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名前のついた猫たち


大和家のお屋敷は不穏な空気であった。


このお屋敷はとっても広くて、
ご主人様とその奥様の元、
4匹の猫が住んでいる。

お屋敷は平屋で、
その代わり部屋の数がとっても多い。

猫たちには、部屋が幾つあるかなんて
最早把握出来ていなかった。


このお屋敷の猫たちは、
みんな奥様が拾ってきた猫ばかりだ。


1番年上はタマゴロウ。
真っ白くてスマートなオス猫で、
みんなが頼りにしているリーダー的存在だ。
外で集会があるときには、
タマゴロウが代表して行く決まりである。

2番目は小梅。
白と茶の雑種で、
このお屋敷唯一のメス猫である。
尚、避妊手術は奥様に連れられて
済ましている。
エリザベスを付けた小梅を見て、
その痛々しさに皆憐れみの目を向けたものだが、
小梅自身は昔の女王みたいだと
結構気に入っていたらしい。
甘え上手な小梅はみんなの体内時計に合わせて
ご飯を催促するのが仕事である。

3番目がカンザブロウ。
頭に茶色の模様がついた、
所謂ハチワレネコである。
このカンザブロウという猫はかなりの体たらくで
何も仕事をしない。
それなのに、何故だかヤケにご主人様に
可愛がられているのである。
天性の愛嬌というものだろう。

1番若いのが茶トラ柄のコトラ。
若いといっても産まれて推定1年は経っており、
身体は成猫とほぼ同じである。
好奇心が旺盛で活発な為、
天井裏のネズミやゴキブリの
退治を任されていた。

広いお屋敷にとって、
天井裏で行う狩りはとっても重要任務なのだ。


そのコトラが、
押入れの中に入ったきり
出てこなくなってしまった。

毎日動いてないと身体が震えだす、
動いていないネコジャラシでも勝手に遊ぶ。
そんなコトラが
一日中引きこもってしまうなど
このお屋敷では大事件である。


事の発端は昨晩のことであった。


夏の夜であるから、
夜中に潤いを求めて台所へ向かったコトラが、
途中の広い和室を通りかかると、
屏風の目の前に虎が現れたというのだ。

コトラは慌てて引き返し、
明け方タマゴロウが起きてから
台所へ着いて来て貰ったわけだが、
それ以降怖がって
和室の方へ出られなくなってしまった。

天井裏へ容易に入れるのはその和室だけなので、
コトラの重要任務も滞ってしまう。

「まったく、あんただって
同じ虎柄じゃないかい」

小梅は押入れの前で毛繕いをしながら、
コトラに呼びかけているところだった。

「それに、あの屏風は
ただの風景画じゃないか。
虎なんて夢に決まっている」

タマゴロウは押入れの中に頭を突っ込んで、
衣装ケースに足を掛けたまま説得に入っていた。

カンザブロウはその側で、
昼ご飯の余韻に浸りながら
寝っ転がっているところだった。

「奥様もあんたが昼ご飯に来ないからって
心配していたよ。
もしかしたら病院に連れて行かれるかも
しれないね。あんたの大嫌いな」

小梅が独り言のように呟くと、
耳を後ろに倒したコトラが、
少しだけ顔を覗かせた。

「嘘じゃないもん…。
昨日の夜中、おっきな虎の影が、
あの和室の入り口をにゅっと出てきたんだもん」

「じゃあこの屋敷にネズミが出たって
噂になったら、
集会でその話をすれば良いのか?
そんなことしたらこのお屋敷全体の恥だぞ」

タマゴロウは呆れたように
コトラのすぐ側で説教をしていた。

「カンザブロウはどう思う?」

こういうとき、
話題に入ってこない
マイペースなカンザブロウに
話を振るのが小梅だ。

カンザブロウは、口の周りをペロッと舐めて
ひとつ欠伸をした。
カンザブロウは、虎が出ようが出まいが、
今生きていればそれで良いのだ。

「コトラ、昼飯は食べた方が良いと思うぞ。
俺たちは昼飯を食べられない
辛さを知っているだろう。
そう考えたら、虎が出たとしても
俺は今の生活の方が幸せだ」

部屋中が、一瞬静まり返った。

コトラは押し入れに再び引っ込んで、
夜まで出てこなかった。


晩ご飯の時間には、
さすがにお腹が空いたのか
それとも病院の一言が聞いたのか、
4匹揃って台所へ向かった。


「ほら、やっぱりいないだろう。虎なんて」

「寝ぼけてたのよ、あんた」

好き好きに言われたコトラは、
項垂れたまま台所へ向かった。

奥様はコトラを見て
「やっぱり元気が無いねえ。
どこか悪いのかしら」
と、コトラの頭を撫でた。

コトラは病院のことを思い出し、
また耳を後ろに倒して震えた。

「ほら、奥様が心配してただろう」
タマゴロウはカリカリフードを食べながら言う。

「明日には元気にならなきゃ、
いよいよ病院へ連れて行かれるよ。
私はあの狭い箱の中に入れられることが
嫌なんだよ。道中で酔っちゃうもの」

減らず口を叩いていた小梅のご飯を
カンザブロウが取ったものだから、
小梅はシャーっと威嚇をした。

コトラは奥様への挽回をはかり、
一粒残さずご飯を食べた。

それでもやっぱり、
部屋に戻るときはタマゴロウに
ピッタリと体を寄せて歩いていた。

ご主人様が家に帰るのは、
いつも随分遅い。

大抵は帰ってくるのを待てずに
皆スヤスヤと眠りに落ちてしまう。

「ご主人様は何の仕事をしているの?」

いつかコトラはカンザブロウに聞いたが、
カンザブロウは
「俺たちより偉い仕事をしているのは
恐らく間違い無いだろう」
と言い放ち、コトラもなんとなく
満足してそれきり聞かなくなった。


さて、皆が寝静まった夜のことである。



このままでは具合が悪いと思った
タマゴロウは、
のしのしと大きな和室へ向かい、
虎の正体を確認しに行くところであった。

屏風の様子は1日のうちに
何度も見に行ったが、
虎など1度も出なかった。

半信半疑のままであったが、
居ないと分かればコトラも安心して
ネズミ狩りに専念できると思ったのだ。


例の和室に入りかけた時である。



あの、コトラが言っていた
大きな影がニュッと現れた。


それは流石のタマゴロウも
我を失い、威嚇モードで
プシャーッと言った。


しかし長男は背負うものが違う。



正体を掴まねばならぬという
使命感で、威嚇したままピョンと
和室へ入った。


すると同じくらいの気迫で
身体を震わせている者が、
屏風のままで佇んでいた。


カンザブロウだった。


「なんだ、タマゴロウか」

カンザブロウの震えが緩んだ。
驚きからくる震えだったようだ。

「なんだって、お前…
何やってんだ。こんなところで」

タマゴロウは半分呆れたような、
半分怒ったような声で聞いた。

「居心地が良いんだよ、ここが。
多分、この家の中で1番」


和室の向こうは襖を隔てて台所がある。
ご主人様が帰ってきた頃、
奥様は台所で晩ご飯を温める。
襖が少し開いていて、
奥様が用事をしている音が聞こえる。

確かに居心地が良かった。

タマゴロウは、カンザブロウの隣で丸くなった。

「お前には呆れるよ、カンザブロウ」


襖の向こうからやってくる灯りが
2匹の影を大きく見せている。

「ああ、影ってこれのことか」

カンザブロウはようやく自分の姿が
影になっていることに気付き、
しばらく見つめていた。

「タマゴロウの方が大きいな、やはり」

「影や身体ばかり大きくたってダメなんだ。
カンザブロウなら、分かるだろう?
まずはお前に勝たなければいけない 」


2匹はご主人様と奥様の会話を聞きながら、
スヤスヤと眠りに落ちた。

何について話しているのかは
殆ど分からなかったが、
奥様の上品な笑い声だけはよく聞こえた。

確かに、虎が出たとしても
今の生活の方が好きだな、と
タマゴロウは心の中で思ったのだった。


挿絵提供:みゃーむょん
https://instagram.com/wimwim_1616?igshid=cm7yz4s11jia

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