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マルコ・ドゥトラ&カエターノ・ゴタルド『All the Dead Ones』奴隷制廃止後も生き残る旧時代の価値観

2020年のベルリン映画祭コンペ選出作品行脚も終盤に差し掛かり、例年通りの悲惨さを肌で感じている。本作品は奴隷制が廃止されて11年経った1899年と1900年のブラジルはサンパウロを舞台に、コーヒー農園で帝国を築いたものの凋落した地主一家を描いている。一家の父親は未だに過去にしがみついて、自分のものでなくなった農園で働いてサンパウロの家を開けっ放しにしており、家には年老いた母親と二人の姉妹しか残っていない。ピアノ好きな妹アナは凋落によって狂ってしまい、修道女の姉マリアが母親とアナを支えている。題材としては中々興味深いものの、脚本/演出/撮影(あと予算)には明らかな不足が目立ち、編集も鈍重で、演技も息苦しいほど堅い。

奴隷制そのものや、廃止された後でも残る支配層の無意識的な差別意識の描写も、稚拙というか痒い所に手が届かない描写が多い。奴隷制の廃止後も一家を支えてくれたジョゼフィーナという黒人女性が亡くなったことが、繁栄していた時代との直接的/間接的な接点が消え失せ、老母やアナの不調へと繋がるのは非常に興味深いが、あまり掘り下げられないのが勿体ない。また、もう一人の元奴隷イナに対するマリアの発言("なんか知ってる奴隷の歌を歌って")やアナの発言("黒人なんだから全員一緒でしょ")が強く否定されずに残ってしまうのも問題がある気がする。それでも、元所有者一家に近付くことに否定的なイナと、奴隷制を知らないために興味を持って接するイナの息子ジョアンとの対比は見応えがあり、結果的に旧時代を生きるアナと新時代を生きるジョアンがぶつかり合うラストは非常に良い。
ちなみに、隣人の老婆が欧州帰りの甥っ子をアナと結婚させようとする挿話があって、青年の話が登場するのだが、特になんの機能もせずに時間の無駄だった。彼もまた新時代を生きる人物であることを強調したかったのだろうが、彼を記号的に出すくらいなら一家をもっと掘り下げるべきだろう。

時間軸は1899年の独立記念日、死者の日、クリスマス、1900年の謝肉祭を一日ずつ描いているのだが、背景に電線があったりビルが建っていたりと説明なしに時代錯誤的な描写がなされている。"現代にも通じます"と言いたいのかもしれないが、そんなことよりも先に1899年のことを詳しく丁寧に描く必要があると思うが…

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・作品データ

原題:Todos os Mortos
上映時間:120分
監督:Marco Dutra, Caetano Gotardo
製作:2020年(ブラジル, フランス)

・評価:50点

・ベルリン国際映画祭2020 その他の作品

コンペティション部門選出作品
1. マルコ・ドゥトラ&カエターノ・ゴタルド『All the Dead Ones』奴隷制廃止後も生き残る旧時代の価値観
2. ダミアーノ&ファビオ・ディノチェンツォ『悪の寓話』世にも悲しいおとぎ話
3. ブルハン・クルバニ『ベルリン・アレクサンダープラッツ』フランツはまともな人間になりたかった
4. イリヤ・フルジャノフスキー&エカテリーナ・エルテリ『DAU. ナターシャ』壮大なる企画への入り口
5. ツァイ・ミンリャン『日子』流れ行く静かなる日常
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7. ケリー・ライヒャルト『First Cow』搾取の循環構造と静かなる西部劇
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11. ヴェロニク・レイモン&ステファニー・シュア『My Little Sister』死にゆく兄と戦う妹
12. エリザ・ヒットマン『17歳の瞳に映る世界』自己決定と選択の物語
13. サリー・ポッター『The Roads Not Taken』ごめんパパ、何言ってるか分からないよ
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17. クリスティアン・ペッツォルト『水を抱く女』現代に蘇るウンディーネ伝説
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7. クリスティ・プイウ『Malmkrog』六つの場面、五人の貴族、三つの会話
8. Catarina Vasconcelos『The Metamorphosis of Birds』祖父と祖母と"ヒヤシンス"と
9. Melanie Waelde『Naked Animals』ドイツ、ピンぼけした青春劇
10. アレクサンダー・クルーゲ & ケヴィン『Orphea』性別を入れ替えたオルフェウス伝説
12. Pushpendra Singh『The Shepherdess and the Seven Songs』七つの歌で刻まれた伝統と自由への渇望
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14. サンドラ・ヴォルナー『トラブル・ウィズ・ビーイング・ボーン』小児性犯罪擁護的では…
15. C.W.ウィンター&アンダース・エドストローム『仕事と日(塩谷の谷間で)』ある集落の日常と自然の表情

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