【掌編】鳥の夜

 黒い墨のようなものを塗られた木切れが何枚も押し入れに入っていた。

 何に使うものなのだろうかと思った。木切れはてのひらほどの幅で、長さはまちまちだったが、40〜50cm前後くらいのものが多かっただろうか。きっちりとした長方形ではなく、自然に摩耗したかのように縁や角が緩やかだ。

 遺跡とかから発掘される昔の木簡に似ているかもしれない。あるいは卒塔婆に似ているかも知れない。卒塔婆を適当な長さに切り刻んだようにも見えた。

 黒い塗料は墨かと思ったが、しばらく見ていると違うような気がしていた。墨のような光沢がなく、硬質さがない、むしろ黒い天鵞絨のようにも見えた。しかし手触りは木のそれだ。何に使うものなのだろうか。木切れと思ったが、塗られた塗料の下地が見えないので本当はよく判らない。何か使い込んだ道具のようにも見えるが、あまり手垢のついた風でもなく、新旧すら判らない。

 何なのか判らないまま、埃だけ払って元に戻しておいた。そのときの婚約者の部屋を掃除したときの話である。

 あとになって、彼にその木切れについて聞いてみた。あれは鳥猟の道具らしい。

 あれを適当に剣山のように立てて並べて高い場所に置いておくと、その黒さに惑わされて、木切れの間に鳥が入ってくるのだという。目白、椋鳥、雀、鵯、鶲。あの塗料は鳥には夜に見えるらしい。黒に目が捉えられて、黒しか見えなくなり、昼であろうと闇につつまれたように感じる。闇だけを凝視すれば、白昼であっても鳥にとっては夜なのだ。そして木切れの中に渡された止まり木に止まり、眠ってしまう。その眠っている鳥をそっと捕まえるだけでいい。彼の田舎に伝わる猟法なのだという。

 今は狩猟法で使用が禁止されているので、誰もこの猟をするものはいない。この黒い塗料をどうやって作ったのか、もう判らなくなっている。実家で処分されそうになったものを引き取ってきたそうだ。この黒い塗料は不思議なものだし、もう作り方が判らないのなら、その正体が判らないまま捨てるのはもったいないと思ったと。どこかの大学や研究所で調べてもらえないかと思っているけれど、まだ何もしていない、ということだった。

 私は頼んで小さな一片をもらってきた。そのときの婚約者とは結局別れてしまったが、黒い木切れはまだ私の手元にある。

 これを鳥は夜だと思うのだ。じっと目を近付けると、私にも小さな小さな夜の欠片に見える。そして見続けていると、奇妙な思考の断片、ちょうど寝入り端に脳裏に浮かぶような、論理的ではなく、言葉にすることはできず、画像にすらできないような思考のあぶくのようなものを感じることができる。

 これは夜なんだ。静かで不可解で鳥や人を呼び込んで捉えてしまう夜なんだ。


(記: 2022-02-17)

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