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58年にわたり地域を見つめ続ける社会学者 山口大学名誉教授 小谷典子氏に聞く「これからの学びのススメ」ー使命を見つけ、交流を楽しめば、学びは生涯続いていくー≪アカデミーハウス地域連携事業特別インタビュー≫

「社会を見つめる」というと、皆さんどんなイメージが思い浮かぶでしょうか。
政治から見る社会。環境からみる社会。文化から見る社会。……etc
個人のレベルで見るのか。国のレベルで見るのか。
扱う領域や、捉える範囲によって,見えてくるものは無限に広がっていきます。

社会学とは、まさに、そんな様々な視点から「社会」を読み解く学問。
山口大学名誉教授である小谷典子先生は、社会学に58年にわたり携わられ、今も学びを続けてらっしゃいます。
この度、次世代リーダー目指す若者が集まるシェアハウス型人材育成施設「アカデミーハウス」と小谷先生がご参加される地域の交流コミュニティ「人と社会を考えるカフェ」との地域交流イベントの開催を前に、現在進行形で学びをアップデートされている小谷先生にこれからの「学び」についてお話を伺いました。

生涯学習、学び直しなど、「学び」がいま改めて注目されている中で、
「地域」を見つめることで学べることとは?
「多様な考え」を自身の中に受け入れるためには?
「学びを続ける」ために必要なこととは?
これからの「学び」について大きなヒントをいただきました。
(記事・写真)


地域社会を見つめれば、社会全体の未来が見える

  • Q:小谷先生のご研究内容について教えてください。

小谷典子 山口大学名誉教授

実は私も今年七十六歳なんです。そのうちの六十年近くは社会学において様々な研究をやってきました。中でも「企業と社会との関り」を大きなテーマにしてきました。

私の通っていた九州大学というのは福岡県にあり、かつての産炭地域でした。その中で注目されていたのは炭鉱の閉山による地域社会の衰退です。工業都市の多い九州では、産業公害も注目されていました。

企業が地域にもたらす悪い影響というのは、大半の人たちは企業を非難するものです。

だけれども私は「地域と企業が共存できるような可能性はないか」というスタンスで調査を始めました。その中で、企業側が地域に対して積極的に関わろうとすれば、比較的順調に環境が綺麗になっていくことが分かってきたんです
北九州市の場合は八幡製鉄所。山口では宇部市の宇部興産が良い例ですね。

企業が社会的な責任を地域に果たすというスタンスがあれば地域と共存できる。

そのうち、企業は社会的責任を果たし、社会へ貢献する「CSR」というような姿勢がだんだん強くなっていきました。

CSRとは、
企業活動において、社会的公正や環境などへの配慮を組み込み、従業員、投資家、地域社会などの利害関係者に対して責任ある行動をとるとともに、説明責任を果たしていくことを求める考え方です。

厚生労働省HPより

 企業はお金を稼ぐことだけじゃなくて、地域との関係性を常に意識していくことが重要になっていったのです。

これは今となっては当たり前のようなことのように思えます。企業が地域に貢献している取り組みの例としてアートによるまちづくり等も全国各地で行われていますよね。

身近なものをあげれば、山口市には「山口メセナ倶楽部」という団体があり、山口市内の文化・芸術活動を支援しています。
地域に立地する企業にはまちの顔をつくる責任があるという、私の提言をもとに発足した団体です。
全国的にも珍しい事業所が集まった「地域メセナ」で、来年は設立30周年を迎えます。山口市を文化の薫り高いまちにすることに貢献しているのではと自負しています。

メセナとは、芸術文化支援を意味するフランス語です。

山口商工会議所HP 山口メセナ倶楽部 より引用

地域で起こっている課題をとらまえて調べて、どういう原因でこれが起こっているのか。
どういう方向にいけば、住みよい社会になるのかというスタンスで地域を深堀していくと、いつの間にか地域を超えて社会全体にその動きが広がっていくことが分かります。

社会学を長いこと学んでいると思うのは、社会学は「予見するために知る」学問だということ。

社会学の研究対象って何を取り上げてもいいんです。
その中で、私が地域社会を取り上げるのは、それがすべての人の社会の縮図だから。
地域で行われている生活。企業の活動、そういうものを見ていくと、社会の縮図としてもっと大きな未来の社会の様子が分かるかなと思っています。

地域の中ではただそこに地域があるだけではなくて、そこに働く場所っていうのは必ずあります。工場だって、ビジネス街だって、商店街みたいなところだって働く場所。面白いのは、どんな人でも必ずや地域の働く場所と関わりながらしか生きていけないところだなと思います。

自分の足で稼ぐからこそ、生きた情報になる

社会を明らかにしていこうとするときはもちろん理論社会学など、理屈で社会がどうなっていると考えていくこともできると思うんですが、

私の先生である内藤莞爾氏は、「足で稼げ」と言っていたのを今でも心に留めています。

「理屈はいくら言ってもそういうものは残らない。足で稼いで、自分で調べて、その場所の生活を明らかにしていくからこそ、その記録は残るんだ」

と言われていました。
(その前に「お前らのような頭の悪いやつは」って但し書きが付いているんですけどね(笑) 頭のいいやつは理屈をこねてもいいけれども、頭の悪いやつは足で稼げって(笑))

私はその先生の教えに従って、あちこちあちこち、行ってきました。50年、60年。全国では和歌山県以外は赴いて調査しましたね。そして、どこに行っても、何を調べてみても色んな私たちの知り得ないような生活がある訳です。そういう意味では非常に面白く学んできました。


多様な人が集まる中で、学び続けるコミュニティ「人と社会を考えるカフェ」

  • Q:先生がご参加されている「人と社会を考えるカフェ」とはどういったコミュティなのでしょうか

人と社会を考えるカフェの様子

このカフェは、かつての放送大学の自主ゼミが始まりでした。

定年退職後、私は放送大学山口学習センターの客員教授となり、放送大学の学生さんの学習相談に応じるとともに、月に1回、自主ゼミの授業をもっていたんです。
放送大学というと、教科書やパソコン (今ではほとんどがインターネット配信で受講しています)で自分一人で学ぶというのが基本かと思うんですが、その中でさらに、対面で自主的に勉強したいという方たちのために、自主ゼミっていうのを月に1回やったんです。

その後、私は放送大学を辞めたんですが、皆さんまだ勉強したいとおっしゃるんですよ。それが今ここまで続いてきているんです。

今は毎年テーマを変えて、自主的に学んできていただいたものをレポートとして発表し、意見交換するという形になりましたが、皆さん非常に熱心です。
テーマに則り、皆さんそれぞれのジャンルを取り上げるんですが、私よりも詳しくて(笑)。私も学ばせてもらっています。

その回の代表者が作成するレポートはA4用紙何枚にもおよぶ

1人でないからこそ得られる学び

そんな、多様な意見がある場だからこそ、自分と違う価値観が見つかる。そこからまた学びを得る。だから面白くて、このカフェ然りですが、「学び」は続くんじゃないかなと思います。自分一人で勉強するのは、自分の考えを深めることはできるかもしれないですけど、他とどう違うかとか、他からの意見をもらってブラッシュアップするとかそういうのは1人ではできないですよね。

色んな人の意見を聞くとね「へぇ」とか「ほぉ」とか言って、どんな些細なことでも新たな発見になる。それを楽しむことが学び続けるコツかもしれません。

意見を受け止め、受け入れるために大切なこと

  • Q:多様な意見がある中で、自身とは異なる考え方や意見を受け止め、受け入れていくときに大切なことは何でしょうか。

学びのはじめは、多様なものを受け入れて自分のものに取り込んで、咀嚼していく柔軟性があるんですよ。しかし、年を重ねるとなかなかこれが難しくなってくるものです。

以前、大学で教鞭をとっていたころ、私のとこで社会人学生を二人受け入れたことがあったんです。50代か60代か、社会的にも地位もあるような方でした。
お二人とも他の若い学生と一緒にゼミに出て、卒業論文もかかれるわけです。

その中で指導する時に、意見交換していくと若い学生は素直に聞いてくれるわけですよ。

一人で考えるより、他のものを受け入れる。そうすることでより良いものになっていくんです。色んな意見を取いれていくといいものができる。

1+1=2じゃなくて、1+1=2,3……∞となっていくわけです。

一方で、社会人の方は自分の考えに自信がある。そうなるとなかなか他の方の意見を受け入れるのが難しくなってしまうこともあります。

卒業してしばらくして、その社会人学生と年賀状のやり取りをしている時に、こう書いてありました。「せっかく先生がおられたのに、もっといろんなことを聞いておけばよかった」って。

なかなか難しい所かもしれませんが、1つのものに固執せずに、意見を素直に聞くこと。そうすることで1つの考えが10にも20にもなっていく。「1+α」これができる意見交換が本当の交流だと思っています。

学ぶことは、さらなる学びにつながる

カフェだけでなく、私は何気ないことも、とにかく質問します。

近所の女の子との挨拶のときでも、学校行きよった? 学校何時から? とか言ってねまず話しかける。そうすると今の学校の様子もわかるわけです。それも私にとっては新たな学びであり、そこからさらに次の学びにつながっていく。本当にそう考えると言語社会って面白いですね。

だから、一人だけ学んで、一人だけでできることって限られてくるわけです。多様な人が集まるところは、より多くの学びもあるものです。

それが、同世代の人だけでなく、多世代もいるからこそ面白い場になると思います。

そこに自分の問題意識はあるか?なぜ自分がやらなくてはいけないのか?

多様な意見を聞く中で大事なのは、自分の問題意識をはっきりと持っているかどうか。いろんな意見を聞くと、あれもいい。これもいい。と意見に流されてしまうことがあります。その中でこれだけは一番重要という、自分の問題意識をきっちり持つこと。自分が何かやろうとしているのかという「柱」、これだけはブレないようにしなくてはいけません。その上でいろんな人の意見を取り入れないと、結局何をやっているのかわからなくなってしまう。これがこれから学びを続ける皆さんに一番言いたいことかもしれません。

そして、問題意識を持ったうえで、なぜそれを自分がやるのか。「自身がやる意味」もぜひ意識してほしいところです。

こういうことをやりたい。では、それをあなたがやる意味は何なのか。
何かを始める前に、それを最初に突き詰めていけば、あとは案外大丈夫なものです。

今はもう物凄い情報が溢れてますからね。なんでも取り込めるんだけれど、どうやって取り込んで、どう形作っていくのか、目指すゴールもわからなくなりますからね。

  • Q:「問題意識」「自身がやる意味」という自分の軸はどういったところから生まれてくるのでしょうか?

やっぱり自分の中で蓄積されてきたものでしょうね。どんな環境でも、どんな人と一緒にやるにしても私だったらこれっていうのはやっぱり経験から生まれてきます。

自分の幅を広げるためにもやっぱり飛び込んでいて経験してみることが大事。これから経験をたくさんできる人は本当に羨ましいです。自分で経験してやってみよう! という人の方がやっぱり得るものが多いと思います。

やり遂げたいことを更新し続ける

  • Q:学びを楽しむことと他に、小谷先生が学びを続けられている強い理由があれば教えてください

60年近く研究を続けていて、この年齢で、私は今でも学会に出かけているんです。

なぜ今もまだ研究をつづけているかというと、あと十年やり続けなきゃいけない仕事があるから。いつまでもやり遂げたいことがあるんですよね。私が欲張りなのかもしれないですけど笑 私の場合は、今まで研究したものをまとめることが今のやり遂げたいことです

私が九州大学の学生の頃、女子が研究職に就く道は極めて厳しく、九州大学で、結局、十四年半研究することになったんです。社会学の中の錚々たる先生方の研究を手伝いながら、多くを学んできました。その中で「学ぶ場所」というようなものは、その人の学びことにいろんな影響を与えていくと感じています。私の書いた本で、「内藤莞爾の社会学」という一冊があるんですが、その副題には九州大学文学部社会学研究室の窓からとつけています。

先生の研究されていたテーマについて、その研究室という「場所」で、学生という「人」が何を学んだのか。場所と学びの関係性を意識してまとめました。今は2冊目の本に取り掛かっているところです。
これはあと十年ぐらい生きてればできるかなと思っています笑


社会学っていうのをフィールド研究しますから、いろんな地域にでかけていって、それぞれの課題に対して調査研究していきます。でも今は大学も離れて、なかなか現地での調査研究ができないわけです。しかし、経験を基に図書館から資料を集めて読んでまとめることができる。これは私にしかできないことであり、今やり遂げたいことです。

学びをアウトプットすることは「責任」

  • Q:学びをアウトプットすることはやはり必要なことなのでしょうか。

学んだことをアウトプットすることは、私は責任だと思っています。

自己満足ではなく、学んだものを活かせるところに活かしていく。これが学ぶ人の責任だと思います。せっかく学んだら面白いけど他の人にも教えたじゃないですか(笑)

アウトプットすることで人に伝わり、その呼びかけから大きな力になり、世界を動かすとかね。そういうことだってありえるわけです。逆に自分の中で消化してしまうものは学びとは言わないのかもしれません。

アウトプットにも色んな形があります。
例えば、町内会の集まりだって街づくりを学ぶという視点で見れば自分自身をより豊かにする学びになります。新商品を作るために調査するとか、学んだ知識や技術をそのまま活かせるような、そんな直接的な仕事は限られています。

でも、すべての人は生涯学習できる。みんな学んでいかなきゃいけないわけですよ。

仕事とか、発表の場があるとか、アウトプットはそういう形にならないものでもいいんです。ボランティアについて学んだら、視点が広がって日常で困っている人に声がかけられたとする。これだって立派なアウトプットです。

これからのリーダーシップとは

  • Q:アカデミーハウスを利用している皆さんは次世代のリーダーを目指し、日々プログラムに取り組んでいるんですが、これからの時代に必要なのはどんなリーダーだとお考えですか。

今までは絶対的なリーダーがいて、崩れない、変化しないことが強さだったように思います。しかし、そんなリーダーが今後一番困ってしまう。
これからの時代は本当に捉えどころなくなってきている。そうなると、変化に対応できる柔軟性を持った人が必要になってきます。そのなかで自分の軸がブレない人は強い。

私の知り合いに、防府市にお住いの飴村秀子さんという藍染めのアーティストがいらっしゃるんですが、今までの時代の変化を経験しながら、自分のやるべきことしっかり信念もって、今も現役でやられています。

飴村秀子さんに関する記事
技あり!やまぐち 自然な藍 地域へ 後世へ

 朝日新聞デジタルより

柔軟性がありつつブレない。そんな人がこれからも必要なのではないでしょうか。

変化していく時代の中で以前より、直接のコミュニケーションも少なくなってきています。しかし、目は口程に物を言う。ちゃんとコミュニケーションが取れているつもりでも、その人が喜んでいるのか、怒っているのか。そんな表情を感じながらの直接的なコミュニケーションもやはり重要だと思います。

学びとは
自ら動いて調べること。その学びを多様な中でさらに深めること。
アウトプットして共有すること。楽しみながら、信念をもってやり遂げること。

そしてこれを続けること。
人生すべては学びになり、生きている限りこれは続いていくのかもしれません。(インタビュー、写真、バナー 山中菜摘)

次世代のリーダーを育てるためのシェアハウス「アカデミーハウス」。現在2023年4月より第3期生が活動中です。

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