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エッセイを書きたかったけど、書けずに、行き着いた場所。

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フィクションです。
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#小説

減らないクッキーは遺伝する。

減らないクッキーは遺伝する。

ウチの冷蔵庫には減らないクッキーがある。
白い丸皿の上に、いつもひとかけらのクッキーが残るのだ。

いざ食べようと思ったら、すぐになくなり、足らなくなって、そこに一枚か二枚クッキーを追加する。そして、食べる。でも、食べ切る前にお腹が膨れてしまう。だから、ひとかけらを残してラップをかけて冷蔵庫に戻す。

予備のクッキーが少なくなってきたら、スーパーで材料を買ってきて、新たなクッキー作りを開始させる。

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苦手な人。

苦手な人。

すごく苦手な男性がいる。その人は、いつも自分が上位に立っているかのような挙動をとる。マウントを取る、というやつだ。そして、求めてもいないのに、勝手にアドバイスをぶつけてくるし、なにより言葉の一つ一つが乱暴で受け取るたびに、ズンと重いパンチをもらったような衝撃が走る。それが本当にイヤで、できれば一緒にいたくないし、離れたい気持ちはあるのだが、仕事上、そうもいかない時がある。

飲み会の時だった。中華

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時計が喋った!

時計が喋った!

ウチの部屋にある壁掛け時計は、たまに喋る。一時間ごとに「ケロケロ」とカエルみたいな声をあげるのだ。時計の中心には、小さなカエルの絵が刻まれており、喋る時には目を光らせる。

いつからこの時計がウチの部屋にあるのかは覚えていない。自分の部屋を与えられたのは小学校高学年の頃だったけど、たしか、その頃からカエルは部屋にいた。それから一人暮らしを始めても、カエル時計は一緒にいる。ずっと一緒だ。

カエルは

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役者と飲む酒。

役者と飲む酒。

「それは劇団やめるイコール、役者をやめるってことなの?」

 そう聞いた男の目に、光は宿っていなかった。唇の片側だけがクイッとあがり、悪代官のような笑みを浮かべている。聞かれた女は、首を何度がかしげたあとに、ようやくコクリと頷いた。

「よく意味が分からないんだけど、それって劇団に依存してるだけじゃない? リョーコが本当にやりたいことって、役者じゃなかったってこと?」

 男は容赦なく問い詰める。

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小さなシット。

小さなシット。

「自分の気持ちを、うまく言葉にできないんだよね」

 ウチと同じことを思っている人がいた。
 その人は、ヘラヘラと口を開けて笑っていた。

「でも、今、言葉にできているのは、自分の気持ちじゃないの?」

化粧をしないことをポリシーとしている友人が、柔らかな口調で痛いところを突く。ウチはヒュッと心臓が持ち上がるような気分になったが、じっと二人の会話に耳をかたむけた。

「そうなんだけど、言葉にできて

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旅に求めるもの。

旅に求めるもの。

「6号車の、14の……」

新幹線に乗り込みながら呟いた。もう切符はポケットの中にあるため、何度も呟いて自分の席を頭に刻み込む。誰かと電話している時と同じくらいの声の大きさだった。

席を見つけると、隣には髪の毛がブロンズの女性が座っていた。目の色が青く、眉毛が低い位置にある。半袖の下から伸びる腕には、金色に染まった産毛が生え揃っていた。

彼女はウチをみると、足元にあった大きなリュックを自分が座

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