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写真展示と必然性ある素材選びの難しさ/MOTHERの作り方⑨

発売中の拙作写真集「MOTHER」(赤々舎刊)と同タイトルの写真展は、製造業の技能継承から高度経済成長期と現代のギャップをみつめるドキュメントです。このnoteでは「MOTHERの作り方」と題して、この本作りに携わった方々のご紹介とメイキングストーリーを連載しています。前回は展示の構成についてお伝えしましたが、その続きです。個別の制作物を作るにあたって僕が展示で毎度考えあぐねる「素材」についてお伝えします。

▼これまでの記事一覧
第1回:構成(赤々舎・姫野希美さん)
第2回:装丁(ユータデザインスタジオ・中島雄太さん)
第3回:製本(渋谷文泉閣さん)
第4回:印刷(ライブアートブックスさん)
第5回:製鉄(JFEスチールさん)
第6回:風景(大門郷土史研究会・曽我部光さん)
第7回:家族(僕の父)
第8回:展示(POETIC SCAPE・柿島貴志さん)

■僕が展示で大切にすること

写真集の出版と同じく、写真展の開催も貴重な機会です。それゆえ本と同様で、展示でないとできないことをするよう心がけています。森林療法を取り上げた前作「Touch the forest, touched by the forest.」では木の板にレーザーで焼き込んだ写真をインスタレーションにし、触れられる展示にしました。会場も木の香りが漂い、嗅覚でも楽しんでいただきました。今回の作品テーマは鉄。これをどう展示に組み込むかを考えました。

この手の制作について回る課題があります。素材感の主張が強過ぎると逆に安っぽく見えてしまう可能性があるのです。あくまで主役は写真。鉄板(鋼板)へ直にプリントする技術を持つラボを2年ほど前に、ポートフォリオケースを販売するコスモスインターナショナルの新山さんから紹介いただき、準備はしていました。その鉄板プリントをどの程度取り入れるか、そのバランスを客観的に判断していただきたいとPOETIC SCAPEの柿島貴志さんに相談しました。

結果、鋼板への直接プリントはキービジュアルのみに用いることにし、その他の写真に関してはFMプレートという、もともと額装写真の裏打ちに使われていた金属製支持材に、通常のプリントを貼り付けることにしました。FMプレートは「フレームマン」さん(東京・両国)の商品です。

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FMプレートによる展示

このパートを、額装自体しなかったのは、複数の写真を並べる際は必ずしも額に納める必要がないことを教わったからです。購入して部屋などで飾られる一枚ものの額装と、複数枚を並べる写真展の額装とでは、額の主張の強さの許容値が変わってくると柿島さんにうかがいました。もちろん写真にもよると思いますが、今回の僕の場合は溶けた鉄、液体のようなランダムさは額が無い方が伝わると考えました。写真集でも白縁を入れず、いわゆる裁ち落としにしたのも、火花が飛び散ったり、巨大な機械が動いたりする、「はみ出す」被写体だったためです。ただ一枚一枚しっかり見てほしい写真ではあるので、展示ではなるべく間隔を空けて、それを写真同士の「間(ま)」に任せました。

とは言いつつも、実際に展示してみないとわからないこともあります。FMプレートによる高い平滑性とインクジェットによる高い彩度、そしてキヤノンギャラリーさん所有の展示用カットライトのおかげ(何度も何度も社員の方に照明を微調整していただきました)で、火花や赤熱した状態の鉄があたかも浮き上がって発光しているような錯覚を起こさせてくれました。

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濃いグレー調の壁に映えるカットライト

■日本に2台しか無いプリンター

続いて、キービジュアルの鋼板プリントについてです。ご協力いただいたのは東京・中目黒と恵比寿の中間に位置するラボ、イーストウェストさん。あらゆる素材に印刷できるUVプリンターで、日本に2台しか無いと言われる大型のものを持っています。オレンジの特色インクを備え付けているので、赤熱を表現するのにまさにふさわしいプリンターでした。

耐性の強いUVインクを素材に定着させるこのプリンターは主に、屋外広告用に使われたり、最近では屋外で開かれる写真祭でテント生地へのプリントに使用されしたりしています。しかしガラスや金属には定着しないと言われていました。おそらく固着させる紫外線の問題でしょう。それを覚悟でステンレスをベースにいくつかの種類をテストしました。実際にインクが乗らない素材もありましたが、適度な鏡面処理が施された鋼板で、しっかりとインクが固定でき、作品に合う素材を見つけられました。何事も試してみないとわかりません。

次はステンレス鋼板の大きなものが市販で手に入るかが課題となりました。1800mm×1200mmの鋼の板で、一般でも手に入りやすい素材だと厚みにより重さが40kgにもなり得えます。壁に安定してかけられ、事故が起こり得ない重量として15kg程度におさめるようにしなければなりません。寸法も自由に要求できる協力的な業者さんをいくつも当たり、関西に見つけることができました。

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巨大なUVインクジェットプリンターに鋼板を載せて準備

この大きな板がどのような仕上がりになるか見てみたく、ラボにお邪魔させていただきました。丁寧に表面を拭いていただき、写真のハイライトが金属の地が透けるように画像処理を済ましておき、プリントです。透けることで見る角度の違いによって光沢の具合が異なり、撮影した現場で感じた光の圧力と熱と揺らぎが見事に表現されました。

イーストウェストさんに話をうかがうと、プリンターの技術進歩にともなって、作品の表現も広がってきているようです。白のインクが引けるようになって発色が安定したり、厚手の母材にも印刷できるようになったり。表現が多様化するのは作家の力だけではなく、こうした技術開発もあり、その両輪によってなされるのだとわかりました。工学部出身の僕としては、勝手に嬉しくなった事実でもあります。

この設営がまた大変でした。軽くしたとは言え、15kg。もし展示期間中に落ちてしまったらとても危険です。フレームマンさんがキヤノンギャラリーの壁について詳しく知っていたため、特殊な加工を施してしっかりと固定することができました。フレームマンさんのお話によると、とある邸宅での作品掲示の際、ものが重すぎたために壁を剥いで中に支柱を入れる工事をしたこともあったそうです。こうした経験に裏打ちされて、作品のインストールが安全に行われていることも知りました。

1枚の作品プリントに2年をかけて、ここまでいろいろな方にご協力いただいくことは、なかなかないかもしれません。本当にありがとうございました。

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設営にもかなりの苦労をおかけしました

■試行錯誤でできた「時間の地層」

そして最後は、製鉄所のある広島県福山市で高度成長期から大きく変化した風景ビフォーアフターの構成です。写真集では8つの景色について、貼り込んだ写真をめくるギミックで過去と現在の両者を共存させました。詳しくは第3回をご覧ください。ただ、写真展でめくるという行為が必ずしも適切ではありません。同じ写真を扱う、写真集と写真展ではこの違いが面白いと思います。手元に置いて時間的にも空間的にも「わたくし」なものと、他人と共存する場の「おおやけ」なものの差でしょうか。

ひとつの案として、まず透明なシートに現在の風景をプリントし、過去の風景写真の前に浮かせて重ねるのをPOETIC SCAPEの柿島さんと考えました。アイデアとしては悪くなかったのですが、テストプリントでかなりごちゃごちゃした感じに見えてしまい、元の写真の良さが損なわれる印象を受けました。ビフォーとアフターでかなり高い精度で撮影位置を合わせていたのに、逆に伝わらなくなる課題もありました。考え直しです。

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試作した透明シートによるレイヤー

柿島さんと打ち合わせであれこれ話していると、ふと写真家の石川竜一さんの展示で、写真を額装するマットをデザインしたことがある話が出ました。そしてマットをじっくり見ているうちに、ひらめいたのです。マットには厚みがあります。その厚みを利用して3次元的な立体感が生み出せるはず。ここからが一気に解決に走りました。2層構造をマットの上と下で表現し、額に納めることで「写真であること」と「レイヤーの感覚」を両立。これを柿島さんは「時間の地層」と名付けました。

プリントは東京・赤坂にあるフォトグラファーズラボラトリーさんにお願いしました。プリントの色校正はもちろんのこと、ペーパーも作品のテイストと展示会場に合うものを一緒に選びました。「時間の地層」の制作では、重ね合わせる写真の寸法を測って、ビフォーアフターの写真大きさを細かく調整してプリントしていただきました。マットに直接プリントすると、像がきれいではなくなるのでマットの上にプリントを貼り付けることにしました。

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写真を張り付けたマットを裏から切り抜く

そしてマットの窓を抜くケースは、フレームマンさんに依頼。マットにデザインを施すことはあっても、作品プリントをくり抜くことは初めてのようで、傷がつかないように裏から窓を開けます。一枚一枚、窓の位置が異なり、しかも裏からなので正確なカット位置を調整するのに、相当手間をかけていただいたとのことです。ちなみに壁への並べ方では、額をそのまま同じ高さにせず、それぞれの写真の中にある古写真の中心を軸にしていました。その古写真の周りに新しい風景が広がっている感覚です。

ある日、柿島さんが開いた額装にまつわる講座で、作家とアマチュアとの違いを解説してくれました。「作家は作品にふさわしい表現を取り入れます。技術的にできるかどうかが問題ではありません。通常でないということには意味を問われるんです」。「そこにコストの問題はつきものですが、費用がかかるかどうかの作家にとって現実的な理由は、お客さんにとっての理由になりません」。この話を聞いて、今回の展示を突き詰めることができました。

表現と素材の必然が結びつく瞬間は必ず訪れます。

だから写真はやめられません。

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出来上がった「時間の地層」

▼予告
次回の投稿は10月31日(木)を予定しています。テーマは「トーク」です。
本づくりのこんなことを知りたいなどの質問をお受けいたします。コメント欄に書き込みをお願い致します!

写真集「MOTHER」は全国書店の他、以下のサイトでもお求めになれます。
赤々舎
アマゾン
著者ホームページ(限定版・サイン入り)

写真展「MOTHER」がキヤノンギャラリー大阪で開催しています。
2019/10/24〜30(土曜13:00にトークイベント開催、日曜は休館)
詳細はこちらです。

関連の作品「Hands to a Mass」がニコンプラザ銀座のフォト・プロムナードで開催中です。
2019/8/31~10/31(日曜は休館)
詳細はこちらです。ぜひお越しください。

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