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旅に求めるもの。


「6号車の、14の……」

新幹線に乗り込みながら呟いた。もう切符はポケットの中にあるため、何度も呟いて自分の席を頭に刻み込む。誰かと電話している時と同じくらいの声の大きさだった。


席を見つけると、隣には髪の毛がブロンズの女性が座っていた。目の色が青く、眉毛が低い位置にある。半袖の下から伸びる腕には、金色に染まった産毛が生え揃っていた。


彼女はウチをみると、足元にあった大きなリュックを自分が座る範囲からはみ出さないようにと、ぎゅっと足で踏み潰した。


「一人かな……」


そう思ったけど、話しかけることはせずに、ウチは通路側の席に座る。彼女は窓テーブルに肘をつき、アゴを手で支えながらガラスの向こう側をぼんやり眺めていた。ウチは彼女のことをじっと見つめていた。


列車が動き出す。ビルの間を通り抜け、住宅街の上を通過する。とっくに東京を抜けたというのに、街はいつまでも続いているようだった。


神奈川を通過し、山梨に入ると背の高いビルは窓の中からなくなった。代わりに、田んぼや畑が増えた気がする。遠くに山や森が見えてきた。


「こんなとこにも家があるんだ……」


隣に座った彼女が呟いた。本当は日本語ではない言葉だったけど、ウチにはそんな風に言ってる気がしてならなかった。


山の中にはパラパラと民家が見えた。田畑が続くといっても、それらを管理している家がある。窓の中には、どこかに必ず人の気配があった。


彼女の出身地は分からない。だが、もし広大な土地を持つアメリカからの訪問者だとしたら、人の気配すらない場所を電車が通過するのが普通なのかもしれない。


「どんな人たちが住んでるんだろう……」


彼女はモゴモゴと口を動かした。もしかしたら、耳につけたイヤホンを使って、どこかの誰かと会話をしているのかもしれない。時々、目にシワを寄せたり、頷いたりしている。


「そういえば、ずっと東京が続いている気がするんだけど、この国って、街の切れ目がないのかな。家がなくならないんだけど」


脳内で自動翻訳が進んでいく。
機械顔負けの速度と精度を誇る。


「せっかく日本に来たんだから、日本っぽいものに触れたいよね。富士山みたいな大自然とか、日本庭園に日本家屋。お寺に神社にお城に芸者。古い街並みを歩いて、この国の歴史を感じてみたいな……」


「でも、都心に住むウチみたいな人は、もっともっと普通の生活をしてるよ?」


「……え?」


「富士山だって登ったことないし、庭のある家になんて住んだことない。お婆ちゃんの家に庭があっても、雑多というか、庭園ほど美しいものではないかな。お寺と神社の違いも詳しく知らないし、住んでる街の歴史なんてまったく分からない。芸者なんて、会ったことないよ。食事もファストフードばっかりだし。日本食ってなんか味気ないんだよね。それにお金も高いし。あんまり食べない。日本家屋なんて言葉は死語だし、ウチの周りでは、みんな『いい生活』に憧れてるから、都心のマンションに住んで、便利に囲まれた生活をしてるよ。あなたの思う日本っぽさとは、かけ離れた生活をしてるんだ……」


隣に座る彼女は、ウチの視線が気になったのか、こちらをみて「なんですか?」という表情を浮かべながら小首をかしげた。


ハッとして「なんでもないです!」とブンブン顔を振りながら笑顔を振りまくウチ。彼女は再び景色を眺めた。ちょうど、そこには富士山が現れた。彼女は急いでスマホを取り出し、バシャバシャと写真を撮る。嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「旅に求めるのは、文化だよなあ……」


京都に向かう新幹線の中で、ウチはそんなことを思っていた。


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