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小説「龍馬がやってきた~僕の鉄道維新物語④~」

4 出現


 ホテルの館内にある居酒屋「船中八策」で懇親会が始まったところであった。
「おっ、戻ったか?ちゃんと病院はいったか?」課長が心配した声をかけてくれる。
「あっ、はい。一応、MRIをとってもらいましたけど、異常はないとのことでした」
「そうか、なら良かった。でもしばらくは無理をすんなよ」
課長に嘘をつくのは心苦しかったが、龍馬さんを案内していたと説明する訳にもいかず、やむを得ない嘘だと思い込んだ。

「岡田君、おかえりなさい。大丈夫?」
別のテーブルで話していた千葉さんも来てくれて心配の声をかけてくれる。重ね重ね心苦しい。
(おい、あのおなごじゃ! 改めて見ても良いおなごじゃ。おまんが好きになっちゅう理由がよう分かるがじゃ)
「龍馬さん、くれぐれも変なこと口に出さないでくださいよ」
(おまんは、ほんに損な性格をしちょるのう!)

 僕が龍馬さんと問答している間に、課長は九州から来ている大久保さんと話をし始めた。
「でも九州鉄道さんは儲かっちょるから、あまり自治体は納得してくれんでしょう?」
「そうなんじゃ。九州は北海道さんや四国さんに比べると何かと鹿児島新幹線が先に出来たでね。じゃが九州も実際に儲かっているのは不動産を中心とした開発事業で、いつ景気の波の影響を受けんかって、みんないつも不安に思うちょる」
「でも我々からしたら、やっぱり九州さんは元気な会社というイメージですよ。豪華なクルーズ列車の導入も早かったし……やはり景気が良いように見えますね」
「確かにそげんかもしれん。そんこつで自治体自ら復旧費用を出すことに積極的でなく、協議がうまくいかん原因のひとつにはなっちょる。鉄道事業の赤字はずっと変わらんのじゃけど、そんな事情はなかなか理解してもらえんのぉ」
「どうなりますかね。これからの鉄道は……」
「もう、ワンマン化や駅の無人化も限界じゃっど」
「でも、最近は自治体も鉄道について勉強していてヨーロッパの上下分離方式とかについても理解が出始めたように思えますがね」
「今は我慢比べってところじゃな」

 僕は課長と大久保さんが話をするのを傍らで聞いていた。乾杯のビールジョッキがテーブル上にあったが、病院に行ったことになってるのであからさまにアルコールを飲む訳にもいかなかった。龍馬さんに酒を飲んでもらうために、ジョッキを持って少し離れた席に移動した。
(岡田君、なんじゃこの小便みたいな色の酒は? 泡がたっておるが)
龍馬さんは初めて見るビールジョッキを不思議そうに見ている。
「お酒も変わったと思いますよ。これはビールと言うヨーロッパの酒です。今じゃ日本の飲み会はだいたいビールから飲みますね」
(普通の酒は、お銚子は出てこんのか?)
「もう……龍馬さんも結構保守的ですね。外国のものはブーツとか試してみたくなる性質じゃなかったんですか? まぁ、騙されたと思って飲んでみてください」
「ほうかぇ。じゃ、ちくと頼むかの」
僕は思い切りジョッキの半分を一気に喉に流し込んだ。
「か~っ! なんじゃ、この酒は? たまるか! 気に入ったぞ!岡田君、もう一杯、もう一杯飲んでみてくれ!」
大きな声で龍馬さんが叫ぶ。僕はもう一度……龍馬さんへのサービスとしてジョッキを一気に飲み干す。
「か~っ! これはうまか酒じゃ! 外国の酒は長崎で飲む機会があったんじゃが、わしは酒しか飲んでおらんかった。岡田君が言う通り、酒は日本の酒が一番美味いと思っちょった」

 龍馬さんはビールが非常に気に入ったようで、その後も注文するようにお願いされた。
課長はずっと会議の参加者と積極的に話をしている。僕もその輪の中に入れてもらい、議論を聞いていた。
「しかし、こんな時代が来るなんて思わなっかたですね」
「ああ、確かに日本は亜熱帯気候になったと考えないかん。私たちの北海道も昔は梅雨が無かったり夏は涼しかったからが良かったんですが、今じゃ真夏日が何日も続いたり豪雨がもの凄いですからね」
 北海道から参加している九楽(くらく)主席は北海道の気候の現状を語った。夏が暑くなる一方、冬は昔以上に豪雪が一度に降る極端な気候であることも傾向として間違いないらしい」
「とにかく、鉄道存続させるためには自治体の協力が必要なんは明白なんで、しんどいけれど頑張るしかなか」

「つまらん!」


その声は急に発せられた。

「おまんらの考えは実につまらん!」


課長と一緒に話をしていた南郷さん、大久保さんそして九楽さんが僕を驚いて見ている。
 そう、また龍馬さんが僕の口から言葉を発したのだ。ここまでビールをかなり飲んでご機嫌だったと思っていたが、課長達の話は聞こえていたらしい。
「どういうことでごわすか?」と南郷さんが僕を睨みつける。さっきまでは穏やかな表情だったのが一転、明らかに腹を立てている。
「どげん意味かっちゅうことを訊いとるんじゃが」
「おい、岡田。お前、何を言うんだ?」
課長も形相を変えて僕を睨み付けている。
「申し訳ありません。うちの若手が失礼なことを言いました」
僕は代表のみなさんに何を言えば良いか分からず狼狽えるしかなかった。しかし……

「おまんたちの考えじゃ、鉄道の未来はないって言ってるがじゃ」


突然、発せられる言葉を僕は抑えることが出来ない。
「岡田っ! 黙れっ! 失礼だぞっ!」
「岡田君、どうしたの?」
千葉さんも僕を不審そうに見つめている。どうしたらいいか分からない。この懇親会に参加したこと、そして龍馬さんに酒を飲ませたことをつくづく後悔した。

「どいつもこいつも自分のことばかり守ろうとしちょるがじゃ」


「岡田いいかげんにしろ! 口を慎め!」
「おまんたちは、さっきからひとまかせの話ばかりじゃなかか」
「なにを生意気なこつをぬしは言うか?」
大久保課長が激怒している。
「あ、いや。今のは僕の言葉では……」
「なんば、ごちゃごちゃ言うちょるか! きさん!」
必死に弁解をしようと試みるがもはや聞こえていないようだ。その時だった。

「岡田君、おまんは言わんといかん! おまんには勇気が必要がじゃ!」


「何を訳の分からないことを言ってるんだ、しっかりしろ岡田!」課長も僕に愛想をつかしたようだ。
「いや、僕は……」

「我慢しちゃいかんちゃ!」


 龍馬さんの心の叫びと、僕の言葉が混同している。自分の感情をどうすれば良いか分からず、僕の身体がブルブルと震えだす。
 そして、突然目の前が真っ白になったかと思うと、身体が浮き上がり軽くなる感覚に襲われた。半ば朦朧とした意識の中で課長や南郷さんたちが呆然と僕の後方を見つめている。
 振り返った僕の背後には、袴姿で脇差をさした像と同じ姿の坂本龍馬その人が立っていた。

「おまんらの話は、どうもじれったくていかん」
目の前に現れた龍馬さんは開口一番でそう言った。
「誰じゃ? わいは?」
短気な大久保さんが男に向かい声高に尋ねる。
「わしは坂本龍馬ちゅうもんじゃ」
皆が皆、お互いの顔を見合わせた。皆が龍馬像が盗まれたことは既に知っていたが、目の前に現れた男をどう事件と関係づけていいものか分からなかった。

「今朝んニュースで桂浜の龍馬像が盗まれたちゆうちょったが、わいは何か関係があるんか?」
 大久保さんも歴史が好きで、この桂浜に来れることを楽しみにしていた。当日の盗難事件のために龍馬像が見れずに不機嫌でもあったが、目の前に龍馬の出で立ちをした男が現れたことが彼の気持ちをなおさら苛立たせた。
「なんでわいは坂本龍馬の恰好をしちょっとか? 坂本龍馬にでもなったつもりか?」
「いや、わしにもよう分からんがじゃき。なぜかこの世に蘇ったかち思うたら、こん岡田君とぶつかって、さっきまで一緒になっとったんじゃ」
「こいはたまがっばっかいじゃ」
大久保さんが鹿児島弁まるだしで驚く。龍馬さんは自分でも理解できない今の状況を訊かれるのが嫌で話を変えた。
「そがなんどげんでもええがじゃ、それよりおまんらのことじゃ」
「おいたちがどげんしたちいうとか?」
「おまんらは鉄道を良くしようと、北海道や九州から集まったんじゃろう? わしもこの岡田君と一緒におまんらの話を聞いちょった。じゃが、あん話はなんじゃ? 政府にばかりいかに金を出させるかっちゅう企てばかりじゃなかか? そんな儲からん鉄道はいっそ、国に還して面倒見てもらった方がええんじゃなかか?」
「なんば言うとですか?」
「大政奉還で幕府が政権を朝廷に返したように、おまんらもいったん国に鉄道を戻した方がええんじゃないかち言うちょるがじゃ」
「失礼な奴め!」
「岡田っ、いったいどうなってるんだ? こいつは誰だ? いきなり自分のことを坂本龍馬という奴に何を言われても信じられんぞ。そして、こやつが本当に坂本龍馬だったとしても、今言ったことは失礼以外の何物でもなかぞ」
「龍馬さん、突然勝手なことを言わないでください。皆が気分を害してます。話すならもっと穏やかに話さないと」
「おい、岡田君ち言うたか? こん男はほんまに坂本龍馬なのか?」大久保さんが僕に尋ねる。
「あ、はい。今日一日僕と一緒にいたんですが、僕が話した限りでは間違いありません。龍馬さんは何故か分かりませんが、今朝、人間として蘇ったんです」
僕の言葉にその場がどよめいた。

「何を馬鹿なこつを……とても信じられん」
そこにいる誰もが本物の坂本龍馬が現れたとは到底思えなかった。南郷さんが龍馬さんに向かって訊ねた。
「待ちやんせ、おいは鹿児島の南郷いうもんじゃ。おんしが坂本龍馬じゃちいうなら、それを先に証明してたもんそ?」
「おまんも、わしを偽物じゃち言うがか? 証明いうのはなにか、またわしの家族のことでも尋ねるがか?」
「おいには、そげんこつはどうでもよかたい。じゃっどん、坂本龍馬は北辰一刀流の使い手と聞いちょる。わいがほんまもんの龍馬じゃち言うなら、相当の手練れのはずじゃけん、その腕前で証明してたもんそ。おいも剣には自信を持っちょるき、お相手を願いたい」
 僕には南郷さんが言ってることが無謀に思えたが、当の本人は剣による対決を真剣に望んでいるようだ。
「だいか、こん店に木刀がなかか、ちょっと訊いてくれんか? 無かならモップの柄でもかまわん。店主に借りれんかきいてもらえんかの。なぁに、ちょっと剣のまねごとをするだけじゃ。心配いらん」
 鹿児島から同行している桐野さんが入口まで走った。南郷さんはまだずっと龍馬さんと対峙したままだ。
「坂本龍馬は剣の達人じゃったらしいが、そいでも刀を使わんかったちゅう話じゃ。そん代わり懐には拳銃を忍ばせておったらしいの。わいは、ほんまに剣で証明ばするこつが出来るのか? 銃で勝負した方が良かとじゃなかか?」
「わしも銃は持っちゅうが、おまんには使わん」
龍馬さんは懐をもぞもぞと探ったかと思うと、黒光りするものを床に放った。ドスンと音がする。
「そん銃はほんまもんか?」
 龍馬さんは懐の拳銃に続けて腰に挿していた六十センチほどの脇差も抜いて床に置いた。こちらも重い重厚な音がする。誰が見ても銃も脇差が本物だと一目で分かる。
「ほんまに銃を使わんででええんか?」
「あぁ、おいは幕末で銃や大砲の威力を知って刀を捨てたがじゃ。けんどおまんが剣で勝負を望んじゅーき、今日は剣で相手しちゃる。ここじゃと迷惑をかけるきに、表へ出るがじゃ」

 店の店主と話していた桐野さんが戻ってくる。さすがに木刀は無かったみたいだが、店主が剣道をやっているというので竹刀を二本貸してもらったらしい。玄関口で対峙していたふたりにそれを手渡した。
 ホテルの玄関前は駐車場となっている。所々に照明用の水銀灯が立っており、対決する場として幻想的な雰囲気を演出している。
「こりゃ、ちょうどよかたい。思いきりやれそうじゃ」
南郷さんはスーツの上着を脱ぎ、竹刀で素振りを始めた。その大きな体の頭上から竹刀を振り下ろすたびに豪快な音が広い空間に響く。
「南郷さん、大丈夫ですか? 出張先で暴力を振るったなんて問題になりませんか?」桐野さんが上司である南郷さんのことを心配する。
「心配無用じゃ。あん男の正体をはっきりさせもんそ。龍馬像が盗まれたことと必ず関わりがあるはずじゃ。おいがそれをはっきりさせちゃる」
「でも、もしも本当にあの男が坂本龍馬が蘇った姿なら大変なことですよ」
「心配いらんきに。おいの示現流は一撃必殺の剣じゃ。もしも、相手が本物の坂本龍馬でも一振りで気絶させてみせもんそ」
 桐野さんの進言にも関わらず、南郷さんは勝負師の気質で相手が本物、偽物関係なく今から始まる勝負を楽しんでいるようだ。
「ほいじゃ、始めるかのぉ」
 ふたりはホテルの玄関前で対峙した。会議に参加していたものも、他の客も何事かと集まってきて二人の対決を見守る。
「チェストー」暗闇の広場に南郷さんの気合いが響く。それが勝負の始まりの合図となり、竹刀を最上段に構えてタイミングをじっくりと待つ。
 一方の龍馬さんは静かに剣先を相手に向け中段に構えた。少しずつ移動しながらも竹刀の切っ先は常に相手の喉元を狙っている。上段に構え一撃を狙う不動の南郷さんとゆらゆらと風に揺れる枝のように動く龍馬さんは対照的であり、しばらくはその状態が続いた。
 南郷さんはその剣先を恐れてか、なかなか前に出るタイミングを見つけることが出来ない。一方の龍馬さんは距離を一定に保ちつつ彼の周りをゆっくり円を描くように移動する。
「く、……」
 南郷さんは相手の顔を見ながら、恐ろしい殺気にとまどっていた。まるで侍どうしの果し合いをしているような錯覚に陥る。
「チェストー」南郷さんが叫んで気合をいれるが、その額には緊張からか汗が噴き出している。「チェスト―」一層の大きな声と共に、南郷は龍馬さんに向かって竹刀を力いっぱいに振り下ろした。
 その瞬間、龍馬さんの身体が一瞬消えたかと思うと、南郷さんの竹刀をくぐり抜けた。龍馬さんの竹刀が南郷さんの脇腹を的確に捉えてふり抜かれた。
「うっ……」南郷さんがうめき声をあげる。
勝負は一瞬で決まった。南郷さんは脇腹に手をあててうずくまった。
「……、ま、参りもした」
 南郷さんは自分の剣先から龍馬さんが一瞬にして擦り抜けたことが信じられないという表情をしていた。それほど渾身の一撃だったのだろう。
「大丈夫かぇ? おまんの振りがものすごかったきに、本気になってしもた。許してたもんせ」
「いやいや、おいの負けでござる。完敗じゃ。坂本龍馬でごわすか……、こいはどうも本物のお人みたいじゃな。いや、失礼ば申した。許してつかあさい」
「わしこそ、無礼な言葉を言うちしもて許しとーせ。おまんの全力の太刀を見せてもろたき。決してええかげんな男じゃないっちゅうことが分かったがじゃ」
龍馬さんは座した南郷さんに手を差出し引き上げた。
「南郷さん、ハンドシェイクじゃ。話し合いはいつもこのハンドシェイクから始まるんじゃ」
 龍馬さんは僕の方を見ると、周りの皆に聞こえるように大きな声でうれしそうに叫んだ。
「岡田君、この南郷殿はまるであの西郷吉之助のようじゃ。大きな鐘のような男じゃ。今日の会議はきっとうまくいくき心配いらんがじゃ。さぁ、みな中へ入って、飲みなおすがじゃ!」

つづく


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