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銀竜は問い、愛し子は冀う(物語の断片・7500字)

ある物語の断片です。長編小説(ライトノベル)へのチャレンジ、なのですが、短編小説のように書いてnoteにちょっとずつアップすることにしました。断片がつながった時の物語のタイトルは『猫耳吟遊詩人の子守唄』の予定です。

・ひとつ前のお話:
  第5話『卵は嘆き、愛し子は歌う
・記事の終わりに目次(全話へのリンク)を貼りました。


【物語の断片】銀竜は問い、愛し子はこいねがう(7500字)

レイミィ:この世界に転生したばかりの、推定5、6歳の少女。猫耳を持つ”精霊の愛し子”。シルヴィとロッカにならって自身を”ボク”と呼称するが……。
シルヴィ:銀竜。人の姿を持った精霊。
ロッカ:雪の精霊。青年の姿をしている。
クレイン:樹の精霊。女性の姿をしている。
コニア、コニオル、コニエッタ:精霊になったコウノトリ。愛し子の卵を運ぶ役目を持つ。
ターニャ:ティルブ村にある孤児院の院長。

桜井巳鈴みれい:レイミィの前世。
アビィ:桜井家で飼われていた猫。猫の精霊。今はレイミィに重なっている。

”精霊の愛し子”:一度死んだ後、精霊に再び命を継がれた人間。精霊と体が重なっていて、その”加護の証”として精霊の一部が現れる。
”愛し子の卵”:精霊は、人を愛し子として生まれ変わらせるため、卵にしてしまう。レイミィたちの元には今、ふたつの卵がある。

<1>

(3300字)

 そのかけらはまるで、風のない日に降る、雪のような。
 静かに、静かに降りてきて、彼女の周りを漂う。
 でも、さわれないし、見えもしない。ただそこにある、と感じる。
 彼女は、そのかけらたちが好きだった。
 そしてそれらが、彼女の中に入ってきて、つながっていく。その瞬間が、愛おしかった。
巳鈴みれいの作った曲、好きだなあ)
 大学生のとき、彼がそう言ってくれたのがうれしかった。はじめのころは、作った、という動詞がしっくりこなくて、こそばゆさと、おこがましさを感じた。
 そうして、かけらたちがつながって。彼女の歌に、なってゆくのだ。

 ふたつの”愛し子の卵”に手を当てながら、レイミィはふと、その前世にも味わった懐かしい感覚に気付いた。もういちど、卵たちからなんの声も聞こえないことを確かめると、子守り車に乗せられた卵から手を離し、座り直してピアノに触れる。
 ポーンと、鍵盤を沈め、音を出してみる。それから、いくつかの旋律を、感じるままに弾いた。
 これはあの、かけらたちの仲間だ、とレイミィは思う。
 いったい、どこから来たのだろう?
(ひょっとして。これは精霊の、アビィの声のようなものなのかな? もしかしたら、巳鈴みれいだったときの、あの感覚も……)
 巳鈴が高校生のときに死んでしまった、猫のアビィ。アビィは、この世界の精霊だった。もしかしたら死後、自分に寄り添ってくれていたのかもしれない、そんな考えをあっさり肯定してくれるような世界に、いまレイミィはいる。
 それに、かけらをつなげるのに、確かに自分も協力しているのだけれど、思惑の外の力の方が強いような気がして。あのころ書いた楽譜を思い出してみても、自分がすべてを作ったのだとは、思えなかった。アビィが、というのなら、ひどく納得できる気がする。

(ああ、だけど。あの曲だけは……)

 彼に、今までの、全部の楽譜が欲しいと言われ、ルーズリーフのバインダーごと渡したとき。あわてて、その曲のページだけ、抜いた。彼のバンドの楽曲としては絶対に使えない、そして、ひどく個人的な歌。
 あの曲だけは、彼女の内側から出てくるものを必死に書き留めた、そんな感じだった。
 でも結局、あの曲を。巳鈴は、いちども歌わなかった。あのルーズリーフの楽譜は、折り畳んでとっさに、手帳に挟みこんだまま、ずっと忘れたふりをした……。

 また、どこからか。小さなかけらが、降りてきたような気がした。先にとどめていたかけらにそれをつないで、レイミィはさらにそれを、ピアノの音に変える。
(やっぱりアビィの、精霊から来るなにか? ……だよね、きっと)
 そうやってまた、降りてくるかけらたちに出会える。
 最近になって、なんどとなく感じている、この感覚。レイミィがこの異世界で初めて歌を歌った、あのときを境に訪れたもの、のような気がする。

+++++

 怖がる卵たちを寝かせるために、途切れ途切れになりながらも歌を歌った、翌日。
 レイミィはピアノの練習をしながら、気がつくと、歌っていた。
 はじめは、ピアノの練習曲に合わせて。そして、『眠りのくにの愛し子よ』を弾きながら。
 小さな、かすれがちの声ではあったけれど。

 それから毎日のように、レイミィは歌を歌うようになった。
 特に、卵たちのために。
 ロッカは、卵に歌うレイミィに合わせて、その場にあった楽器で伴奏をする。どこからか、歌の本を持ってきてくれた。そうして知った新しい歌を、卵たちに聴かせる。
 かすれて小さかった声は、はっきりと、澄んだ歌声になっていった。
 この二週間ほどで、歌っている自分でも、どんどん声が出るようになってきたのがわかる。

 あんなに怖がって、声が出ないと悩んでいた自分は、どこへ行ってしまったのだろう? いや、怖い、という気持ちは、依然自分の中で、しっかりとくすぶっている。だが、どうやらそれを、上回ってしまったのだ。
 歌を歌えてうれしい、という喜びが、あふれ出て戻らなくなってしまった。
 
(この欲を……ボクは、押さえられないんだ……)

 自分の変化に戸惑いながら、レイミィは、それを聴くシルヴィの様子を、それとなくうかがっていた。
 レイミィの歌を聴いたシルヴィは、レイミィと一緒に歌おうとはしなかった。
 いつものやわらかな笑顔で、レイミィの歌を聴くシルヴィ。歌い終わると、ピアノを弾き終わったときのように、やさしく頭を撫でてくれた。
 なにか、言ってほしかった。でも、なにも言わないで、と心の中で願う。
 シルヴィには、そんな心の内が、すっかり見えてしまっているのかもしれない。

(それでも、いいから。お願い、ボクを、ボクのことを……)

+++++

「レイミィそれ、なんの曲?」
 モップを手にしたロッカが、ピアノの横に立っていた。レイミィは、つなげた音のかけらを、ぼんやりと繰り返していた。
「……わからない。なんだろう?」
 レイミィの心底わからない、という表情に、ロッカは笑った。
「わかんないのか。ま、いいや。……卵はやっぱり、眠ってるな。あのときの苦労は、なんだったんだ」
 ふたつの卵たちは、まだかえる気配がなかった。
 そして最近は、卵からの声はあまり聞こえない。眠っている時間が多くなっている。
「シルヴィは、孵るための力をためてるんだって、言ってたよね」
 レイミィはピアノの椅子に座ったまま、ロッカにならって、子守り車に載ったカゴの中の卵に、再び手を当てた。
 やはり声は、なかった。ほっと息を吐いて、卵から手を離す。レイミィはロッカに向き直ると、ロッカが手にしているモップに首をかしげた。
「お掃除、さっき終わったばっかりだよね?」
「ああ、うん……念のため。やり残しがあるかもしれないから」
 ロッカと一緒に掃除をするのはいつものことだったので、今日だけどうして、という疑問が浮かぶ。
「何か、あるの?」
「……もうすぐ、ターニャが。ターニャが、こっちに来るんだ」
 ロッカの、初めて見る深刻な表情に、レイミィは気圧けおされた。
「ターニャ、さん?」
「コニア、コニオル、コニエッタが揃って飛んでいっただろ? こっちの隠れ家に足りないものを、孤児院から持ってきてもらうんだけど、ついでにターニャが様子を見に来るかも、って」
 そのとき、玄関部屋につながる扉が開き、ロッカはビク、と肩をすくめて振り返った。
「ただいま! 変わりはなかったかい?」
 入ってきたのはシルヴィで、それを見たロッカの肩が、ほっとしたように下がってゆく。
「おかえりなさい。うん、まだ眠ってるみたい」
 卵とピアノのそばに来たシルヴィは、レイミィの頭を撫でた。
「ありがとう、レイミィ」
「……シルヴィ、ターニャ見た? いつ頃とか、クレインがなにか言ってなかった?」
 ロッカは険しい表情のまま、シルヴィに尋ねる。
「クレインとは会ったけどね、ターニャのことは聞かなかったなあ。ああでも、夜には来るだろうから」
「夜? それって、今日の?」
「今夜は、満月だからね。クレインはきっと、久しぶりにターニャにも聴かせたいと思うはず」
 シルヴィはそう言って、ピアノの椅子に座るレイミィと視線が合うように、膝をつく。レイミィは、シルヴィのその美しい銀色の瞳が、やさしく輝くのを見つめた。
「ボクは、春の初めの満月に、アンティアルブ……クレインに歌を贈っているんだけど、それが今日の夜なんだ」
 満月の夜に、シルヴィがクレインに歌う……シルヴィの話を飲み込むのに、少しの時間を必要とした。それから、急に胸がドキドキして、レイミィは叫んでいた。
「き、聴きたいっ。ボクも、連れていって!」
 レイミィは気がついて、はっと口をおさえた。これは彼らを困らせる、わがままではないだろうか? シルヴィが、それを見通したかのようにふふっ、と笑い、レイミィの手をとった。
「もちろん、連れていくよ。あと、お願いをしようと思ってたから」
「……お願い?」
 うれしそうに見開いたレイミィの紫の瞳は、そのあとのシルヴィのことばに、カチンと固まった。
「レイミィ。ボクと一緒に、クレインに歌ってほしいんだ」


<2>

(1200字)

 歌を歌えるようになったのに。
 いや、歌えるようになったから、なのか。
 レイミィは連日のように、巳鈴みれいだった頃の夢を見ていた。
 それは、かつて彼女が耳にした、彼らのことば。生まれ変わっても消せない記憶から掘り起こされ、繰り返し繰り返し再生される。

 彼女が忘れてしまわないよう、ささやき、叫び、言い聞かせる、彼らの声を。
 選んで、レイミィに聴かせるのは、他の誰でもなく、……。

(桜井さん、声、出しすぎ!)
(先生の気を引きたいんだよ、あの人)
(ちょっといい声が出るからって。合唱なんだから、他の人のことも考えてほしいよね)

巳鈴みれい、歌わないで。あなたの声で、頭が痛いわ)
(やめなさい! 私に歌を、聴かせないで!)

(巳鈴。この部屋以外で、歌わないようにしておくれ。おばあちゃんと、約束できるかい?)
(おまえは、シンイチロウに似ている。おまえの本当の父親に……)

(なにあれ。桜井さん、まだ歌う気なの?)
(ユキくん、やさしすぎるよ~。でも遠慮とか、さあ)
(ボーカルを乗っ取る気なのかもよ?)
(えぇ嘘ぉ、怖ぁ)


「ほら、ね。ボクが歌うと……みんな、ボクを嫌いになってしまうから」

「嫌いになってしまうから、レイミィは歌うことを、やめる?」

 ある夜。自分の声が耳に入ってきて、それから、シルヴィの声がした。夢の中なのか、現実なのか。シルヴィの指が、レイミィの、頬をつたう涙をぬぐった。
「……わからない。でも嫌われるのは、怖い」
 きっと夢の中だから、と、思ったことをそのまま口にした。だって、実際に、巳鈴は嫌われていた。レイミィとして生まれ変わったからって、なにも変わってないかもしれない。
「ボクが、ボクたちが、レイミィを嫌うの?」
「……わかんないよ」

 だって……シルヴィは、なにも言ってくれない。
 歌っているボクを見ても。

「それも、わからない? ああでも、キミはまだ、この世界に生まれたばかりだからね。ふふ。どうしたら、わかるんだろうね」
 シルヴィは片手でレイミィの手を取り、もう一方の手でいつものように、レイミィの髪をやさしく撫でた。そうやってシルヴィは、なにも、ことばにはしなかった。かわりに、シルヴィから紡ぎ出された歌が、体の奥底にまで沁み込んでくる。
 それと同時に、シルヴィから心の声が聞こえた。
 
(ねえレイミィ、キミだって。まだなにも、ことばにしてないんだよ)


 この夢を、見たあとも。
 レイミィは、変わらない毎日を過ごしていた……過ごそうと、していた。
 ピアノを弾いて、卵のため、と言い訳をしながら歌って、シルヴィの反応を心配して。
 そして、シルヴィが。レイミィに、ことばをくれた。

『レイミィ。ボクと一緒に、クレインに歌ってほしいんだ』

 さっきまでふわふわと浮かんでいた、小さなかけらたちは消え。
 いつかの彼らの、囁きが。レイミィにだけ聞こえるように、再生をはじめる。

(みんなの言うこと、忘れたの? おまえなんかが、歌っていいと思う?)
 その、最後のわらうような声は、自らの声だった。


<3>

(3000字)

「はい、楽譜はこれ。いつだったか、誰かが譜面に起こしてくれたんだ。こっちの、姉さんの方をボクが歌うから、レイミィはボクが歌ってた方ね」
 そう言ってシルヴィが、レイミィに楽譜を渡す。ロッカはふたりに声を掛け、隠れ家の外回りの掃除や点検をやり直しに出ていった。
 ストーブの前に敷かれた織物の上で、シルヴィの前に座らされ、うしろから抱えられても、レイミィの思考はまだ止まったままだった。シルヴィの、銀に光る長い髪が、レイミィの肩から胸にかけて落ちかかる。
 レイミィの目が、無意識に楽譜をたどった。詞を歌う主旋律の部分と、そうでない部分を、ふたりが交互に入れ替わって歌いあう。ふたりの歌が、寄り添ったり離れたりしている。
「ここは、ちょっと言い方を変えようか。キミは竜じゃないからね。じゃ、練習してみようか」
「ちょ、ちょっと待って……ください、シルヴィ」
 レイミィが、絞り出すように言った。シルヴィから降りて向き直り、シルヴィの目を見つめる。シルヴィはニッコリと笑顔を向け、レイミィをうながした。
「この、歌は……。お姉さん、竜のお姉さんと、ふたりで歌った歌なの?」
「うん、そうだよ」
「……あの、お姉さんは、歌いに来ては、くれないの?」
「言ってなかったっけ。姉さんとは、最近会ってなくて。ちょっと連絡がつかないんだ、百年……いや、二百年くらい?」
 二百年、というシルヴィのことばを、レイミィはどこか上の空で聞いていた。自分が尋ねたふたつの問いは、本当に訊きたかったことではなかった。
「だからね、ふたりで歌うのは久しぶり。姉さんがいなくなってからは、ボクひとりで歌ってたからね」
(ひとりでも、歌える? それならば……)
 そのとき。シルヴィがレイミィの手から楽譜をそっと奪い、かたわらに置いた。そして、レイミィの手をそれぞれ両手に取って、ゆるく力を込める。
 いつもの、やわらかく微笑んだ表情で。シルヴィはレイミィを見つめ、言った。
「レイミィ、どうする? ボクと一緒に、歌う? それとも、歌わない?」


 息が、一瞬だけ、できなくなった。
 いちばん訊きたかったことを訊けないでいたら、先に訊かれてしまった。レイミィは視線をはずしてうつむき、つながれた手を見つめる。
 もしかしたらシルヴィが、自分がいちばん欲しがっていることばをくれるかもしれない……レイミィはそれを、心の中で願ってしまっていた。
 この一瞬で、それがわかってしまったのだ。

(ボクは。歌っていいの、って訊きたくて。そして、歌っていいよ、って答えが欲しかったんだ)

 それに、シルヴィはなにも言ってくれない、だなんて。自分が、ひどく甘えていたことに気がつく。
 シルヴィにすべてを委ねて、決めてもらいたがっている、自分。
 いまも、こうして……彼らの声ばかりに、気を取られ、正解だけを選ぼうとしている。
 自分が、傷つかないように。
 そんなの、シルヴィからは丸見えで、それで……。

(シルヴィ……お願い、ボクを、嫌わないで……)

 思わず漏らした心の声は、どうやらシルヴィに伝わってしまったらしかった。レイミィは、はっとして、シルヴィを見上げる。
 シルヴィは、レイミィの揺れる瞳をいちど見つめ、それからゆっくりと目を閉じ、歌い出した。この楽譜の、歌。ことば遣いが、少し古いように聴こえる詞。

『♪ 太古の樹アンティアルブ 汝はこの
  大地の発露 悠久の
  時を超えゆく
  偉大な

  我は月より使わされ
  月は大地にこいねがう……』

 歌はレイミィを包むように巡り、途中で止んだ。シルヴィは、レイミィの手を握ったままだった。
 目を開けるとシルヴィは、レイミィの瞳を正面からとらえるように、やさしく見下ろした。
「キミがそれを、望んでも、望まなくても。ボクは、ボクたちは……レイミィが、好きなんだ。”精霊の愛し子”じゃなくても、ね。
 だけどこうして、ことばにしても、しなくても。キミが受け取らなければ、ボクらはそこに存在できない」
 シルヴィのまっすぐな視線は、でも、怖くなかった。
「さあレイミィ。そうやってもっと、ことばにしてボクらに教えて? それは、わがままなこと? キミをこの世界に連れてきたボクらの方が、わがままだとは思わないかい?」
 シルヴィはレイミィの手を引き、そっと抱き寄せた。
「少なくともボクは、わがままだからね。こうやって、甘やかしたいときに甘やかすんだよ」

 こんなときなのに、レイミィは、それに少しだけ違和感を感じた。甘やかしていると言いながら、本当はなんでもお見通しなのに、わざと遠回りをされている気がして。
 ああ、そうか、と思う。彼らの囁きが、巳鈴みれいの気持ちが、いつの間にか遠くになっていて。
 レイミィはいま、レイミィだけに、なっていた。
 自分勝手に、わがままに。思ったことを、素直にそれと感じる、自分。
 だから。こうしてシルヴィに、甘えるような憎まれ口も叩ける。
(……シルヴィは、ちょっといじわるだと思う)
「ふふっ、……それはね、レイミィがかわいいから。しょうがないよね」
 心の声に、笑って返された。やっぱりいじわるで、でもシルヴィの腕の中は、とても居心地がよかった。
「レイミィ、キミはなにを『こいねがう』?」
 シルヴィは、レイミィの体を持ち上げて立たせた。自身もいちど立ち上がって、それからレイミィの前にひざまずく。レイミィの右手を取り、いたずらっぽく告げた。

「汝の最初の呼気、ひとつめの望みを。
 銀竜シルヴィと呼ばれし竜は、愛し子に問う。
 アンティアルブへの祝福ため、ともに歌を捧げること……汝は望むか、望まぬか?」

 レイミィは知らず、左手を胸に当てていた。
 これは、ひとつめの、望み。

(そうだね、シルヴィ。ひとつずつなら、ボクにも、難しくないかもしれない)

 本当はすごくうれしくて、どうしたらいいのかわからないくらい、うれしかったのだ。
 高鳴る拍動を抑えるようにして、レイミィは言った。

「ボクは……シルヴィと、歌いたい。歌わせて、ください」

 シルヴィはにっこりと微笑み、それからレイミィの手に口づけを落とした。レイミィは、真っ赤になりながら、またふわりと降りてきた、かけらの音を聴いた。


 楽譜を受け取り、シルヴィと共に歌いながら。そのかけらたちの存在を感じ、だけどそれらには、またあとで、と心の中で声を掛けた。それからは、シルヴィの声と楽譜に集中する。
 繰り返し、歌った。楽譜を見ながら、楽譜を伏せて。シルヴィから助言などは一切なく、ただただ一緒に歌った。三回目を歌い終わったところで、お茶の準備を終えたロッカに呼ばれた。

 窓の外にコニアたちの姿を見たのは、正午過ぎ、そうしてお茶を飲みながら休憩をしていたときだった。玄関扉からいちばんに入ってきたのは三匹の猫で、次に女性がひとり、それから箱や麻袋を抱えたコニア、コニオル、コニエッタの、コウノトリ三羽。
「やあ、ターニャ、久しぶり。元気そうだね」
 シルヴィが言うとその女性、ターニャは、ふんっ、と鼻から荒く息を吐いた。
「シルヴィ、あんたも……まだ死んでなかったようだね」
 ターニャが、ぶっきらぼうに言った。


(銀竜は問い、愛し子はこいねがう)了
【2022.10.16.】

++第6話-1++
→ 第6話-2『愛し子は出会い、精霊たちは歌を奏でる


『猫耳吟遊詩人の子守唄』目次とリンク

#猫耳吟遊詩人の子守唄 ←ジャケ付き更新順一覧です

第1話 プロローグ・REBIRTH (3100字)
第2話-1 眠りのくにの愛し子よ (2600字)
第2話-2 銀竜は歌い、愛し子は眠る (3500字)
第3話 愛し子は七つの祝福を贈られる (6700字)
(間奏-1) 雪の精霊は銀竜と歌う (2100字)
(間奏-2) あなたにここにいてほしい(560字)
第4話-1 愛し子は祈り、朝を迎える(8700字)
第4話-2 誰にも、聴こえないように(6000字)
第5話 卵は嘆き、愛し子は歌う(11500字)
第6話-1 銀竜は問い、愛し子は冀う(7500字)
第6話-2 愛し子は出会い、精霊たちは歌を奏でる(7600字)
第6話-3 樹に咲く花は(7000字)
++++++
第?話 吟遊詩人は宣伝する<前編> (12600字)
第?話 吟遊詩人は宣伝する<後編> (12100字)

ご来店ありがとうございます! それに何より、 最後までお読みいただき、ありがとうございます! アナタという読み手がいるから、 ワタシは生きて書けるのです。 ありがとう、アリガトウ、ありがとう! ー➖ ー➖ ー➖ ー➖ ー➖ ー➖ ー➖ ー