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「京の都に時を越えて」第5話 〘ちゃぶ台の上ひっくり返る〙 

 半日前まで聞いていた美声が、日曜昼の静かな廊下に琴の音のように反響した。
「衣谷さん、お届けものですー」
 のぞかなくてもわかるけれど、レンズの先に奏向がいた。

「顔色戻ったね、良かった!」
 昨夜自分を支えてくれた腕が、大きな箱を胸の前にしっかり抱えている。
「私の名字、知ってたんだ?」
「時空移動出来るんだよ、わかるよ」
「そういえば、奏向君の名字……」
 言葉をさえぎるように奏向は、わぁ!、と言った。
「これが紬の部屋、かわいいね」
 当たり前のようにスタスタ中に入り、勝手に桜色クッションに座っている。 
「ごく普通の部屋だよ」
「いやー紬料理嫌いだろうから、部屋汚いかと思ってた」
「ええー……ひどいなぁ」
 お客様用に出しておいた薄紅のクッションに、紬は座る。
 私の使い古したクッション、汚いのにな……まあ、彼になら座られて嬉しいけど。

 素の箱が、テーブルの上に置かれた。リボンやラッピングはない。 
 しかも奏向は、自分でさっさとその箱を開けてしまった。
「あれ、私へのプレゼントじゃなかったっけ……?」
「ん? プレゼントだよ。実用的な」
 白いテーブルの上に、50cmくらいの機械が現れた。
「はい、これ何だと思う?」
 縦長で、ドリンクの出口らしきものがある。
「コーヒーメーカー?」
「こっちの電源になおしてもらってきたんだ」
 奏向はコンセントを差し込んだ。

「紬、今コーヒーって飲みたい?」
「え、まあ、コーヒーならいつでも」
「じゃあ、ここの赤いボタン押してみて」
「これ?」
 押しても、何も出てこない。奏向はうーんとつぶやく。
「使いこなすには精神力と念が足りないか」
「?」
「じゃ、オレ押すよ? 見てて」
 目の前に、どっとコーヒーやお菓子が出てきた。
「わあっ!」
「ほーら、おいしいごはんも出てくるよー」
 おにぎりハンバーグ唐揚げコロッケやらが、ホカホカしながらテーブルの上に乗っている。

 紬は呆けていた。
 ほんとに、あったんだ。食べ物製造機。

「なんやこれ、魔法や……」
「いいねぇ、その反応」
 奏向は目を細めて、先輩目線でニンマリする。
「どうせ私はレトロな人ですよ」
「君にはまだこのフードプロダクターを扱えないようだから、オレが毎日これでごはん作ってあげる」
「え、毎日……?」

 ということは毎日、奏向がこの部屋に来る?
 ときめきすぎて逆にパワー干からびたりしないだうか、自分。

 アイボリーのカーテンが、エアコンの送風にゆらゆらとたなびく。
 照れを隠すように、紬は聞いた。
「えーと、あの……これっていったい、どんな仕組みなの?」
「なんでもいいから食べられるものを、この上フタから放り込む。すると、出てくる」
「なんでもいいから?」
「分子レベルから解体して、必要な成分だけが再結合されるから」
「ええっ!」
 驚いた瞬間、同時に紬は思い出す。そういえばはじめからこのひとは、そんなこと言ってたな。
 奏向の手が、フードプロダクターの上にポンと置かれた。
「でも家庭用のは簡易型だから、100メニューくらい。コンビニやスーパーのなんかは、1万とかボタンがあるよ」
「1万」
 機械付属の紙を、奏向が手渡してくれた。家庭用で作れるメニューが書いてある。それでも紬には十分に思えたが、1万は気が遠くなる。
「家用のは小型にするため、その赤いボタン一つだけ。100メニューから自分の念で選んで伝えないといけないんだ、センサーに」
 赤外線レンズのような物が、奏向の指す先に光る。
「私はまだうまく使いこなせない、ということか……」
「自分で使えるようになるコツは、教えていくからね」
 奏向はおにぎりをつかみ、ほおばった。

 米が咀嚼される音だけ、空間にひびいている。時に、味噌汁をすする音に変わる。

 紬は呆然としたままだ。
 これはすごすぎる……こんなものがたった15年後出てくるなんて……。
 魔法じゃないんだよね。これが、未来の発明。

「あの、このプレゼントは、放課後の食べ歩き、のお礼とか?」
「ん? うん、まあ」
 奏向は少し目をそらした。食べる音だけが、変わらす部屋に響く。 

 なんだろ、この感じ……。

「さ、食べてみて」 
 差し出されたおにぎりを、紬も食べてみる。
「うん、おいしいけど、あっさりしてるかな」
「この機械は、人体に不要な分子は落として調理してくれるからね。はじめは薄いだろうけど、いずれこの味に慣れるよ」
「毎日これを食べたほうがいいってこと?」
「そうだね。極力このフードプロから出る食べ物にしてって」

 紬はしばらく考えた。
「でも奏向くん食べ歩きしたがってたじゃない? こっちで売ってるものを」
「食べ歩きは、オレらの世界でも出来るよ」
 ハンバーグをほおばりながら、奏向は答える。
「学校なくて放課後の食べ歩き、は出来ないから、その時代を生きた紬と、記念にしたかっただけ」
 もごもごしつつも、後半ときめくセリフだけど……。
 まあ、これも昨日からそんなふうに言ってたっけな、確かに。
「紬は出会った時から、顔色が良くない。新京極でちょっと騒いだだけで、倒れそうになってる。なるべく早めに、この味に慣れたほうがいいね」
 テーブルの上のフードプロダクターが、ガラス窓越しの太陽を受けて銀の光を放つ。

 私、京の食サークルに入ってるから、正直言うと不便だけど、一応心配してくれてるってことか。
「うん、この味!」
 向かいのひとはもう昼食をたいらげ、デザートのアイスを手に持っている。
 紬も同じアイスを食べてみた。
 やっぱり、あっさりしてるなぁ。未来のひとたちが、今の食べ物を濃いと思うわけだ。八ツ橋とか……。

「じゃあまた明日から学校がんばってね。これから毎朝、ごはん作りに来るから」
 アイスを口のはしにつけながら、奏向はフローリングから立ち上がった。
 窓からの景色をのぞいて、おっ、上から見たレトロ西陣、とかつぶやいている。
「あれ……来たばかりで、もう帰るの?」
「うん、紬まだ体調も良くないだろ?」
「眠ったら治ったけど」
「オレだって、あまり部屋で長く一緒いると緊張するし」
「はじめから全然リラックスしまくってる感じだけどなぁ……」
 大きな手が口のアイスをぬぐい、窓際でにっと笑う。
「会って4日目で、こんな安らげるの貴重だよ」
「えー……それ、いい意味なんだよね?」
「もちろん! あ!」
 白いテーブルとおそろいの白いシェルフの前で、奏向は立ち止まった。
「これ、きれいだなぁ」
 何枚か飾ってある、おしゃれな服の写真。
「棚の開いてたスペース、寂しかったからね。でも、これからは記念写真に変えてこうかな」
「新京極で撮ったのも、ここに飾るの?」
「うん」
 これからも、デートしてくれたらその写真も。とは言いにくい。
「そっか。じゃ、プリントしたらオレの分も忘れないでね!」 
 言いながら、奏向はさっと部屋から消えた。

 いきなり覆いかぶさってくる、とかそういうキャラでは彼はないと思うけど。
 でも私が美人なら、もっとそわそわするのかなぁ……。まあ、ほっとできるんなら、それでもいいか。

 紬は、テーブルの上に乗っかったごちそうをながめた。おかずを一口ずつ食べてみる。
 全体的に味気ないけど、あのひとが毎日ごはん作りにきてくれるなら、嬉しい。

 表情に一瞬、陰があったのが気になるけれども……。




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【各話へのリンク】

第1話

https://note.com/lunestella/n/n1f60997fcaa8?sub_rt=share_b

第2話

https://note.com/lunestella/n/n841da540e8fd

第3話

https://note.com/lunestella/n/n4fb09b3362c0

第4話

https://note.com/lunestella/n/n2277f6441660

第5話

https://note.com/lunestella/n/n7b2b9357729e

第6話

https://note.com/lunestella/n/n81a14635fb7d

第7話

https://note.com/lunestella/n/n3485ce817629

第8話

https://note.com/lunestella/n/n2fa77397bbc0

第9話

https://note.com/lunestella/n/ncd737b2f5f41

第10話

https://note.com/lunestella/n/nb2a9e6c494b7

第11話

https://note.com/lunestella/n/n9f674af2e08f

第12話

https://note.com/lunestella/n/n4b7fe04557f5

最終話

https://note.com/lunestella/n/n6d81eee4e6eb










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