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「京の都に時を越えて」第9話〘どの世界のひとにも宝物〙 

 やっと、また会える。
 2か月後。バイト疲れも取れないうちに、げっそりしながら紬は京都に帰った。
 だるい体とはうらはらに、上がるいっぽうな心の温度。

 久しぶりのマンションのベッドに、横たわる。

 明日、来てくれるかな。私が帰ったのわかるのかな。
 なかなか、寝付けない。

 次の朝、何事もなかったかのように奏向が、インターホンを押してきた。
「やっぱり、帰る日わかるんだ?」
 寝不足の目が、ぱっちり開くわよそれは。
 しばらく離れていた、この爽やかなフェロモンに。
「過去を見る機械で調べた」
 喧嘩別れしたことなどとうの昔に忘れている、奏向の笑顔。
「ああ、私にとっては未来でも、そっちの世界からしたら過去だもんね」
「でも、未来がずれると過去も微妙にズレてくるから。見たのより3日早かったよ」
「え、じゃあなんで」
「人力で毎日通うのが、一番」
「……」
 照れたりせず、こんなことをストレートに言える奏向。
 自分も本当は、と言いそうになる。一刻も早く京都に帰りたくて、予定を早めたのだと。
 ああ、うれしさのあまり抱きつけたらいいのに。
私たちってどういう関係なんだろうな、これ。

「どうだった、久しぶりの地元は」
 奏向は、フードプロダクターの赤いボタンを押す。
「うん。友達と会った。バイトは疲れた。合間に服のデザイン勉強してた」
「そう。最後の一文はすごくいいね!」

 薄味の食べ物が、二か月ぶりに机の上に並んだ。白いテーブルに90度になってふたりで座る。
 ああ、しみじみと嬉しい。
 奏向は、湯気の出ているおにぎりを口に運んでいる。紬も、湯気の出ているだし巻き卵を口にする。
 また、実家に帰る前よりも、ひときわあっさりに感じるなぁ、でも、味以上の喜びがある。

「地元のオミヤゲとかないの?」
 奏向はみそ汁をすすりながら、目が笑っている。
「未来の人がちゃっかりしてるね」
 紬はだし巻き卵を吹き出しそうになりながら、クッションから立ち上がった。

「あっちの世界では食べ物も服もかんたんに作れて、何も要らないだろうから、こういうもの持ってきてみました」
 奏向は紬の渡した、リボンのついた小袋を開けた。
「これは、ペンダントヘッド?」
「うん。つむぎを貼りつけたペンダントヘッドだよ。私が子供の頃自分で作った」

 奏向は目を細めた。
「すごく嬉しい。オレの心も、オレのいる世界のことも、わかってきているんだね。最高の宝物だ」
 奏向は、その紺色の紬貼り、小さな長方形を大きな手のひらに乗せたまま、ながめつづけている。

「これならもうすぐ紬にも使えるかもな、フードプロ」
「え……」
 まもなく使える、私が?それって、このひとが毎日作りに来てくれなくなるのか……。

 朝ごはんの後片付けをしている時、紬は立ちくらみをおこした。
「どした?顔色悪い」
「大丈夫……ちょっと夏休み、疲れたかな……」
 そう言いながら、紬はその場に座り込んだ。

「まずいなこれは」
 奏向は紬の体を支えて、ベッドに連れてきた。
「体、熱い。早く横になって」
「……」
 奏向は紬の熱をはかり、顔をぬれタオルで冷やし、塩と砂糖を入れた電解水を手作りし、手首足首に扇風機をあて、あれこれ介抱をした。

「熱中症と疲労が重なったのかもね」
「心配かけてごめん……」
「実家のお母さんの料理って、テキトーなのかな?」
「正直、かなり」
「そっか。心配してた」

 紬の呼吸が、しずかに口から鼻に戻っていった。
「体調がぐんと上がるおまじない、をしよう」
「おまじない?」
 奏向は、紬の手を握った。
 ああ、これは、たしかにうれしい。
「上がってるかもね……わたしの具合」
「上がってるよ、顔色ぽーっと。あ、熱を下げないといけないのにだめか」
「大丈夫」

 ここちよいな、幸せで眠くなる……。

 紬はあたたかいオーラに包まれながら、目を閉じた。
 奏向の手が紬の髪をなでているのが、夢うつつの中、感じられた。

 夜、紬が起きると机の上にメモが置いてあった。『さっきは大変だったね。安らかな寝息になって、良かった。
 紬は本当に大事なものを、理解しはじめているようだ。
 自分にウソをつかない考え方に変わってきているね。だから、念を込める力も上がっているはず。多分フードプロを使えるようになってる。

 オレは色々あってしばらく時空移動できないかもしれない。けど、もし機械を使えない時は、オレが来るように強く念じて。ごはん作りに行くから』

 紬はメモをひざの上に置いた。
 開いたままのカーテンから、月明かりが机の上に差している。

 もう、機械を使えるようになってしまったのか私。

 フードプロの赤いボタンを押してみた。
「!」
 本当に扱えるようになっていた。病み上がりの今、食べたいと念じたお粥が出てくる。

 下にもう一枚、メモがあった。
『衣食住の住も大事だから、空気清浄機を贈るね。
この布地には炭を練り込んであるんだ。
部屋に飾って』

 広げてみると、とても小さなつむぎの着物だった。紬は、白い棚の上にあるアクセサリースタンドに、その片手サイズの着物をかけた。 

 たからものを奏向に渡した紬のもとに、新しいたからものがやってきた。

 それでも、紬はふっとさびしくなった。あのひとしばらく、こっちの世界に来れないのか……。



 それから紬は、フードプロダクターから毎日ごはんを出した。
 奏向といたときはつけなかったテレビを、つけ、ぼうっとニュースを聞きながら食べる。

「あとで洗えばいいか……」
 シンクに茶碗をつけ置きした。乾いている弁当タッパを、棚にしまいこむ。
 

 後期授業が始まった。

「私、なんで大学来たんだっけ……」
 授業中、あくびの数が増えた。

「あれ、紬お弁当やめたの?」
 学食でお昼を食べていると、秋実に声をかけられた。
「うん。夏休みバイトしてお金稼いだし」
 きみの甥っ子と会えなくなったから弁当詰める気力が失せた、とは言えない。

 帰りは、久しぶりに上七軒のコンビニに寄った。
 たまに、市販アイス食べるか……あ、抹茶、残り一個だ……。
 紬が手をのばしたその先を、別の手がさっとかすめ取った。
「あ!」

 横に、服装の派手な女子がいた。高校生くらいに見える。
 紬より10cm高い頭上から、ラメのアイラインを入れた切れ長の目が、キッとにらみつけてきた。

「……」
 紬の背筋は寒くなった。
 あの子、だ。新京極、祇園祭り。やっぱり、同じ子だ。

 彼女は、抹茶アイスを冷凍庫にまた放り投げた。
「!!」
 タイトな黄色のシャツを着た背面が、荒々しくコンビニを出ていった。

 なに、こいつ! 買いもしないアイスを奪って、またぶんなげていった。何なのこの悪意!

 ふと、紬は気づく。
 今、午後3時なのに、制服じゃなかった。何より、今の流行でない服。 

 紬も急いでコンビニから出た。
「ちょっと待って!」
 怖さも忘れ、ストーカー女子を呼び止めた。
「……何?」
 黄色の長身が振り向いた。
「もしかして、奏向君の知り合い?」 
「……」

 彼女はやはり、今のものとは違う服装やヘアスタイルをしている。
 変わっているが、それなりにおしゃれではある。何より、美少女だった。
「知り合いどころか、そんな浅い関係じゃないよ」
 女子は、きつい口調で言った。
「え……」
 真っ青になった紬の顔を見て、彼女は嗜虐的な笑みを浮かべた。
「あのね、奏向から聞いてるか知らないけど。私らの世界では、過去や未来を見れる機械があるの」
「……らしいね」
「かわいそうだけどあんた、奏向の未来に登場してないわよ」

 その夜、紬の部屋には、コンビニ弁当のゴミが散乱していた。
「……」
 フードプロダクターのコンセントは抜かれ、部屋のすみに追いやられていた。
 電気も点けずベットに横たわる。
 カーテンもしめていない窓の向こうに、星が見えた。ふと、七夕の空を思い出す。

 奏向に真実を聞かないと。あの女子の言ったことは、ウソかもしれないんだ。

「どうやって聞くのよ」

 電話もメッセージも通じない。はるか遠く、何も答えてくれない彼に。

 あんなに嬉しそうに食べ歩きしてたのも、身体のことを短冊に祈ってくれたのも、つむぎの着物エピソードも、手づくりのペンダントを喜んでくれたのも、何もかも、他の女子が陰にいながらのこと、だったのか。

 紬はぐったりと起きて、ベランダに出た。
 西陣の夜を見下ろす。車通りは多いのに、明るくないこの町。

 未来も一緒に、いよう。祇園祭りでの奏向の声が、脳裏によみがえる。

 あなたは、過去と現在で二股をかけてるの?君の未来に私がいないなら、なぜここに来た?

 呼びかけても、何も返ってくるわけはなかった。
 次、奏向に会えるのは、いつなんだろう。聞きたくても何も聞けないのが、こんなにつらい。



 
 




次は第十話へ


各話へのリンク

第1話

https://note.com/lunestella/n/n1f60997fcaa8?sub_rt=share_b

第2話

https://note.com/lunestella/n/n841da540e8fd

第3話

https://note.com/lunestella/n/n4fb09b3362c0

第4話

https://note.com/lunestella/n/n2277f6441660

第5話

https://note.com/lunestella/n/n7b2b9357729e

第6話

https://note.com/lunestella/n/n81a14635fb7d

第7話

https://note.com/lunestella/n/n3485ce817629

第8話

https://note.com/lunestella/n/n2fa77397bbc0

第9話

https://note.com/lunestella/n/ncd737b2f5f41

第10話

https://note.com/lunestella/n/nb2a9e6c494b7

第11話

https://note.com/lunestella/n/n9f674af2e08f

第12話

https://note.com/lunestella/n/n4b7fe04557f5

最終話

https://note.com/lunestella/n/n6d81eee4e6eb






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