBIRTH【詞】(と、物語の断片)
【劇中詞】REBIRTH~オカエリナサイ~
【物語の断片】 プロローグ・REBIRTH(3100字)
『♪ ×××××……
×××××……
カエロウ カエロウ…… 』
かろうじて、その部分だけ聴きとれた。複数の声が、私にわからない言葉で歌っている。歌がうるさくて、でもここはとても静かな場所。私は膝を抱えた格好で、重力を気にせずふわふわと浮いている。だけど拘束されたように、どこにも行けない。
うるさくて静かで、自由なのに動けない。明るくてあたたかい、不思議な空間。
眼下に、映像のように浮かんでいる光景。突っ伏して倒れている人間、あれは私。桜井巳鈴、35歳女、独身一人暮らし。帰宅したときアパートのドアの前で急に意識を失って、倒れて……死んだ。それはついさっきのことのようで、だいぶ前のような気もする。
私の意識は今までの人生を振り返るように、過去の出来事を再放送する。時間をゆっくりと足早にさかのぼりながら、余計なところで立ち止まる。なんて趣味の悪い走馬灯。困った名場面ばかり、こんなの見なくていいのに。
りぃん、と澄んだ鈴の音がした。同時に一匹の猫が現れて「にゃーん」と鳴いた。
猫は自身の耳と耳の間を私にすりつける仕草をする。……アビィ、だ。これは走馬灯じゃないよね? アビシニアンのアビィ。妹がお義父さんとお母さんにおねだりをして買ってもらって、名前も妹がつけたのだけど……アビィは私の、唯一の理解者だった。もしかして、迎えに来てくれたの?
「にゃーん」
アビィはうれしそうに返事をする。撫でてあげたいけど、胎児のようなカタチで浮かんでいる私にはもう、体がない。声も出ない、アビィにありがとうって伝えたいのに。
もし叶うなら、もう一度アビィに歌を歌ってあげたい、と思う。アビィがまだ生きていて一緒に暮らしていた頃、家族には聞こえないよう小声で歌う私の声に、にゃーんって上手に合わせてくれるアビィ。私の人生で、あの時ほどうれしかったことはない。
アビィが、私を救ってくれた。会えてよかった。だからありがとうって、歌いたいのに。
……”歌いたい”、のに?
『♪ カエロウ カエロウ
オマエ……望むナラ
そこがオマエのカエル……
×××××……
×××××……
……選んデ捨てルのダ
ミズカラ捨てて選ぶノダ…… 』
ずっと続いていた歌が私の中に入ってきて、少しずつ意味のある言葉になる。
「にゃーん?」
アビィが鳴いて、思い出した? と言うように小首をかしげる。
そう、私……歌いたかった。歌うことが好きだった。心の底から、飢えるように。小さい頃から好きで、それだけで幸せだったのに、私はそれを捨てた。捨てるためにそれを無視し考えないようにし、なかったことにして忘れた、傷つきたくなかったから。
私は歌うためにこの生を選んだのに、苦しくていろんなことがつらくなって手放してしまった。
私は……自ら選んで、大事なものを捨てていたのだ。
『♪ ……カエロウ カエロウ
おまえがそれを望むなら
そこがおまえのカエル場所
秩序を守りすすむ道
秩序に逆らいすすむ道
おまえが選んで捨てるのだ
みずから捨てて選ぶのだ
リンネノコトワリヲクズサズ
リンネノコトワリニサカラウ
捨てて選ぶが我らなら
のむべき業は我らの業
おまえは我らの愛し子だから
みずから望み願うなら
歌い手の歌はここにある…… 』
もうずっとわんわんと鳴り響いていた歌。歌は私の中に沁み込み、わからなかった言葉も明確な意味を成す。歌っていたのは、アビィ……たち。
そうして彼らの願いが伝わってくる。彼らの世界へどうか一緒に来てほしい、だけど彼らが私を無理に連れていくことはできない、と。世界を超える代価がいくつかあり、それには痛みを伴うかもしれない。それでも私が彼らを選ぶなら、彼らは私の手助けをしてくれる、という。私が、自らの望みを叶えるために。
歌うことが好き。どこか内側から湧き上がりあふれる、この持て余すような想いを。そんなふうに叶えても、いいの?
『♪ ……それを誠に望むなら
願いは我らと共にある
歌い手の歌は我らの祈り
おまえは我らの愛し子だから
おまえは選んでカエルのだ
みずから選んでカエルのだ…… 』
どれくらいの間だったか、私は彼らの歌を聴いていた。
冷静で力強くあたたかい歌声が、私をやさしく撫でていく。
そして、私は選んだ。
私は、歌いたい。
だからアビィ、私を連れていって。
そのとたん、光が広がっていくようなまぶしさを感じて、気が付くと私は卵の中にいた。卵のあたたかさを感じると同時に、今世の記憶が羊水のように私を包み込む。
私が異世界へ生まれ変わる、そのために必要な理。輪廻の理を崩さず、輪廻の理に逆らわず、過去の記憶を残したまま私は書き換えられる。それ故にこの記憶を捨てることはできないのだと、何かが私にそう告げた。
その記憶は私にとって、自ら覚めることのできない悪夢。目を閉じることも、耳を塞ぐこともできない……やめて、わかったから、もういいから。ごめんなさい、もう見たくないの、思い出したくないの……!
永遠のような一瞬の時間。私はあたたかい卵の中で、うねるような記憶の洪水と共にいた。歌はずっと続いている。繰り返されるユニゾンと、鳴り響くようなハーモニー。
そしていつの間にか、彼らの歌に様々なリズムが加わっていた。
シャンシャンシャン、ポンポンポンポン、トントントン……。
時計の針より少し早めのテンポで厚みを増していく、たくさんの音。
……トントントン……ドンドンドンドン。トクントクン、ドクンドクン。
ああ、胸が痛い。胸が痛くて、ここも歌に合わせるように鳴っているのだとわかる。
そうやって。私の胸の鼓動が、アビィたちの歌と重なってゆく。
「にゃーん」
アビィが鳴いた。そして、りぃん、という鈴の音と共に、アビィは私に重なって、消えた。
『♪ ……カエロウ カエロウ 卵の中へ
還ろう 還ろう 卵の中へ
生まれかわりのこどもらは
はじまりに還る 卵から孵る
我らが望んだ愛し子は
さだめを換える すべてを変える
歌い手の歌は我らの祈り
卵はすべての歌のはじまり
おまえは選んで還るのだ
あたたかくつめたい卵の中へ
みずから捨てて孵るのだ
つめたくてあたたかい卵の外へ
カエロウ カエロウ 卵の外へ
孵ろう 孵ろう 卵の外へ
そうしてふたたび泣きながら
声のかぎりに叫びながら
おまえは生まれてくるんだよ
オカエリ オカエリ オカエリナサイ…… 』
卵が、割れた。
あたり一面の雪。
黒く続いている木々のシルエット。
夜空には、3つの満月。
卵の中でずっと泣いていたからだろう、冷たい空気にさらされて顔がひりひりと痛み出す。
寒い寒い、寒い……怖い。ここはどこ? 動くけれど思い通りにいかない体で、無我夢中で、とにかく前に進む。
先の方に光が見えた。あそこに小屋がある! 窓からもれている光を見て、また涙があふれてくる。扉の直前で雪に足を取られ転ぶ。違う、自分の髪の毛を踏んだ? 全身が冷たい、私、はだか? 手足が小さい……子供の体?
扉がぎいっと音を立て、中から誰かが出てきた。なんとか起き上がり、でもまた倒れ込んでしまった私を、その誰かはしっかりと抱きとめる。
りぃん、と鈴の音が聴こえて。もう大丈夫だ、って何故か思えて。
私はそこで、意識を手放したのだ。
(プロローグ・REBIRTH)了
【2022.6.11.】
【2022.9.10. 誤字修正】
++第1話++
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