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本屋大賞ノミネート作・小川哲「君が手にするはずだった黄金について」の読書会をした!

あらすじ

認められたくて、必死だったあいつを、お前は笑えるの? 青山の占い師、80億円を動かすトレーダー、ロレックス・デイトナを巻く漫画家……。著者自身を彷彿とさせる「僕」が、怪しげな人物たちと遭遇する連作短篇集。彼らはどこまで嘘をついているのか? いま注目を集める直木賞作家が、成功と承認を渇望する人々の虚実を描く話題作!

小川哲『君が手にするはずだった黄金について』特設サイト
https://www.shinchosha.co.jp/special/ogon/

「そ、そういう帯文だったんだ……」
「なんかわたしの読み方ぜんぜんちがった……」
「すごい帯文だなあこれ、へえ〜」

というわけで、はじめは『青山の占い師ごっこ』から失礼します

青山の占い師ごっこ

「よし。では、私は28歳の」
「なんですか?」
「OLをしています」
「あ、はい」
「ベイマックスが好きです」
「本当じゃん」
「はい。将来、どんな風に生きていけばいいのかわかりません。よろしくお願いします」
「28歳のOLって、将来に対して悩んでるんですか?」
「……仕事で! 仕事で悩みがあります」
「ふんふんふんふん、なるほど。仕事のことで悩んでいらっしゃる。ベイマックスが好きなんですね。なんか情報が偏ってるな。28歳のOLってなにしてるんだろう? お互いに28歳のOLに対して解像度がない……」
あー、じゃあ、変えます
変えます!?
わたしは24歳の新卒2年目、編集者です。とても困っています
「具体性がない」
「どうしたらいいでしょう?」
「わたしが占い師役?」
「もちろん」
「はあ……。えー、お困りなんですね。最近、どういうことでお困りなんですか?」
「なんか」
「うん」
「困ってて……」
「生活に対する漠然とした不安がある?」
「仕事なんです」
「仕事なんだ」
「どうしたらいいかわかんないんです」
「なるほど。あなたからは不安定なオーラが見えます
「あはははは!」
「あなたは最近、仕事で周りに頼れる人がいないと感じているのではないですか?」
「……本当にそうです!」
「だめだ、ラグがある」
「だって〜」
「えー、あなたは本来はのびのびとこの職場でやっていける力があるのに、周りの環境のせいで阻害されてしまっている」
「そう思います!」
「なるほど。環境を変えるために、そうですね。あなたはなにか緑と縁があるようですね。なにか心当たりはありますか?
「あー」
「あんまりなさそう。……あなたは、まだそれに気づける段階ではないように思います」
「あ、わたしの下の名前は植物です」
「それかもしれません。ご自身のことで、なにか障害になっていることがあるかもしれませんね。最近、生活に大きな変化はありましたか? 例えば、ここ最近で大きな家具を買うとか引っ越すとか」
「ダメだ、もう相談者としてのリアルを担保できなくなりました」
「はい。ちなみに、これはなんで言ったかっていうと、新卒2年目っていう情報があったからなんですね。2年目ってものが増えてくる時期なのではないか? そんなことない?」
「たしかにそうかも」
「……っていうね、こういうのをぼく、普段から無意識にやっちゃうと人間関係がぜんぶ破綻するからやらないようにしてる」
「えー、ぼくそれやろうかな」
「なんで人間関係を破綻させようとしてるの?」
いやまあ、人間関係って破綻すればするほどいいから……

みなさんどう読みました?

「はいというわけでね、インチキ占い師とインチキ投資家と高い腕時計の偽物を一年間つけてた漫画家が出てくる小説でしたけど。なんか本当にこの主人公の地の文と会話がすごいスノッブくさいと思っちゃった。知識階層ぶっていて感じが悪い! ことさらに知識をひけらかす様な態度に見えてしまう。わざわざ作者とタイトルを一緒に絶対に言っているのがその辺を感じて」
「なるほど〜」
「実際に知性で遊んでいるときはむかつかないんです。そうではなく、ハイソさを出してくる人はなんか嫌だと思っちゃうじゃないですか?」
「あー、なんか冒頭の小説や哲学書がいっぱい出てくる場面で、中島らもの『頭の中がカユいんだ』の本棚の描写思い出したんですよね。あれはすごく好きで、嫌味がないじゃないですか。中島らもの羅列のほうがあからさまなのに、その差ってなんなんですかね」

中島らも『頭の中がカユいんだ』

読書家に趣味がいいと思われそうな本ばっかり書いてるから?
「ひえー」
「趣味がいいと思われそうな本を読んでいること自体はまあいいとして、それをひけらかしている感じが」
「あの、まえに先生が『町田康も中島らもも好きだけど、プロフィールの最初に「町田康と中島らもが好き」って書いてるひとはイヤだ』って言ってて、わかる〜と思ったんですよね」
「そう! 近代ではアイデンティティというものが非常に求められているじゃないですか。でも、人間はそんなに強いアイデンティティを持っていないので、他者から拝借しているわけですよ。他者を推しているということを自分の属性にしている
「脱線するんですが」
「はい」
「わたしは『名刺代わりの小説10選』みたいのが正直好きじゃない」
「わかる〜」
「なぜ他者の作品に自己アイデンティティを仮託して名刺にするんだ……!」
「ね、名刺には自分の作品を刷るべき」
「うわ〜」
「なに、なんですか」
「でもまあ読者はありがたいから」
「あなた、とってつけたように……」

読書会の様子

冒頭の語りの意図

「とくに冒頭の語りについて言うなら、自分はこれを読んでて、『作家の哲学』に言及しているところに共感して読んで。そこ一回通るよね、みたいなところが書かれていて好きだったといいますか。で、それってある意味、作家でない人たちにとってはおそらく『いままで持ったことがない視点』なのかなとも思って」
「ああ、そうなるんだ」
「つまり純粋な読者みたいな人たちですよね。そういう人たちにとっては、『この語り手というのが明らかに読者とちがう価値観の人間ですよ』という提示として冒頭は機能しているんじゃないかと思ったんですよね。語り手が知識階層の人間であるというような冒頭の提示が、作家というものの下地の要素としてあるのかなと。それは、冒頭を読んでいたときというよりは読み進めていくうちに感じましたね。作家論を積みあげていくじゃないですか。そのとき、欠落の話をしたいが故に、はじめに持っている側のように思わせる描写をしているのかと思った。カギカッコつきの『本物』の作家っぽさがこの人にはすごくあるじゃないですか? 『本物』の作家っぽい人、っていうのをを積み上げて、反転させるような書き方?
「あー、それだったらわかる」
「……っていう感じで、そこに作用しているとするのが一番きれいな気がするが、が、なんかそこまで計算されてる感じもしないから、これはちょっとこじつけかも」
「でも納得はできる」

物語の着眼点と発展のさせかた

着眼点がいいですよね。3月11日の前日っていうのもいいし。占い師も、偽物の時計の話とかもよかった。なんか、ギリギリ我々の会話で出てくるんだよな」
「わたしたちも持ってるアイデアの内側にあるのを綺麗な形で具現化してる感じがする」
「そっちなんだ」
「そっち」
「会話の手段とか内容は似てるけど、扱ってるものはちがうと思った。なんとなく」
「なんで?」
「えっと。それこそさっき最初に占い師の真似をしてたじゃないですか? でも、我々が最初、そこでなにを話すかって言ったら、占い師の真似をして、それが占い師と客とかの人間関係にどう作用しているかみたいな方向に話が進むと思うんですよ。でも、この小説だと社会のほうに話が進んでいくじゃないですか」
「ああ、はい」
「だし、それこそ時計の話が顕著だと思うんですけど、八万の寿司とかテレビに出ている占い師とか、社会的地位の話がだいぶ出ている。社会側の言語がめちゃくちゃ入ってて、『立場がちがうところにいる我々みたいなことを言う人』という感じがする」
「それはたしかにそう」
「ん〜、わたしは、これについて書いてくださいってテーマを与えられたときに、例えば『占い師について書いてください』って言われたときに、我々から出てくるアウトプットと近いものであるみたいな感じ? だと思った」
「そうなのかな?」
「ちがいます?」
「占い師ってこういう手段だよねみたいな話は絶対する。でも、占い師にも事情があるんだろうとこの人は思うみたいなことは考えないじゃないですか。我々は占い師の事情には興味なくて、占い師に騙される人にも興味なくて、占い師の技術に興味があるから。技術がどう、なぜ成り立つのかに興味があって、そこで起きることに興味がある。でも、この人にとって占い師の技術っていうのは、占い師の詐欺を暴くために自分が使うもの。というスタートは同じなんだけど、実際になにか共感できるとか信用できるところもあるし、自分とはなにがちがうんだろうみたいな方向に行くのは、明らかに興味のジャンルがちがうとおもうんですよね」
「あーなるほど」
「だから、スタートが同じでも、発展がぜんぶちがう
「たしかに。偽物の時計でもそうですね」
「『あいつの時計偽物だよ』って、例えば我々が言われたとして、そこに対して我々は『偽物の時計はいくらなのか』『偽物ってわかったやつはどこで偽物を見たのか、あるいは本物を見たのか』ってところが気になるじゃないですか」
「気になる」
「でもこの語り手は『この人たちは偽物を知っている』になるし、『あいつはなぜ偽物をつけている?』になる」
「あいつはなぜ偽物をつけているのか、はフツーに気になりません?」
「それはなるか、えっと、じゃあ偽物をつけていることから、人間性に言及しはじめるのが、我々にない視点」
「あ、ちょっとわかってきたかも。偽物の時計をつけている本人よりも、『偽物の時計をつけている人を見た他者がその人間に対してどんな印象を持つか』って視点が強く描かれていますよね」
「たぶんね……」
「うん?」
我々には、社会的地位という発想がない!
「あはは! 本当にない
「だってあなた、マンタの服着てんだもん。エイの顔の服着てんだもん」
「えへ」

マンタの服を着ている上村

「でも、社会的地位関係なくないですか?」
「あるよ〜」
「ぼくが社会的地位を築いたあとに着てたら、その反証になりますよ!」
「あのね、上村さんが社会的地位を築いたあとに、マンタのパーカーを着て、金髪でノコノコと打ち合わせに現れると、『子どものときの感性のまま、あまり大人になっていないような印象を受ける』って言われる。『無邪気な作家』とか『作家の天才性』とか、そんな感じで受け取られるんです、っていうのをこの語り手は言ってるわけでしょう〜?」
「あっ! だから、ぼくがときどき、モフモフのクマのリュック持って舞台挨拶とか行ったら、みんなに『作家ですね』って言われるのか……
「そうそうそう」
「ぼくは作家になるまえからモフモフのリュックを担いで各所に行ってるのに……」

おいしい

作家っぽい作家、作家っぽくない作家

「どの話が一番好きでした?」
「うーん、投資家が好きでしたね、偽物の時計してる漫画家もおもしろいんだけど、全体としては投資家のほうが」
「投資家のやつ、わかっちゃうから……と思ったけど、そもそもこの小説全体が、ミステリー的推進力で進んでるわけではないっていうのがむしろおもしろかったですね。ちょっとミステリー的推進力で進んでるような書き方をしてるんだけど、実際はそうではない」
「変な小説だなあ」
「でも、ある意味でそもそもこの『わかっちゃうな……』っていう視点がまったくない人が読んだとしたら、推進力になってるんだと思う」
「わたしはね、売文家の話をしている文章がすごく好きで、めっちゃわかるんですよ」
「あはは」
「で、ここ、ここ!」

専業作家になる上で、僕が一番困惑したのは、誰かに頼まれて小説を書く、という行為そのものにあった。それまで僕は、誰かに頼まれて小説を書いたことはなかった。(中略)だからこそ、二作目を発表してから、自分の仕事のリズムがすっかり変ってしまったことに戸惑った。仕事を依頼され、引き受ける。約束した期限までに作品を提出する。自分がとんでもない詐欺をしているような気分だった。仕事を引き受けた時点で、何を書くかはまったく決まってない。

小川哲「君が手にするはずだった黄金について」233〜234ページ

「ここがもうね、その通り! わかる! 作家というものに対する視点があまりに近いと思って。でも、実はこの視点で作家ってものを捉えている語り手はあまりいままで読んだことがなかった」
「たしかに、二分される気がしますね。『作家なんてヤクザな商売で虚飾だ〜』か、『物語がなければ、わたしは生きていけない』か
「汚いほうと綺麗なほうね」
「後者は物語として正しい感じするもんな……」
24時間テレビで取り上げてもらえる人たちと取り上げてもらえない人たち
「そうだから、この主人公が24時間テレビで取り上げもらえない人たちでよかったと思った!
「それはそう」
「だって、これで24時間テレビで取り上げられちゃう『作家っぽい作家』だったら、もうこの小説は腐っちゃうもん!」
「あ〜それはたしかに、投げる」
「なろう小説みたいなね」
「だから、そこでよかった〜と思ったなあ。ぼくが読んでてハッてなるところがあってうれしかった」
「うれしかったね〜」

次回の読書会は宮沢賢治『銀河鉄道の夜』をやります🙌🙌

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