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犯罪と精神医学(4): 小説「金田一耕助シリーズ: 八つ墓村」のモデル"津山三十人殺し"の精神医学的考察(後編)

【(前編) の概要】

前編では日本史上空前の大量殺人事件「津山事件(別名: 津山三十人殺し)」の概略と、犯人である都井睦雄の生涯、そして大事件に至った要因(動機)について解説しました。
都井睦雄が悪鬼となった要因を3つ挙げましたが、果たして都井の当時の精神状態に精神医学的診断をつけることは可能なのでしょうか…?

↓八つ墓村の「多治見要蔵」のフィギュアだそうです…。モデルはもちろん「津山事件」の都井睦雄です(こわい…)。


【鹿冶の考察】

本記事前編筑波昭氏の「津山三十人殺し 日本犯罪史上空前の惨劇」を参考に、都井睦雄の生涯と大量殺人の要因を紹介いたしました。

同著書は詳細な事件ルポであり、病跡学的アプローチを可能にする貴重な歴史的資料と思えます。

そこでこの筑波昭氏の事件ルポ等を元に、不肖鹿冶梟介(かやほうすけ)が都井睦雄を精神医学的に診断したいと思います


<生育歴と敏感関係妄想>

都井は幼児期に両親を結核で亡くし祖母と姉の三人で暮らしていました。

そして父性のない家庭で祖母から「家長」として甘やかされて育ちます

例えば、家庭内では常に「上座」に座らされ、姉みな子がふざけて上座に座ると祖母は姉が泣き出すほど厳しく叱責したそうです。
家庭外においても祖母は都井のズル休みを黙認し自宅で一緒に遊んだり(担任が訝しがり家庭訪問するほどの欠席日数)、友達との喧嘩で軽い怪我をすると相手の家に怒鳴り込んだりします...。

おそらくこのような過保護が都井の中で弱力性(内向性・心配性・過敏症・心気症・受動的)と歪んだ自己愛を生み出したのではないでしょうか。

ドイツの精神医学者E.クレッチマー(1888-1964年)が「敏感関係妄想」という概念を提唱しますが、この妄想の下地となる性格を「敏感性格」と呼びます。

敏感性格とは無力性の優しさと、傷つきやすさを主体に、これに強力性の勝ち気が混入したもので、感情をそとに発散できず保留し、これを複雑に加工して二次的な思考内容を作りやすい性格です。

まさにこの敏感性格が、都井睦雄の性格的特徴であったと考えられます。

ちなみにこの都井睦雄の"敏感関係妄想説"については、中村希明氏が「犯罪の心理学 なぜ、こんな事件がおこるのか」の中で紹介していますので是非、ご参考にしてください。


<犯行時の精神状態>

人を殺める...、しかも大量に殺害する人間の精神状態が正常のはずがありません。

都井が村人虐殺を行った際、彼は結核により病弱であったにもかかわらず、日本刀一振り、合口(短刀)2本、9連発の猟銃と銃弾100個を携帯し、当時舗装されていなかった田舎道を2時間近く駆け回ります

人は興奮状態に陥ると体内でアドレナリンが放出され、普段では発揮できないような力を発揮します。

恐らく都井は異常な興奮状態下で「火事場の馬鹿力」のようなパワーを発揮し、本事件を起こしていたと推測されます。

このように当時の都井の精神状態は"正常"とは言えませんが、統合失調症をはじめとする精神病であったかどうかは疑わしいと小生は感じます。

その理由は、1.精神発達上大きな折れ目がないこと2.事件を入念に計画したこと3.事件の動機が了解可能であること、の3点が挙げられます。

1.都井の精神発達: 統合失調症の患者の多くは思春期頃から人格変化をきたし、一種の”折れ目”が生じます。
都井の生い立ちを見ても分かるように、"内向的であるが我儘"という点は 幼少期も青年期も変わりません。
むしろ子供がそのまま大人になったような感すらあります。

2.事件の計画性: 都井は事件の前年より入念に大量殺人計画を練ります。
畜牛購入という名目で六百円(現在の240-300万円)を銀行で借入し、猟銃、銃弾、日本刀、匕首などを別々のルートで手に入れます。
驚くべきことに猟銃に至っては自ら改造し9連発できるようにしております。
加えて銃撃を正確に実行するために、事件前に山で射撃の練習をしております(安倍晋三元首相を襲撃した山上徹也被告も同じようなことをしていましたね...)。
一般的に、精神病患者の犯罪は場当たり的で無計画なことが多く、このような入念な計画を立てることは難しいと考えます。

3.動機の了解可能性: 都井の犯行動機は彼の3通の遺書から読み取れます。
彼は遺書の中では、明確に「結核により命が助からない絶望」「村人、特に情交を断った婦人達への恨み」が書かれております。
書かれている文章も支離滅裂ではなく、多少の論理の飛躍はあるものの、犯行当時の都井の心情を了解することは可能です。
つまり、精神病患者に認められる思考障害を都井が呈していたとは考えにくいのです。
そして都井自身も遺書の中でこのように書いております。

僕がこの書き物(遺書)を残すのは自分が精神異常者ではなくて前持って覚悟の死であることを世の人に見てもらいためである


<類似の事件: ワグナー事件>

津山三十人殺しを論ずる際、しばし引用される事件があります。

それは1913年にドイツのミュールハウゼン村で起こった「ワグナー事件」です。

この事件は、まじめな教員(教頭)であったエルンスト・アウグスト・ワーグナーが、自分の家族(妻と4人の子供)を殺害した後、ミュールハウゼン村で放火と銃撃により9名を殺害、12名を負傷させた大量殺人事件なのです。

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