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写真撮影で職人の世界を理解しようとしてわかったこと/MOTHERの作り方⑤

発売中の拙作写真集「MOTHER」(赤々舎刊)。製造業の技能継承から高度経済成長期と現代のギャップをみつめるドキュメントです。このnoteでは「MOTHERの作り方」と題して、この本作りに携わった方々のご紹介とメイキングストーリーを連載しています。今回は撮影させていただいた鉄鋼メーカー「JFEスチールさんの西日本製鉄所福山地区」です。

▼これまでの記事一覧
第1回:構成(赤々舎・姫野希美さん)
第2回:装丁(ユータデザインスタジオ・中島雄太さん)
第3回:製本(渋谷文泉閣さん)
第4回:印刷(ライブアートブックスさん)

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写真集の表紙にも使ったキービジュアル

■技能継承の本当の意味

本作のキービジュアルでもあるこの写真は何かとよく尋ねられるのですが、溶けた鉄を精錬するために運ぶ鍋です。器が横倒しになっていて底がこちらを向いています。空っぽでも耐火物レンガでできた内壁が数百度以上あるため光を放っています。長期の使用によって傷みがないか、技術者がフィルターを介した目視で瞬時に見極めます。耐火服を着ていても圧力を感じるほどの輻射熱に対峙し、安全な操業を支えているのです。

技能継承という言葉を聞いて、みなさんはどんなことを想像しますでしょうか。僕は「同じ作業を反復して精度を高めること」と思っていました。たしかにこの意味での技術は存在しますが、同社を訪れたことでその考えとは全く異なることに気付かされました。

実際は、数年に一度起こるかどうかの、予想外の挙動に対応できるよう万全に備えることが「技能」。これによって僕は、人が果たす役割の大きさと、その難しさが理解できました。製造業は機械制御によって常に安定しているイメージがありますが、そうとも限りません。たとえば僕が大学時代に研究していた高炉は、いまだ一部ブラックボックスなんです。粒状の鉄鉱石やコークスなどを上から交互に投入し、高炉の中程で熱風を横から吹き込み、溶融しながら鉄への還元反応が進む設備です。溶けた銑鉄をある程度炉の底にためて定期的に流し出します。(詳しくは以下のリンクご参照)

物理的にも化学的にも、高炉内部でどうなっているか全てをタイムリーに記述することは不可能です。炉底部から流れ出る銑鉄の見た目が手がかりのひとつとなり、毎回異なります。かつ即時判断も求められます。ちなみに火花の出方で鉄に溶け込んだ炭素の量がおおよそ把握できます。火花による判断はJIS規格にもなっています。安定的かつ安全に鉄を生産することは決して容易ではありません。

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高炉から出銑する光景

■鉄は生きものだ

▼写真展「MOTHER」案内文より
「鉄は生きものだ」と技術者は口をそろえる。
しかし鋼の製品は命の痕跡を微塵も見せてはくれない。それほどまで無機的で均質な姿で眼前に現れる。製鉄所では中核設備の高炉がかつて母胎に例えられた。一日に幾度と出産される子どもの振る舞いは、いつも予想通りとは限らない。モノへの畏れともとれる謙虚な姿勢によって、柔軟な匠たちが鋼に育て上げる。非常に人間臭い現場でもある。
▼写真集「MOTHER」より
鉄を生きものとみなす考え方は、神や魂がものに宿るとする日本古来のものだ。
───(中略)───
毎回毎回挙動が異なるこの生きものが、その時々に何を必要としているかを技術者たちは少しでも知りたがる。こうした謙虚さ、極端に言えば畏怖の念によって設備や鉄そのものの些細な変化に気付き、安定的な操業と高品位の生産につながっている。これこそ日本の技術力の源泉なのだと感じた。

「生きもの=予測不可能なもの」ということが、現場からもよく伝わってきました。ある日の撮影ですごく勢いよく火花が散って絵になる場面があったのですが、後日別角度から同じものを撮ろうとしても「あの日は珍しく多かっただけ」とのこと。人を撮るのと同じで、一期一会なんですね。

だから撮影していて楽しかったのかもしれません。僕個人としては、人の営みを撮ることに興味を持って写真の世界に飛び込んだので、その時その時に起こる出来事を切り取っていく心地よさがありました。

技術者は味覚以外の五感を総動員しているとうかがいました。視覚や触覚はもちろん、設備の点検の際には聴覚や嗅覚で異常を事前に察知しています。こうした感覚を着実に身につけてもらうために同社では、テクニカルエキスパートという制度で、若手にベテランがべったりくっついて教え込みます。両者ともルーチン業務から外すことで、忙しさにかまけず様々な現場や状況で技術的な対応を学べる環境が整備されているとのことです。これを見ると、世にあるOJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)は、若手への教える体制が整っていないときに使う企業側の言い訳だと僕は思うようになりました。

とは言え、若手に教えるのも一苦労のようです。例えば指先の微妙な感覚を伝える際に、クレーンのレバーを握る手に上から自分の手を添えると驚かれることも過去にあった話を耳にしました。労働時間の短縮により、自主的に現場に残って学ぶケースも減ったとのこと。当然のことながら新入社員もワークライフバランスを大切にしています。

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製鉄所で一緒に働くベテランと若者

■1万時間から縮めるために

「1万時間の法則」というのをみなさん聞いたことがありますでしょうか?何かを極めるには1万時間が必要となるという法則で、イギリス生まれのライターであるマルコム・グラッドウェル氏が提唱したものです。ただ、1万時間は平均値であり、練習の質を高めれば必ずしもその時間でなくてもいいという話もあるとのこと。いずれにしても、相当の時間をかけないと習熟できないのは間違いありません。僕も予想外のことに対応できるような撮影技術を体得するのに、がむしゃらに働いても3年以上かかりました。「石の上にも3年」も同じことを言っているのでしょう。

働き方改革のもとで、これをいかに克服するかは、企業に課せられた技能継承の問題ではないでしょうか。その一方で、最近の若者は非常に呑み込みがよくとても器用ではあるので、(分野は異なりますが写真では、若手は映像編集も余裕でこなします)それほど憂うことでもないと考えています。AIの導入がそれを手助けしてくれるかもしれません。

大前提として大切なのは、教える側と教えられる側が互いの考えを尊重して理解し合うこと。同社のテクニカルエキスパート制度は、両社のともにいる時間が増えるためそのきっかけになると僕は思いました。もちろん仕事の現場を訪れると世代間の温度差を感じることはままありましたし、コミュニケーションが簡単ではないのはわかります。実際に僕も、団塊の世代である父を理解することは難しかったのですが、本作品の制作を通じて父の仕事場も撮影したことで少しわかった気がします。そして製鉄所のある街を歩いたことでジェネレーションギャップの遠因を知るようになりました。その過程を次回お伝えします。

職人の世界を知ることで、親のことも知りました。

だから写真はやめられません。

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操業だけでなく設備点検も重要な技能

▼予告
次回の投稿は10月7日(月)を予定しています。テーマは「高度成長からの街の変化」です。
本づくりのこんなことを知りたいなどの質問をお受けいたします。コメント欄に書き込みをお願い致します!

写真集「MOTHER」は全国書店の他、以下のサイトでもお求めになれます。
赤々舎
アマゾン
著者ホームページ(限定版・サイン入り)

写真展「MOTHER」がキヤノンギャラリー大阪で開催されます。
2019/10/24〜30(土曜13:00にトークイベント開催、日曜は休館)
詳細はこちらです。

関連の作品「Hands to a Mass」がニコンプラザ銀座のフォト・プロムナードで開催中です。
2019/8/31~10/31(日曜は休館)
詳細はこちらです。ぜひお越しください。

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