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言うことを聞きたくなるのは「話がわかる人」

こんにちは。

牧 菜々子です。

「この人の言うことなら聞きたい。」

そう思える人というのは、どういう人でしょうか?

それは、「話がわかる人」ではないでしょうか。

こちらの意向を汲んでくれる。

話が早い。

そういう「話がわかる人」の言うことなら、どんどん聞きたくなります。

では、「話がわかる人」というのは、具体的にどういう人か。

私が思うに、それは、清濁あわせ呑む人です。

自分のやり方のデメリットも、わかっている人。

完ぺきな人などいないと、わかっている人。

清濁あわせ呑んで、悪いこともいいこともひっくるめて、話してくれる人。

そういう人が、「話がわかる人」ではないでしょうか。


悪いところしか見ない、逆に良いことしか言わない人というのは、聞くほうにとっては「話がわかる人」には思えません。

どうしても、「この人の言うことは聞きたくない」と思ってしまう。

清濁あわせ呑んでくれる人なら、こちらの意向を汲んでくれるし、話が早い。

だから自然と、「この人の言うことを聞こう」と思えるのです。


清濁あわせ呑むことができる人というのは、常識にとらわれた発想はしません。

「常に正しくなければならない」とすら思っていません。

逆に、「自分はいつも正しい」と思っている人は、話がわからない人。

だから、とてもじゃないですが「この人の言うことを聞こう」とは思えない。

誰かから「この人の言うことを聞こう」と思われるためには、清濁あわせ呑める「話がわかる人」になる必要があるのです。