車椅子でも、ちょっとなら歩ける人がいる⁉️

海外在住中に通院治療をしていた病院は、一階の正面玄関の廊下がモールのようにお店や銀行が並んでいた。

花屋の隣りにはパン屋があり、その隣りにはスーパーが、もう少し先にはカフェが二つにいた飯屋やピザ屋さんが入っていた。

そして、冬になると一階から2階の吹き抜け部分を貫通するほど大きくて豪華に飾り付けられたクリスマスツリーが置かれた。

こんな正面玄関で良く見かける患者さんがいた。

電動リクライニング車椅子に色々と飾りや荷物を付けた、痩せ具合が末期の癌患者っぽい雰囲気の方。骨皮筋右衛門っぽい4、50代の髪がとても短い女性の方。

彼女は決まってパン屋さんの前に電動リクライニング車椅子を停めて、その周辺を徒歩で歩行していた。

運動かな? 気晴らしかな?

初めて見た時は、正直驚いた。

今思うと何故驚いたのかすら分からない。

獣医師のこんどなつき先生の著書、「病気と闘わない!」を読んでいて、最後の数ページくらいの所に車椅子を利用し始めた当初「全く歩けないわけじゃないのに車椅子を使う罪悪感」というのが載っている。

そうか、だから日本では「完全に下半身付随」じゃないと変な空気感が漂っているのか!

第一に、車椅子利用者と接する機会が少なすぎて、どういう人々が車椅子を使っているのかが知られていないというのはあるだろう。

しかし、おそらくは文化的に「もう絶対自力でどうにもできない」というところを超えても根性や頑張りでどうにかしようとすることが美徳なのだろう。

すると、筋ジストロフィーなどの遺伝背景のある疾患の方々が車椅子を使い始める時に感じる苦悩というのがどうも日本は他の地域よりも多い感じがすることが説明つくのかもしれない。(葛藤はあると思うので、これとは別の様々な想いがあるかと思うのですが、それには触れません。)

そうか!「完全に歩行不能じゃないと車椅子を使えない」という価値観が結構一般的なのか!

私もたまに聞かれる。「車椅子を使い始める時の苦悩は相当なものだったんじゃないですか?」と。

その度に、「???」「いえ、その前人工呼吸器つけて寝たきりだったので、車椅子でむしろ活動範囲広がって、大きなアップグレードだったので……嬉しくはあっても、別に悩みは特にありませんでしたよ」と笑って答えて変な目で見られた(苦笑)

車椅子という物に対するイメージが相当悪いのね!

「病気と闘わない!」では、ちょっと違う感じだが、骨髄異形成症候群や多発性硬化症などの様々な疾患で実質歩行不能だが、完全なる対麻痺じゃない人もいる。この実質歩行不能と一切歩行不能というのは、生活面においては天と地ほどの差ではないように思う……

いやね、確かに常に下半身付随の場合には移乗などもベッド上でも、凄く工夫がいる。

無理すればできちゃうというのと、全く不可能というので差はある。自宅や施設で必要なバリアフリー度も違う。そういう意味では大きな差なのだけれど、車椅子が必須という点においては通ずるものがあると思う。

日常生活で常に車椅子を使用しなければ生活できない場合、麻痺でも少し違う理由でも車椅子の必要性は高いし、そこに優劣は付け難いのではないだろうか?

もっというなら、完全に車椅子に依存しないと生活が成り立たない場合、自分は両脚が切断されていないとか、脊椎損傷などの不可逆的な完全な下半身付随でないことに罪悪感を感じなければいけないという考えは苦しくないか?

末期癌で寝たきりの人は、首から下が完全に麻痺で動かないわけじゃない。頚椎損傷の人も様々な損傷の程度がある。完全に付随の人もいれば、著しく損傷していて歩行不能で腕もほとんど動かせないものの、完全な付随ではない人もいる。もっというと、脳外傷の人で、半身麻痺だから立つことも難しく、発声も上手くできないから肉声では会話ができないが、半身は動く人もいる…… 骨髄異形成症候群の場合には麻痺はなくとも高度な貧血に輸血依存で日の大半はベッド上という場合もある。多発性硬化症において、歩行制限があったり、気温や体温の上昇でウートフ兆候というのが出て、麻痺症状が強くなり、普段は歩いて生活している人がバスの中で倒れることもある。

なんだろう…… そもそも、これらの状態で何がもっと大変で、何がマシなどと優劣などつけられるだろか?

自分よりも大変な人がいるとして、そもそもそれに罪悪感を感じる「ベキ」なのだろうか?

それは何か違う気がする。

皆違ってそれでいい…のではないだろうか?

自分が大変な時に援助を受けるのに、「もっと大変な人」と比べてその必要な援助を躊躇する必要などあるのだろうか?

車椅子を必要な人が、もっと車椅子に依存しないと生活できない人がいることで、車椅子を使うことに罪悪感を感じる必要性などないように思うし、それで車椅子の使用を躊躇する必要も無いと思う。

ましてや、実態を把握していない人が完全なる麻痺以外では車椅子を利用するべきではないという歪んだ価値観を押し付けるのは、なんか違うんじゃないかなぁ。

どれくらい違うのかというと……

年収一億円の家庭で生まれ育ち、自分も年収一億以上の人が、年収一千万以下での生活の人が寿命を削って年収一億以上を目指さないことを咎めるくらい「なんかおかしい」ように思う。

色んな人がいて、色んな需要があって、色んな価値観があっていいんじゃないかな?

これは、車椅子に限らず多方面のことに通づる気がしてならない。

ダイバーシティ、色々な人がいるんだよ〜

インクルージョン、お互いに尊重してお互いが共存しやすい環境を目指そう!

言葉だけでなく、無理や我慢を強要したり、それを美徳とするメンタリティーから少しずつ変えていって、皆の住みやすい社会を築いていこう!

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