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散文

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記事一覧

写真を撮ろう

写真を撮ろう

 「残っていないみたいなんですよ。写真が。津波で流されてしまったみたいで」
 「...あ、」
 遺族が持っている写真や映像、そして彼らとの対話を元に、亡くなった人の似顔絵を描いている人がいる。その人と話をしている最中だった。あの未曾有の大震災が襲った土地に赴かれたことはあったのですか、とたずねたら、その答えが返ってきた。
 
 どんなに愛していた人でも、どんなに長い時間を一緒に過ごしてきたひとだっ

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君はよく頑張ったよ

 努力、というその尊い行いだけで、すべてを成し遂げてきたと、自分の功績を語る人が嫌いだ。自己責任論で弱者を排他してしまう人と同じくらい、そこには創造力の欠如がある。
 スラムに生まれても、ものすごい「努力」をして、這い上がって億万長者になる人もいるかもしれない。描いていた以上の幸を成功をつかむ人も当然いるだろう。
 でも結局、その人は努力をできる、そしてその努力が実る環境にいたという、紛れもない「

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インド

インド

乾いた道には砂ほこりが舞った
大きい葉の下ではマンゴーがつぶれ
くたびれた野良犬は日陰で身を休めた

きらびやかなサリーが風になびく
女性たちの額には婚姻の印が塗られる
街は色と音とにおいであふれる
どろどろと注ぐ太陽の下で
それらすべてが織り交ざる

わすれない
細い腕の力強さを
両目のない子どものことを
スラムを駆ける少年たちの
人なつこい笑顔を
その利発そうな横顔を

北にも川は流れた
祈り

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約束された土地

約束された土地

(2014年執筆)

嘆きの壁として広く知られているWestern Wallというこの壁は、かつてユダヤ教徒たちにとって聖地であったエルサレム神殿が破壊されたとき、唯一残された壁だった。

皮肉にも、今壁の向こうに建てられているのはイスラムのモスク。
ユダヤ教徒たちにとっては、壁の向こうの土地こそ聖なる場所だったのに、今となっては入ることさえもできない。だから彼らはその壁を訪れる。レンガの狭い隙間

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15歳の君へ

15歳の君へ

ラッシュアワーの銀座線、車内に押し寄せる人の波に足元をすくわれた瞬間、昔付き合っていた人のにおいが強く鼻先をかすめた。最後に会ったのはもう10年近く前なのに。7年前に亡くなったのに。
嗅覚の訴えは一番鋭敏だ、と考えながら、そういえば昨日は彼の誕生日だったのだと思い出した。

昨日はとても好きだった人の通夜だった。
三百人近くが駆けつけたためか、人の流れが滞らないようにするのが精一杯といった風で、故

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つよさ

 強くなったなあ、と思う。自分のことを。うろのように真っ暗な過去をとつとつと語ってくれる人に、深い同調の視線ではなく、微笑みを返すたびに。泣きはらした目した親友にアイスクリームを渡して、その顔がくるしそうに、でもほんのすこしの喜びにゆがむのを見るたびに。死にたい、と泣きついてくる友人の肩を、笑いながら叩いてやるたびに。

 何度でも思い出す。暗闇の中ぼんやりと浮かび上がるパソコンの画面を、不安な思

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Hへ

Hへ

Hへ

お前が死んでから7年が経った。

お前が生きるはずだった7年を私は余分に生き、お前が永遠に生きることのない25歳を私は生きている。亡くなったとき、お前はまだ19だった。二十歳にさえなっていなかった。お前が誕生日を迎えるうららかな月まで、あと半年も残っていなかった。

多くのことが起きた年月だった。

H、お前は知らない。2011年にこの国を襲った津波のことを。その津波が引き起こした惨事のこ

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まことであること

(2016年執筆)

英語で好きな言葉に、pristineとauthenticという言葉がある。
pristineは原始的、初期の、または汚されていない、純粋なままの、という意味。
authenticは本物の、信ぴょう性のある、真の、という意味。
ミャンマーは、この二つの言葉がとても合う国だと思う。

国民の大多数が敬虔な仏教徒で、イスラム教徒であるロヒンギャ族をめぐり思わしくないニュースを多々見

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サヨナライツカ

愛する第二男子寮で過ごす、最後の1日だった。

日曜日から3日間連続で泊まっていて、着替えたり仕事をしたりするために自分の家と一応は往復していたけれど、あまりにも濃密な時間を過ごしたから、まるでちょっとした旅行から帰ってきた気分だ。
ただ、この旅行には乗り継ぎ時間も、乗り物に揺られる時間もなかった。だからその分、しっかり両足で現実を踏めるようになるのは、少しだけ先のことだろう。

春頃から、2男で

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祈る人

祈る人

(2014年執筆)

金曜日の日没と共に彼女たちの安息日ははじまる。最も古典的なユダヤの方法の一つである、キャンドルに炎をともすことによって。

高校の約3年間を過ごした親友と初めて過ごす安息日だった。Shabbatと呼ばれるこの日とそのしきたりを、かたくなに守り続けているのは家族の中でも親友一人で、Hilaの家族は安息日を祝うものの形式的なものでしかない。

「安息日は、休むためにあるから」とH

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富と貧さ

(2012年執筆)

アルゼンチンの首都、ブエノスアイレス。

某ガイドブックには「南米内でも治安の良さはトップレベル」のようなことが書かれていたけれど、残念ながら、インフレが始まってだいぐ経つブエノスアイレスは、「治安がいい」とは程遠い街になってしまっている。

富と貧しさ。
ブエノスアイレスは、この二つが隣り合って共存している。インフレのせいで馬鹿みたいに値上がりした長距離バスが走る高速道路の

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愛と音楽と

(2012年執筆)

標高1200mに位置するアルゼンチンのサルタは、チリ・ボリビア・パラグアイの国境に挟まれた、亜熱帯に属する街で、この時期はなかなか天気が優れない。

18時間近くかけて、サンペドロアタカマからこの街にやってきたわけだけれど、エクアドル・ペルー・ボリビアと下ってきた後だと、チリもアルゼンチンも人のあたたかさが身に染みる。なにも前者の国々が冷たいとか、そういうわけでは決してなくて

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生き延びて

(2012年執筆)

それはそれは敬虔なキリスト教信者のシーナに、あなたは宗教を信仰しているの、と訊ねられて特にしていないと答えたとき、「じゃあ祈る神様がいないの」と驚かれた。

Hilaに似たような質問をされたなあと思い出しながら、「両親が仏教徒だから一応形式上は私もそうだし、三唱したりすることもあるからそれが祈りに似た行為なんじゃないかなあ」、と答える。
あながち嘘ではない。実際、今回の旅でも

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生き方じょうず

(2012年執筆)

チリの首都、サンティアゴにいます。
エクアドルペルーボリビアと下ってきたけれど、今のところ、ここが一番都市らしい街。
海辺の街、ラ・セレナに着いたとき、バスターミナルの目前に大きなモールドがあることに感動したけれど、サンティアゴはモールもデパートも百貨店もいくつもあって、街中を清潔なメトロが走っていて、メトロの中では若者がスマートフォンをいじっている。南米の、他のどこでも見ら

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