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「介護について、思ったこと」㉒『コロナ禍以降の「通い介護」の変化』

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 初めて、読んでくださっている方は、見つけていただき、ありがとうございます。
 臨床心理士/公認心理師越智誠(おちまこと)と申します。


介護について、思ったこと


 このnoteは、家族介護者に向けて、もしくは介護の専門家に対して、少しでも役に立つようにと考えて、始めました。

 もし、よろしければ、他の記事にも目を通していただければ、ありがたいのですが、基本的には、現在、話題になっていることよりも、もう少し一般的な内容を伝えたいと思って、書いてきました。

 ただ、その時々で、改めて気になることがあると、もしかしたら差し出がましいことかもしれませんが、それについて考えたことを、お伝えしようと思いました。

 よろしかったら、読んでいただければ、幸いです。

 今回は、介護に関して、「コロナ禍以降」に変化したことについて、考えてみたいと思いました。

通い介護

 この「通い介護」という言葉を、これだけ多用している専門家は、おそらくは私以外にあまりいないと思っています。

 それ自体が、自分自身の、介護への理解を広める努力や工夫がまだ全く足りていない証明のようになっていて、なんだか恥ずかしさと申し訳なさと無力感を覚えるのですが、この「通い介護」を理解することは、家族介護者への支援に関しては、一つの大事なポイントだと今も考えています。

 この「通い介護」を、あらためて定義すれば、『在宅介護から施設入所もしくは入院し、介護の形が変わった後も、家族介護者が、在宅介護時と同様の緊張感や責任感を持って、頻繁(多くは週に1度以上)に要介護者の元へ通い続ける行為』と規定できると思います。

 ですので、施設入所後も、身体的な負担が減ったにも関わらず、特に精神的な負担感があまり減らないため、在宅時よりも介護者が体調を崩すことさえあったようです。今でもあると思います。

(それは、もちろん、在宅時の「絶対に病気になれない」という緊張感が解けて、それで疲れ自体を初めて自覚した、というような背景はあるとも考えられますが)

 このことは、別に私が発見したわけでもなく、前出の「通い介護」の記事の中にも詳細は出ていますが、以前から一部の研究者や専門家の間では、「常識」のようになっていたようです。

 そして、もちろん高齢者の施設や病院などのスタッフも、昔から、ご存じだったはずです。

 いろいろな事情があるのは察せられるのだけど、施設や病院に要介護者を預けたあと、ほぼ全く家族が訪れないか。もしくは、頻繁にやってくる家族に分かれること。その中間的な存在はあまりいないこと。

 このあたりは、この20年間に自分で介護に関わったり、ここ10年ほどは支援者としても関わらせてもらっている実感に過ぎないところもあるのですが、私自身も、このことには同意できます。

 そして、私が「通い介護」と定義しているのは、この後者------頻繁に要介護者を訪れる人たちの行為のことです。

「通い介護」の気持ち

 それでも、「施設に入所したら、それで介護が終わり」なのではないか。

 家族介護者の周囲の人が、そんなことを思うのももっともですし、もちろん、介護者によっては、そこで一区切りがつく人もいるでしょう。さらには、もう要介護者に会いたくない、といった思いをされている方もいらっしゃるのではないでしょうか。そうした方々は、確かに、「通い介護」とは縁がないように思います。

 私自身は、母の症状が悪くなり、意志の疎通もできなくなり、入院してもらい、それでも病院に通い続けていたら、ある日突然、会話が普通にできるようなことがありました。それも、1回や2回ではありません。

 この自分の行為が、母の症状に対して、意味があったのか、というと、それほどあったとも思えません。それでも、この行為をやめてしまい、病院に行かなくなったら、症状が悪くなり、今後、一切、意志の疎通ができなくなるのではないか。

 自宅にも、介護が必要な、妻の母親がいて、妻と二人で介護をしていましたが、それでも、母の病院に通い続けたのは、そうした恐怖心が大きかったように思います。

 自宅にいると、母親の症状が悪くなっているのではないか、そんな不安が大きくなって、恐怖もあって、病院に行く。そして、母に会うと、それほど悪くなくて、ホッとする。もちろん、命に関わるような変化があったときには病院からも連絡が来るのはわかっていましたが、会話ができなくなるような変わり方に関しては、そこまで気を配ってもらうような要望は、病院の方々は忙しそうですし、とてもできませんでした。

 だから、病院にきて、あ、大丈夫だ、と思って、何時間か病院にいて、母親の相手をしていました。今の話と、昔の話題。どちらもするようにして、そのことが少しでも刺激になって、これ以上悪くなることは避けられるのではないか。

 そんなことを思っていました。

 そうした「病院に通う」ことをやめて、本当に意志が通じなくなったら、おそらくは、今でもある後悔の気持ちがさらに大きくなるのは間違いありません。そうした不安や恐怖が、自宅にいるとふくらんで、病院に行って、母に会うと、小さくなる。

 その繰り返しが止まらず、週に3回も4回も、片道2時間かけて、病院に通いました。日常的な恐怖心のようなものが小さくなり、その生活に慣れてきたと思えたのが2年経った頃でした。

 そのうちに、同じように病院に通っている家族の方と知り合うようになり、どうやら似たような思いで、病院に来ていることも知るようになりました。

 その後、自分でも家族介護者の心理的支援をしようとして、臨床心理学を学び、大学院に進み、その修士論文の際に、改めて、家族介護者の方々11名にインタビューをし、その分析をして、やはり「通い介護」といっていい状態はあるのだと確認もできました。

忘れてしまうこと

 さらに、これは個人的な経験で、本当にあったことだと証明も難しいのですが、それでも、自分の内面の出来事として、はっきりと覚えていることもあります。

 約8年の介護のあと、母が亡くなってから、自分の頭上の左斜め上のあたりに、細くて髪の毛ぐらいの黒い糸がからまったような塊がなくなっていたことに気がつきました。それは、自分の不安や恐怖のようなものがイメージとして形になっていたのでしょうけれど、なくなって初めて、そこにあったと気がつくようなことでした。

 さらに、もう少し経って、これもまったく自分のイメージの中のことに過ぎないのですが、時間、それも母の介護を始めてからの「8年間」が何か固いような、柔らかいような、長い棒状のようなものになったように見えました。「介護を始める前の部分」と、「母の介護が終わった今の部分」がくっついて、そのことによって、介護をしていた「8年間」の時間の部分が垂れ下がって、切り落とされそうになっていました。

 完全にイメージの世界で、だけど、こうしたことによって、介護の「8年間」の記憶自体を、忘れさせようとしている気持ちの動きだと思いました。
 この「8年間」は、母に死んでほしいと思うようなことが何度もあったし、自分も死にたいと思ったり、ひどい行為をされた医療関係者にはっきりと殺意を抱くような怒りもあり、自分にとっては、かなり辛い年月でもありました。

 その時も、まだ義母の在宅介護は続いていて、もちろん介護の大変さも継続していたのですが、自分の親の介護は、独特の辛さがあって、それは、明確に持ち続ける記憶としては、日常になるべく戻ろうとするのであれば、忘れてしまった方が、心の負担を考えたら、正解ではないかと思いました。

 でも、私は、その記憶をなるべく持ち続けたいと思いました。忘れてはいけないと感じていました。

 ただ、そうした気持ちの作業に従った場合は、「通い介護」の時の気持ちを忘れてしまったもおかしくありません。介護中には、外へ向けて気持ちを語る余裕もないでしょうし、さらには、こうした負担感を減らすような、気持ちの動きがあるから、介護を終えてから、その時の気持ちを持ち続けるのも難しいのだとも思いました。

 その介護の「8年間」を切り落とそうとする動きを止めようと意識し、再び、時間の棒をまっすぐにする作業をイメージの中で行いました。
 そのせいか、その後も、「通い介護」の気持ちに関しても、比較的、理解できるような気もしましたが、それでも、時間が経つと、その「通い介護」の時の恐怖心や、不安については、やっぱり遠くなっていくように思います。

 そんなことを改めて思い出したのは、コロナ禍によって「通い介護」に明らかに変化があって、そのことで、これまでにないような状況になっているのではないか、ということを、テレビ番組を見て、改めて考えさせられたからでした。

コロナ禍の「通い介護」

コロナ禍、施設や病院では感染拡大を防ぐため、面会を制限、家族同士の直接の触れあいが絶たれたまま時間を重ねることとなった。大きな影響を受けたのが認知症の家族だ。これまで、周囲の人々は、認知症の進行を少しずつ受け入れながら時を重ね、それぞれの家族の形を築いてきた。その時間が失われたとき、家族は何を思い、どのように最後の時を刻もうとするのか。大阪で暮らす認知症の妻とそのもとに通い続ける夫の3年間の記録。

(「NHK」より)

 この番組では、コロナ禍によって、面会ができなかったり、面会が制限されたことが、どのような影響が出ているかについても、さまざまな方の証言によって、少しでも明確にしようとしているようでした。

 例えば、コロナ禍の「3年間」に面会できなかった介護者(娘)は、認知症の母親に対して、こうしたことを話していました。

 元気だった母から、3年が抜けて、今(認知症が進んでしまった状況)になってしまって、受け止めづらいです。せっかく話をするなら、母と娘として話がしたい。欲張ってしまうというか。

 これまでにはなかったような変化があり、今までとは違う葛藤や不安などが増えているようにも思いました。

 コロナ禍以前では、毎日のように面会に来ていた夫が、面会の制限によって、認知症の妻の衰えを受け止めきれないようなこともありました。

 他にも、こうした面会ができないことが、どのような影響があるのかについて、施設の声や、専門家の見方などが紹介されていました。

 コロナ禍以前では考えにくかった、さらに複雑な「通い介護」の葛藤が増えているように思いました。

「通い介護」の変化

 私が、「通い介護」をしていた頃は、不安と恐怖に引きずられるように、病院や施設に通っていました。そして、その年月の中で、介護者としての自責の念や後悔などと折り合いをつけて、いつの間にかその生活に慣れて、家族の症状の衰えのようなものにも、失礼な言葉かもしれないのですが、慣れていったような気がします。

 そうやって「在宅介護」から「通い介護」に慣れるのに必要な時間は、在宅介護が大変な場合ほど時間がかかりそうなのですが、大体、2年くらいだと考えています。

 現在、介護者相談を行う際にも、在宅介護から施設入所しても、そこで介護が終わりではなく、「通い介護」をされている方には、継続した相談が必要ではないかと思います。

 特に施設入所などで、周囲からは、介護が終わったと見られると、当事者も、同様な思いになりがちです。ただ、気持ちとしては、まだずっと介護が続いているのに、それに対して、きちんと認めるような気持ちの作業をしないと、余計に、負担感が増す可能性があり、場合によっては心身の不調につながることもありえます。

 ですので、人によっては違いがある、「通い介護」の時の気持ちに対して、誰かが理解しようとして支援しようとし続けることによって、この変化の期間に、心身の調子を崩さないで乗り切れる可能性も高くなると考えていますので、支援の方々にも、そのように捉えてくださればという思いはずっとあります。

 そして、その「通い介護」に対して理解していただき、支援してもらったおかげで、介護者の負担感が必要以上に増えることがなかったとしても、2020年からは、どうしようもない変化がありました。

 コロナ禍です。

 その期間中は、会いたくても会えない。面会が制限されて、その間に、もし、要介護者の症状、例えば、認知症の症状が悪化した場合、悔しさや後悔や自責の念などが、実際に行動できない分だけ、より大きくなり、余計に介護者の気持ちの負担感になっている可能性があります。

 それは、周囲から見れば、在宅での介護も終わって、施設入所にうつり、面会もしていない、という介護から切り離された状況ではあるのですが、介護者の内面では、これまで「通い介護」をできていた頃とは違うかたちでの、葛藤や戸惑いや自責の念や後悔が湧き起こっているかもしれません。

 そのことは、思った以上に複雑で重い負担感を、介護者に与えている可能性もあります。

 私自身も、これまでの「通い介護」への支援と同様に、話を聞いて、気持ちを理解しようとする方法は変わらないとは思うのですが、それでも、コロナ禍以降の「通い介護」をしている介護者の方々の気持ちは、これまでとは違う辛さや、大変さがあるのを想像しつつ、支援に関しては、さらに考えなくてはいけないことが増えたように感じています。

 NHKの番組を視聴しても、そこにさまざまな家族の気持ちがあったように思います。そして、それは、これからも考慮すべき、これまでにはなかったことだということは、改めて感じました。

 まだ、整理されていませんし、本当にコロナ禍以降の「通い介護」の心理が変化したのか、というような実証も難しい段階です。

 ただ、明らかに、これまでとは違う種類の、介護者への気持ちの負担は、増えてしまったと思われますので、それを前提とした支援が必要になったのは間違いないと考えています。

 今回は、以上です。

 まだ、分からない点が、多いことだと思います。不明点、ご質問、ご意見などございましたら、コメント欄などで、お伝えいただければ、とてもありがたく思います。




(他にも、いろいろと介護について、書いています↓。よろしかったら、読んでもらえたら、うれしいです)。



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