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減らないクッキーは遺伝する。


ウチの冷蔵庫には減らないクッキーがある。
白い丸皿の上に、いつもひとかけらのクッキーが残るのだ。


いざ食べようと思ったら、すぐになくなり、足らなくなって、そこに一枚か二枚クッキーを追加する。そして、食べる。でも、食べ切る前にお腹が膨れてしまう。だから、ひとかけらを残してラップをかけて冷蔵庫に戻す。


予備のクッキーが少なくなってきたら、スーパーで材料を買ってきて、新たなクッキー作りを開始させる。だから、減らない。この繰り返しだ。


「アンタはどうして、飲み物を少しだけ残すかなあ!」


ある朝、母の怒号が聞こえてきた。ウチが学校にいく直前のことだった。振り返ると、母がペットボトルをこれみよがしに見せつけている。少し残ったアクエリアスが、キラキラと揺れていた。


「帰ってきたら飲むから!」


反射的に怒りをぶつけてしまったが、内心「やっちまった」と思っている。減らないクッキー同様、減らない飲み物シリーズだ。


「あんた、牛乳もだからね! いくつ買い足せばいいか分からなくなるんだから、ちゃんと飲み切りなさい」


「わかってるよ! なんで、こんな忙しいタイミングで言うかな!」


「アンタが、ギリギリまで寝てるからでしょ!」


牛乳もか・・・。たしかに、牛乳は手に持つまで、どれだけ残っているのかが分からない。飲もうと思ったときに、牛乳パックが軽かった時の絶望ったらない。しかも、ストックがなかった時には殺意すら覚える。


「あと、お菓子の袋も! いっつも途中までしか食べないんだったら、もう食べなくていいでしょ!」


「それは、お母さんだって、ビール片手に食べてるんだからいいでしょ!」


「別にアタシは食べたくて食べてるんじゃないんだから!」


「嘘だ!」


ウチの周りにあるものは減らない。
いや、厳密には減っているが、キリのいいところで自分の欲望を抑えきれず、いっつも中途半端になってしまう。

食べ切ったと思ったら、なにか物足りない気がするし、満足したと思ったら、いつも少しだけ残っている。もちろん、悪意があるわけではない。素直に生きていたらそうなった、としか言いようがない。でも、母からしたら、それが気に食わないのだろう。


「じゃあ、もう何にも買わないから、自分で稼いで自分で全部買いなさい!」


「大人の都合を子どもに押し付けるとか、ほんとズルいよ!」


「アンタねえ!」


逃げるようにして家を出た。親に子どもは反発したくなる生き物らしい。正論を突きつけられても、親に言われるからこそ納得できないことがある。これが先生や友達が相手だったら、こうはならない。


自分でも分かっているが、でも、親にだけだったら、反発したっていいでしょう!



「もう知らない! 大っ嫌い! 行ってきます!」


叫ぶように家を飛び出す我が子を眺めながら、ウチは感慨深いものを感じていた。自分が親にしてきたことを、今度は自分がされている。そして、どれだけ嫌いと叫んでいても、きちんと「行ってきます」と言えてしまう子どもの純粋さに、思わず頬が緩んでしまった。


通学路へ飛び出す我が子の背中。すっかりランドセルが背中に馴染んでいる。大きくなったなぁ、と思わず呟いてしまった。


我が子の背中に、もう怒りの色は残っていなかった。すぐに近所の友達と楽しそうに手を繋いでいる。


ウチは我が子に手を振った。見えてなくてもいい。伝わらなくてもいい。でも、きっとウチの親がそうしてくれていたように、ウチもあの子に目一杯手を振った。


「行ってらっしゃい」


すると我が子は、ヒョイとこちらを振り返り、小さな腕を大きく振り返してくれた。ウチはぴょんぴょん跳ねるように、さらに手を大きく振った。


お母さん、ウチは今日も幸せです。


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