介護の言葉㉗傾聴
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私は、臨床心理士・公認心理師の越智誠(おちまこと)と申します。
「介護の言葉」
この「介護の言葉」シリーズでは、介護の現場で使われたり、また、家族介護者や介護を考える上で必要で重要な「言葉」について、改めて考えていきたいと思います。
時には、介護について直接関係ないと思われるような言葉でも、これから介護のことを考える場合に、必要であれば、その言葉について考えていきたいとも思っています。
今回は、介護に直接、関係ないかもしれませんが、介護者支援だけではなく、支援に関わる方でしたら、無縁ではない「言葉」になったと感じていますので、改めて考えたいと思っています。
話を聞くこと
社会の中でも、以前よりも「聞くこと」もしくは「聴くこと」の重要性は、少し広く認識されてきたように思います。
私も、仕事として「何をやっているのですか?」と聞かれたとしたら、「聞くこと、それに、聴くことをしています」と答えると思います。
ここで、「聞く」と「聴く」と両方を書いたのは、やっぱり違いがあると思っているからです。
このことに関しては、他にもいろいろな、もっと専門性が高かったり、能力が高い方々が、その違いを書いてきたり、中には、その違いについて、とても大事にされている方もいらっしゃるので、まだ10年ほどの経験しかない私のような心理士(師)が、何かを言うのは、なんだか申し訳ないですし、恥ずかしい気もするのですが、個人的には、改めて、やっぱり違いがあると思うようになってきています。
「聞く」のは、主に、その言葉の意味や内容について、聞こうとしています。
「聴く」のは、声の響きや、その雰囲気も含めて、その人の気持ちを聴こうとしています。
どちらにしても、それが完全にできている、というのではなくて、そのことを意識し続けると、それについての能力が少しでも上がるのではないか、といったことも含めての「違い」です。
基本的に、人間が生きていこうとすれば、他の人から少しでも情報を得た方が、生き抜く確率が高まりそうなのに、でも、どちらかといえば、人は話そうとするような気がします。それは、ごく自然なことで、だから、聞くことのほうが難しいと言われるのですが、そんなふうに改めて考えると、やっぱり、不思議だと思います。
ほとんどの場合、「話をする」のは自然にできるのに、「聞くこと」しかも、きちんと聞くことは難しい。それは、どうしてなのだろう?と思っています。
聞いてもらうこと
でも、それでも「聞いてもらう」は、とても大事なのも、自然に実感できます。
(ただ、この「聞いてもらう」という表現にも時々、立ち止まることがあります。どうしてかというと、この逆の言葉である「聞いてあげる」という姿勢は、聞く時にはダメだと思っているからです。それは、シンプルに言えば、偉そうな態度に思えませんか?そんなことも、仕事をするほど気になるようになってくるようです。同様に「話を引き出す」も使えなくなりました。とても乱暴に思うからです)。
「聞いてもらう」というのは、その話をしている内容を理解してもらう、といったことだけではなく、自分のことを肯定してもらう、に近いことだからだと思います。
だからこそ、ただ表面的に「聞いて」もらっているだけだと、なんだか不満で、本当に「聴いてもらう」ことは、生きていくのに必要で、時に心地よいことなのだと思います。
そして、たとえば介護で追い詰められて辛い時ほど、話を「聞いてもらう」ことは、切実に必要なことになるのも間違いありません。
だから、「聞いてもらうこと」にも焦点を当てた書籍が注目されるのも当然かもしれません。
『聞く技術 聞いてもらう技術』 東畑開人
小手先編、という表現がありますが、これは日常的に、それほどハードルを上げずにできること、ということのようです。そして、この小手先編も、ここに挙げた項目だけではなく、この書籍には、13まであるので、どれか一つは試してみようという気持ちになりやすいかもしれません。
基本的には、自分が困っている時に、それを一人だけで悩まないように、孤立しないように、孤独感に追い込まれる前に、こうした習慣を身につけるのは、大事なのではないかと思いました。
そして、個人的には、特に、こうした部分が印象に残りました。
傾聴
「傾聴」という言葉は、よく聞くようになりました。
この単語に「聴」が使われているので、話をきちんと聞く時に「聴く」という漢字が使われることが多くなったのかもしれません。
ただ、「傾聴」する、と言葉にするのは簡単ですが、人の話を聴くのは、ただ聞き流すだけなら、それほど大変ではないにも関わらず、きちんと聴くとなれば、とたんに難しくなるのは、それは、イメージとしては、「我慢するように、黙って、耳を傾ける」になって、まるで修行のような時間になってしまうからかもしれません。
少し、昔の話です。
臨床心理士になるためには、指定大学院に通い、修了しないと、その資格試験を受けることができません。ですので、中年になってから大学院に通って、講義を受けていたのですが、若い頃に通ったのが、法学部だったので、やはり、あれこれと慣れるまでに時間がかかりました。
そして、「傾聴」のことですが、私だけではなく、同じように講義を受講している若い学生も含めて、ある程度、時間が経った時のほうが、改めての戸惑いが出てきているような時がありました。それは、その技能の上達が分かりにくいせいもあったかもしれません。
そんな頃、臨床心理学の講義をしている教授に、こうしたことを言われました。
「…傾聴というと、黙って、こちらが何か話したくても我慢して、じっと聴く。
そんなイメージがあるかもしれない。
だけど、傾聴っていうのは、目の前のクライエントのことを、その本人よりも理解しよう。そう思って、聴くということでもある、と思う…」。
その話を聞いて、私にとっては、少し気持ちが楽になりました。
強引に割り込むように「理解しよう」というのではなく、相手の話を聞きながら、その相手の体験や気持ちを、あたかもその本人のように想像し、その中に入れてもらうようにして、そのことで、本人すら気が付かなかったことまで、見落とさないようにする。
そうしたことをしようとして、話を聞いているのであれば、おそらくは、どれだけの長い時間でも大丈夫な気がしたからです。
それは、受け身のように見えながら、心の動きは能動的であるように、「傾聴」のイメージが変わりました。
もちろん、あとになって、これが、臨床心理学の世界の誰もが知っている常識ではなく、その教授独自の表現らしいと知ったのですが、あれから10年以上が経っても、私にとっての「傾聴」は、「相手のことを、相手よりも理解しようとして、聴く」のが基本になっています。
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