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創作

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1人でも多く読んで貰いたいので頑張ります。 1年で短編50本チャレンジ中
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2020年6月の記事一覧

トカゲのしっぽ

トカゲのしっぽ

綾子が喋らなくなったのは、
中学2年生になったばかりの頃だった。

1年生の頃は自然な会話が出来ていただけに、
クラスの皆が戸惑いを隠せずにいた。

綾子が話さなくなった瞬間は、
親友の莉花と、綾子自身だけが気付いていた。

2年生、春の始まり。
クラスメイトが順番に自己紹介をする時間があった。

出席番号に沿って、
1人ずつ立ち上がる。

皆照れ臭そうに名前と一言を述べては、
後ろの席へとバトン

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鯨のお腹

鯨のお腹

鯨のお腹の中は、
暖かくて懐かしい音がして、
案外心地良かった。

私が乗っていた船が転覆しかかったのは
昨晩の夜のことである。

貨物船員として働いている女性は、
世界中探してもきっと少ない。

だから、嵐に巻き込まれて船がひっくり返りそうになった時
真っ先に救命ボートを使って逃したのは
唯一の女性である私だった。

その瞬間は、確かに私を助けてくれたのだと思った。

だからこそ、絶望が大きかっ

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僕の心と君の言葉

僕の心と君の言葉

口が1つしかないのは
心が1つしか無いからだと、
僕は痛い程に思い知った。

小さな市民体育館が空っぽになって、
主催者の男が茶封筒を渡して来た。

「いやはや、想像以上に大盛況でしたよ。
大人も子どもも喜んでくれて」

小太りでスーツを着た男は、
満足げに笑っている。

カメラを持った女性が小走りで近付いてきて、
名刺を僕に手渡した。
肩書きには
『南市役所広報担当』と記されている。

シンプル

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僕の小さな世界と大きな洗濯機

僕の小さな世界と大きな洗濯機

洗濯機の底がどこかへいってしまった。

気付いたのは今朝のことで、
洗濯をしようと蓋を開けて、
今まさに靴下をぶちこもうとしたところだった。

あと数秒気付くのに遅れていたら、
お気に入りの靴下は
どこかへいってしまっただろう。

洗濯機は縦型のやつで、
底を覗くとアニメでよく見る
ブラックホールのように
モヤモヤとしていた。

寝ている間に、
何かと繋がってしまったのかもしれない。

僕は呆然と

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タロちゃん

タロちゃん

髪を切った。

洗面台の前で、
安いカットバサミを使って、
バッサリ切った。

そうする他に無かったからである。

『人は、思い込みでヒトを認知する』

大学時代、心理学の授業で教えて貰った。

だから、私の髪が長いと信じているタロちゃんは
私を見つけられないと思った。

大胆に切った髪は上手く整えられるはずもなく、
毛先もバラバラでヘンテコだった。

でもそんなこと構わなかった。

私はお母さん

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名前のついた猫たち

名前のついた猫たち

大和家のお屋敷は不穏な空気であった。

このお屋敷はとっても広くて、
ご主人様とその奥様の元、
4匹の猫が住んでいる。

お屋敷は平屋で、
その代わり部屋の数がとっても多い。

猫たちには、部屋が幾つあるかなんて
最早把握出来ていなかった。

このお屋敷の猫たちは、
みんな奥様が拾ってきた猫ばかりだ。

1番年上はタマゴロウ。
真っ白くてスマートなオス猫で、
みんなが頼りにしているリーダー的存在だ

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真夜中12時の衝動

真夜中12時の衝動

気付けば夜の12時を回っていた。

会社では残業をしない上の人たちが
省エネ省エネと謳ったせいで、
最低限まで薄暗くなったオフィスに
佳菜子は1人
パソコンを前にして項垂れていた。

社内はとても静かだ。

どこから聞こえているのか分からない
機械音だけが響いている。

30を超えた佳菜子には、
この光や音を恐怖に感じることは無かった。

例え幽霊が出たとしても、
次の日若いOL達に話す形で
笑い

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知らない靴

知らない靴

頭が痛い。

何日も船に乗っていたような
気持ちの悪さ。

極め付けに
昨晩の記憶が無い。

二日酔いである。

胃の中で
消化を抵抗しているのか
今にも喉元まで戻って来そうだ。

胃薬と、スポーツドリンクを飲んだ。

こんなに体調が悪くても
否応無しに仕事は始まる。

まだ目が覚めていない頭を支えて
漸くスーツに着替えた。

窓から射す光は嫌味なくらいに眩しい。

どんよりとした気持ちの朝は

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