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「京の都に時を越えて」第7話〘魂の相性〙

 出会った頃は、『こんな美形のわきにいると見劣りする』
 そんなふうに卑屈だったっけ。

 今日は、浴衣とメイクに身をつつんだ紬を、悪意の目で見る人はいない。
 嫉妬は時たま感じられても、貶す言葉は聞こえてこない。

 午前からすでに、人混みと蒸し暑さにつつまれている四条河原町。
 紬と奏向は、祇園祭の山鉾巡行を見ていた。

 デザインした紺の浴衣に、うちわもそろえて奏向が作ってきてくれた。髪には、白と水色のかんざし。
 ビルのガラス窓にうつる、幸せそうな自分。

 身体に良い食べ物を食べているせいか、想いがこもった服を着ているせいか、紬は日に日に、血色がよくなってきている。

 今、このひとといるのが、純粋に楽しい。

 赤や金の山鉾とその上で扇を持って舞っている人たちを、奏向は楽しそうに眺めている。

 山鉾もよいけれど。
 紬はつい奏向の浴衣姿を、横目で見てしまう。
 黒灰色の地。織り込まれた銀糸の縦もよう。その銀は悪目立ちせず、ほどよい光沢を放っている。
 持っているうちわも、蝶の羽根のような薄い銀色だった。
 地味に見えそうなカラーに上質なラメをまぶして、若さに似合う仕上げにしてあった。 

 しかし、浴衣もおそろしく似合うな。そしてやっぱり抜群のセンス……。
 素人の私デザイン浴衣も、オリジナルを崩さないように微調整して、さらに良く作ってくれた。さすが職人。頭が上がらない。

 横顔からにじみ出る、彼の透明感。
 
 単なる顔立ちだけでない。
 善なる美しさ、が彼からはにじみでている。そう、紬は思う。
 天衣無縫でハッキリしてても、どこか人がよく、他人を思いやる優しさがある。しっかり、和のこころを持ってるんだ。
 未来から来てたって、私たちとなんら変わらない。

 ああ、奏向とわたし、同じ日本人で良かった。
 浴衣を着ていると、心からそう思える。

 山鉾が十字路で、直角の大立ち回りをして曲がった。
 観光客がどよめく。紬と奏向は思わず、手をたたき、うちわを振った。

「はぁ、すごかった」
「ダイナミック」
 通りすぎていく山鉾の後ろ姿。

 ひととおり、昼のイベントは過ぎていった。帰り客の流れに沿って歩く。
「ここ、すてきな蕎麦屋さんだな。入ろうか?」
 ぐったりしている紬に気づき、奏向が声をかける。

「今日はフードプロのでなくて、いいの?」
 メニューを見ながら紬は聞く。
「毎日薄味で頑張ったから、たまにはね」
 紬は大学にも、フードプロのものをお弁当に詰めて持っていっていた。友達付き合いは悪くなってしまったが、それでも良かった。

「こっちのお蕎麦は、奏向君の口に合うのかな」
「合わなくても、記念だから」
 ざる蕎麦が運ばれてきた。
 奏向は蕎麦が美味しそうに見えるほど、楽しげに話しながら食べている。
「つゆがしょっぱく思えるようになった、私も」
 そう紬が言うと、奏向の目は三日月のようになった。

「小銭なら、いいかな? ダメ?」
 うかがうような表情で、長い指が500円玉を机の上に置く。
「こっちの世で紛失や焼失でなくなった個体をあぶり出して、複製したんだけど」
「すごいね、その技術」
 奏向は、なんとかしておごりたいのだ。新京極で、かんざしを私に買えなかったから。
「まあ、小銭ならもともとナンバーないしね」
 その気持ちを汲んで、笑顔で紬はうなずいた。
 
 奏向がレジで硬貨を数枚出している時、後ろから刺さるような視線を紬は感じた。

 ふと振り返って見ると、窓の遠く向こうに、一人で信号待ちをしている女子がいる。派手な赤いシャツ。こちらをにらんでいた。

 紬の背筋が、凍りつく。
 新京極の……あの子?

 窓の外で、信号が青になった。
 彼女はこちらをにらんだまま横断歩道を渡り、そのまま店の脇を曲がっていった。

 何、なんなの。なんで私のいる場所がわかるの?

「紬、どうした?」
 奏向が紬をのぞき込む。
「あ……なんでもない……」
 ごちそうしてくれて、ありがとう。動揺しながらも、紬は付け足した。

 店を出ると、目の前の横断歩道は赤信号になった。
 さっきの……気のせいだよね。
 新京極の子より、多分派手だった。単に信号待ちしてた一人だよ。たまたまにらんでたように見えただけ、きっと。
 
 帰りのバス停に向かって、ふたり歩いた。
「そういえば、私がそのまま京都にいれば……奏向君が今みたいな年齢になった頃、15歳差で出会えるんだよね?」
「うん、きっと」
「でも、私が三十路になってから出会っても、奏向君のほうがつまんないか」
 奏向はうちわをあおぐ手を止め、紬の顔を見る。
「そんなことない。魂の相性は何歳でも変わらない」 射るような視線に、紬は思わず目をそらす。身体のうちに響く心臓の音。

「あの、もしかして私、15年後の世界で、奏向君と恋人……とかになってる?」
 紬がそう聞くと、奏向は押し黙った。
「あ、ごめん、図々しいよね」
 紬の顔に熱がのぼってくる。じっとり蒸す空気が、まとわりついてくる。
 奏向は、うちわをあごにあてた。銀羽の丸いふちの上で、端正な唇が言った。
「そのときも、一緒にいよう」

 バスの中は、祇園祭の帰り客でにぎわっていた。とりあえず紬たちは、席に座れている。

 しばらくすると、奏向の首はかすかに下に傾いた。珍しくうたたねしていた。 
 ふだん浮遊する車で移動できるのに、ゲタで長く歩いたんだもんね。あともしかしたら、日々時空移動してるから疲れてる、とか……?

 せっかく目を閉じている隣なので、紬はそっとその顔をながめた。
 この眠ってるまつ毛を見れるのは、得した気分。

 奏向は朝いつも部屋に来て、ご飯を食べて帰っていく。一緒出かけても、夜に紬といたことは一度もない。それは奏向の誠意なのだ、と紬は勝手に思っている。
 このひと月毎日一緒にいるのに、決して見ることのない眠り顔を紬は目に焼き付ける。

 ……あの言葉は、まるで告白にすら聞こえたんだけど。でも、何かがひっかかったんだよね。

 一緒にいるよ

 欲を言えば、そう言ってほしかったんだけど。
 一緒に『いよう』だった。
 決まってないってことなのかな、やっぱり運命は。
これだけは、決まってたらいいのに……。 

「あ、紬」
 紬と奏向が西陣のバス停で降りた時、秋実に声をかけられた。
 ああ、秋実もこの近くに家あったんだっけ。

「このひとといるとき、よく会うね秋実と」
「浴衣ってことは祇園祭?」
(あやしいヤツとか言って、デートしてるし)
秋実は紬に耳打ちした
(いや、その、あやしいやつじゃなかったので……)

 秋実のわきに三十代くらいの男性がいた。
「紬、うちの兄」
「はじめまして。紬ちゃんのことは秋実からよく聞いてるよ」
「はじめまして」
 紬は軽く頭をさげた。
 ふうん、お兄さんも背が高くて素敵な人だな。

 その時、秋実の兄が手をつないでいる2、3歳くらいの男の子が、自分を見上げているのに紬は気づいた。
「あ、息子さん? かわいいですね」
 紬はかがんで笑いかけた。その子は、はじけるような笑顔で紬に笑いかえした。

「あれ、かなた人見知りなのに紬には逃げないね」
「ほんとだ。紬ちゃんのこと気に入ったのかな? かなた」
「幼稚園にも行こうとしないし、保母さんにもなつかないのに不思議だ」
 兄妹で話している。

 ……かなた……? 秋実の甥っ子が? たまたま同じ名前?
 紬は奏向を振り向いた。奏向は、大学の大講義室前で見たあの時と同じ表情で、秋実とその兄を見ていた。
 ああ、そうなのか……。

「そういえば、紬うちに来たことなかったよね。今度遊びにきて。その彼も一緒に」
「え? あ、そうだね……」
「じゃまた来週のサークルで」
「うん」
 秋実の兄に手をひかれながら、小さなかなたは、何度も紬を振り返りながら帰っていった。

「……そういえば、不登校児だったんだっけね。奏向君」
「……フフ」
 誰もいなくなったバス停で、奏向は微笑した。

 秋実の苗字は……。
「時任奏向、なんだよね?」
 奏向は、満面の笑みになった。
「バレたか」 
「そういえば、苗字聞いてなかったな」
 聞こうとしたことはあったが、奏向がそれをさえぎったことがあった。

「紬と叔母が友達なんだから、今は言わないほうがいいと思ってね」
 秋実とお兄さんも、長身で割ときれいな顔をしている。奏向は、それを選り抜きにした感じだ。

「祇園祭の日、本人どうし偶然出会いました」
 紬がそう言うそばで、奏向は炎天の空を見上げた。
「子供のオレも、紬のことが好きになったみたいだね」
 またそんなセリフを……。
 紬は思わず、うちわに半分、顔を隠した。





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各話へのリンク

第1話

https://note.com/lunestella/n/n1f60997fcaa8?sub_rt=share_b

第2話

https://note.com/lunestella/n/n841da540e8fd

第3話

https://note.com/lunestella/n/n4fb09b3362c0

第4話

https://note.com/lunestella/n/n2277f6441660

第5話

https://note.com/lunestella/n/n7b2b9357729e

第6話

https://note.com/lunestella/n/n81a14635fb7d

第7話

https://note.com/lunestella/n/n3485ce817629

第8話

https://note.com/lunestella/n/n2fa77397bbc0

第9話

https://note.com/lunestella/n/ncd737b2f5f41

第10話

https://note.com/lunestella/n/nb2a9e6c494b7

第11話

https://note.com/lunestella/n/n9f674af2e08f

第12話

https://note.com/lunestella/n/n4b7fe04557f5

最終話

https://note.com/lunestella/n/n6d81eee4e6eb







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