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C.W.ウィンター&アンダース・エドストローム『仕事と日(塩谷の谷間で)』ある集落の日常と自然の表情

今年のベルリン映画祭で初めて導入されたエンカウンター部門で最優秀長編映画に選ばれた8時間の美しい記憶の物語。原題は"(塩谷の谷間における塩尻たよこの)仕事と日常"であり、監督の一人アンダース・エドストロームの義理の母親である塩尻たよこを中心に、京都府の山奥にある人口47人の限界集落における人々の日常を丁寧に紡いだ作品。足掛け14ヶ月に及んだ撮影は、春夏秋冬様々な顔を見せる自然と隣り合わせの中で、過去の記憶を抱えながら静かに、時に騒いで暮らす人々の姿をじっくりと描き出していく。映画は基本的に自然の部分を切り取ったシーン(多分4時間位はこれ)、たよこが黙々と家事や畑仕事を続けるシーン、そして人物たちが夜の呑み会や縁側などで談笑するシーンに分けられる。それらを繋ぐのはたよこによって書かれた日記の断片の朗読であり、日に日に症状が悪化していく夫塩尻ジュンジ(漢字が分からん)について多くの分量が割かれている。

それにしても、会話のリスニング難易度が主に音響のせいで黒澤明作品レベルなのに、突然聴こえる鳥の囀りや車の走行音が爆音で流れるので、ただのASMR動画になっていた。しかも、屋内外問わずどんな画面も基本的に薄暗い上に、シーンとシーンの明白な起承転結がないまま、まるで人生のようにダラダラと続いていくので、シンプルに眠い。夫ジュンジの病状が悪化していくと、『DAU』シリーズのような畑仕事と呑み会の日々も徐々に暗く静かになっていき、油断すると熟睡しちゃうような鬱々としたヒプノティックな映像が延々と続くことになる。そんな情景には美しさを感じる前に精神的に参ってしまう。後述の上映環境の悪さも相まって、人生最悪の映画体験の一つと言えるかもしれない。

同じ年のベルリン映画祭に出品された『DAU』シリーズとは、確かに親和性が高い。実際の名前を使ったドキュドラマに、アクセントとして俳優(加瀬亮と本木雅弘)が加わるというコンセプトがそもそも似ているし、嫌になるほど長尺という面でも似ている。比べるなら仕事と呑み会を6時間繰り返すDAU. Degenerationが妥当だろう。しかし、何も起こらなくても、何かが起こっても人生は続いていくことを8時間かけて証明した本作品には、DAU. Degenerationにおける"どこにも進めなくなった巨大な虚無"とそれを破壊し尽くす暴力性という強烈なコントラストのような、物語を引っ張るようなもの/指針となるもの/記憶に残るものが存在しなかった。観る前から薄々分かってはいたが、インスタレーションではなく長編映画としての価値はあまり見出だせなかった。8時間必要かは置いといて、長尺にすることにはDAU. Degenerationと同じ意味があるとは思うが。

私の母方の一家は全員関西出身なんだが、全員東京に出てきてしまっているので、"田舎に帰省"という概念がない。なので、呑み会での一家団欒の風景は、"田舎への帰省"の幻を見ているようで妙に寂しい思いがした。こっちで遊びに行って呑み会になると、だいたいあんな感じ。

追記
ここからは上映環境の悪さに関する文句なのだが、取り敢えず8時間(休憩も入れると正味10時間)もアテネ・フランセ文化センターの固すぎる椅子に座ることは前から知ってたので置いとくとしても、2時間ずつ区切られたスケジュールが実は全く違ったり(順に100/100/135/145だったと思う)、スウェーデン語会話に英語字幕しかついてなかったりと、運営側の適当さが目に余った。上映前日に2時間毎に区切られたスケジュールが届いて嫌な予感がしたのだが、しっかり当たってしまった。そんな能力いらん。

死にかけの私のツイートも貼っておく。この後、首がもげるくらい熟睡した。

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・作品データ

原題:The Works and Days (of Tayoko Shiojiri in the Shiotani Basin)
上映時間:480分
監督:C.W. Winter, Anders Edström
製作:2020年(香港, 日本, スウェーデン, イギリス, アメリカ)

・評価:50点

・ベルリン国際映画祭2020 その他の作品

コンペティション部門選出作品
1. マルコ・ドゥトラ&カエターノ・ゴタルド『All the Dead Ones』奴隷制廃止後も生き残る旧時代の価値観
2. ダミアーノ&ファビオ・ディノチェンツォ『悪の寓話』世にも悲しいおとぎ話
3. ブルハン・クルバニ『ベルリン・アレクサンダープラッツ』フランツはまともな人間になりたかった
4. イリヤ・フルジャノフスキー&エカテリーナ・エルテリ『DAU. ナターシャ』壮大なる企画への入り口
5. ツァイ・ミンリャン『日子』流れ行く静かなる日常
6. ブノワ・ドゥレピーヌ&ギュスタヴ・ケルヴェン『デリート・ヒストリー』それではいってみよう!現代社会の闇あるある~♪♪
7. ケリー・ライヒャルト『First Cow』搾取の循環構造と静かなる西部劇
8. ジョルジョ・ディリッティ『私は隠れてしまいたかった』ある画家の生涯
10. リティ・パン『照射されたものたち』自慰行為による戦争被害者記録の蹂躙
11. ヴェロニク・レイモン&ステファニー・シュア『My Little Sister』死にゆく兄と戦う妹
12. エリザ・ヒットマン『17歳の瞳に映る世界』自己決定と選択の物語
13. サリー・ポッター『The Roads Not Taken』ごめんパパ、何言ってるか分からないよ
14. フィリップ・ガレル『The Salt of Tears』優柔不断な男の末路
15. アベル・フェラーラ『Siberia』悪夢と記憶の荒野を征く者
16. モハマド・ラスロフ『悪は存在せず』死刑制度を巡る四つの物語
17. クリスティアン・ペッツォルト『水を抱く女』現代に蘇るウンディーネ伝説
18. ホン・サンス『逃げた女』監督本人が登場しない女性たちの日常会話

エンカウンターズ部門選出作品
1. Camilo Restrepo『Encounters (Los conductos)』髭面ノ怪人、夜道ヲ疾走ス
2. ティム・サットン『Funny Face』地域開発業者、ヴィランになる
3. Victor Kossakovsky『Gunda』豚の家族を追う親密なホームビデオ
5. マリウシュ・ヴィルチンスキ『Kill It and Leave This Town』記憶の中では、全ての愛しい人が生きている
7. クリスティ・プイウ『Malmkrog』六つの場面、五人の貴族、三つの会話
8. Catarina Vasconcelos『The Metamorphosis of Birds』祖父と祖母と"ヒヤシンス"と
9. Melanie Waelde『Naked Animals』ドイツ、ピンぼけした青春劇
10. アレクサンダー・クルーゲ & ケヴィン『Orphea』性別を入れ替えたオルフェウス伝説
12. Pushpendra Singh『The Shepherdess and the Seven Songs』七つの歌で刻まれた伝統と自由への渇望
13. ジョゼフィン・デッカー『Shirley』世界は女性たちに残酷すぎる
14. サンドラ・ヴォルナー『トラブル・ウィズ・ビーイング・ボーン』小児性犯罪擁護的では…
15. C.W.ウィンター&アンダース・エドストローム『仕事と日(塩谷の谷間で)』ある集落の日常と自然の表情

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