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MOTHERの作り方③「だから写真はやめられない」

発売中の拙作写真集「MOTHER」(赤々舎刊)。製造業の技能継承から高度経済成長期と現代のギャップをみつめるドキュメントです。このnoteでは「MOTHERの作り方」と題して、この本作りに携わった方々のご紹介とメイキングストーリーを連載しています。第3回は特徴のひとつである写真の貼りこみについて。製本していただいたのは長野にある渋谷文泉閣さんです。

▼これまでの記事一覧
第1回:構成(赤々舎・姫野希美さん)
第2回:装丁(ユータデザインスタジオ・中島雄太さん)

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製本の工程で山積みの写真集「MOTHER」

■隔世の感を可視化

この作品のテーマである、製造業における技能継承の難しさ。現場でしばしば語られるのは、若者の意識の変化です。働き方改革による労働時間短縮など制度上の違いは大きいと思いますが、世代によってそれぞれ育った環境が異なることに着目しました。戦後復興の過程で、ものを獲得していった団塊の世代と、既にあらゆるものがそろっているミレニアル世代では、仕事(で得られるもの)に期待することが違ってくるはずです。

▼写真集「MOTHER」より引用
現代の街の様子を眺めながら、その背後にある高度成長期の町を想像するのは難しい。福山は面影がないほどに発展した。この「隔世の感」を可視化することで、世代間の理解につながる手がかりが見いだせれば。地元の方々の協力を得て、当時の写真と同じ撮影場所から見える現在の風景と重ね合わせた。
写真に落とし込まれた二次元の景色は、層として積み重なり続ければ三次元となるだろう。それは切り離されているようで、繋がっている。集団としての人間が織り成す歴史は連続的であっても、個々の人生はその一時期を紡ぐことしかできない。線で接続する時間、点で交差する他人。何かを理解して引き継ぐという行為は全くもって容易ではないが、背景を意識すれば成功の可能性は上がってくると私は思うようになった。

福山というのは、作品の舞台である製鉄所を擁する広島県の都市です。世代間のギャップが生まれる一因である、歴史の連続性と人間の不連続性をいかに写真集で表現するか。時代のレイヤー(層)の前後関係を大切にしつつ、赤々舎・姫野希美さんとデザイナーの中島雄太さんとで試行錯誤しました。

(現地の高度経済成長期に写し取られた写真を探し出す話は後日お伝えしますが)見つかった過去の風景写真を現在のそれと重ね合わせる際、製本の工程から考えると、印刷された現在の風景の上に、かつての風景写真を貼れば作業の精度はそれほど必要なかったかもしれません。しかしそれでは伝えたい「いまの風景の背後に昔の町があること」と食い違ってしまいます。

当該ページをを観音開きにして、奥に昔の写真が現れる案も出ましたが、あまり装丁を仰々しくするのも、作品のイメージからかけ離れていきます。そこで、いまの風景に昔の写真を印刷で埋め込んだものを用意し、抜けてしまった現在の写真の一部分を覆いかぶせることにしました。こうすることで、一見なんの変哲もない、いまの風景写真とすることにたどりつけたのです。

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1ページ1ページを手作業で貼りつける

■手作業による恐るべき精度

この工程は人の手でなくてはできません。製本した後に貼り付け作業をすることになるからです。それでもページの端から何ミリの位置で機械的に貼り付けることも可能ではありますが、製本の都合上1冊1冊微妙に裁断の位置が異なる可能性があるため、結局は絵柄を基準にして目測と手作業で貼り付けていくのが最善策なのです。

作業費用を抑えるために工業製品と同様、海外で生産するという方法もありましょうが、紙は相当な重さであるため物流コストがかかります。かといって印刷から海外で行うと、品質チェックのための印刷立ち会いにコストと時間がかかってしまうわけです。写真集という、美術品とも工業製品ともとれる品物ゆえの難しさかもしれません。ということで、一貫して日本でいろいろな方々とともに丁寧に作り上げることが、僕にとってよかったのです。製品からは一見わかりにくい手作業という意味で、今回の作品の内容にもからんでくる事柄だと感じています。

今回、大変手間のかかる作業をしていただくため、ごあいさつを兼ねて製本の現場に立ち会わせていただきました。こうした作業を引き受けてもらえるところはなかなかありません。お願いした渋谷文泉閣さんは大正時代に創業。分厚い本でも手を添えずに開いたままにできるクータ・バインディングという技術も開発しました。なによりも驚いたのは、現場の監督ともなる正社員全員が製本にまつわる国家資格を持っているということです。

肩書のためではありません。これにどんなメリットがあるかと言いますと、監督者が作業者と同じ目線で工程を考え、実際に同じ作業を横に立って行うことで説得力と信頼が得られます。両者が知恵を共有するには、同レベルの知識と技術が前提となるわけです。ちなみにトヨタ自動車の「カイゼン」も正社員が実際に手取り足取りで行うと、友人から聞いたことがあります。

写真集の構想段階では「1ミリはズレる覚悟をしましょう」とデザイナーの雄太さんと話していました。しかしそんな心配もどこへやら。すぐさま精度が上がっていくことに驚きました。写真の中に目安となる3点を各自で定めて、ズレを防ぎます。論理的にもなるほどとうなづけます。できあがりを見るとむしろ「精度が高すぎて貼ってあることに気付かないから、ずらした方がよかったのでは」という冗談も出てしまうほど、きれいな仕上がりとなりました。これほどまで丁寧に貼り込んでいただいたみなさんに頭が下がります。

手の込んだ端正な本づくりの現場を垣間見ました。

だから写真はやめられません。

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ひとり1ページ担当し、8ページを効率よく貼りこんでいただきました

▼予告
次回は写真集制作で大切な「印刷」。9月25日(水)に投稿を予定しています。
本づくりのこんなことを知りたいなどの質問をお受けいたします。コメント欄に書き込みをお願い致します!

写真集「MOTHER」は全国書店の他、以下のサイトでもお求めになれます。
赤々舎
アマゾン
著者ホームページ(サイン入り)

写真展「MOTHER」がキヤノンギャラリー大阪で開催されます。
2019/10/24〜30(土曜13:00にトークイベント開催、日曜は休館)
詳細はこちらです。

関連の作品「Hands to a Mass」がニコンプラザ銀座のフォト・プロムナードで開催中です。
2019/8/31~10/31(日曜は休館)
詳細はこちらです。ぜひお越しください。

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