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「京の都に時を越えて」第3話〘大学生の修学旅行〙 

 和服女性たちが、静かに話しながらそばを通り過ぎていく。今日は、誰も日傘をさしていない。
 昨日と比べたら涼しなぁ。ほんま、助かるわ。
 その向かう足は、紬と同じ上七軒だろう。

 空は雲におおわれて白く、柔らかな日差しだった。
 大学帰りいつも寄るコンビニの前。
 いないか。話、色々聞きたいんだけどな。今日はここでなくて、西陣に着いてから他の店に寄ろうか。

 少し歩いた上七軒の入口、北野天満宮の門前に立っていた奏向は、少しにんまりとしていた。
「学校お疲れ」
「……ハイ」
「今日は、高校帰りの食べ歩き、一緒にしてみたいな!」
「高校?」 
「そんな設定で、ってこと」
「ごっこですか」
「まあ、そうだね」
 わたし、このひとがコンビニにいなくてガッカリした顔してたんだろうな。
 見透かしているような、三日月のまぶた。

 二人で歩く、三度目の上七軒。
 地元の老夫婦が、老舗の和菓子屋に入っていく。
 何買おかなぁ。あれ食べたいわぁ。あれてなんや。ほらあれ、名前浮かんでこぉへん。
「オレもあれ食べたいわぁ」
 不自然なイントネーションで、奏向が扉の向こうを指差す。思わず紬は吹き出した。
「さすがに学生も、和菓子の食べ歩きはしませんよ」
「やっぱりそうかー」
 わかってて言ってる奏向の、嬉しそうな顔。

 こんなかんたんに移動できる世の中なら、たしかに地元に居付かないかも。いろんな土地にいれば、方言のヒヤリングも散漫になる。
「まあ、瞬間で消えることが出来るんなら、現れることもできますよね」
 重ね着されたパーカーとシャツとTシャツが、絶妙なグラデをつくっている。
 この着こなし。彼がデザイナーなのは、ほんとのことなんだろうな。
「未来のひとだって、信じてくれた?」
「15年後がすごい世界になってるってことは、わかりましたけど」
「そっか、わかってくれて良かった!」
 でも、そばにいる彼は、いまの私達と何も変わらない。

「どうやって時空を移動するんですか?」
「ん? それはね」
 奏向はジーンズのポケットから小さな機械を出して、見せた。ペンのように細く小さな。
「これに意識を飛ばすんだ。○○年○月○日○時の上七軒へ移動! みたいに」
 こんな10cmの中に、人を時空に飛ばす力が詰まっているのか。
 大きな手の上に乗っかっている銀色の光を、紬はじっと観察する。
「○○年前の○○さんのところへ移動、とかではないんだ。私のことよくみつけられますね?」
「防犯面で、人名や家屋住所では検索されない。毎回町単位でざっくり着くんだよ」
「ええ! じゃあランダム」
「うん。今日は西陣寄りに着いたから、ぶらぶら散歩しながらこのあたりで待ってた」
 じゃあ、いつも上七軒や私の寄るコンビニまで歩いてきて、帰りを待ってたのか。帰る時間も毎日違うのに。

 午後3時の空気は、梅雨の合間の湿り気を含みながら、街を流れていく。
「……例えばですけど。私も一緒未来に連れてってもらうことって、出来ますか?」
「うーん。出来なくは、ないんだけどね」
 一昨日や昨日に比べると涼しい風が、奏向の前髪を揺らしている。切れ長の目が、すこし複雑な光を帯びた。
「無理は言いませんけど」
「うん、まあ、なるべくなら、しないほうがいいのかな」
 紬は、目の前に下っていく上七軒の坂をながめた。
生成りや薄茶の京すだれのすそが、風を受けてそよそよと動く。
「この上七軒も、未来はハイパーになってるんですか?」
「ここは景観保存地区だから、ほぼ変わらない」
「良かった。私この道好きだから」
「オレもレトロ京都が残ってるのは嬉しいよ」
 奏向はふと立ち止まり、ジーンズのポケットから小さなカプセルを出した。

「じゃ、紬はさっそくレトロなこれに着替えようか」
 カプセルのボタンをカチッと押す音とともに、中からセーラー服が出てきた。それを奏向は大きく広げて見せた。上七軒のまんなかで。
 紬はあわててそれを押さえこんだ。
「ちょっと、こんなとこで男子がこんなもん広げないで下さい! ただのヘンタイたから!」
「えーなんで? なんでこれがヘンタイなの?」
 紬は言葉につまった。うかつにマニアックな説明は出来ない。
「しかしそのカプセル、ドラゴンボールの世界ですね」
「ブルマ? カプセルコーポレーション?」
「ドラゴンボールもやっぱりあるんだ」
 紬はその黒い制服を折りたたんで、腕に抱えた。
「このセーラー、奏向さんが作ってきたんですか?」
「もちろん! うまく出来てるかな?」
「それはもう……妙に」
「そう! 良かった」
 奏向はとても嬉しそうだ。

 上七軒を降りたところにあるコンビニ。
 結局、紬はそこのトイレでセーラーに着替えた。
 まあ、3か月前まで制服着てたんだから、違和感ないよね自分。
 でも高校時代より、血色悪くなったかな? 今度、メイクしてチークもつけようか……。
 鏡の前で、頬を何回かマッサージする。

 男子トイレで着替えて出てきた奏向は、学ランを着ていた。
 型の決まった黒い服が、すっとした顔と身体をひきたてる。
 鼻血出るなこれ……。
 紬は思わず目をそらす。
「でも今は、セーラーと学ランて高校では少なくなってるのかな」
「そうなの?」
「もっとリサーチしてきて下さいよ、近くの高校の制服そっくりとか」
 形のよい唇が、歯を見せて笑った。
「実はリサーチずみ」
「えっ、じゃあなんで」
「だってセーラーと学ランのほうが、なんかもえるよね」
 フフ、と紬は思わず、小さく声に出して笑った。
 このひとホントはけっこうわかってるんじゃない、
この世のツボ。

 コンビニから出て、西陣の大通りを歩く。
 どちらも18歳で、ふたりで歩いてても違和感はないだろうけどね。でも、
「どの校庭にも入りづらいから、修学旅行の設定にでもしますか?」
 紬の言葉に奏向は沸き立った。
「修学旅行! 最高!」
「このまま制服で西陣を楽しんだら、行きますよ、あの地に」
「え、どこ?」

 午後5時。奏向を連れて紬がやってきたのは、かの有名な観光地だった。
「やっぱり新京極ですよ、修学旅行は」
「おおー!」
 奏向の頬は、京都に来たての修学旅行生のように、上気している。
「15年後も、新京極は変わらない?」
「店は、変わってるかな。どこにでもすぐ行って帰ってこれる世界だから、お土産屋ってあまりなくて」
 制服効果と修学旅行効果が、奏向の声をワントーン高くしている。

「あ、これが『やつはし』! 一度食べてみたかったんだ」
 奏向の指差す先に、京の定番みやげがあった。
「八ツ橋15年後はないの?」
「名前は皆知ってるのに、ないんだよね」
 紬には、その理由がわかった。奏向の様子から察するに、未来の人たちはずいぶん薄味嗜好のような。
「あー、うん、これなかなかスパイシーな味だから……」
「大丈夫! あの濃ゆいアイスも完食したから!」
「いや、アイスであれなら……」
 試食品食べてみたら……。
 つまようじにささった八ツ橋のかけらを、紬は奏向に渡した。
「何これ、死ぬ!」
 ニッキに悶絶する奏向。
 店の奥から店員ににらまれて、紬はあせって奏向の腕を引っ張った。

「じゃ、八ツ橋のかわりに」
 紬はたい焼きを買って、奏向に渡す。
「これマンガで見たことある」
 奏向は鯛の顔をじーっと見る。
「これは苦くないよね?」
 紬は思わず笑った。
「アイスと同じくらいの甘さ」
「そっか、なら」
 たい焼きを食べてる奏向の表情は、まずまずの様子だった。
「慣れてきたかな、こっちのお菓子の甘さに」
「そう。良かった」 
「楽しいよ、食べ歩き」
 奏向は本当に楽しそうに、たい焼きを食べている。
 ニッキに悶える顔もなかなかだったけど、やっぱり笑顔のほうがいいな。
「楽しいけど……」
 いつも明るい奏向の声が、たい焼きを食べる音にまみれ、モゴモゴ小さくなった。
「え?」
 紬も、たい焼きがこもった口で聞きかえす。
「いや、またあとで話すよ」
「?」

「あっ、かんざし、だ! すごーい珍しい!」
 奏向は食べ終わるや否や、新しい興味を見つけた。和装小物の店頭に並ぶ、色鮮やかなかんざし。隣には、和紙の風車が回っている。
「きれいだねー」
「やっぱりアクセにも興味あるんだね」
「うん。ほら似合う」
 奏向は、紬の髪にかんざしを合わせた。白と水色の花がついている。
「じゃあ、記念に買ってあげよう、あ……」
 15年前の日付で買うのはまずいか。そうつぶやいて、奏向は少し暗い顔になった。
「これで買うのはイヤだよね、紬は?」
 制服のポケットから、コピーの偽札を出す。
「それは、ちょっと……」
「だよね」
 奏向は作ってきた札をまたしまう。そして、かんざしを手に取って数秒見つめた。
「うん。記憶した。じゃ、他の店行こっか」
「記憶?」

 奏向は店のガラスに貼りついたり、興味のあるものを見るとすぐ指さしている。
 紬も修学旅行の女子高生気分を、わざとらしいほど満喫した。男子高校生とその買い食い、に満足している顔が、隣ではじけている。

 アーケードの下、旧も新も、寺も店も、今のひとも未来のひとも、全部混ざった夕方。

「記念に写真撮らないとね、修学旅行は」
 通路の真ん中で、紬はスマホを取り出す。
「おお、こっちのスマホ」
「そっちの世界のスマホは同じ?」
「ずっと小型」
 奏向は制服のポケットからカプセルを出し、そこから小さな機械を出した。カードサイズで、見たことのない光沢をしている。

「あ、電源切れてる、カメラ使えない」
「こっちの世界で、通話とかってできないよね?」
 奏向は首を振った。
「電波は通じないね。同じ電子マネーは一部あるようだけど、このスマホで認識してくれるかはわからない」
 奏向と電話やメッセージしあうのは、無理か……。それはそうだよね。
 その手のひらの3分の1しかないスマホは、玉虫色に近い光を七色に放っている。
「それよりそのスマホだと、お店で出してもあやしまれるよ」
「だよな」
 奏向は笑って、小さなスマホをカプセルにしまった。
 その3倍はある大画面のカメラを、紬は起動した。
「ま、今はレトロなこれで写真撮りますよ」

 画像を見た紬は、美男子と写った自分がいつもよりいっそう地味に見えた。
「おお、レトロな解像度もいいね!」 
「うーん」
「かわいいじゃん、紬」
「そうかなあ……」

 ふと、鋭いものを感じて、紬は顔を上げた。
 お土産屋のガラス窓の中から、棘のある視線が刺さってくる。高校生くらいのきれいな女子が、紬を凝視していた。
 不服そう。なんでこんな美男子と、こんな地味な子が、ってところかな……。
 その女子は一瞬紬と目が合うやいなや、ぷいっと顔をそむけた。

 せつなさが、紬を襲う。
 他の人たちも皆、そういう目で見ているのかも。
 今みたいなかわいい子なら、奏向に似合いそう。私なんか……。
「紬? どうしたの」
 心配そうなその声で、紬は元に戻った。
「ううん、大丈夫…………この写真、記念に部屋に飾ろうかな?」
「おっ、オレにもくれる?」
「うん。プリントしとくね」
 紬はまたスマホに目を落とした。
 奏向は、いい表情に撮れてるかな。ついでに私も表情だけは、よく撮れてることにしよう。
 自分が映えなくて恥ずかしいけれど、これからも奏向が来てくれたら、一緒撮っておこう。

 これからも来てくれるよね……きっと。



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第4話

https://note.com/lunestella/n/n2277f6441660

第5話

https://note.com/lunestella/n/n7b2b9357729e

第6話

https://note.com/lunestella/n/n81a14635fb7d

第7話

https://note.com/lunestella/n/n3485ce817629

第8話

https://note.com/lunestella/n/n2fa77397bbc0

第9話

https://note.com/lunestella/n/ncd737b2f5f41

第10話

https://note.com/lunestella/n/nb2a9e6c494b7

第11話

https://note.com/lunestella/n/n9f674af2e08f

第12話

https://note.com/lunestella/n/n4b7fe04557f5

最終話

https://note.com/lunestella/n/n6d81eee4e6eb



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