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オペラの登場人物としての「キッシンジャー」

キッシンジャーが亡くなった。

キッシンジャーはもちろん、国際政治学者、米国務長官として歴史に巨大な影響を与えたが、われわれ音楽好きには、オペラの登場人物でもあった。

ジョン・アダムズの有名なオペラ「中国のニクソン Nixon In China」に登場する。どうせ誰か、それについて書くと思うから、私も書いておこう。


「中国のニクソン」(1987)は、われわれの時代の偉大なオペラで、本国アメリカやヨーロッパでは何度も再演されている。

今年も、ドゥダメル指揮のパリ国立オペラで上演された。ニクソン役がトマス・ハンプトン、ニクソン夫人役がルネ・フレミングだった。

私もnoteで、このオペラについて何度か書いてきた。


「中国のニクソン」の「私は毛沢東の妻」聴き比べ(オペラの簡単な解説)


オーケストラ曲「主席は踊る」聴き比べ


1972年のニクソン訪中を題材にしたこのオペラでは、ニクソンや毛沢東、キッシンジャーがそのまま実名で登場する。

主役はニクソン、ニクソン夫人のパット、毛沢東、毛沢東夫人の江青の4人だ。キッシンジャーは、周恩来とともに脇役で、コーラスでは歌うが、アリアの独唱はない。しかも、脇役としても、ちょっと滑稽な道化役。


オペラの第2幕で、北京のニクソン夫妻は、文化革命期の革命バレエ「紅色娘子軍」を鑑賞する。

その劇中劇「紅色娘子軍」のなかで、キッシンジャー役の歌手が「中国の女子労働者をムチで使役するサディスティックな反動地主」を演じる。

劇中の「キッシンジャー」と、劇中劇での「キッシンジャーに似た男(ひげをつけている)」が同一人物かどうかは、意図的にあいまいにされている。


Nixon In China (Opera): Act II Scene 2a - "紅色娘子軍" キッシンジャーに似た男が「彼女を死ぬほどムチ打て!(Whip her to death!)」と叫び、中国の女子はムチ打たれる。それにニクソン夫人のパットがショックを受けるシーン(動画冒頭から2:30あたりまで)(この記事のタイトル画像もこの動画から)


おそらく、キッシンジャーの冷徹さ、剛腕、そして(中国から見た)資本主義の「隠れた残酷さ」などを暗示する場面だろう。


実在の人物が実名で登場する、というのは、オペラといわず、映画・ドラマでは異例だ。1987年の初演時にはニクソンはまだ生きていた。

このオペラは、政治的には「中立」な「歴史劇」ではあるが、あまりよく描かれていないキッシンジャーは、よく文句を言わなかったと思う。それはとても偉い。

(もちろんキッシンジャーは、このオペラの登場人物で、最後の生き残りでもあった)



この機会に言っておこう。

ジョン・アダムズの2005年のオペラ「ドクター・アトミック」は、映画「オッペンハイマー」に先駆けてオッペンハイマーの原爆開発を描いており、当初から日本では上演不可能だと言われていた。

でも、映画「オッペンハイマー」も、オペラ「ドクター・アトミック」も公開できないのは、日本の文化的な恥だ。

それどころか、代表作「中国のニクソン」含めて、アダムズのオペラが一切日本初演されていない(部分的な舞台上演はあるが)のは、やはり大問題だと思います。



キッシンジャーの功罪について。

ーーを論じるほど、私は政治に詳しくない。

キッシンジャーは、この1972年のニクソン訪中で、イデオロギーを超えて中国を米国に結びつけた。

その影響で、田中角栄が日中国交正常化をおこなった。そのときのことは、子供心に覚えている。最初の「パンダブーム」だ。

角栄の国交正常化のほうが米国より早かったので、キッシンジャーが怒って、角栄の政界追放を画策した、みたいな陰謀論があったと思う。


在米44年のYouTuber「桑港たかし」さんが最近、ふつうのアメリカ人の、日本と中国にたいする感覚のちがいを語っていた。

「アメリカ人は、日本を神秘的で魅力的だと思っているが、怖いとも思っている。中国にたいしては、魅力的とも怖いとも思っていない」

アメリカ人は日本人をどう見てるか(2)↓(動画4:00あたり)


中高年に日本への恐怖心が残っているのは、アメリカと戦争した手ごわい敵としての日本、また、経済でアメリカを圧倒する勢いがあった時期の日本の記憶が、まだアメリカ人の心に残っているからかもしれない。

いっぽう、アメリカ人は、中国を日本ほど恐れていない、というのは、ちょっと意外ではなかろうか。いまの中国は、まだアメリカと戦争をしていないからか。


そういうアメリカ人の中国観は、キッシンジャー外交の結果なのか、あるいは原因なのかはわからない。

でも、素人の考えとしては、「怖くない」中国を手なずけたキッシンジャーより、「怖い」日本をこれだけ手なずけたダレスとかのほうが、凄くねえか、と思ったりする。


<参考>


<参考動画>
オリジナル版「紅色娘子軍」


<参考記事>





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