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エリザ・ヒットマン『17歳の瞳に映る世界』自己決定と選択の物語

まるで"ぶっきらぼうだが常に隣りにいてくれる友人"のような映画である。淡々としているが決して突き放しているわけでもなく、珍しくニューヨークは温かく柔らかな色彩で描かれてさえいる。同じく16mmで撮られたサフディ兄弟の描くニューヨークと、人物がやっていることはそれなりに近いんだが、後者の寒々しさとは程遠い。それも適度な距離感を保っている。そして冒頭に戻る。常にティーン世代に寄り添ってきたエライザ・ヒットマンの長編三作目である本作品は、男性目線の陰惨なタッチで堕胎を描いた『4ヶ月、3週と2日』へのアンチテーゼのようでありながら、違法/合法という違いはあれど、時代が流れても"望まぬ妊娠"についての状況は一切変わっていないことすら提示する。ヒットマンは同作に対して"素晴らしい出来の作品だが、主人公が不注意かつナイーブに描かれているのは女性嫌悪的だ"としている。

冒頭、ペンシルベニアは田舎の高校の学芸会でThe Exciters"He's Got the Power"を披露するオータム。彼氏が望まぬ行為をさせてくるが愛するのは止められないという暗示的な歌に対して"あばずれ!"と生徒から野次が飛ぶ。この男子生徒と彼女の関係は具体的に明かされることはないが、何れにせよ暴力的で無責任な発言であることは変わりない。この発言を皮切りに、映画には様々な形をした男女の不均衡なパワーバランスが何度も登場する。オータムや従姉妹のスカイラーが働くスーパーの店長は見えないのをいいことに二人の手にキスし続け、地下鉄では変態に絡まれるなど、性差年齢差立場を利用したハラスメントが次から次へと襲ってくるのだ。それらの最も象徴的なのははジャスパーの存在だろう。オータムの従姉妹スカイラーに詰め寄る彼は、ヒットマン曰く"ラインを超える/超えないではなくライン上を歩く男"として登場し、スカイラーの物語をかき乱していく。厄介なのは自分が迷惑がられていることを多少は自覚しながら、それが決定的でないことも理解している点だろう。

本作品の核となるのは、オータムの妊娠発覚とその堕胎への旅である。故郷のクリニックではプロライフ的で助けにならない意見を押し付けられる。ビタミンCを過剰摂取してみたり、腹部を強く殴打したりして流産を促すが独力での解決には限界があるため、彼女は親の同意なしで堕胎手術が出来るニューヨークのクリニックへと遠い旅へ繰り出す。最も印象的なシーンは、個人的な問題についてソーシャルワーカーが投げかける官僚的な質問に対し、"全く無い/めったにない/時々ある/常にある"の段階分けされた回答を選ぶ長回しだろう。オータムの移りゆく表情を具にすくい取りながら進む長回しの中で、当初は自分を守るように曖昧な回答をしていたが、質問が核心へと近付くにつれて、心に仕舞い込んだ恐怖へと近付き、答えることすら出来なくなってしまう。彼女は助けの手をすべて拒絶するが、それはすべてを制御できるという過信ではなく、何かを取られるかもしれないという漠然とした恐怖が先にあるように思える。

オータムの旅路には従姉妹のスカイラーも付き添う。二人はスーパーのレジでバイトしているが、オータムに比べると明らかにセクハラを受ける回数が多い。世間話のつもりがセクハラになる一連の会話はシンプルに気持ち悪い。引っ込み思案で陰気なオータムに比べ、一見陽気で人懐っこいオータムは格好の標的となってしまう。彼女が心休まるのはオータムの傍だけであり、彼女はオータムよりも先に寝入ってしまうことが多い。反面、オータムも彼女といるときだけは表情が和らぐし、自分の最もパーソナルな問題を打ち明けるたった一人の相手でもある。互いを保護し合うような関係は都市部へと繰り出し、無機質で機械的な人々を目の当たりにすることで結果的に強まっていく。ここで登場するのはやはりジャスパーであり、オータムのために彼から金を借りようとするスカイラーの試みを自己責任のように突き放しながらも付いていくオータムという矛盾した態度が、次第に軟化し、連帯に至る過程は見事だ。そもそもレジで言い寄られていたときも、ジャスパーに言い寄られたときも介入せずに見過ごしていた(唯一介入したのは自分にも被害が及んだとき)が、最終的に悩まされているのは自分だけではないことを"見て見ぬ振りしない"ことに決めたのだ。
本作品はオータム/スカイラー双方の挿話で自己決定や選択について扱っているが、それらが互いに影響を及ぼし合うことで、他人に惑わされずに自分自身の決定を下すことは重要だが、他人と関わらなくなるのとは違うということを指摘する。スカイラーが付いてきたのは"一人で抱え込むな"という意味も含みながら、同時に"他人にも目を向けてみろ"という意味も含むようになるのだ。

助成金の関係で登場することになったライアン・エッゴールト演じる義理の父親は、所謂"仲の悪い"継父-娘関係のクリシェのように登場するが、奇妙なほど不機嫌かつ威圧的で、通常の関係性とは逆転している。特に、犬越しに直接的な侮辱を投げつけるシーンなど、その精神的暴力は恐怖を覚えるレベルで、登場シーンは少ないものの強烈な印象を残す。彼との関係はそれくらいしか描かれないが、どこか不機嫌で面倒な子供っぽい態度は、その後のスカイリーの無邪気さとは対照的で、どこか産まれ得ぬ子供の未来を暗示しているのかもしれない。

題名の『Never Rarely Sometimes Always』はされたことに対する段階的な回答であるが、逆に自発的な行動に対する評価にも適用できる。段階的に変わってきたオータムのように。あなたは迫害されている人を見て見ぬ振りせずに助けるか?自分の人生は自分で決定しているか?

ALWAYS。そういうことだろう。

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・作品データ

原題:Never Rarely Sometimes Always
上映時間:101分
監督:Eliza Hittman
公開:2020年4月3日(アメリカ)

・評価:90点

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本作品は2020年新作ベスト10で7位に選んだ作品です。


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