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旅と日々

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旅をすることは、息をするということだ。
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#エッセイ

兄とカレーを作った。

兄とカレーを作った。

兄が実家に帰ってきた。
もちろん、二人の姪を連れて。

7月6日。土曜日だった。
僕の住む平塚は七夕祭りが有名らしく、この時期になると駅前の銀座通りには絢爛な七夕飾りが風に揺れ、ほとんど身動きがとれないくらいの人が飾りを見に、あるいは露店の品々を求めて集う。
そんな七夕祭りを、東京に暮らす兄は娘にも見てもらいたいと思ったらしく、急遽帰郷することが決まった。

正直僕は七夕祭りにさしたる情熱や思い出

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書けない part.x

書けない part.x

そう、書けないのだ。
今回の書けないはしかし深い絶望を孕まない。
5月のすっきりとした青い空のような書けなさだ。
3週間ほどが経過するので、時節にも合う「書けない」なのがまた面白い。

どうして書けないか。いつもならどうして書けないのかの理由も分からず途方に暮れることが多いけれど、不思議と今回は目星がついている。
僕は人を書けないし、変化も書けない。
だから書けないのだ。

人物が書けない

現在

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証とはそういうものだ

証とはそういうものだ

初めてのぞみに乗った。
いや、もしかすると幼い頃に父に連れられて乗ったことがあるかもしれないけれど。というか、電車好きな父のことだから、乗せないわけがない。
だからこう訂正すべきだろう。

初めてひとりでのぞみに乗った。
名古屋駅で乗り換えだった。
しばしホームで待っていると、東京方面の線路の先から新幹線の白いビームがまぶしく見えた。僕は思いがけず心が浮き立った。大して期待もしてなかったのに、のぞ

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だから僕は他人の為に書くのをやめた。

だから僕は他人の為に書くのをやめた。

新幹線に乗っている。
明日開催される文学フリマ京都の遠征のためだ。

小田原駅を出てしばらく経ち、北の峰に新東名と東名の高架が見え、雲に隠れた(大抵この付近を訪ねると隠れている)富士山が主張をし始めたので、まあ静岡のそこらへんなのだろう。





今、僕は小説を書いている。
このたった一行を記すことができたことに、僕は僕の感じる以上の嬉しさを抱いている。
とても、とても。

昨年の今頃は、

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記憶の道、間近の車窓

記憶の道、間近の車窓

急遽、文学フリマ福岡には新幹線で向かうことになった。人生で何度か乗った覚えがあるけど、ここ数年は乗っていなかった。長距離の旅は、車を使っていたからだ。

小田原駅からこだまに乗っている。聞き覚えのある地名を冠する駅まで、あっという間に辿り着き、あっという間に過ぎていく。これがひかりやのぞみだったら、あっと口を開くまでもなくいつの間にか過ぎ去っていくのだと思うと、この乗り物は実に魅惑的だ。

車窓を

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東日本大震災から10年。だからなんだ。

東日本大震災から10年。だからなんだ。

東日本大震災から10年が過ぎた。
おそらく、この日をひとつの節目と思う方は少なくないかもしれない。
僕も、この日が来るまでぼんやりとそんなことを考えていた。

でも、よくよく考えてみると、10年が経ったからといって、
だからなんだ、
という気持ちが少しずつ強くなってきた。

確かに、この10年間、僕は東北の津波被災地を中心に、地続きな変貌を見続けてきた。
(僕は神奈川県の湘南に住んでいて、ここから

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