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介護の言葉⑮「ポジティブの呪い」

 いつも読んでくださっている方は、ありがとうございます。
 おかげで、こうして書き続けることが出来ています。


 初めて、読んでくださっている方は、見つけていただき、ありがとうございます。

「介護の言葉」

 この「介護の言葉」シリーズでは、介護の現場で使われたり、また、家族介護者や介護を考える上で必要で重要な「言葉」について、改めて考えていきたいと思います。

 今回は、個人的に大事ではないか、と思った言葉ですが、もしかしたら、広く知られているようなことではないかもしれません。ただ、これから、重要になっていく内容でもある可能性もあります。よろしかったら、読んでいただければ、ありがたく思います。


(私自身の経歴につきましては、このマガジン↓を読んでいただければ、概要は伝わると思います)。

「ポジティブ」という呪い

 「介護の言葉」シリーズの第15回目は「ポジティブの呪い」に、ついてです。

 たぶん、介護の現場でも、介護の関係者でも、ほとんど使われていないでしょうし、この言葉だけだと、何を言っているのか分からない、という反応が一般的でしょうし、それも無理はないと思います。

 ただ、介護を始めて以来、私自身が時折り、感じていた、「ポジティブ」もしくは「前向き」であることへの柔らかい強制、という表現も使えば、少し分かりやすくなるかと感じました。そういう言葉にしにくい気配を、今回、改めて考えようと思っています。

「前向き」への「柔らかい強制」

 私が介護を始めたのは1999年でしたが、その頃の方が、「前向きへの強制の気配」は、かなり強かった印象があります。

 例えば、その後、舞台にまでなりましたが、その頃、ある市長が、配偶者の方に介護が必要になった時に、市長をやめて介護に専念したことが「美談」として伝えられたことがありました。同時に、男性介護者の「モデルケース」かのように語られ(ご本人は、そのことに関して困惑されていたようですが)、「ああいう人もいるから」と、仕事をやめて介護に専念していた「男性介護者」である私に伝えられる場合もありました。

 それを伝えてくださった方は、善意でした。そして、その市長の選択は「前向き」で「ポジティブ」な行為だと思われていたのでしょうが、伝えられる私は、ただ曖昧な御礼を言って、無力感にとらわれていました。

「市長まで務めた人は、成果を出した人生だから、その後介護に専念しても、後悔が少ないのではないか」。そんな、ひがみも入ったことを思っていたのは、まだ何もしていないとしか思えない、30代で介護生活を始めていたせいかもしれません。

 ただ、とても「前向き」にはなれませんでした。

介護の「美談」

 さらには、この当時は、介護に関する話題「美談」が多かったように思います。

 かなり大変な介護でありながら、とても「前向き」に取り組み、場合によっては「やりがい」を持って取り組み続ける、というような話が、数多く紹介されていたような印象があります。

 もちろん、とても大変なのに、前向きに介護をされる方に関しては、敬意は感じていました。すごいことだと、素直に頭が下がる思いもありました。

 ただ、そうした「すごい介護」を基準にされると、なんだか微妙に辛くはありました。

 そうした部分は、先ほどの元・市長の方も、著書で、私をモデルのように語られるのは違うと思います、といったようなことを書かれていたように思いますから、そうした「すごい介護者」の当事者の方にとっても、「前向きの強制」に関しては、すでに、とまどいもあったように感じています。

 その頃、感じていたもやもやは、今になってみれば「ポジティブの呪い」に囲まれそうになっていたせいかもしれません。

「美談」が求められる理由

 このnoteをいつも読んでくださっている方であれば、私がどのような介護をしていたか?に関しては、だいたいのことをご存知だとは思うのですが、興味を持って聞いてもらえるとしても、時々、「介護の体験談」は、怖がられているような気配を感じることがありました。

 少し考えたら、当たり前で、心臓の発作を起こしたり、仕事もやめたり、それでも介護を続けるというのは、自分では、人がそうならないように、といったような気持ちで話をしていたのですが、その体験自体は、「介護はそんなに大変なんだ」という印象に、つながりがちな部分はあると思います。

(伝えたいことは、例えば、病院の選び方自体で、その後は随分と変わってくるといったことです)。


 でも、普通に考えれば、自分が病気にもならず、仕事も辞めず、それでいて介護を受ける家族も、介護をする人も、納得がいく介護生活をする方がいいに決まっています。

 その上で、ポジティブな気持ちで毎日を過ごせれば、素晴らしいと思います。実際に、そうした介護者の方もいらっしゃるかと思いますし、それは、素直にすごいことなのは間違いありません。

 これから介護をするかもしれない方にとっては、それが可能であれば、そうした「ポジティブな話」の方を聞きたいのも自然なことですし、さらに言えば、平穏な生活をしている場合は、大変な状況を考えたくないのも当然の事なので、それで介護に関する「美談」が必要とされてきたのかもしれません。

 そして、それは、繰り返しになりますが、人間としては、ごく自然なことだと思います。

「旅のことば  認知症とともによりよく生きるためのヒント」

 介護に関する本は、なるべく読むようにしていますが、その中で、以前、目立つ本がありました。

 それは、介護の専門家、というよりも、コミュニケーションの研究者が編集に関わっているだけあり、手に取りやすく、読みやすく、認知症に関する本の中で、こうした著書であれば、今は介護に無縁の方でも、興味がある方にとてもいい本だと、現在でも思います。

 この著書にも家族介護者の協力はあり、その上で、全体的に、とてもポジティブでした。それは、悪いことではなく、むしろ「いいこと」だと思います。

 それでも、読んでいて微妙に重い気持ちになりました。それは、そのことが介護者にとっての「前向きの強制」になってしまわないだろうか、といった恐れがあったからです。

 それは、伝えるのは難しいとは思いますが、できたら、著者本人にも、そのことを伝えたいと思いました。それは、社会に広く届ける能力がとても高い人に見えたからでした。

 たまたま、その時期にトークショーがありました。もう一人の登壇者・斎藤環氏のオープンダイアローグの話も聞けるのですから、私にとっては、かなり有益なイベントでした。

 トークショーは充実していて、質問をする人がかなり多かったのですが、それでも、幸いなことに、「旅のことば」の編者である井庭崇氏に質問ができました。質問というよりは、半分は、お願いのような内容でした。

ネガティブが許されること

この本自体は、素晴らしいと思います。

 介護という行為に対して、なるべく前向きに取り組めるように、それも、困った出来事に対して、基本的には2ページで、分かりやすく書いてあるので、大変な時ほど、とても有効だと思います。

 その上で、家族介護者の一人として、ポジティブの呪いという言葉が浮かびました。

 やはり、介護をしていて、ネガティブな感情に支配されるようなこともあるのは、自然なことだと思います。なので、この「旅のことば」の、介護者むけのコーナーの1項目だけでいいので「ネガティブな気持ちも、自分に許す」といった「ことば」があれば、と思ったのですが、そうした部分を検討されたりしたのでしょうか?』

 その質問に対する答えはとても誠実でした。確かに、そういう面も考え、迷いました。だけど、今回は、取り入れませんでした。そんな話を、丁寧に答えてもらいました。

 介護におけるネガティブな要素の一部は、こうした部分↑です。

 自分が編集者であっても、この部分は、考えた上で削ったと思います。それは、殺そうと思ったりする感情を生じさせるようなことまで踏み込む、ということですから、その扱いはとても難しくなってしまうからです。

 考えたあげく、このことは、別の本で扱おうと思ってしまうかもしれません。

 だけど、もし、その頃から「介護中のネガティブな感情は自然なこと。だから、自分を許すことも大事」という「ことば」が常識になることが始まっていれば、と思うことはあります。


(それでも、この「旅のことば」は、今でも、介護に備える、という意味でも、とても優れた本だと思います)。

「ポジティブの呪い」を解くために

 もしかしたら、こうして「ポジティブの呪い」みたいなことを気にしているのは、私も含めて、とても少数なのかもしれません。

 ただ、今の新自由主義が優勢な社会状況を背景として、「弱いところを見せられない」とか、いわゆる「弱者(この言い方もどうかと思いますが)に厳しい」環境が進んでしまっている印象もあります。だから、「ネガティブであること」は、より避けられてしまうことになっているようにも思います。

 それでも、介護をしていくには、とても大変な要素は避けられず、いわゆる「非日常的な時間」でもあるので、いつもポジティブであるのは、ほぼ不可能であるように思います。


 そうであれば、やはり、以前も紹介したことがありますが、ポジティブもネガティブも、なるべく正直に書かれているような介護者の本が、もっと多くの人に読まれたり、その内容が広く伝えられるようなことになれば、「ポジティブの呪い」は少しでも解けるのかもしれません。


 今回は、いつにも増して、何か曖昧で、はっきりしない部分が多くなってしまったように思います。すみません。ただ、「ポジティブの呪い」という言葉は一般的ではありませんが、「前向きであることへの緩やかな強制」は、介護だけでなく、様々な場面で、今も存在しているようなので、未熟でも文章にしようと思いました。

 読んでくださった方が、ここから、さらに考えを深めてくださると、とてもうれしく思います。

 勝手なお願いですが、できましたら、よろしくお願いいたします。



(他にも、介護のことを、いろいろと書いています↓。よろしかったら、読んでいただけると、うれしいです)。




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