kooop

小説を書こうと思っています。

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マガジン

  • 朝食文集

    特に目的のない文章。事実ではないスケッチ。朝食を食べた後で書くことが多いので『朝食文集』です。

最近の記事

【掌編】上空の同じ町

 町の遥か上空には、この町と同じような町があるというお話がある。  空のずっと高いところ、鳥のように空を飛べるのであれば行き着くことのできる、空のもっとも上、空の天井のようなところ。そこを地面としてさかさまに歩く人達がいるのだという。あまりにも空高くにあるため、普通の目で見ることはできないが、確かに存在しているのだという。  それは誰が言い出したとも知れない、他愛のない昔話のようなもので、子供が育つなかで何となく聞き覚えてしまうようなものだ。  しかし、ときには奇妙なことが起

    • 【掌編】ペット納骨堂

      元は何のための建物だったのか判らないって話だ。 地上は小さな店舗兼住居なんだけど、地下が何階もあって、ここまで多くの地下室とか普通いらないだろって話でさ。 放射性物質とか保管してたらしい、とか聞いたけど、持ち主が転々として、最初を知ってる人がいないんだよ。 古い建物だけど、それでも十年とか前にリフォームしたらしい。 でもそれは地上階だけで地下は古いままだった。地下は五階以上もあって全部倉庫になっていた。壁で仕切られていない空間にスチール棚が並んでた。 でも湿度は高いし、物は出

      • 【掌編】不快な伴侶

         笑っているときでも、どこか怯えているような顔をする。その癖、私と付かず離れずの場所にいるのだ。手を伸ばせば伸ばした分だけ後ずさる。  私は自分の夫のそういうところが堪らなく嫌になっていた。  私のほうが気が強く、彼は私の顔色を伺うようなところがあるのは、結婚の前から気付いていた。でも、それは気遣ってくれているのであり、優しさなのだと考えていた。そのうちに気安く、心の置ける間柄になるだろうと思っていた。  しかし、彼はいつまでたっても態度が変らなかった。いや寧ろ悪くなっていた

        • 【掌編】匂町

           その町は香りによって構成されていた。  人々は自分の職業やステータスに合った香水を付けて暮らし、また香水の持つイメージに行動や感情を決められていた。  この町では香水は上流階級や洒落者だけの物ではない。あらゆる人のための香水があった。  労働者にも労働者のための香水があった。勤労者として遮二無二働くための香水。それは働くことの価値と喜びと生産性をより高めるフレグランスだ。  そんな労働者を率いるリーダーのための香水もあり、またリーダーの補佐をするための香水もある。  職級だ

        【掌編】上空の同じ町

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        • 朝食文集
          43本

        記事

          【掌編】蟹の夢

           その地方には固有種の蟹がいて、成長すると10cmほどにもなるが、毒を持っているため食用にはならない。漁の対象にはなっていないので、海岸線の近くの浅い海でのんびりと暮らしている。  この蟹は夢を見るのだという。  夜になると砂の中に潜り、体をじっとさせて眠っている。時折こぽこぽと小さな泡を吹く。この泡が蟹の夢のかけらなのだという。  海中に放たれるこの泡を瓶に集めて、その気体をアルコールに溶かし込む。そしてそれを口にすると、頭の中にイメージが浮かぶ。  蟹になって、海の底をた

          【掌編】蟹の夢

          【掌編】代理母

           長期休暇になると、この町に来ることにしている。少なくとも年に一回はここに来ている。  観光ではなく、知り合いに会いに来たわけでもない。特にすることがあるわけではない。ただ町中の普通の公園に行って子供が遊ぶ姿を見て一日を過ごす。  女が一人でずっとベンチに座っているのも少し目立つので、その場に留まれるのは一時間か二時間くらいなものだ。手元では文庫本などを開いているが、本を読んでいるわけではない。その回りで遊ぶ子供を眺めている。  男の子だ。もう七歳だから、それくらいの背格好の

          【掌編】代理母

          【掌編】長眠者の看護人

           長眠者の看護人は、小さな鏡を持ち歩く。この鏡を眠っている長眠者の鼻の下に当て、呼気で曇るのを見て、生死を確認するのである。  とはいえ、最近では医療用センサーで常時監視できるので、看護人もかつてのように毎時これで生存確認することはない。  それでも、彼らは見回りのたびに、何度かは鏡を取り出して、彼等の息が止まっていないことを確認してしまう。職業上の習癖だろう。それに大した意味がないのは判っているのだが。  私も特にそれをしてしまう相手がいる。眠る彼女に何度も鏡を当てて確認

          【掌編】長眠者の看護人

          【掌編】過度の長寿

           この町では過度の長寿は病気としてみなされている。  不慮の死を別にすれば、男の一生は57年と50日、女の一生は61年と87日である。  人はこの寿命を念頭に自分の人生を決め、町の諸制度もこれを前提としたものになっている。生まれ育ち、学校に行き、生業を持ち、結婚して子供を作る。個人差はあるが、そのそれぞれに最適な時期がある。  生まれたときに占い産婆が、その子供を調べ、おおよその目星を付ける。産声、顖門の具合、股の関節、緑便の様子。そういったものから判断する。これは何百年も

          【掌編】過度の長寿

          【掌編】思考停止懲役刑

          思考停止懲役刑は自我を停止させた懲役である。 受刑者の脳に埋め込まれたインプラントが前頭葉の活動を抑制する。受刑者は自己意識をなくし、外部からの指示の通りに作業を行う。思考停止下にあって作業訓練を受け、技術を獲得できたら、引き続き思考停止のままその労務をこなす。 作業中の受刑者のストレスはゼロであり、刑務官の手間も大幅に削減される。 思考停止懲役刑が導入されたとき、二つの観点から議論があった。これは人権侵害ではないかという点と、これは果たして刑になっているのかという点で

          【掌編】思考停止懲役刑

          【掌編】鳥の夜

           黒い墨のようなものを塗られた木切れが何枚も押し入れに入っていた。  何に使うものなのだろうかと思った。木切れはてのひらほどの幅で、長さはまちまちだったが、40〜50cm前後くらいのものが多かっただろうか。きっちりとした長方形ではなく、自然に摩耗したかのように縁や角が緩やかだ。  遺跡とかから発掘される昔の木簡に似ているかもしれない。あるいは卒塔婆に似ているかも知れない。卒塔婆を適当な長さに切り刻んだようにも見えた。  黒い塗料は墨かと思ったが、しばらく見ていると違うよ

          【掌編】鳥の夜

          【掌編】本を読みすぎると本になる

           祖母からよく言われていたのは、私は本を読んではいけないということだ。 「本を読みすぎるとお前は本になってしまうのだからね。気をつけないといけないよ」  祖父は本の読み過ぎで、本になった。私の生まれるずっと前のことだ。父もまだ子供だったころの話だ。  彼は毎日数冊の本を読み、そのうちに日に十数冊の本を読み、更には数十冊の本を読むようになった。寝る間も惜しんで本を読み、仕事や生活を圧迫してまで本を読み、ついには全てを投げ捨てて本を読むに到った。  そういう書毒に爛れた生活を数年

          【掌編】本を読みすぎると本になる

          コーンフラワー・ブルー

           指輪をなくしたことに気付いたのは、結婚からそれほど時間が経っていない頃だった。  夫からもらった婚約指輪は深い青の色石がついていた。コーンフラワーの色だ。  それなりに高価なものだったという。それなのに、すぐになくしてしまって、真っ青になった。  盛装のための品で、普段身につけてはいないし、その頃、使ったことはないはずだ。盗まれたのかも知れないと思ったが、同じ宝石箱に入れていた他のアクセサリーはなくなってはいなかった。その指輪よりも高価なものもあったから、それだけ選んで盗ん

          コーンフラワー・ブルー

          土の下の言伝て

           私は小さい頃に母に置いていかれた。  母は別れ際に「必ず戻ってくるから。そのときは一緒に暮らそう。それまでいい子にしていてね」と、そう言っていたという。  母は私を自分の両親、つまり私の祖父母の家に預けて、どこか遠くに行ったのだという。  どこだかは判らない。祖父母は教えてはくれなかった。  祖父母が教えてくれたのは、母の別れ際の一言だけだ。私はとても小さかったので母との約束も覚えていない。だから祖父母の言うことを信じるしかない。  祖父母は優しかったが、どこか遠かった。抱

          土の下の言伝て

          泥の赤子

           私は泥から生まれた。泥が形を取って生き物になったのが私だ。  泥の塊は手足を伸ばし目鼻を付けて、動くことを覚え、次第に生き物らしくなっていった。肌を持ち毛を生やし、人の姿となり泣き声を上げられるようになったところで、人に拾われた。  山の中で裸で這い廻っていたところを、保護されたのだ。私は人間の赤ん坊に見えたらしい。  私は自分が泥から生まれたことは判っていたが、それ以外のことは判らず、言葉も思考も持たなかった。実質人間の赤ん坊と同じで、保護され病院に運ばれ、そこでも異常は

          泥の赤子

          高層湿原

           登山道は整備されているが、登山者が多いわけではない。  山頂の少し手前に避難小屋があって、そこに泊まることもできるが、山小屋やテント場があるわけではない。人気のない山だった。アプローチには山の奥まで車に入らなければならず、そこまでの道も険しい上に自家用車が禁止されている。一日に数本のバス、その終点から3時間は歩く。そう簡単に行ける場所ではない。  しかし、山道はそんなにきついものではなく、普通の足で3時間も登れば頂上である。  頂上には沼があった。頂上は高層湿原になっている

          高層湿原

          熱海、大垣、その先へ

          「宇宙なんて遠いよ」  そう言う私に彼は困ったように笑った。 「私、行かないからね」  言ってからしまったと思った。  どこにでもあるチェーン店のカフェの席は混んでいて、少し顔を寄せて話さないといけない。  ちゃんとした話をするなら、もっと静かな店が良かった。でも、もう遅い。話は始まってしまった。  しばらく黙っていた彼は、宇宙なんて、そんなには遠くないよ、と言った。  空と宇宙の境目というのは、高度100キロからなのだという。 「横にすれば東京から熱海までの距離だよ。新幹線

          熱海、大垣、その先へ