闘病期の絶望から私を救ったワークアウト「ZUMBA」
ZUMBAとは
ジムや公民館などのスタジオレッスンでこの文字を目にしたことがある人も、全く知らない人もいると思う。(私はほぼ後者スタート)
基本的に講師はレッスン中、振付に関する言葉を発さない。
極端に言ってしまえば言語の通じない海外講師と生徒同士でもレッスンが成り立ってしまう。そのうえ動きを見て真似るだけなので、覚えるという作業は基本的にない。
流行りの曲や協会オリジナルのイカした音楽にノって、下手だろうと上手かろうとお祭り騒ぎのように踊り狂おう。といったプログラムだ。
楽しいのはもちろん、レッスンの中には有酸素や筋トレの要素も構成に入れることが必須となっているため、脂肪燃焼効果、心肺機能向上、筋力増強などの効果もばっちり認められる。
また、ZUMBAは公式のウェアを販売しており、それが中々素敵なのでファッションを楽しみながらワークアウトを行う愛好家も多い。海外志向が強く、年齢や体系など関係なく皆好きな物を着用しているのも私は好きだ。楽しむ気持ちが一番だから。私も店まで出向いてウェアを買うなどそこそこ沼にハマってしまっている。笑
桂花とZUMBAの出会い
2022年の12月ごろ、私は長期間の休職中に体力温存および体系維持のためにジムに通い続けていた。基本的にはマシンでの筋トレと、HIIT(High Intensity Interval Training 高強度インターバルトレーニング)系のレッスンが主。
ただし、休職する程度には精神疾患も重く体調変化も顕著に現れる状態ではあるので行ける日と行けない日はまちまちだった。(今もそうだが)
そもそも何より、憂鬱だった。
楽しんでできる日もあったけれど、「休職して仕事をしていないのだからせめて自己研鑽くらいは」そんな思いが常にあった。精神疾患で薬を服用している方なら共感いただけると思うが、「ストレスや薬による体重増加を打ち消さなければ」という強迫観念にも追われていた。
そんな中、ジムの常連のマダムと会話をしていたら
「桂花ちゃん、次のレッスン出ようよ!」
と、知らんレッスンに連れ込まれた。
(割とよくある流れ。ヨガもフラもこうだった)
それが、ZUMBAだった。
レッスンが終わった後の私は、笑顔でいっぱいだった。
「こんなに楽しく鍛えられていいの???????」
私に初めてZUMBAの楽しさを教えてくれた、IZUMI先生
上記URLは私の恩師であるIZUMI先生のインスタアカウントのリール動画。
ZUMBAがどのようなものかはここで語るよりもこのアカウントを見ていただいた方が早い。
先生は日本で2店舗しかないsalon de ZUMBAのスタッフさんでもあり、講師としても基本に忠実で初心者から上級者まで幅広く楽しめる素晴らしいレッスンをして下さる方で、現在も精力的な活動を行われている。
こんな素敵な先生に初めてのレッスンを担当していただけたのは、ただの奇跡としか言いようがない。
今でも初めてのレッスンの日の事が忘れられない。
慣れない私にマスク(コロナ渦のため)でも伝わる笑顔でアイコンタクトを取って下さり、できないところがあれば近づいて足や腕などを強調して分かりやすく伝えて下さった。普通にZUMBAをしてもきっと楽しかったと思うが、生徒へのコミュニケーションをより一層大切にしているIZUMI先生が初めてのレッスンを担当してくださったおかげで今の私があると言っても過言ではない。
もちろん最初からバチバチに動けるわけもなく、老若男女問わず華麗に踊る皆様に紛れて変な踊りをして終わったのだが、学生の時のカラオケみたいにこんなに踊り狂って楽しく過ごしたのは何年ぶりだったろうか。幸福度が高すぎてびっくりしたのだった。
ワークアウト、こんな楽しくてええんか???
結局その日以降、曜日ごとに変わる先生の元で毎日ZUMBA三昧になる。
(相変わらず私にはブレーキが搭載されていなかったなと振り返って思う)
ZUMBA漬けの毎日
これは軽躁が入っていた時期でもあるのでなんとも言えないところだが、とりあえず12月は元気だった。1月は転職、2月は病相が爆発して躁と鬱の混合状態に陥り1か月で会社をクビになった。同時に自分の結婚式が到来したりと人生の最底辺と最高潮を行き来していて正直記憶が無いのだが、
おそらく行ける範囲でZUMBAだけはやっていた記憶がある。
(他は寝たきりだった。)
それだけ行くハードルが超えやすいほどの楽しさがあったのだった。
そして、すべてを失った私にはZUMBAしかなかった。
※私は調整できていますが、ZUMBAは楽しい反面テンションが上がる行為でもあるので双極性障害をお持ちの方が参加される場合は躁状態のトリガーを引かないよう気を付けてください。
幸い私の通っていたジムでは当時ほぼ毎日ZUMBAのクラスがどこかしらにあったので、無職になってから5月までは殆どZUMBAしかやっていなかったと思う。
(せめて最低限の体力維持ができるようにと、8000円という高額な月会費を無収入になった私に変わって出してくれていた夫には本当に感謝しかない。ありがとうございます。)
色々書こうと思っていたが、本当に「ZUMBAしかやっていなかった」としか書けないくらいZUMBAしかやっていなかったことに今気付いた。ごめんなさい。
なぜコンディション不調の中でも継続できたのか
まず、吐き気とか頭痛とか腹痛とかそういった体調ガチャ外れの時はさすがに無理だったが、「心理的なハードルが高すぎる時」の不調にはZUMBAの楽しさがそれを凌駕してくれた。
というのも、大きなポイントとして
「何も覚えなくていい」
これ、今読んでる健常者の方には少しだけ共感してもらえるくらいかもしれないが、精神疾患で脳機能の低下に悩んでる方はめちゃくちゃ食いついてると思う。(食いついていてほしいな)
大人になってからはK-POPにハマっていたので踊ることは好きになってた。だからZUMBAをやる前にもいくつかダンス系レッスンは出てみてた。
はいそこでぶち当たる問題。
精神疾患の二次災害「記憶力の低下」
本当にね、これは日々の生活の中ですらその辺のものをぶん殴りたくなるくらい厄介で。そんな状態で普通のダンスレッスン出ようものなら「来週はここの続きからやるからね~!復習しといてね~!」なんて流れになる。
無理無理無理。動悸してきたわ。二度と出ない。
嫌なのよ、完璧主義が出てくるからちゃんと覚えなきゃって強迫観念に襲われて自分で自分を追い込んでいく。
そんな事があってからの「覚えなくていいZUMBA」だったわけで。
確かに先生の動きを瞬時に真似する注意力は必要にはなるけど、「キューイング」と言って次の振付の直前にアテンドをしてくれる。最初はそれを読み取るのに慣れる必要もあるけど、そもそもZUMBAはぶっつけ本番で踊るのが前提だから間違えることに対する恐怖や罪悪感が全くなかった。
だってコンセプトがもう上手い下手とか四の五の言わず、ノったもん勝ちなんだもん。
あとは、毎日顔を合わせるZUMBAを愛する会員の方々の存在も大きかったかな。正直30歳手前でド平日の日中にジム入り浸ってる人って、普段何やってんのってなるから正直に言ってた。闘病中だって。
人の名前が覚えられないこともレッスン中に時々眩暈とか起こしてぶっ倒れそうになることも全部先生や周囲の仲間に事前に説明して、あるあるなんで無駄に心配しないでもらって大丈夫ですってちゃんとカミングアウトしておいたのは大きかったかも。皆様優しくて、本当に助かった。ありがとうございます。
何よりそんな方々と楽しく踊るのがかけがえのない愛おしい時間だった。
そんなこんなで闘病中もなんとか続けて半年が経って行った。
始めて半年、ZUMBA講師資格取ってもうた
どんだけハマっとんねん。
元々一応ね、幼少期から中2まではダンス習ってた。でも、習い事やらされてる感があったし上手くなったカッコいい自分になりたいとかもなかった。幼くてアホだったから今みたいに先生から体のここの動き方盗もう、とかそんな発想もなかったし。なので全く上手くなかったしやってないに等しかった。(両親ごめん)
小さい頃なんていじめられる前だったし自己肯定感の塊だったから、承認欲求なんて自覚する余地もなかった。だから自分の内なる力や美や技術に対して探求するほど向き合うこともしてこなかった。
だけど、病気になって全てを失った中ZUMBAに出会った。
もっと楽しく上手に踊りたい。
その手前にあったのは「精神疾患を抱えた私でもできる」
いつの間にかZUMBAに対する思いは自分へ向けたものだけではなくなっていった。同じような脳機能の低下で苦しんでワークアウトができない人にもZUMBAなら大丈夫だよ!って広めたいという思いができたのだった。
と、いうわけで。
ちょうど29歳を迎えた直後の5/8に、講師資格を取りに行ってしまった。笑
無職にとって資格取得費用は安いものではなかったので、毎年誕生日をお祝いしあっている親友に今年のプレゼントは資格取得の応援が良いとリクエストした。大事な人の想いも背負って行った方が気合いが入るからね。
Jeff先生との出会い
Jeffは日本のみならず世界でも活躍しているZUMBA講師。
講師資格取得にあたり、事前学習と丸1日のリアル対面講習を受けた。半年間のZUMBA漬けでそれなりにダンスが上手になっていたと思ったけど、まだまだだと痛感した日でもあった。だけど、Jeffは基礎的な部分に加えて人より小柄である私がどのようにステップを踏んだらいいかなど細やかな部分までしっかりと教えてくださった。
また、座学でZUMBAのコンセプトやレッスン構成についても学んだ。世界的なカルチャーを取り入れ人口を拡大しつつあるZUMBA。HIPHOPやアイドルダンスしかやったことが無かった自分の世界が広がった。
ラテン系ダンス、難しい!でも陽気で楽しい!
この講習に来ていたほかの人も様々な想いをもって講師資格を取りに来ていた。
もちろん、講師資格取得のための講習なので技術の習得は勿論だったが、Jeffは講習後に私の病気のバックボーンとZUMBAの関係について真摯に聞いて下さり、今後のアドバイスなどもしてくれた。
今でもインスタグラムのアカウントでJeffを見るたびにレッスンで一緒に過ごした時間を思い出して元気が出る。
正直なところ、講師資格を持っているからと言ってすぐにレッスンができるわけではない。45分~60分間を乗り越えられるほどの記憶力を発揮するには、この障害は重過ぎるからだ。1年くらい決まった曲を踊り続ければ1レッスンくらいはできるだろうか?笑
まだまだ色んな課題はあるけれど、今まで出会った先生たちのようなレッスンをして、いつか精神疾患による脳機能低下に悩んでいる人に希望を与えられたらいいな。そのための一歩を踏み出すことができてよかった。
Jeff先生、私の新たな第一歩を共にして下さりありがとうございました。
それからのZUMBAと私の生活
講師としての目線、生徒としての目線
正直に言えば、講師としての目線を覚えてしまった私は少しZUMBAに対する楽しさが濁ってしまっていた時期もあった。楽しむよりも先に、先生の生徒への意図を汲み取ってしまったりするようになったから。良く言えば講師としては勉強、悪く言えば生徒としては邪念。
ただ、その時期はそんなに長くなかった。
講師資格を取得できた報告をサポートしてくれた親友2人に報告したところ、一人が私のお誕生日企画の一環として「私も一緒にZUMBAやってみたい!」と言い出したのだ。
その発想は無かったわ。
親友のお望みとあらば、手配しようじゃないの。
結論から言うと、その親友たちとのZUMBAクラスによって生徒とか講師とか考えるのやめてまず楽しもう、という初心に帰れたのだった。
TAKAKO先生にお願いした特別レッスン
(TAKAKO先生のインスタアカウントのリール動画)
https://www.instagram.com/reel/Cv1itwjJnW_nyNwcS3AIwH44FmpIo8Wr-EG3ts0/?igshid=MTc4MmM1YmI2Ng==
普段私の通っていたジムで週1回ZUMBAを担当してくださっていたTAKAKO先生。大学でも舞踊を専攻されており、オリジナリティ溢れる楽しいレッスンをしてくださる先生だった。私はTAKAKO先生のレッスンも大好きだった。
先述した親友の提案について相談したところ、快く3名特別パーソナルレッスンを組んで下さった。
実はこの時、この親友3人組での私のお誕生日祝いZUMBAレッスンという事で、TAKAKO先生が「ハッピーバースデー」の言葉の入った曲を特別に振付して用意してくださっていた。とても嬉しいサプライズだった。
こうしたエンターテインメント性も生徒を惹きつけるTAKAKO先生の魅力なのだ。大切な友達と大好きな先生と踊る1時間はあっという間だった。
ZUMBA講師としての新たな私が生まれた日
そして、先生と実はレッスン前に企てていたことがあった。
「1曲ほどしかできないけれど、講師デビューがしたい。そして初めてのレッスンの相手は、誰より私を応援してくれた大切な親友2人がいい。」
そんな願いを最後の曲で先生は叶えてくださった。
ルイス・フォンシの「Dolce」、忘れられない1曲となった。
note上では動画が流せないことと、そもそも今振り返っても初デビューは恐ろしいほどにグダグダだったのでどのみち載せられるものではない。笑
人は鏡が見えなくなった瞬間に自分の元々の動きのクセがあっという間に復活するものなのだと愕然とした。(自分の本来の動きはキモいので鏡を見ながら無意識に補正していたらしい)
というわけで格好がいい写真だけ載せておく。
左右も分からないし、そもそも緊張するし、パニックで振りは吹っ飛ぶしで序盤は先生に並走してもらっていた。この写真はもうあと10秒くらいで曲終わりますぐらいの所。最後の所で先生がすっと生徒側に回り、ひよっこの私を離陸させて下さった。
人に誇れるデビュー戦ではなかったけど、やってよかった。
自分の動きを確認するために動画を撮ろうとしても、振付が覚えられなかった。一人で撮っているだけなのに、脳機能が低下した自分と対峙することが怖くて心拍数が上がり踊れなかった。
何度も先生にやっぱり止めます。と言おうと思った。だけど、親友と先生が与えてくれたこのチャンスを活かさなければ二度とZUMBAで人前に立つことはできないような気がしてた。
自分のコンプレックスとの戦い。完璧なレッスンをしてもいないので、勝ったとは到底言えたもんじゃないけど、挑まないよかよっぽどマシだった。
今まで順調で挫折など知らなかった自分が、病気のせいで全てを失ってから絶望の中で初めて芽生えた新たな希望の光。
小さな小さな世界のちょっとした話。
それでも私にとっては明日を生きるための希望だった。
曲が終わった後に残ったのは、私のここ近年の壮絶なバックボーンを知ってくれている先生と友人に囲まれ辛かった思いが包み込まれていくような優しい空間。安堵の涙が止まらなかった。
私の沢山の要望を丁寧に汲み取って、一生忘れられない素敵な60分間にしてくださったTAKAKO先生に多大なる感謝を申し上げます。
そして、私を応援してくれた友人にも感謝します。
おわりに
ここまでお読みいただきありがとうございました。
これは私の備忘録に近いものでもあり、ZUMBAに触れたことが無い方には少しイメージが付きにくい記事だったかと思いますが、もし興味が湧いた方は私にコンタクトを取ってくださるとうれしいです。
私は45分間分の記憶力対策はまだ見つかっていないのでレッスンをすることはできませんが、ZUMBAは全国各地、またオンラインでのレッスンもあります。詳しくご説明・ご案内ができます。
これからの活動
レッスンができないというスーパーハイパー超ド級の弱点はあるものの、ショート動画程度の踊りをTiktokやinstaglamなどに上げていく予定は立てている。まずはそういった方法でZUMBAを闘病界隈に広めていきたい。
最近は各種SNSでの活動やnoteでの執筆と併せてZUMBAをやってみて、少し記憶力や集中力が向上したように感じる。厳密に言うと、一度受けてしまったダメージは治ることはないと言われているので「自分が限界だと思っていたレベルが低かった」と捉える方が正しい。
諦めずに今後もZUMBAと自分の可能性に向き合っていこうと思う。
関わってくださった先生方に、深く御礼申し上げます。
皆もぜひZUMBAやってみてくださーい!!!!
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