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努力の先にある失敗にどう向き合う? 夢へと向かう浅井大地選手の歩き方

「僕には史上最高のサッカープレーヤーになるという目標があります」

中学校で開かれたフットサル界のレジェンド・森岡薫さんの講演会。森岡薫さんだけでなく、全校生徒、取材に来たテレビ局のカメラの目の前で、高らかに宣言しました。

「浅井大地という名前を覚えておいてください。必ず夢を実現させてみせます」

当時中学2年生だった浅井選手は、大学4年生になりました。紆余曲折がありながらも通ったすべての道を糧にして、着実に「史上最高のサッカープレーヤーになる」という目標に歩みを進める浅井選手に話をお話をうかがいました。

大学最終学年で約4か月の離脱を経験

名古屋産業大学サッカー部での、試合前の集合写真(1番左)

名古屋産業大学でGKを務める浅井さん。武器はセービング(身を投げ出しボールを止めること)と、前線の選手を直接狙った積極的なビルドアップ(攻撃の構築)です。練習参加を経て、2024シーズンからのJリーグクラブ入団を目指しています。

最終学年を迎えた今年は、将来のキャリアを左右する大事な時期。ところが今年4月20日、左膝内側靭帯断裂の怪我を負い、約4か月の離脱を余儀なくされました。アピールしたい状況なのに試合に出られず、本来なら気持ちばかりが急いてしまう状況であるはず。しかし、浅井さんに精神的なブレはありません。

ノーペイン・ノーゲイン(痛みなくして成長なし)。何かを失って、何かを得るような感覚がありました。成功も失敗もあって、今の自分があります。怪我をしなかったら出会えなかった人に怪我したから出会えて、人生に深みが出たと感じています」

大学生とは思えない落ち着きを感じさせる浅井選手。自身にプレッシャーをかけ続けた経験が、今に活きています。

大きな目標を「宣言」した理由

浅井さんは2010年・南アフリカW杯でのGK川島永嗣選手の活躍を観てサッカーの楽しさに気付き、当時流行していたアニメ、イナズマイレブンの主人公・GK円堂守に憧れてサッカーを始めました。

興味を持った対象がいずれもGKだったように、小学校6年生で本格的にサッカーを始めてからもGK一筋です。

「GKは、ゴールになるだろうなという雰囲気や空気を1人で変えられます。そういった場面でシュートを止めたときの快感もたまりません。みんなをあっと言わせられるポジションです。どう考えてもゴールすべてを1人で守ることはできないけれど、そこを守るために日頃からすべての課題にぶつかっていくところが魅力です」

弱冠中学2年生で宣言した「史上最高のサッカープレーヤーになる」という大きな目標。

当時日本代表だった本田圭佑さんに密着した、NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』を見て、考え付いたことでした。

「内に留めず外に発信していくことで自分が頑張る環境作りや、応援してくれる人が出てくる環境作りができることを知り、実際に宣言してみました」

自分のなかで退路を断ち、逃げ場をなくすための行動だったのです。

遠すぎる目標を近づけるために努力する日々

「史上最高のサッカープレーヤーになる」という目標が明確になってからは、努力の日々が続きます。

「遠すぎるけれど明確な目標が決まったので、がむしゃらにひたむきに努力し続けました。あとは日頃の食事や睡眠など、日常の当たり前の質を上げるということをしていました」

浅井選手は、まず自信を持つために「史上最高のサッカープレーヤになるんだ」という「根拠のない思い込み」をしたのです。その後、思い込みを裏付けるための努力を積み重ねていきました。

高校は、東海学園を選択しました。片手では収まらない数のJリーガーを輩出している高校です。2年生の新人大会から、1つしかないレギュラーGKの座を掴みました。

東海学園高校時代の浅井さん(1番左)

「試合の経験を積むことで、すごく成長を感じました。でも、GKは試合に出られない時間が多いポジションです。出られない時間で、いかに自分を成長させられるかも考えていました

高校卒業後は、名古屋産業大学へと進学します。進学先を決めた背景には、全国屈指の強豪・青森山田高校で約8年間指導し、廣末陸選手(ラインメール青森所属)らを育てた大久保隆一郎GKコーチの存在がありました。

「大久保コーチが名古屋産業大学に来るというご縁もあって選びました。しかも、名古屋産業大学のサッカーはGKが攻撃的で役割が多いので、自分を成長させられる環境があると考えました」

大久保コーチらの指導を受けながら、加えて弱点だったメンタル面を改善すべくメンタルトレーニングにも取り組み、定位置確保に成功します。

「オーバートレーニング症候群」から学んだこと

ところが大学3年生のある日、長年頑張り続けた心身が悲鳴を上げてしまいます。診断結果は、オーバートレーニング症候群。疲労が十分に回復しないまま、積み重なることで起こる慢性疲労状態に陥っていました。

「自分を成長させる手段だった練習が目的になってしまい、練習しなければならないという強迫観念が強くなっていました。それが他にも伝染して、『このシュートを止めなければならない』、『この試合に勝たなければならない』、『このパスは絶対を通さなければならない』、『ミスしてはならない』という負の原動力が強くなりすぎて、負のスパイラルに入ってしまいました」

自身の症状を自覚した浅井さんは、サッカーから1度離れる選択をします。友人とオフの時間を過ごすとともに、メンタルトレーナーからの助言で休憩・休息の重要性を認識しました。

「たとえば、筋トレでは筋肉を1回破壊して、その後に食事して睡眠を取るから筋肉が大きくなります。技術も同じように、練習したあとの休んでいる時間に、潜在意識に落とし込んでいる。それを聞いて休むことの重要性を知りました。中学・高校までは『誰よりも努力することが正義』と考えていたんですけれど、大学では中道の精神(偏った両極端ではない考え方)を学び、極端に考えないようになりました。
今では、頑張らないことと同じぐらい、頑張り過ぎることも良くないと考えています

素直に助言を受け入れ、新たな学びを得ることでオーバートレーニング症候群を克服。ところが、4年生になってすぐの今年4月20日、新たなアクシデントが発生します。左膝内側靭帯断裂で、約4か月間の離脱を余儀なくされたのです。

元レスリング世界王者・吉田沙保里さんから学んだこと

怪我をすると落ち込みやすいものですが、浅井さんは怪我をした時期だからこその新たな出会いと発見を求めましたなかでも、レスリングで世界大会16連覇を達成した吉田沙保里さんとの出会いは大きな影響を与えました。怪我して以降行くようになった滝行で知り合った方の伝手であり、怪我したからこその出会いでした。

「吉田さんに会うとまず『僕はサッカーで世界一を目指しています。既に世界一になったあなたに聞きたいことがあるので、知恵を貸していただきたいです』と話しました。
圧倒的なオーラがありましたが、積極的に話すと真摯に、本気で向き合ってくれました。
吉田さんには『人事を尽くして天命を待つことが大事。人間にできることは限られているし、結果は神様が与えてくれるもの。自分ができる人事を100%やったなら、出た結果をありがたく頂戴して、それを自分の成長に繋げるだけ。結果が駄目だったら努力が足りなかったと真正面から受けとめて、繋げていく。その作業をし続けて、一心にやり続けたら最後は結果が出る可能性が高いよ』ということ。また、『弱点というのは、あくまで自分の1つの癖。普通の人は弱点を克服するように努力するけれど、それを武器に生かすことが大事だ』ということを教えてもらいました」

実際に、吉田さんにもパワーという弱点があり、タックルという武器に生かす作業を行ったそう。

「普通であれば、パワーがないので補うためにウェイトトレーニングなどをして、マイナスをゼロにする作業をします。でも、パワーがない分俊敏性が特徴だったので、パワーは最低限まで上げて、タックルに活用できるようさらに俊敏性を磨いたそうです。
それを聞いて、自分も細かなパスワークは最低限のレベルまで上げて、大胆に背後に蹴る、背後へスルーパスを出すという長距離のキックの質を上げることを意識しています」

また、吉田さんとの出会いによって、サッカーだけがすべてじゃないと考えられるようになりました。大切なのは、常に自分のベストを尽くすことです。

「吉田さんと話したことで、史上最高のサッカープレーヤーになるとは、バロンドール(世界年間最優秀選手に贈られる賞)を獲ることやW杯で優勝することだけではなくて、自分史上最高のサッカー選手、自分史上最高の自分になることに変わっていきました。
失敗した経験や失敗したからこそ出会えたものを経て、世界的な選手に勝っていくような人生を歩みたいです。他の人よりも才能がなかったり環境に恵まれなかったりする人に、勇気や感動を与えていくことが使命なのかなと考えています


練習は「執着」ではなく「情熱」で

Jクラブ入団を目指す

4月に負った怪我から復帰しつつあり、コンディションは大幅に上昇中。日々の練習に加えて、パフォーマンスコーチとしてプロにも指導するSunnyさんから受けたトレーニングが大きな影響を与えています。

「今までのプレーの最大出力が10だとしたら、15・16ぐらいに成長していると感じます。今までと比べて、単純にキックの飛距離が伸びて精度が上がり、セービング時のダイブの飛距離も伸びています。
Sunnyさんのトレーニングは、通常のGKコーチよりもフィジカルの部分を細分化して、本質的なアスリート能力を高めてくれます」

また、メンタル面の勉強と実体験によって、常にがむしゃらに練習すればよいわけではなく適したタイミングがあることを認識でき、何があっても心に適度な余裕を持てるようになりました。

「負けず嫌いなので、将来の目標はもちろん、W杯で優勝することと、UEFAチャンピオンズリーグに出て優勝することです。ただ、執着と情熱は違います。執着は『こうならなければならない』、情熱は『こうしたい』。
たとえば、執着しているときの練習は怪我につながり、パフォーマンスは上がりません。執着での練習であればやめて、情熱でサッカーやりたいな、楽しいなと思っているのであればどんどんやる。見比べて考えられるようになってきました」

憧れの選手を聞くと、2人の名前が挙がりました。

1人目は、イングランド・プレミアリーグのビッグクラブ、マンチェスター・シティでプレーするブラジル代表のエデルソン選手。

2人目は、レフ・ヤシン選手。1963年に歴史上唯一、GKでバロンドールを受賞した選手です。サッカー史上最高のGKとも呼ばれる名選手を挙げるところに、浅井さんらしさを感じます。

「このままでは絶対に終われない」Jリーグの舞台へ

誰よりも自分自身にプレッシャーをかけ続けてきたからこそ、見えてきたものがあります。近頃、「史上最高のサッカー選手」に加えて「世界平和」という目標が追加されました。

「なぜ自分がサッカーをしているのか、サッカーとは何の一部かを考えたら、楽しみの一部で、楽しみとは人生の一部です。さらに自分の人生は何の一部かなと考えたら世界の一部で、抽象度を高く見たときに、世界平和が恩返しだな、と分かりました。
与えてもらったこの苦難や困難をありがたく受け取って還元するには、自分が満足することではなく世界に貢献していくことが大事だなと考えています。
それをサッカーでやれたら1番いいですけれど、サッカーには怪我もあるし、もし物理的に無理となったら他の職種から恩返しを考えます。
サッカー人生が終わった後には、自分が学んできたことを他の人たちに伝えて、少しでも影響を与えられる存在になりたいと考えています」

「僕はこれまで、たくさんの挫折を経験してきました。それこそオーバートレーニング症候群も怪我もそうですし、怪我をしたときにサッカーを始めたきっかけでもあった親戚の人が亡くなったこともありました。
ただ、挫折を経験したり試合に負けたりすると誰よりも落ち込むんですけれど、その度に『このままでは絶対に終われない』と切り替えて反骨心にしています

挫折の数々を乗り越えたGKを、まずはJリーグの舞台で観たいものです。

浅井大地選手への15の質問

  1. 生年月日:2001年9月20日

  2. 出身地:愛知県

  3. 身長:185cm

  4. 趣味・特技:映画を観ることや温泉に行くこと。映画はセッションという音楽の映画が特に好きで、さまざまなジャンルを観る

  5. 苦手なこと:特にない

  6. 1番好きな食べ物:お寿司で、サーモンや中トロ・大トロが特に好き

  7. 1番嫌いな食べ物:好き嫌いしないため特にない

  8. 好きな音楽:Mrs. GREEN APPLEやMr.Children、椎名林檎など

  9. ドラマ・漫画・本・アニメで好きな作品:ワンピースや鬼滅の刃、僕のヒーローアカデミアが好き

  10. 長所:苦手なことに対して真摯に向き合うことと素直さ

  11. 短所:真面目で素直でありすぎるがゆえに、人に言われたことを自分で取捨選択できずに、受け入れすぎてしまうこと

  12. 行ってみたい国:イギリスでサッカー(プレミアリーグ)を観たいから

  13. 休日の過ごし方:映画を観たり温泉に行ったり、滝行をしたりしている。2週間に1度滝行をすることでストレス解消になったり、疲れや課題が1回クリアにされてフラットな状態で挑める

  14. 尊敬している人:本田圭佑さんや吉田沙保里さん

  15. 何でも願いが叶うなら:願いはもう叶っているので大丈夫。願いを叶えたいとかああなりたいこうなりたいこうしたいああしたいとかよりも、衣食住整っていることにも感謝しきれない

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