「京の都に時を越えて」第1話〘いとお菓子な男子〙
京の雅な街、上七軒はど真ん中。紬の頭上に落ちてきたのは、雷のような出来事だった。
「いいね、放課後の食べ歩き。一度してみたいな、オレも!」
斜め上から、明るい声がした。抹茶アイスをかじりかけの口で、紬は顔を上げる。
一陣の風が、吹き抜けた。
目の前に、見知らぬ青年が立っている。
すっとした頬、切れ長の目元、白い歯並び。
水無月は昼の刻、その晴天の日射しを一身に受けたような笑顔。
「……」
紬の口は、アイスから自然と離れた。
左手には、コンビニ製簡易麺あふれるエコ袋。右手には、入れ歯のごとき歯形のついた氷菓子。
そんな私が、光り輝くおのこから話しかけられている。どういうこと、これは。
男子と向かい合ったまま、紬は呆然と立ち尽くす。
「きみが食べてるの、おいしそうだね!」
彼は目を細めてアイスを見ている、ようでいて、こちらを見ている。
いとまばゆく、思わず目をそらしてしまう。
その目線の先には、古くからの坂道がゆるやかに下っていた。
歌舞練場に向かって、和服の女性が通り過ぎていく。
紬は、いっそういたたまれなくなる。京の街に似合わないものを、左右に持っている自分が。
「オレの暮らしてる世界では、学校って無いんだ。だから学校帰りの食べ歩き、に憧れるよ」
「え? 学校が、ない?」
「うん」
薄墨色の前髪が、風に揺れている。
同じくらいの年頃に見えるけれど、学校がない? 放課後食べ歩きしたことがない?
「……」
まあ、こんな男子が、平凡な女子大生の私に興味あるわけないよね。何の勧誘だろう。
「オレ、奏向っていうんだ。君は?」
きれいな名前だな、かなた。彼に合ってる……。
いやいや、怪しすぎ、このひとのペースにはまらないほうがいい。
アイスを袋にしまいながら、紬の意識は警戒状態に入った。
「そんな学校もない世界のひとに、名乗りたくないです……」
奏向は軽く首を傾けた。
「君のいる『ここ』がそうなるんだよ。あと十年もしたら」
「何を言ってるんですか」
「数年分の勉強を、数日で記憶出来る機械が発明されるんだ」
「数日? まさか」
「あ!」
奏向は突然気づいたように、紬の左手元を見た。
「レトロなラインナップ!」
「えっ」
「これが『カップ麺』か。あっ、これ、『レトルトカレー』?」
「ちょっと見ないで下さい! 恥ずかしいから!」
エコバッグを背中のほうに隠した。
道端の和風宿から出てきた観光客が、紬の大きな声に驚いている。
「ああ、ごめんごめん」
奏向は、少し確信犯気味に笑った。
「あの、レトロってどういうことですか」
「うちの世界では、どの家にも食品製造機があるんだよ」
「……」
「適当な食材入れたら、いつでも一瞬で食べ物が出てくるからね。カップ麺やレトルトは珍しいんだ」
不思議そうな顔だから説明するけど、分子が分解されて再結合されてね、うんぬん彼は話し続けている。
頭がくらっとするのは、六月でも蒸す京の気候のせいじゃないですよね……。
紬は思わず額に手をあてそうになる。左に荷物、右にアイスを持っていたので、出来なかったが。
「そうだ!」
奏向は急に、思い出したような顔をした。
「こっちの世界でも神社、見たかったんだ。隣の北野天満宮一緒行こうよ」
「あ、私急ぎますんで、どうぞひとりで」
紬は、左手に持っていたエコバッグを肩にかけた。早足で歩きだすと、奏向も付いてくる。
「二人でお参りしたいなぁ」
「アナタ普通に京都のひとですよね? 上七軒と天満宮が隣なの解ってるし」
あれ……でもこの人、標準語だ。
紬は足を止めた。奏向も止まった。
石畳の上に立っている二人の脇を、制服のスカート達が自転車で通り過ぎていく。
(え、彼女には見えへんで)
(ないない。おかしやろ)
つぶやきがふっと聞こえる。
奏向と話している間中、道行く人々特に女性から、棘のある視線が紬に刺さっていた。
多くの人がチラ見していく。この美男子と私を。
落差が大きいことくらい、冴えない自分が一番よくわかってる。胸がチクと痛んだ。
が、今の紬にはそれどころではなかった。
「京都弁でないってことは、他県から来た学生?」
「市内の生まれだけど」
「え、じゃあ、わざと標準語を?」
「ううん。親は別の土地出身だから、オレはほとんど京都弁話せない」
「でも学校で、地元の友達から自然に覚え……」
「だから! 学校がないんだってば」
ああ、つじつまは合ってるな、見事だ。
きなりや茶、黒の格子が続いていく通り。葦や竹の京すだれ。白いしっくい壁。
彼のあやしい設定に、心の中で反論を探す。ひとつ見つかった。
「でも、服も今のと同じですよね?」
紬はあらためて視線を上げて、その姿をちらと見る。
長身でバランスのとれた身体に、さりげなく着こなすシャツ、パンツ、シューズ。とてもおしゃれ、なんだけど。
「あっ、うれしいな、今ここの服に見えて」
奏向はひときわ明るい顔になった。
「これ、オレがこの世界の流行研究して、自分で作ってきたんだよ」
「へえ、服縫えるんだ」
「縫う? いや、オレ服の設計図作ってるデザイナーでね。デザインと布地を機械にかけると、服が出てきて」
「あ、ハイ。そうですか」
紬はふたたび早足で歩き出した。
この、いとおかしき人と、早く別の道に行かねば。
「ねー、天満宮見ないの?」
「アイスとけるんで。マンション帰りますから」
「いけずー」
距離を離していく紬の背後に、奏向の声が楽しそうに響く。
いけずって、めっちゃ古都だな。なんか、未来のひとじゃないよ。
後ろに見えないように、くすっと笑った。
奏向はそこからは付いて来なかった。紬は急いで歩く。
上七軒を降りた先の今出川通りは、騒がしく車が行き交っている。
奏向と似たような服装をした男子が、服のショップから出てきた。こなれている着こなし。
デザイナー……か。紬の胸に、苦いものがこみあげる。
私にもっと、才能があったら。
行きたくない学部にムリして勉強して大学来て、何やってるんだろうな私。
紬が住んでいるマンションの1階は、京都西陣らしく着物店になっている。
ここ2ヶ月で見慣れたショールームが見えてくると、ほっとした。
「はぁ、無事着いた」
マネキンに飾られている西陣織。金糸にふちどられた白鳥が、布一面にちりばめられいる。その後ろには、つむぎ織りの着物が控えめに掛けられてあった。
シンクの上で、紬はアイスの袋を開く。想像通り、カオス。
マグカップに入れたアイスを飲みながら、3階からの西陣の町並みをながめた。
平安時代、都の北を守護する役割があった船岡山が、遠くに見える。
美青年なのに、残念だった。悪いひとには見えなかったんだけど。
「……」
アイスを越して紬を見ていた、彼の視線。それには何か、感情、というものがつきまとっていた。
そういえば、「放課後の食べ歩き」って開口一番言ってたな。
なんで授業帰りだってわかるの?
高校の制服でもないし、女子大生なことも言ってない。バイトの帰りや無職にだって、見えるはず。
「どういうこと……」
まだエアコンは効いていない部屋で、うっすら背筋が寒くなる。
もしかして、もともと、私のこと知ってる?
しかし紬が何度頭をひねっても、そんな美しいおかしい男子は、記憶の中に存在してはいなかった。
【各話へのリンク】
第1話
https://note.com/lunestella/n/n1f60997fcaa8?sub_rt=share_b
第2話
https://note.com/lunestella/n/n841da540e8fd
第3話
https://note.com/lunestella/n/n4fb09b3362c0
第4話
https://note.com/lunestella/n/n2277f6441660
第5話
https://note.com/lunestella/n/n7b2b9357729e
第6話
https://note.com/lunestella/n/n81a14635fb7d
第7話
https://note.com/lunestella/n/n3485ce817629
第8話
https://note.com/lunestella/n/n2fa77397bbc0
第9話
https://note.com/lunestella/n/ncd737b2f5f41
第10話
https://note.com/lunestella/n/nb2a9e6c494b7
第11話
https://note.com/lunestella/n/n9f674af2e08f
第12話
https://note.com/lunestella/n/n4b7fe04557f5
最終話
https://note.com/lunestella/n/n6d81eee4e6eb
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