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古写真を通して、歴史を知る旅へ出ること/MOTHERの作り方⑥

発売中の拙作写真集「MOTHER」(赤々舎刊)。製造業の技能継承から高度経済成長期と現代のギャップをみつめるドキュメントです。このnoteでは「MOTHERの作り方」と題して、この本作りに携わった方々のご紹介とメイキングストーリーを連載しています。高度成長期に撮られた町の古写真をどうやって見つけ出したかお伝えします。

▼これまでの記事一覧
第1回:構成(赤々舎・姫野希美さん)
第2回:装丁(ユータデザインスタジオ・中島雄太さん)
第3回:製本(渋谷文泉閣さん)
第4回:印刷(ライブアートブックスさん)
第5回:製鉄(JFEスチールさん)

■ファウンドフォトって何?

ファウンドフォトという言葉を聞いたことがありますでしょうか。読んで字のごとく発見された(found)写真(photo)のことで、写真家が自ら撮ったものではない古写真を作品に組み込む時によくこの言葉が使われます。蚤の市で売られていることもあるようです。ごく最近まで、ファウンドフォトに興味がありませんでした。自分が撮影した写真のみで作品を構成するのが作家と考えていたからです。

今回の作品で、団塊の世代とミレニアル世代の価値観の相違をどう表現するか試行錯誤していました。製鉄所に勤める方々のプライベートに入り込んで、その生活習慣の違いからあぶり出す手段を想定していましたが、答えが既に見えているように感じ(もちろん撮り始めたら予想外なこともありますが)、自分の中で100%納得がいきませんでした。

とは言え何もしないのもと思い、とりあえず製鉄所のある街の風景をスナップで撮影していました。カープファンで賑わう飲み屋、きれいで新しい図書館、シャッターの降りた商店街───。当然のことながら、今の街が写真に記録されていきました。昔の面影がどこかに写り込むように、そしてそれと現在のギャップが目の前で起こる瞬間まで通おうと考えました。そこで街の歴史を知ろうとAmazonで書物を探していたら、これだというタイトルの本に出合えました。

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福山の街をスナップしていました

■「福山の昭和」

しかもそれは写真集でした。樹林舎という名古屋の出版社から出された本で、昭和の時代に撮られた町の写真を集めたもの。戦争で空襲に遭い、焼け野原から立ち上がり、高度経済成長によって町の姿が大きく変わっていく様子が克明に残されていました。この本の編纂に関わった方に会えば、高度成長期の様子がもっといろいろとわかると思い、樹林舎さんの協力も得て、地元の歴史研究家の方々から話をうかがう機会を得ました。

福山市が企業誘致に何度も挑んだこと、その際に川の水の採取方法が課題になったこと、などなど。福山市の近代史を楽しく語っていただき、その方からまた別の郷土史専門家を紹介していただけることになりました。しかもタイミングよく、数時間後に落ち合うことになりました。出会ったのが大門郷土史研究会の曽我部光さんという方でした。初対面にも関わらず曽我部さんはとてもよくしてくださり、ご自宅にあげていただいて研究会で収集した古写真を大量に見せていただきました。

高度経済成長。戦後、日本経済が飛躍した1954年から石油危機の1973年まで(昭和30年~40年代)を指すこの時期は、この国の風景を大きく変えました。福山もそのひとつです。製鉄所の建設により、瀬戸内海に埋め立て地が浚渫され、町の中をダンプカーが行き交います。従業員用の団地を築くため山を崩して土地区画整理も進みました。高度成長による変化の過程で、地元の方々が熱心にたくさん撮影し、そして残されています。象徴的な町であったため、山田洋二監督の映画「家族」でも舞台となり、俳優・前田吟さん扮する主人公の親戚がこの団地に住まうシーンが描かれています。石原裕次郎さんも別の映画撮影で訪れ、当時の盛り上がりはすごかったようです。

しかも大門郷土史研究会の曽我部光さんは、古写真の撮影場所まで案内してくださいました。そこを訪れて過去のギャップに改めて驚かされました。スマートフォンでスキャンした古写真で、どこのどの部分が変わったか、道路を手掛かりに重ねあわせる作業を現地で行い、今の風景を写真に収めました。日本が発展途上国だった時代だったわけで、これを繰り返しているうちに、当時の暮らしをすることで価値観もいまと異なるのが当たり前だと気付きました。

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埋め立て前の風景(写真集未収録)=大門郷土史研究会提供

■写真を通じ歴史を知る旅へ

古写真探しは、歴史を知る作業でもあり、僕にとって二重の意味で冒険でした。福山には郷土史を研究されている方が何人もいらっしゃり、それぞれ地域が異なるため知りたい事柄、たとえば中心にある福山城、伝統ある盆踊りの「二上り踊り」などに詳しい方を人伝いに尋ねて行きました。全ての古写真のストーリーがそれぞれ魅力的なのですが、今回の作品と適合したという意味で、ひとつを例としてあげさせていただきます。

1960年代前半の福山の製鉄所建設と同時に、日本中から労働者が集まってきました。その住まいを提供するために山が切り崩され団地が立つようになったのは前述の通りです。山を持っていた地主さんが、その従業員たちと仲良くやっていくために、花見のために桜の木を植えました。

▼写真集「MOTHER」より
1962年に市が作成したパンフレット「工場誘致による福山市の将来」は、60年と70年をあらゆる数字で比較し、人口2倍、工業生産額10倍、所得6倍と算出した。雇用を生み、働けば働くほど賃金は上がった。町は潤い始め、福山城も日本鋼管の寄付が加わり再建された。

市町村合併もあり、倍増そのものが直接製鉄所の従業員というわけではありませんが、古くから住む人たちにとって何かしらの不安ともなる数であることは違いないと想像します。そこで互いを理解する場を作るよう努めた先人はコミュニケーションのコツをわかっていたのではないでしょうか。

さらに話は続きます。新たに根付いた従業員たちは、この恩に報いるべく桜を追加で植え始めます。結果として、伊勢丘という地域は福山市内で有数の桜の名所となりました。現在も従業員のOBは、地域の掃除をするなど貢献を続けています。

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伊勢丘の桜と追加の植樹=久保實さん提供

■ファウンドフォトと受容

人と人の集団が理解し合うためには、寄り添うことが大切です。ギャップを埋める行為は、片方のみがしても効果はありませんし、どちらかがし始めなければ進みません。土地を引き継ぐということですが、予想外にも今回の作品テーマ「技能継承」に結びつく話になり、心からよかったと思っています。抵抗のあった「他人の写真を自分の作品に組み込むこと」が、すっと必然として受け入れられました。

ただ、ファウンドフォトを組み込んでみてわかったことは、やはり古写真のパワーは強烈だということです。作品に取り入れるには、ファウンドフォトに負けない何かを持ち合わせていることが前提条件となると思います。そうでないと、自分の写真が過去の写真に従属的になり、サブカットに落ち着いてしまう。もちろんストーリーテリングの観点から言えば、そんなこと関係なく何が伝わるかこそが重要なのですが、写真家個人としては、そこをいかに乗り越える構成にするか、説得力を問われると考えています。

▼写真集「MOTHER」より
現代の街の様子を眺めながら、その背後にある高度成長期の町を想像するのは難しい。福山は面影がないほどに発展した。この「隔世の感」を可視化することで、世代間の理解につながる手がかりが見いだせれば。地元の方々の協力を得て、当時の写真と同じ撮影場所から見える現在の風景と重ね合わせた。
写真に落とし込まれた二次元の景色は、層として積み重なり続ければ三次元となるだろう。それは切り離されているようで、繋がっている。集団としての人間が織り成す歴史は連続的であっても、個々の人生はその一時期を紡ぐことしかできない。線で接続する時間、点で交差する他人。何かを理解して引き継ぐという行為は全くもって容易ではないが、背景を意識すれば成功の可能性は上がってくると私は思うようになった。

歴史を知る手がかりとして古写真を見つめる。

だから写真はやめられません。

▼予告
次回の投稿は10月13日(日)を予定しています。テーマは「父親」です。
本づくりのこんなことを知りたいなどの質問をお受けいたします。コメント欄に書き込みをお願い致します!

写真集「MOTHER」は全国書店の他、以下のサイトでもお求めになれます。
赤々舎
アマゾン
著者ホームページ(限定版・サイン入り)

写真展「MOTHER」がキヤノンギャラリー大阪で開催されます。
2019/10/24〜30(土曜13:00にトークイベント開催、日曜は休館)
詳細はこちらです。

関連の作品「Hands to a Mass」がニコンプラザ銀座のフォト・プロムナードで開催中です。
2019/8/31~10/31(日曜は休館)
詳細はこちらです。ぜひお越しください。

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