【掌編】ペット納骨堂

元は何のための建物だったのか判らないって話だ。
地上は小さな店舗兼住居なんだけど、地下が何階もあって、ここまで多くの地下室とか普通いらないだろって話でさ。
放射性物質とか保管してたらしい、とか聞いたけど、持ち主が転々として、最初を知ってる人がいないんだよ。
古い建物だけど、それでも十年とか前にリフォームしたらしい。
でもそれは地上階だけで地下は古いままだった。地下は五階以上もあって全部倉庫になっていた。壁で仕切られていない空間にスチール棚が並んでた。
でも湿度は高いし、物は出し入れしにくいし、倉庫としては今一でね。
結局お骨くらいしか入れられる物がないんだ。お骨といっても人間のじゃないよ。動物の、ペットのお骨だね。ペットの納骨堂にして商売してたんだ。
友人なんだけど、そいつはどうも間の悪いやつで、定職につけず、何か考えては下手打つのを繰り返してたんだが、たまたま格安で土地ごとその建物を手に入れた。
更地にして売れば結構な利益になる。ただ解体にも金がかかるからね。しかもやたらと頑丈に作ってあって、地下も深いから相当掘り返さないといけない。
買った後で気付いて凹んでいたけれど、まあ何か商売でも始めるかということで、ペット用の納骨堂をやることにした。
いやね、前のオーナーがやってたんだよ。上の建物もそんな調度になってたし、何より倉庫にはペットの骨らしい箱がずらりと並んでた。その処分もしないで前のオーナーは消えたらしくてね。それならじゃあ、とりあえず同じことをやるかと。
ペットのお骨を客から預かって供養料とかもらって保管する。客が来たらそれを取り出して、お花で飾った台の上に丁重に乗せる。終わったらまた倉庫に戻す。
どうせ数年でお参りなんて来なくなるし、こんな楽な商売はないよね。
それで俺も手伝うことはあった。お盆シーズンとかにね。
でもそんな楽しい仕事じゃなかったよ。
何というか嫌な建物なんだよ。地上はともかく地下の倉庫はね。エレベータがあるけどボロくて、壊れたらどうしようと思ってた。パネルとか壊れてて、ベニア板を貼って隠してあった。
倉庫も湿気て妙に臭い。地下水が漏れて何か腐ってたんだろう。それを誤魔化すためにトイレの芳香剤が沢山置いてあったよ。
それと雰囲気がね。まあお骨を保管してるんだから良い筈ないけど。低い天井と剥き出しの蛍光灯で、壁も床も変に白くて明るくて。
まず、妙だったのは泥かな。
時々床が汚れるから掃除するんだよ。床に足跡みたいのがつくんだ。倉庫の棚の間を縫って青黒い泥のついた足跡がベッタリと。俺じゃないし友人のでもない。じゃあ誰のなんだという話だよね。
その泥が臭くてね。腐った沼みたいなんだ。近所にそんなのない。じゃあどこからだって話でもある。
それをモップで拭くんだ。気味が悪かったけど、建物の配管から泥が漏れて足跡に見えるんだろう、くらいの考えに落ち着いた。
あとね、エレベータがね。
一度倉庫で用事を終えて、戻ろうとしたらボタンを押しても反応なくて、焦って何度も押した。何か接触が悪いのかと、パネルの下の方に貼られたベニアを剥がしてみた。パネルの中に触れると思って。
でもそんな物はなかった。ベニアの裏は階数のボタンが並んでいるだけだった。そのボタンの数がね、沢山なんだ。地下は六階までって聞いてたけど、もっと下の階があってね。階数ボタンがびっしり並んでた。ベニアを全部剥がさなくてよく見えなかったけど30って数字もあった。
地下三十階? そんな深い地下があるのか、この小さな建物に? ありえないだろ?
でももし本当にあるのなら?
ふと思い付いた。泥の足跡のこと。もしかするとあの足跡の主はこの深い階から上ってきたのかも。
それはどんな奴なんだ?
そう考えてまた気が付いた。
これはエレベータなんだから向こうから呼ばれることもあるんだ。
もしこの瞬間に地下何十階にいる何かが呼び出しのボタンを押したらどうししよう。俺を乗せたままこれが地階へ下っていったらどうしよう。そしてドアが開いたとき何が待っているのか。
そう思うとパニックになった。1Fのボタンを何度も押したらやっと動き出して地上に戻れた。動悸がすごかったのを覚えている。
そのときは恐かったんだけど、妙なもんでそういうのにも慣れてきた。
深夜にエレベータが勝手に動いてるのを見たこともある。ギョッとしたが、友人は気にしていなかったし、俺もそのうち気にならなくなった。
ペット納骨堂の繁忙期も終わり、俺は引き上げた。
気付けば、もう何年も前の話だ。
しばらくして友人とは連絡がつかなくなった。失踪したという。
理由は判らない。納骨堂の商売は順調だったというし。
最近になってようやく怖くなってきた。俺はあの場所について感覚が麻痺してた。あんな不気味な所に普通は人はいられない。
あのビルはまた売りに出されるのだろうか。おそらくは格安だろうが俺は手を出す気にはなれない。

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