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園丁

 私は植木鉢の中に住んでいる園丁である。
 素焼きのポットと住居が組合わさったような、5階建ての建物に住んでいる。屋上も壁からも、屋根のない吹抜けに沿った内階段からも、草木が芽吹いている。遠く離れて見れば、色取り取りの色彩の植物で埋め尽くされた真四角の丘に見えるだろう。小さなベランダが所々に突き出している様子は、ストロベリーポットという苺栽培で使う鉢にも似ているかも知れない。
 この建物のあらゆる場所にはスプリンクラーが取り付けてあって、植物の種類に合わせて、水やりのタイミングや量が自動化されている。園丁の仕事として自動化されているのはそれくらいで、剪定や虫取り、雑草取りなどは手動である。
 特に雑草は抜いても抜いても、絶え間なく生えてくる。平らな屋上やベランダはまだいいが、壁面に生えたものの処理は骨が折れる。各階の壁には作業用のキャットウォークが設置されているが、足元はあやういし、立ち仕事で草を毟るのは非常に骨が折れる。
 一年の作業のスケジュールはきっちりと決めてあるが、生き物が相手であるから、そんなに思い通りにいくものでもない。
 そして手をかければかけるほど花も樹木も美しくなる。そんなこんなで、一日中、大きな建物の中を行ったり来たりして、くたくたになるまで働いてしまう。
 ここは一般の人も住むマンションである。こんな鉢植えの中に住みたがるのは園芸が好きな人が多いと思うのだが、調和を乱す等の理由により、住民によるベランダでの園芸は禁止されてもいる。彼等は見る専の園芸好きなのだろうか。
 私はもともと園芸が好きで、専門学校を卒業し、園芸店やホームセンター、花卉農家などに就職しようとしていたのだが、ふとこの園丁の仕事を知り申し込んでみたのだ。
 園丁ではあるが、マンションの管理人も兼ねており、ゴミ出しの面倒や住宅設備の管理や苦情の受け付けなども業務のうちだ。それは別に好きな仕事というわけでもないが、淡々とこなしている。
 園丁の仕事はやりがいがある。私はやはり植物を相手にしている方が好きだ。一年目、二年目は会社の作った栽培計画にのっとって作業していたが、三年目からは自分で作った栽培計画に合わせて、植付けなどを行なっている。新入社員のときからずっと計画書を上に上げてアピールした甲斐があった。
 花の色や木々の緑、銀の葉のてかり、壁を這わせるヘデラの斑の入り方、ヴィオラの花の色と、ヒューケラの葉の色。間近で見て美しく、数十メートル離れて見ても美しい。そんな風な植木鉢のマンションを作るのが私の仕事であり、誇りであるのだ。
 そして、私もこのマンションの中に住んでいる。一階にある管理人室が私の住処なのだ。部屋の中にはほとんど植物はない。建物の至るところで緑が氾濫していると、さすがに部屋の中は抑え目にしようとするのではないか。多分、マンションの他の住民もそうなのではないか?
 部屋に持ち込んでいるのは小さなハオルチアだけだ。一人暮らしの私は、てのひらに乗るようなハオルチアにいつも話しかけて暮らしている。このハオルチアは部屋を一歩出れば溢れかえる緑の仲間たちをどう思うのか。しかし、私の相棒は何も言わず、私の栽培計画を静かに聞いてくれるのだ。


(記: 2021-07-08)

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