七つの祝福の歌【詞】(と、物語の断片)
【劇中詞】七つの祝福の歌
【物語の断片】愛し子は七つの祝福を贈られる(6700字)
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「はじめまして、ボク、の名前は、レイミィです」
「……ボクはロッカ。よろしく、レイミィ」
ロッカは、自身の半分の身長しかない彼女を見下ろして二カッと笑い、頭をポンポンと撫でた。ロッカを見上げながら、答えるまで微妙な間があったのを、レイミィは不安に思う。
銀竜の精霊シルヴィに「この子はロッカ、雪の精霊だよ」と紹介されたので、ちょっとだけ話せるようになったこの世界の言葉で自己紹介をした。紹介される前のふたりの会話で、ふたりとも「ボク」という一人称を使っていた。男性用の一人称じゃなくて、英語のアイみたいなものなんじゃないか、という推測の元、意を決して使ってみることにしたのだ。
ずっとシルヴィの性別がわからなかった。長くクセのない銀白色の髪に色白の肌、銀の瞳。女性とも男性とも取れる声。どちらかというと女性かな、とレイミィが結論付けたシルヴィが、自身を「ボク」と呼称している。
初めて会ったロッカは、シルヴィくらい色白の肌で青の瞳。水色混じりの白い髪は短く、耳がきちんと見えている。第一印象は男の人、前世の感覚だと大学生のお兄さん、だ。
いやそもそも、ふたりとも精霊だから性別は関係ないのかもしれない。じゃあ「ボク」使っても大丈夫かな、と思ったのだけど。
すぐ横で見ていたシルヴィが、レイミィを抱き上げ、レイミィの猫耳を撫でる。
「ねえロッカ、レイミィはかわいいだろう?」
「うん、かわいい……シルヴィ、この子が生まれたのはいつ?」
「月曜日。今日が金曜日だから、4日前だね」
「”七つの祝福”は?」
「ああそうか。忘れてたよ」
ロッカは持ってきた布包みを、テーブルの上で広げはじめる。ふたりの様子を見て、レイミィはこっそり胸を撫で下ろす。置かれた鍋や衣類を見て、レイミィは言った。
「ボクのごはんと服、今まで、ありがとう」
「ボクは運んでただけ。スープを作ったのはターニャで、服を選んだのはクレインだし」
ロッカはシルヴィが抱いているレイミィの頭に手を伸ばしかけ、やめた。それを見てシルヴィが、ひょいとレイミィを差し出した。ロッカはあわててレイミィを受け取る。
「ね、レイミィ、かわいいよね?」
「あーもう、わかったって!」
ロッカはレイミィをしっかり抱きかかえ、レイミィの様子を見ながらオレンジの髪をそうっと撫でた。レイミィはそんなロッカを見て、今更なことに気付く。この世界に来てから、シルヴィに抱えられ添い寝され、事あるごとに撫でられて……なんで今まで平気だったんだろう。前世だったら考えられない距離感! でも子供の体だし、嫌とかじゃないし。
ロッカの腕の上でバタバタ騒ぐわけにもいかず、顔を真っ赤にして固まっていると、ロッカが椅子に下ろしてくれた。
「シルヴィ、”七つの祝福”のことを」
「ああそうだね。段取りを決めようか」
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”七つの祝福”とは、生後一週間以内に赤子に7つの贈り物をする、というこの世界の風習らしい。
レイミィがこの世界の言葉を聞いて理解することができるのは、レイミィに重なる精霊のおかげだ。話す方は、口の筋肉がまだうまく動かせなくて、たどたどしくなってしまう。
レイミィはふたりの会話から、その祝福の内容を頭の中で並べてみた。
・太陽の光を浴びさせる
・月の光を浴びさせる
・火のついたように泣くのを褒める
・産湯を使わせる
・綿で織られた産着を着せる、木製の器を贈る
・髪の毛を切り取り土に埋める
・名前を授ける
「服と器は持ってきた。髪は……」
「そうだった。ロッカ、ついでに切りそろえてあげて。ボクじゃこれが精一杯だった」
「了解。じゃ髪を切った後、お風呂だね」
「お湯はボクが用意しておくよ」
「よろしく!」
ロッカは椅子に座ったレイミィに向き直ると、櫛とハサミを持ち、構える。
「どうする? もっと短くする?」
やっと事態が飲み込めたレイミィは、ゆっくりと返事をした。
「後ろは、この長さで。前髪が、ほしいです」
「かしこまりました!」
ロッカは迷いなく、ジャキジャキとレイミィの髪を切っていく。手際の良さに、思わず心の声を発してしまった。
(すごく上手……)
「子供たちの散髪はボクの係になることが多いからさ」
きちんと聞こえたようで、ロッカは自然に答えた。
「ああ、ターニャの孤児院のことは、まだ聞いてないか! ま、そのうち一緒に行くから」
そういえばこの山小屋に来てから、一歩も外に出ていない。
髪を切り終わると、シルヴィに手招きされた。流し部屋、と呼ばれるトイレのある部屋のドアが開いている。中に半分に切られフチを加工された樽があり、シルヴィはそこに手を突っ込んでいた。樽の中には通常水が貯められていて、洗面時などに使えるようになっているのだが、今はそこから湯気が立っているのが見える。シルヴィが魔力でお湯にしてしまったようだ。小屋の入り口に大きな樽がもうひとつあり、そちらは外の雪が補充されている。雪を溶かして生活用水にしているのだ。
「じゃ、流し部屋で産湯、お風呂だよ。服を脱いで、こっちにおいで」
シルヴィに言われ、無意識に服を脱ごうとしてレイミィは、はっと動きを止めた。
「あの、シルヴィ、服、中で脱ぎます」
「そうかい? じゃあ脱いだら受け取るからね。寒いから、すぐお湯につかるんだよ」
そう言ってシルヴィは部屋の外に出た。流し部屋に入り脱いだ服を扉の隙間から差し出し、受け取ってもらう。
トイレの手前には顔や手を洗った後の水を流す場所があり、そこだけ床に平らな石が敷き詰められて一部に穴が空いている。その上に立ち手桶で湯をすくい、髪や体に湯をかける。
ちなみに、トイレの床も同じような造りで、穴に大きな陶器の、底のない甕が埋まったようになっており、今は甕の上に木製のフタが置かれている。流し部屋には青々と茂った低木が植わっていて、匂い消しにもなるその大きな葉をちぎって一緒に落とすと、春には堆肥になっているそうだ。小屋の外から出せるようになっているらしい。
樽のフチを乗り越え、湯につかった。それにしても、こんなところでお風呂に入れるとは。
「温まったかい?」
だいぶ経ってから、扉の前のシルヴィが声をかけてきた。風呂の気持ちよさに待たせてたのを忘れていて、「今出ます」と返事をしながらあわてて樽の中で立ち上がる。扉から手だけがにょっきりと現れ、乾いた布を渡された。
「ある程度拭いたらこっちにおいで?」
見ると、扉の隙間から大きな布が広がっているのが見える。樽から出て体を拭き、観念して流し部屋から出ると、レイミィは大きな布にくるまれ、シルヴィに抱えられてストーブの前に連れていかれた。
切った髪が散乱していた床はすっかり片付いている。ロッカが、モップを持って流し部屋の前に移動した。
「よし、産湯終わり! 髪が渇いたら、産着……新しい服を着ようね」
シルヴィはレイミィを抱いたまま、また揺り椅子に座る。
巻かれているのとは別の布で髪を拭かれながら、レイミィは顔を真っ赤にしたままこくんと頷いた。
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「寒くないかい?」
シルヴィに訊かれ、レイミィは「寒くないです」と答えた。フード付きの子供用ローブからは、レイミィの紫の瞳しか見えない。下履きに長靴、手袋やマフラーで、レイミィのほとんどは覆われている。天気も良く、青い空が広がり、風もほとんどない。
山小屋の外。雪山に囲まれたこの場所は、静か、を通り越して音がなかった。自分が雪を踏む音だけが、音として存在する世界。
小屋の周辺は平らにひらけている。透明な空の青と、積雪による一面の白。その周辺に雪をまとった針葉樹らしき木々の黒いシルエット。それらを日の光が照らしていて、時折雪がきらりと光る。
この山の麓はここからは見えない。隣り合う山々の険しい尾根に囲まれたこの場所も、そこそこ高いところにあるらしい。
山小屋は両脇に生えた2本の大樹に挟まれるように建っていた。片方の樹の根元で、ロッカがスコップで穴を掘り、さっき切ったレイミィの髪の切れ端を埋める。
事前にシルヴィが切った長い部分は、糸で縛られたまま、まだ山小屋の戸棚に置かれていた。
「髪の毛埋めたよ。太陽の祝福、ばっちりだな」
「うん。よく晴れた日でよかった。さて、あとは月の光と……」
バサバサッと羽音がして、大きな鳥が舞い降りた。全体が雪のような白い羽だが、広げた羽の先には、黒の装飾が施されている。翼を広げたその姿は大人が手を広げたよりも大きい。コウノトリのコニアは、レイミィを見つけるとそのまま、真っ赤な長い脚をもつれさせるように駆け寄り、真っ赤なくちばしをカツカツカツ、カツカツカツッと言わせた。
(ごめんね、ごめんなさいね! ボクがこの前キミを落としちゃったの! 痛いところはない? まさかあんなところで卵が孵るなんて思わなかったんだよ~)
直接伝わってきた心の声に圧倒されたレイミィは、雪に尻もちをついたまま、コニアから目が離せない。
「コニア、こらこら、レイミィがびっくりしてるだろう? レイミィ、このコウノトリはコニアといって、愛し子の卵を運ぶ精霊なんだ。ずっと心配してだんだよ」
シルヴィがレイミィを引っ張り起こしながら言った。そうか、ここに連れてきてくれたんだ、とわかり、レイミィはコニアにペコリと頭を下げた。
「コニア、さん、連れてきてくれて、ありがとう。はじめまして、ボクはレイミィです」
ピタリ、とコニアが動きを止める。何か変なことを言ってしまったかとレイミィが首をかしげると、コニアは広げたままの翼でがばっとレイミィに抱きついた。
「……!」
(んあ~~~っ、かわいい~~~っ!)
レイミィの体がふわっと浮き上がる。
(髪の色とか、中でちゃんと見せてちょうーだいっ)
そう言ってコニアは、小屋の入り口までの短い距離を、魔力でレイミィを抱えて飛んで行ってしまう。シルヴィとロッカも、しょうがなくその後を追い、小屋へと戻った。
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コニアのひと騒ぎが治まった頃。シルヴィはベッドの部屋と流しの部屋の間の大きな戸棚の前に座り、その下の段の戸や引き出しから物を取り出しはじめた。
「じゃあコニアはこれね」
シルヴィからそれを受け取り、ロッカがテーブルにくくりつけて吊るす。ぶら下がった細長い貝殻がいくつも並ぶそれは、コニアがくちばしでつつくと、金属音の音階になった。
もしかして、楽器? レイミィは目を見張った。
(なんでこんなところに楽器があるの?)
「これはね、この小屋を作った、いや作らせた”人の子”の趣味でね……」
また無意識に心の声で話しかけてしまったレイミィに、シルヴィはいくつかの小さな楽器を手渡しながら返事をする。振ると内容物がシャリシャリと音を立てるものや、不思議な材質の布がピンと張られた鼓、小さな笛、石のボウルとバチのセット……。前世ではまず見たことのないものばかり。
ロッカが吹いた長い笛も、シルヴィが弦を弾いた胴体が丸い弦楽器も、レイミィの予想とは違う音を奏でる。
「ん、あんまり狂ってないかな。クレインはそろそろ着くのかな?」
(ああ、お伝えするのを忘れてました。クレインは手が離せないそうです。そのために飛んで来たんでした、えへへ)
長い脚を曲げて座ったまま、コニアが首をかしげてみせた。
「じゃあ、はじめてもいいかな。月が出るまでまだ時間があるから、その間に歌を贈ろう」
ロッカが、戸棚の上の段からいくつか毛布を出し床に敷き、レイミィをそれに座らせた。その横にシルヴィが座る。ロッカも座ると、シルヴィはレイミィに声をかけた。
「好きなように鳴らしてごらん? それじゃあ、いくよ」
楽器の弦をパラリと鳴らしたシルヴィの歌声が、山小屋にすべり出した。
『♪ 日の恩寵と月の導き
我らの元に愛し子は生まれ
精霊たちは喜びを歌う
春の若木のごとく目覚めて
内なる火と肉体の熱を持ち
いよいよ名付けられこの土を踏む
いつか子が成す金の果実は
世界を潤す慈雨の水となる
火のように泣くのを見守り
あたたかい水をもって清め
木の恩恵とぬくもりを与えよ
金の鋏は大地との絆
名付けは『守り』土に還るまでの
日の恩寵と月の導き
我らと共に愛し子は育つ
精霊たちの祝福の歌は
愛し子の七つの加護となる……』
シルヴィの弾く弦楽器とロッカの笛のゆるやかな旋律。コニアが控えめにつついた鉄琴は、余韻のある澄んだ音を残す。シルヴィの歌声を体で感じ、圧倒されてしまったレイミィの手は止まったままだった。シルヴィはレイミィに向かって、ふわりと微笑んだ。
「もう一回歌うから。あ、これはねこうやって鳴らすんだよ」
弦から手を離し、石のボウルのフチをバチでぐるぐるとなぞったり、軽く叩いたりしてみせる。予想もしてなかった、何かの鳴き声のような音が長く響く。今度はレイミィも、おずおずとその石のボウルを鳴らして参加した。歌が終わっても演奏は止まず、シルヴィはまたそのまま歌い出す。カツカツカツッとコニアがくちばしを鳴らした。
(われらの~もとに~、いとしごは~うまれ~)
胸に直接響いてきたコニアの歌に、レイミィは思わず笑った。無意識に手に取った鼓をポンポンと叩いたり、シャリシャリと鳴る筒をゆっくりと動かしてみる。
音楽が、あった。こんな雪山の小さな小屋にも。
前世では遠ざけていた喜びだと、レイミィは思う。
そして……思い出した。自分が卵の中で、歌いたい、と願ったことを。
シルヴィやコニアのように歌ってみようか。声を出そうとして、だけど、声が出なかった。なんでだか、出せない……出すのが、怖い。
声を出すのはやめた。楽器を鳴らす手も止め、ただみんなの演奏と歌が体に沁みていくのを感じることにする。次第に楽器の音がなくなり、シルヴィの歌声だけとなった。やがてそれも終わり、いつの間にかレイミィはシルヴィの膝の上に乗せられていた。
「泣かすつもりは、なかったんだよ」
シルヴィに言われて、レイミィは自分が涙を流していることに気づいた。小さな手で涙をぬぐうと、消えるような声で「ごめんなさい」とつぶやいた。
「ごめん、はいらないよ。ボクたちは、キミが”火のように泣くのを見守って褒める”。それが七つの祝福のひとつだから、ね」
ふふ、とシルヴィは笑みをこぼす。
「生まれたばかりの赤子が泣き叫ぶのは、その子の中にちゃんと火が灯っているということ、なんだ。そしてその火はね、消しちゃいけないし、大事にしなくちゃならない」
レイミィを抱き上げ立ち上がり、くるりと一回転した。ストーブの前に行き、その火があがるのをレイミィに見せる。
「レイミィ、キミの中にもね、火は灯っているんだよ。ボクたちはそれを祝福する。わかるかい?」
レイミィはシルヴィの首にすがりつき、声を出さずポロポロと涙をこぼした。
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3つの月が、雪山を照らしている。
あれからレイミィは少し眠ってしまったようで、目が覚めたところで、また防寒のための着ぶくれ状態にさせられた。ロッカがレイミィを抱きかかえ、外に連れ出す。
月はどれも同じように欠けはじめていたが、その光は強く、山小屋を、そしてレイミィとふたりの精霊を照らし出している。
「七つの祝福を与えられた子は、太陽と月、火・水・木・金・土の七つの加護のもと、幸せに育つ。無事に終わってよかったね」
とシルヴィはレイミィを見てニッコリと微笑んだ。それからゆっくりと月の方へ顔を上げて、言った。
「……そろそろ、下の家に移ろうか。ここはもともと、人の住むところじゃないからね」
シルヴィは月を見つめたまま、ほんの少し目を細める。ロッカは何か言おうとして、それを飲み込んだ。そんなふたりの様子を見つめていたレイミィのおなかが急に鳴りだし、レイミィは顔を真っ赤にする。
「よしよし。ターニャのスープがそろそろ温まったはずだから」
「……コニアがあわててこぼしてなければいいけどね」
「シルヴィ、不吉なこと言うなよ!」
ふふ、とレイミィが笑った。それを見てふたりの精霊の表情が緩む。彼らの後ろで山小屋の扉がバタンと締まり、小屋の外はまた音のない静けさに包まれた。
(愛し子は七つの祝福を贈られる)了
【2022.6.19.】
++第3話++
→ 間奏-1『雪の精霊は銀竜と歌う』
『猫耳吟遊詩人の子守唄』目次とリンク
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