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カナダ滞在記#7 日本という現実を変えるために現実に帰る

アーツウェルズは全5日間ほどで、前の記事でも書いたが、昼間から夜にかけてライブがあり、夜遅くになればみんなキャンプサイトにある自分のテントに帰って床に就く。

1日、また1日と楽しい時間はあっという間に過ぎていき、すぐに最終日がやってきた。

最終日の夜遅く、各ステージで最後のライブが行われている中、体育館の地下の小さなステージでは出演者や見物人を問わず誰でも参加できるオープンマイクがあり、一人ずつ交代で自分の曲を披露していた。

「ああ、これで本当に終わってしまうんだ……」
という寂しい気持ちを抱きながら、オープンマイクの演奏を聴いていた。僕以外の人もどこか名残惜しそうに演奏を聴き、演奏者も別れを惜しむかのような幾ばくかの切なさを感じさせる音色を地下の部屋に響かせた。

終わって欲しくない、でも確かに終わりに向かっている……そんな雰囲気がステージ全体を包んでいた。

ある時、とある演奏者が曲の前に話し始めた。
「私たちはこれが終われば、それぞれの現実(reality)に帰っていくけれど……」
とその演奏者が言った時、観客の中の一人の男性が叫ぶように言った。
「違うよ。現実に帰っていくんじゃない。これが俺の現実だ!」
"No, we are not going back to the reality.  This is my reality!"

僕の未熟な英語でもはっきり聞こえた、"This is my reality!"という力強いフレーズは、深く胸に響いた。そしてそれは僕だけでなく、そこにいた全ての人の心に届いた。

「そうだ、そうだ」
とその人に賛同する声が部屋から次々と上がってくる。
「現実に戻るんじゃなくて、この理想的な世界を現実にするんだ」と。

このアーツウェルズの理想的な人々ばかりの世界は、確かに現実離れしていた。出会う人たち、みんながみんな素晴らしい人という世界はおよそ現実だとは思えなかった。だからこそ、「現実に戻る」という言葉がその演奏者の人の口から出たのだろうと思う。

しかし、素晴らしい世界があり、素晴らしい世界を実現している場所があると知って満足して終われば、その理想的な世界は現実に持ち込まれずに終わってしまう。

だからこそ、「これが現実だ!」と言った人がいたのだ。
「この理想を現実に広げていくぞ」という確固たる意志が言葉になって現れ出たのだ。

僕は、どうだろうか。
日本の人や社会が嫌で日本を飛び出し、カナダやアーツウェルズで理想的な人と社会を見た僕は一体何をすべきだろうか。

「自分に合うカナダで暮らす」という選択肢と
「自分に合わない日本を変える」という選択肢があった。

僕はカナダに来て以来、僕と同じように日本に嫌気がさして日本から出た元日本人の人ともたくさん出会っていた。彼らもまたカナダや海外の良さに惹かれ、日本の良さも悪さもよく知っていた。

「日本は合わない」と彼らは言い、そういう多くの人たちは日本には帰らずそのまま海外で暮らしていた。

それはつまり、海外の良さや悪さを知り、日本の良さも悪さも知っている人たちは、日本に帰ってこないことが多いということなのだ。そうなれば、いつまでも日本は変わらない。変わらないからこそ、現代的な生き辛さが蔓延した今の状況がある。

僕はどうしようか限りなく迷った。はっきり言って、日本のことは嫌いだった。嫌だったから素直に出て行ったわけで、僕の気持ちは明白だった。

しかし、そんなに嫌なら、なぜ迷うのか。迷わずカナダで暮らせばいいのに、戻るという選択肢があるのはなぜなのか。

僕が日本を飛び出したのは日本が嫌だったからでもあるが、結局のところ、その嫌な日本に対して自分があまりに無力だったから絶望していたのだ。何もできない、社会という大きなものに対して抵抗する術がない自分自身が嫌でたまらなかった。

カナダで暮らすことは、安寧を意味する。
日本に戻ることは、困難と苦痛を意味する。
しかしやりがいがあるのは、どう考えても日本に帰ることの方だった。

カナダで見た理想を、アーツウェルズで触れた理想を、日本という現実に持ち帰ることが、僕のすべきことだと思った。

日本に帰った後、何をするべきなのか、何ができるのか、当時の僕にはわからなかったが、今こうして一人用のブックカフェをしていることが僕なりの答えなのかも知れない。

自分の半生を振り返ってみて、色々とわかることがある。