「京の都に時を越えて」第8話〘楽しいはずの夏休み〙
「もうすぐ夏休みだから、私実家に帰るけど」
朝ご飯のとき紬が何気なくそう言うと、奏向から意外な返事が返ってきた。
「帰らないほうがいい」
紬は箸で卵焼きをもったまま、首をかしげた。
「なんで?」
「家の人がいるのにこのフードプロ持ってって、オレが毎日ごはん作りにいくわけいかないだろ」
「実家でまで、そっちの世界の食べ物食べないといけないの?」
奏向は紬をじっと見ながら、食べかけのごはんをのみこむ。
「最近紬、顔色が良くなってきてるよ」
紬はうなずいた。
「フードプロのおかげだろうな、って私も思ってる。でも、二か月実家の物食べたからってどうなるわけじゃないよ」
「細胞が変わるのに半年はかかるんだ、二か月だからってあなどってはだめだよ」
「私もう親の知り合いの店に、夏休みのバイト頼んであるんだ。お金も欲しいし」
「バイト」
奏向は箸を置いた。
「それって、何するの?」
「アイス屋で売り子」
「それは本当に君がしたい仕事なの?」
「何言ってるの? バイトって、お金をもらうためにするんだよ」
「紬も、本当はファッション関係の仕事が良かったんだよね? それに役立つようなことをしたら?」
紬は少しイラッとした。
「そんな華やかな仕事、うちの田舎にはないよ」
「仕事って、好きを極める作業だと思うんだ」
紬も箸を置いた。窓から刺す朝の光が曇ってきた。「好きを極めてないバイトは、悪いってこと?」
「悪いのではないよ。でもオレの言ってる意味がわからないと、紬にはいつまでもフードプロを使いこなせない」
「私はレトロな人だから、わかんないよずっと」
「念を上げるには、心にウソをつくのがよくないんだ」
「心にウソ……ファッション関係をあきらめて、普通に大学に行った私の生き方、って意味?」
奏向はため息をつく。
「これは言うつもりなかったけど。ほんとはこの時空移動、ひんぱんにすることはあまり良くなくて」
紬は意固地になって、その話をさえぎった。
「ちょうど私二か月京都にいないし、何か問題あるなら来なくていいよ」
奏向は、うつむいた。
急に部屋の中が暗くなってきた。にわか雨がベランダを叩く。
無言で、奏向は消えた。
「…………」
茶わんに残されたご飯が、くすんだ半透明を放っていた。
あー久しぶりの実家。落ち着く。
これこれ。母親のこってりしたカレー。チープな味、うま。最近あっさりしたのばかり食べてたから。
母もズボラだから、ドライブスルーやレトルトが多いけど。監視がなくなって、自由だ。
「……」
冷蔵庫のカレーを一人食べていた紬は、皿の上にスプーンを置いた。
でも、いっしょにごはん食べてるの、楽しかったな……来ないでなんて、言いすぎだよね。
時空移動は、気力体力消耗するはずなんだ。なのに、毎日ご飯作りに来てくれてた……。
紬は、台所の壁にかけられたカレンダーを見た。まだ8月の頭だ。
来週から9月半ばまでバイト契約している。というのに、早速京都に帰りたくなってきた。
『自分の行きたい将来に役立つようなことをしたら』、か。
明日友達と会った帰り、デザインの本でも買ってこようかな。
自分の部屋に戻ってきた紬は、押入れの戸をあけた。つむぎのたからもの、と下手な字で書いてある小箱を取り出す。
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各話へのリンク
第1話
https://note.com/lunestella/n/n1f60997fcaa8?sub_rt=share_b
第2話
https://note.com/lunestella/n/n841da540e8fd
第3話
https://note.com/lunestella/n/n4fb09b3362c0
第4話
https://note.com/lunestella/n/n2277f6441660
第5話
https://note.com/lunestella/n/n7b2b9357729e
第6話
https://note.com/lunestella/n/n81a14635fb7d
第7話
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第8話
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第9話
https://note.com/lunestella/n/ncd737b2f5f41
第10話
https://note.com/lunestella/n/nb2a9e6c494b7
第11話
https://note.com/lunestella/n/n9f674af2e08f
第12話
https://note.com/lunestella/n/n4b7fe04557f5
最終話
https://note.com/lunestella/n/n6d81eee4e6eb
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