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泥の赤子

 私は泥から生まれた。泥が形を取って生き物になったのが私だ。
 泥の塊は手足を伸ばし目鼻を付けて、動くことを覚え、次第に生き物らしくなっていった。肌を持ち毛を生やし、人の姿となり泣き声を上げられるようになったところで、人に拾われた。
 山の中で裸で這い廻っていたところを、保護されたのだ。私は人間の赤ん坊に見えたらしい。
 私は自分が泥から生まれたことは判っていたが、それ以外のことは判らず、言葉も思考も持たなかった。実質人間の赤ん坊と同じで、保護され病院に運ばれ、そこでも異常は発見されなかったため、捨て子だと思われ、山で私を拾った夫婦の養子となった。
 私は無心であり両親や環境から与えられるものを貪欲に貪った。すくすくと育ち言葉を覚え、人間の子供として成長していった。私は普通の人間として大人になった。家族に愛され友人を作り、人の社会の一部となった。
 自分が泥から生まれたことはほとんど忘れていた。ただの想像だと、子供の頃から頭を離れないオブセッションのようなものだと思っていた。仕事を持ち親元を離れて暮らした。恋人ができ結婚した。そして子供を産んだ。
 子供は泥の塊だった。私の子宮の中でだんだん大きくなっていったものは、泥だったのだ。診察して、画像診断装置ごしにそれを見た医者は異常さに怯み、私を何とも言えない目で見た。私はそこから逃げ出した。
 部屋に閉じ籠り、何が起きているのか必死に理解しようとした。そんな私に夫が戸惑っている間にみるみると私の腹は膨れ上り、月足らずで私は自宅の自分の部屋で出産した。
 ベッドのシーツの上で分娩したものは、やはり泥の塊だった。一塊の泥、焦げ茶色の濡れた土塊、生き物にはまるで見えない。
 しかし、私はそれをかき集め、こねて形を作って。赤ん坊の形にした。肌も毛もない泥人形だ。揺さぶると、やがて産声を上げた。泥人形ではあるが生き始めていた。
 私は必死になって泥人形を撫でさすり、形を整えた。次第に泥人形は人間らしくなっていった。濡れた表面は渇き、人の肌になった。溢れる雫は髪の毛のように見え始めた。私は泥人形から家族を作った。焦げ茶色は少しずつ赤い新生児の肌の色になっていった。
 私は狂っているのだろうかと、何度が自問自答したが、頭に浮かぶのは、自分が泥として生まれ、どのように人間になっていったかということだった。
 どんな意味があるのか判らなかったあのオブセッション、幻想の通りに私は私の身体から出た泥をこね、赤ん坊を作っているのだ。


(記: 2021-12-24)

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