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苦手だった家族写真を撮って、初めて気づいたこと/MOTHERの作り方⑦

発売中の拙作写真集「MOTHER」(赤々舎刊)。製造業の技能継承から高度経済成長期と現代のギャップをみつめるドキュメントです。このnoteでは「MOTHERの作り方」と題して、この本作りに携わった方々のご紹介とメイキングストーリーを連載しています。前2回に引き続き被写体について、父親を撮影した話をお届けします。

▼これまでの記事一覧
第1回:構成(赤々舎・姫野希美さん)
第2回:装丁(ユータデザインスタジオ・中島雄太さん)
第3回:製本(渋谷文泉閣さん)
第4回:印刷(ライブアートブックスさん)
第5回:製鉄(JFEスチールさん)
第6回:風景(大門郷土史研究会・曽我部光さん)

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僕の本棚にある家族にまつわる写真集(中央)

■家族の数だけ家族写真はある

浅田政志さんの写真集「浅田家」、金山貴宏さんの写真集「While Leaves Are Falling…」(ともに赤々舎刊)、小池英文さんの写真集「瀬戸内家族」など、家族の写真を発表している作品はいろいろとあります。被写体を通じて伝えることだけでなく、家族観や家族を撮る行為自体を問うことにもつながり、写真家の数だけ考え方も存在するのも当然です。そこで自分はどうだったか。僕は家族について考えることを拒絶していました。

父と日常的に対話をするのが苦手でした。もともと僕は学生時代に工学部所属で、名古屋で金型(自動車部品を大量生産するためにプレスする型)の職人をする父と、大学のある京都でよくドライブしながら話をしていました。しかし製造業の道を捨てて写真をなりわいにしてからは、次第に話題の共通項がなくなったと感じていきます。

働き始めた当初は、仕事とは何かを見つめる意味でも、休日出勤や残業をする職人気質の父を訪ねて、撮影していました。還暦も迎えたのでお祝いに町工場でポートレートも撮りました。10年以上前の話です。それからは父への関心が薄れていってしまいました。僕が働く東京から実家に帰ってもあいさつ程度の表面的な話しかしません。頭のどこかで「これではいけない」とはわかりつつも、話し始めると何かイライラし始めてしまい続けることができません。

ここに転機が訪れたのは、この写真集「MOTHER」の制作で、出版社・赤々舎の姫野希美さんが、父の写真を見てみたいとおっしゃったことに始まります。詳しくは「MOTHERの作り方①」をご覧ください。この制作の動機となっていた製造業への関心、高度成長を自慢したがる団塊世代の父への無理解について、姫野さんに引き出していただきました。

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還暦を迎えた父のポートレート

■父を撮り、父を知る

父の撮影を再開する頃に、いろいろなことが起きました。ベトナム人技術者の受け入れと、父に病が見つかったことです。

日本の自動車産業を支えている金型は、後継者不足に見舞われています。高度経済成長期には「花形」と呼ばれるほど、人気の業種のひとつだったようですが、技術を身につけるのに年月がかかるため、若い人が集まらなくなっているのが現状とのこと。

▼写真集「MOTHER」より
戦後は金型の供給不足が工業発展のボトルネックだったため、国を挙げて産業育成することになった。高度成長期には自動車産業の発展と貿易・資本の自由化が、金型と鋼板メーカーの技術革新に繋がった。1960年代後半には海外の自動車メーカーから発注を受けるに至った。当時は「嫁に行かせるなら金型屋」といわれるほど花形の職種で、相次いで独立する人が生まれていた。
「腕を上げて職場を変えるごとに給料も上がっていった。転職する時は社長に直接、前職の給与明細見せて交渉していた。仕事が終われば麻雀と酒と女で、午前1、2時まで遊ぶ毎日。くたくたになるぐらい楽しかった」。先のことを考えずに謳歌できた高度成長期のライフスタイルだ。

産業化を進める国に重要な技術であるため、金型職人は新興国にとって有用人材として求められるのです。父の勤める町工場に、「技術・人文知識・国際業務」ビザを持つベトナム人が門をたたいて来ました。技能実習生がここ数年話題になっていますが、金型には高い技術が求められるためこれとは別物です。さらに大阪のとある工場では、ベトナム人を幹部候補として雇いだした企業もあると報道されています。

父を含む従業員と、日本語がまだ完璧ではないベトナム男性とが一緒になって働く現場を撮影しました。過去に撮影した父は、独りで黙々と仕事をしている状況でしたが、この時はどこかニュースの現場にいるような不思議な感覚です。外国人や会社の後輩と話す父を見るのは新鮮でした。自分が見たことのない父。指導の仕方にやきもきすることはありましたが、「技術は目で盗め」で育った世代ゆえ仕方がないことなのかもしれません。一方で、機械の触り方ひとつからも、特殊な技能が備わっていることが伝わってきました。

撮影を始める少し前、父に病が見つかりました。入院しても会社のことばかり考える典型的なオヤジ。確かな技術者でもあるようでした。

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ベトナム人を指導する父

■当然ながら日本も昔は新興国

話を変えますが、海外旅行をする方は、新興国を訪れるとその活気を感じることがままあると思います。金銭的豊かさでは日本の方が勝っているのに、街や人のパワーに圧倒されます。ベトナムもそのひとつの国でしょう。そして新興国の現在の光景は、1960年代の日本と重なるという声も聞きます。

この本の制作で、広島県福山市の高度経済成長期の写真を集め、当時を知る方にたくさん出会いました。その嬉しそうに話す顔を何度も見ているうちに、日本がかつて発展途上国だったことを想像できるようになりました。進歩を自分たちで築き、それを享受した団塊の世代。父が高度成長の楽しさを自慢するのも理解できるようになってきました。

ベトナムではちょうど国産車の製造を始めたばかり。自動車産業に今後どの程度力を入れていくか注目されています。主要な協力企業はほとんどドイツと聞いています。日本で学んだ彼らがどう自国で関わっていくか、ベトナムの将来も気になるところです。海外からの技術を自国に取り入れて成長したのは、日本もいつか通った道。ベトナムの若者は、父の若かった頃と重なるところもあるのではないか。そんな風に父の今と昔を同時に見られる貴重な現場だったと思い返します。

カメラを持っていたからこそ近寄れた家族。

だから写真はやめられません。

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若かりし頃の父(大阪万博で)

▼予告
次回の投稿は10月19日(土)を予定しています。テーマは「展示」です。
本づくりのこんなことを知りたいなどの質問をお受けいたします。コメント欄に書き込みをお願い致します!

写真集「MOTHER」は全国書店の他、以下のサイトでもお求めになれます。
赤々舎
アマゾン
著者ホームページ(限定版・サイン入り)

写真展「MOTHER」がキヤノンギャラリー大阪で開催されます。
2019/10/24〜30(土曜13:00にトークイベント開催、日曜は休館)
詳細はこちらです。

関連の作品「Hands to a Mass」がニコンプラザ銀座のフォト・プロムナードで開催中です。
2019/8/31~10/31(日曜は休館)
詳細はこちらです。ぜひお越しください。

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