世界はここにある㉕ 第二部
「三佳さん、サツキは生きてるんです。あの子達は僕らがサツキを取り戻すことを助けてくれると言ってるんです。僕ではどうしようもない。力も何も無い。けど、あの子達の力があれば僕らはサツキを取り戻せるかもしれない」
彼女を抱きしめたまま僕はそう言った。嗚咽を漏らし、しがみつく三佳の両手に力が入る。
「サツキを助けよう。そのために僕は父と戦うことになるんだろう。けど構わない。僕は決めた」
彼女は僕の両腕を掴んだまま預けていた顔をあげた。彼女の瞳は闇の底から見上げる失意に焦点が定まらぬように見えた。
「マジでそんなことを言ってるの……」
「ああ、本気だ」
掴んでいた手を離した彼女は手で涙をぬぐい暫く俯いた。前髪をかき上げ顔をあげると、今度はしっかりと僕を見る。彼女の瞳に怒りを感じる。
「あんたは何もわかってない! わかってないのよ。どうせあの子に私を言いくるめるように言われたんでしょ、ひでくん! 高山教授が敵だって、あの人のせいでこんなことになったって……」
「僕も全てをわかってはいない。それはそうだと思う。けど、サツキの事に父が絡んでいることは確かだ。手がかりは父しかないだろ?僕はそのためにあの人と向き合わなきゃならない。対立してもそれは仕方ないよ」
三佳は顔を横にむけ親指を噛んだ。そしてぽつりとこぼす。
「あの子達は味方だと言ったんでしょうけど、それは違う」
「それはナオ…… あの子も自分で言っていたよ。『自分も善ではない』って…… でも、サツキを探すには、彼女の力を借りるしかないだろ? 今はそうするしかないと僕は思う。サツキを助ける為に、たとえ彼女も敵だったとしても、もしかして罠なのかもしれないけど、他に手立てがあるとは思えない」
僕は本気でそう思っていた。三佳は僕がまだ知らないことを知っている。そしてナオらと手を組むことは、僕らにとって決して良い結果ばかりでないことも。
「何もわかってない、あんたは何も……」
三佳は繰り返し僕に言った。
「何がわかってないんだよ! なら、教えろよ、僕の知らないことを、わかってないことを教えろよ!」
「あの子達の目的はサツキを助けることじゃない……」
「どうして? ナオはサツキと同じ遺伝子をもったクローンだ。いわば兄弟とか、本人の分身みたいなもんじゃないか? そりゃ、戦う理由は他にもあるだろうさ、けれどサツキを助けたいという気持ちは…… 僕は信じるよ」
「信じる?…… フッ…… あはは」
三佳は僕に嘲笑をなげた。そんなに僕は現実を理解していないというのだろうか。ひとしきり笑うと三佳は僕を見つめ言った。その表情は僕に初めて声を掛けてきた時と同じように明るく、そして美しかった。
「いいわ、決めた。私も付き合うよ。でも、私はあの子達を決して信用しない。きっと最後はあの子達か私達のどちらかが倒れる結果になるわ。勝っても、ひでくん。あなたは一生、苦しむことになるよ…… あたしがサツキの人生を奪ったように、あなたは……」
三佳の言葉を遮るように案内役の男が部屋の扉を開け、僕らに急を告げる。
「高山さん、立花さん、すぐに移動だ。私と一緒に来てください」
☆☆☆☆☆
公安調査庁・調査二部の為末が内閣官房から密かに受け取った情報は彼の見識をはるかに超えていた。上からはすぐに指示があるだろうと彼は思った。
あの毒物テロ事件から20年以上が経過した。あれから国内での大規模なテロ事件は表面上起きていない。しかしこの情報が本当に調査が必要なものであるなら、この国は戦後最大の難局を迎えることになるだろう。外交面での駆け引きも極めて難しい。そして仮想敵国の動き次第では、限定的な軍事作戦が必要かもしれない。国内の混乱に乗じて領土を、あるいは海上交通網の拠点を確保するための示威活動がこれまで以上に活発に、そしてその先に待つのは……
為末が受け取った情報は並行して警察庁にも流れている。外務省筋からの情報であるが、本来は自分たちが収集すべき情報である。
なぜ? 為末はマグの底に残ったコーヒーを飲み切り、プリントされた情報をもう一度読み返していた。
俺達では手に負えないという事か…… 為末は大きく息を吐いた。上が官邸から戻れば警察庁との協議報告と指示があるだろう。間違いなくこれは戦後最大のヤマになる。赤軍の一連の事件の比ではない。為末はその事態の重大さを直感していた。
デスクの直通電話が鳴った。
「はい、為末」
「小田だ」
「室長、例の件は」
「国内情報の集約は24時間以内、それから警察庁との協議を再開。CIAから連携された情報はペーパーで回す。すでに情報をハックされている可能性がある。情報回線はこれよりランクDで運用する。最新最強のディフェンスだがそれでも安全とは言い切れない。締めてかかれ、下手をうてば政府は壊滅だ。米側も極秘に作戦行動を行う。舞台が我が国になることは間違いない」
電話は切れた。
そんな大げさな…… と為末は言いたかった。しかし、自分でもそう感じる。対応を誤れば間違いなく日本が、世界が転覆する可能性がある。
しかし俺達は、いや世界中が『ダヴァース』の正体を掴めていない。
何故なんだ…… 為末は見えない悪魔との戦いに身を震わせた。
☆☆☆☆☆
ポール・ヴュータンは携帯端末による報告を聞いたあと、舌打ちをし、不機嫌であることを周りに知らしめていた。
「なぜ、日本にいることが分からなかった!」
彼は執務机の前に立つ男に向かい怒鳴る。
「スイスからの出国は確認できていません。もしかすると影武者であったのかもしれませんが」
男は無表情にポールに言った。
「日本にいるエージェントは残念なことに事の重大さがわかっていないようだ。代えろ!」
「承知しました」
「いいか、日本で体制を固めさせるな。日本は公安が弱い。あっという間に奴らは日本を基地化してしまう。表向き友好国、同盟国なだけに直接の手出しは難しい。だが、必要ならばそれもいとわん。我々の利益を優先せぬのならもはや対立はやむを得ない。とにかくダヴァースはテロ組織なのだ。名目はなんとでもなる」
「すでにアメリカは動いています。24時間以内に日本での作戦が開始される予定です」
男は冷静に伝える。
「ぬるい! 皆、あいつらの力を過小評価している。奴らはそう時間を待たずテロ組織の名を利用して全世界に声明を発表するだろう。そしてそのプロパガンダは瞬く間に世界を二分する」
ポールは座っていたチェアを回し、窓外を見つめた。どんよりと曇るヒステンブルグの空はすでにいくつかの雨粒を落としていた。
立ち上がり、さらに窓外を覗くようにすると、勢いを増しだした雨粒を避けるように走り出す王宮の観光客が見えた。
「クレムリンを動かす。必要なら北京もだ、奴らの術中にはまる前に抹殺する」
ポールは厚い雲を見上げる。今朝は晴れて暖かだった。だが午後になり雲行きはおかしくなった。
「ドクター・タカヤマの息子は今どこだ」
「ダヴァースの下にいると思われます」
男の報告にポールは振り返り拳を執務机に打ち付ける。
「ドクター・プリュスコワに計画を前倒しで行うと伝えろ。お互いのアキレスを戦わせるのだ。鼻持ちならないガキの夢物語はこれまでだ」
「皇太子殿下はどうなさるおつもりで」
男はポールに言った。
「どうもしない。来年は国王になるお方だ。今はシュナイター家だけを守ればいい。ただし友は失われるかもしれないがな」
★この作品はフィクションであり登場する人物、団体、国家は実在のものと 一切関係がありません。
エンディング曲
Take It to the Limit (Live at The Forum, Los Angeles, CA, 10/20-22/1976) (2018 Remaster) Eagles
追悼 ランディ・マイズナー 1946~2023
世界はここにある① 世界はここにある⑪
世界はここにある② 世界はここにある⑫
世界はここにある③ 世界はここにある⑬
世界はここにある④ 世界はここにある⑭
世界はここにある⑤ 世界はここにある⑮
世界はここにある⑥ 世界はここにある⑯
世界はここにある⑦ 世界はここにある⑰
世界はここにある⑧ 世界はここにある⑱
世界はここにある➈ 世界はここにある⑲
世界はここにある⑩ 世界はここにある⑳
世界はここにある㉑
世界はここにある㉒
世界はここにある㉓
世界はここにある㉔
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