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「京の都に時を越えて」第4話〘レトロなバスの中で〙 

 薄衣をかさねたようなグラデに、朱が染まる夕空。
 新京極帰りのバス。紬と奏向は並んで座っていた。

「奏向君は、大学や高校に行ってみたかった?」
「んー、不登校児だったからね、学校は苦手。でも、紬が通ってきた道だから、一緒過ごしてみたかったんだ」

 学ランがそんなセリフを放って、聞いているセーラーは顔を赤らめている。
 彼が持ってきてくれたこの制服には、そんな想いが込められてたんだ。

 紬は心臓の音をごまかすように、話題を変えた。
「そういえば、職業デザイナーなんだよね」
「うん」
「実は……私もちょっと、そんな職に憧れてた」
「そうなんだ! 気が合うね」
「でも……」

 私、地味だしな。自分に自信ないから、おしゃれすら満足に出来てない。

「あきらめて、普通に大学に入った」
「そうだったんだ」
「クリエイティブを仕事にするって、難しい」
「紬だって、10年後なら叶ってるかもよ」
「ええー。でも私じゃお金稼げない」
「じゃあ、将来一緒仕事しよう」
 廊下側から窓側に、奏向は笑顔を向けてきた。紬は窓側から廊下側に、驚いた顔を向ける。
「私なんかじゃ、足引っ張るよ!」
「元々憧れてたなら、きっと伸びる」
「そう……なのかな」
 一緒仕事を、か。夢みたいな話だけど。

 信号で止まった車窓から見える、街のあかり。
 数秒して動き出したバスは、碁盤の目を西に進み続ける。

 バスが走る音が響く、未来の世界から見たらレトロなはずの。

「そっちの世界って、みんな瞬間移動なの?」
「ふだんは反重力車だよ。瞬間移動は、機械に意識飛ばすのパワー使うから、遠距離だけ」
「じゃあ……違う時代を移動するのなんて、だいぶ力使うんじゃない?」
「ん?」
「こうしてこの世の中に来るの、疲れる?」
「大丈夫だよ」
 端正な横顔が、静かに微笑んだ。
 窓からの夕日が、黒い詰め襟姿に注がれている。

 紬は思い切って、聞いた。
「どうして時空移動してまで、私に会いにきてくれるの?」
 奏向は、ちらりと紬を見た。
「……18歳どうしで会いたかったから、かな」

 その表情に、いつもと違う何かがただよう。
 それ以上踏み込めない雰囲気に、紬は質問を続けることが出来なかった。
 バスの振動に、二人の身はただ揺られている。

 帰り道も半分に来た頃、紬の質問は止んだ。  
 突然、ひどい疲れが押し寄せてきていた。

 いくら京都が蒸すとはいえ、今日はセーラー着られるくらい涼しい。夏本番でもないのにおかしいな、体力落ちたなぁ。

「顔色良くないようだけど、大丈夫?」
 奏向は紬の顔をのぞきこむ。
「うん……多分」
 そんな顔が近くに寄ってくると、熱出る……。いいんだか悪いんだか。
 窓枠にもたれながら、紬はぐったりしていた。

 西陣でバスから降りると、紬の眼の前はくらりと回った。
 骨のしっかりした肩が、さっと体を支えてくれる。
 ああ……うれしいやら、熱がこもるやら。

 マンションの玄関、着物のショールーム前に来た。
 私の腰辺りに彼の腕が……などと、ときめいている場合ではないふらつく足で、三階までなんとか紬は階段を上った。

「ありがとう、送って、くれて」
 切れた息で、紬は部屋の扉に寄りかかった。奏向は紬をじっと見つめる。
「……きみに明日、贈りものがある」
「え……」
「疲れてるだろうけど、早いほうがいい」
「?」
 今日はゆっくり休んで。
 そう言って奏向は、扉の前で消えた。

「贈りもの……」
 なんだろう。わざわざ言ってくれるなんて。ああ、やっぱり熱が上がりそうだ。



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